【一次データ】第三者保証で高めるScope3排出量算定・開示の精度

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目次

1.Scope3算定における一次データの定義と重要性

一次データとは、サプライヤーから直接提供される、実際の活動量や排出量に基づく測定データを指します。例えば、製品の製造に使用したエネルギー量や輸送距離、サプライヤーが報告する自社の排出量などが一次データの具体例です。

一方、二次データ(推計値や排出原単位データ)は業界平均や統計データ、公開データベース(IDEAなど)から得られるもので、個々の企業や製品に特化しない汎用的な情報です。二次データに基づく算定では、サプライヤー個別の排出原単位が固定値であるため各社の実態を反映できません。その結果、サプライヤー側で行った製造工程の改善や省エネ施策による排出削減努力がScope3排出量には反映されないケースがあります。実際に、あるメーカーが省エネ設備を導入して排出量を削減しても、二次データに頼った算定方法では自社のScope3排出量にその効果が表れないのです。

一次データ活用の重要性

こうした背景から、Scope3算定ではできる限り一次データを活用することが重要視されています。日本の環境省も2024年4月以降、企業に対してサプライヤーの実測値である一次データに基づくScope3排出量算定への切り替えを推奨しています。一次データを用いることで、企業の排出実態や削減努力を精緻に把握できるからです。なお、環境省のガイドラインでは「サプライヤーから提供された排出量データは、たとえサプライヤー側で二次データ由来の算定であっても、受領企業にとっては一次データとして扱える」ことが明記されています。これは、自社サプライチェーン上の排出量をより正確に評価する観点から、サプライヤーから入手した個別データを最大限に活用すべきであるという考え方です。

2.一次データ活用による精度向上と第三者保証のメリット

一次データを活用する最大のメリットは、排出量算定の精度向上です。前述のように二次データでは排出原単位が固定されているため、排出量を削減しようとする場合は調達量そのものを減らす以外に手立てがありません。しかし一次データであれば、各サプライヤーや工程ごとの実際の排出係数や活動量を反映できるため、どの部分で排出が多いかを正確に把握できます。

その結果、削減すべき対象を特定しやすくなり、サプライヤーと協力した改善策の効果も算定結果に表れます。環境省が2025年3月に公表したガイドラインも、一次データによるより精緻な算定によって企業の削減努力を正当に評価することを目的としています。つまり一次データの活用は、Scope3排出量の見える化と削減策の実効性向上に直結するのです。

一次データの保証

一次データに基づく算定結果は裏付けとなる生データ(測定記録やサプライヤー提供データ)が明確であれば、独立した検証機関によるレビューに耐えやすくなります。環境省ガイドラインでも、サプライヤーから収集する排出量データについては、排出量数値だけでなくその補足情報(算定方法やデータ範囲、保証の有無等)を含めて提供を受けることが推奨されています。特に提供されるデータが自社のScope3算定対象期間と一致し、第三者による保証(検証)を受けていることが望ましいとされており、一次データの信頼性を高める工夫が求められます。実際、GHGプロトコルでも可能な限り製品固有性の高いデータ(一次データ)の使用が推奨されています。一次データを適切に管理・整備し、そのデータ自体または算定結果に対して第三者保証を受けておくことで、開示情報の信ぴょう性が飛躍的に向上します。企業にとっても、ステークホルダーからの信頼獲得や評価向上につながる重要なポイントと言えるでしょう。

3.Scope3各カテゴリにおける一次データ取得の現状と課題

Scope3は全部で15のカテゴリに分かれており、原材料の調達(上流)から製品の使用・廃棄(下流)までサプライチェーン全体に及ぶ排出源を包含します。そのため、すべてのカテゴリで詳細な一次データを収集することは現実的に難しいのが現状です。多くの企業では現時点で一次データが十分揃わない部分を二次データや推計によって補っており、ガイドライン上もそうした推計算定は容認されています。

カテゴリ1

カテゴリ1(購入した製品・サービス)は多くの企業にとってScope3最大の排出源ですが、サプライヤー数も多岐にわたるため各社から個別データを集めるのは困難です。その結果、購入数量や重量ベースでの算定が難しい場合、購入金額(支出額)を活動量とみなし「◯円の購買につき△kg-CO2」といった金額当たり排出原単位を掛け合わせる方法が採られるケースも一般的です。このように物量ベースの一次データが得られない場合は金額ベースの推計に頼らざるを得ないのが実情であります。

他のカテゴリでは難度が高い

他のカテゴリでも一次データ収集の難易度には差があります。例えば、**カテゴリ3(エネルギー起因の上流間接排出)は購入した燃料や電力の製造段階の排出ですが、これはエネルギー供給者からの情報や公開データに依存する部分が多く、一次データ化が限定的です。カテゴリ11(販売した製品の使用)のように、自社製品がお客様に使われる段階の排出量は、ユーザーの使用状況データを直接得るのが難しく、多くの場合製品のエネルギー効率や平均使用時間といった仮定に基づく推計になります。カテゴリ12(製品の廃棄)も、製品廃棄時の処理方法に関する直接データを取得するのは困難で、廃棄物の種類・重量に対する平均的な排出係数(二次データ)を用いるのが一般的です。

一次データの取得方針

このように、カテゴリによって一次データ取得の現状は様々ですが、総じて言えるのは「容易に測定できる領域は一次データ化を進め、難しい領域では信頼できる推計手法で補完する」というアプローチです。現状では多くの企業が二次データ頼みの算定に留まっていますが、環境省やCDPからの要請もあり今後は各カテゴリで一次データの比率を高めていく努力が求められます。特に排出量の大きいカテゴリ1などでは主要サプライヤーからの排出実測値提供を順次受けられるよう、働きかけを強めていくことが重要です。

4.一次データ収集に向けた企業内外の連携策

一次データを充実させるためには、社内外の協力体制を構築し、サプライチェーン全体でデータを共有・連携する仕組みづくりが不可欠です。まず社内では、調達部門・サステナビリティ部門などが連携し、一次データ収集の方針やプロセスを整備します。例えば主要サプライヤーに対する排出量データ提供のお願いを調達契約やCSR要請事項に盛り込むといった取り組みが考えられます。

プラットフォーム

実際、近年ではサプライチェーン上でのGHGデータ共有を効率化するクラウドサービスやプラットフォームの導入が進んでいます。ある事例では、産業界全体で一次データを共通プラットフォーム上で流通させる実証実験が開始されており、デジタル技術を活用した業界横断のデータ連携により排出量算定の効率化を目指しています。こうしたプラットフォームを活用すれば、サプライヤーは一度データを提供するだけで複数の顧客企業と共有でき、バイヤー企業側の収集負荷も大幅に軽減されるでしょう。

サプライヤーとの協働

各社バラバラに依頼をかけるのではなく、共通のフォーマットや手順で効率的にデータ収集を行う工夫が必要です。現状、多くの大手企業がサプライヤーに対し自社のCO2排出量報告を求めていますが、企業ごとに報告フォーマットが異なるために回答作業の手間やミスが発生し、報告遅延によって算定が精緻化できない課題が指摘されていました。

サプライヤー側の負担軽減

この解決策の一つとして、統一フォーマットによるサプライチェーンアンケートの実施があります。
統一フォーマットにすることで、企業はより精度の高いScope3算定が可能となります。ポイントは、サプライヤー側の負荷軽減とデータ形式の標準化です。テンプレート化された質問票やWebポータルを使えば、サプライヤーは求められた項目を入力するだけで済み、提出先企業ごとに形式を変える必要がなくなります。データ収集側の企業も回答を自動集計・分析しやすくなり、ミスや抜け漏れのチェックも容易になります。

継続的な対話

また、サプライヤーとの関係構築面では、単にデータ提供を要求するだけでなく継続的な対話と支援が重要です。環境省ガイドラインによれば、まずサプライヤーの状況に応じて適切な依頼内容(例えば製品単位の排出原単位データ提出やエネルギー使用量の報告など)を決め、なぜ一次データが必要なのか、提供するメリットは何かを分かりやすく説明して協力を仰ぐことが推奨されています。その上で、継続的なコミュニケーションを重ね共通の目標(脱炭素)の重要性について認識を共有し、合意形成を図ります。

必要に応じた支援

必要に応じてサプライヤーが自社の排出量を算定する体制構築を支援し、算定方法に関する研修やツール提供などのサポートも有効です。このように「教え、巻き込み、助ける」姿勢で取り組むことで、サプライヤー側も主体的に排出量データをトラッキングするようになり、結果的に一次データの精度と網羅性が高まります。社内外の連携を強化しITも駆使することで、将来的にはサプライチェーン全体でリアルタイムに近い排出量データを共有できる体制を目指すことが理想です。

5.一次データ整備が第三者保証取得に与える影響(合理的保証・限定的保証)

企業が開示するGHG排出量データの第三者保証とは、独立した専門機関がそのデータの正確性や網羅性を検証し、お墨付きを与えるプロセスです。保証業務には主に「合理的保証」と「限定的保証」の二つのレベルがあり、合理的保証は高い保証水準で「重要な虚偽がないこと」を積極的に確認した上で肯定的に結論を表明するもの、限定的保証はそれより低い水準で「特に問題が見当たらなかった」という消極的形式の結論を表明するものです。一般に合理的保証では詳細かつ広範囲な検証手続きが行われ、高い確信度が付与されます。一方、限定的保証ではサンプリングなど簡易的な検証に留め、一定の信頼性を付与するにとどまります。

限定的保証の普及

現在、多くの企業が統合報告書やサステナビリティレポートでScope1・2および一部のScope3排出量について限定的保証を受け始めていますが、Scope3全体に合理的保証まで取得している例はまだ多くありません。これはScope3排出量の算定には不確実性が伴いやすく、合理的保証に耐えるだけのデータ精度・統制が確保されていない場合が多いためです。しかし、今後の潮流としては保証水準を引き上げていく方向にあります。国際的な動きでは、WBCSDのPathfinderフレームワークにおいて第三者保証の重要性が示され、短期・中期的には限定的保証で良いものの将来的には合理的保証へ移行することが求められるとされています。また欧州のサステナビリティ報告規則(CSRD)では企業の気候関連開示に対しまず限定的保証を義務付け、将来的に合理的保証に移行する計画が示されています。このように、いずれ各国でScope3を含むGHGデータに高い保証レベルが要求される可能性が高まっています。

一次データの保証取得

では、一次データの整備状況が保証取得にどう影響するのでしょうか。鍵となるのはデータの信頼性とトレーサビリティです。一次データがしっかり収集・管理されている企業では、排出量算定の根拠資料(エネルギー使用量の測定記録やサプライヤー提出の排出量報告書など)が明確に揃っています。第三者保証を受ける際、保証人(監査人)はこれらの根拠資料をサンプルベースでチェックし、算定プロセスや計算の正確さを検証します。

一次データの裏付けがある場合、データの出処や計算根拠を遡って確認しやすく、検証に対する企業側のエビデンス提示もスムーズです。その結果、保証人はデータの精度に対する確信度を高めやすく、より広範囲なScope3について保証を付与できる可能性が高まります。逆に二次データや推計に大きく依存している場合、保証人は業界平均値の妥当性や適用範囲を評価するしかなく、企業固有の改善余地や誤差要因を十分には検証できません。環境省も、「GHGプロトコル上はScope3算定に第三者保証取得は必須要件ではないものの、情報の信頼性確保の観点からScope3排出量に対する保証取得の動きは加速しており、各企業は目的に応じて取得の必要性を検討することが望ましい」と指摘しています。

6.開示制度における一次データと第三者保証の評価

昨今のサステナビリティ開示フレームワークでも、一次データの活用度合いや第三者保証の有無は重要な評価ポイントとなっています。CDP(気候変動プログラム)では、気候変動アンケート内でScope3排出量算定にどの程度サプライヤーからの実測値(一次データ)を利用しているか質問があります。ガイドライン上、明確な数値目標こそ示されていませんが、可能な限り多くのScope3排出量を実測値で報告することが強く奨励されています。

CDP×第三者保証

回答企業の傾向としても、自社のScope3排出量に占める一次データの割合を高める努力が評価に繋がるとの認識が広がっており、CDPスコアを向上させるため積極的にサプライヤーからのデータ収集に取り組む企業が増えています。仮に製品レベルの詳細なLCAデータが得られない場合でも、活動レベル・プロセスレベル・工場(施設)レベルなど入手可能な範囲でデータ提供を受け、自社の調達量に按分して使用することも「実測値」として扱えるとされています。この柔軟なアプローチを駆使しつつ、一次データ比率を高めていくことがCDP上位評価への近道といえます。

CDPリーダーシップ企業と第三者保証

また第三者保証の有無もCDPスコアに影響を与えます。CDP気候変動質問書では、Scope1・2・3各排出量について第三者による検証または保証を受けているかを回答し、もし実施している場合は検証報告書の提出が求められます。第三者保証を受けたデータは信頼性が高いと見なされ評価も向上するため、CDPではISO 14064-3に基づくGHG排出量検証報告書を取得し回答内で示すことが推奨されています。

実際、CDPスコアのリーダー企業はほぼ例外なくGHG排出量について検証済みデータを報告しており、未検証の企業に比べ高い点数を獲得しています。したがって、自社のGHG算定において一次データを増やしつつ第三者保証を付与することは、CDP評価で高スコアを得るための重要戦略と言えます。

TCFDと第三者保証

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言においても、開示情報の信頼性確保が重視されています。TCFDのガイダンスでは、開示する温室効果ガス排出量などの気候関連指標について、「効果的な内部統制の下でデータを記録・管理し、必要に応じて独立したレビューまたは第三者保証の対象とすること」が望ましいと明記されています。つまり、経営戦略やリスク管理に関わる重要な気候情報は、財務情報と同様に客観的な裏付けを取ることで投資家の信頼を得るべきだとされています。実際、日本企業でもTCFD提言に沿った開示を行う中で、自社のGHG排出量(Scope1,2,3)に対し監査法人や第三者機関から保証を取得し、その旨を報告書に記載する例が増えています。第三者保証を受けた旨は開示資料上でひと目でわかるよう明示されるため、投資家や顧客に対する透明性アピールにつながります。

ISSBと第三者保証

ISSB/IFRS S2など国際的なサステナビリティ報告基準でも、開示するGHG排出量情報について保証の有無・範囲を開示することが求められており、将来的には保証自体が事実上必須化する方向です。このように、開示フレームワークは一次データに基づく正確な算定と、独立した保証によるデータ信頼性担保を組み合わせて初めて質の高い情報開示と評価される流れになっています。

7.まとめ

Scope3におけるGHG排出量算定・開示の高度化に向けては、「一次データの最大限の活用」と「第三者保証の適切な導入」が両輪となります。一次データは各企業の排出実態と削減努力を如実に反映し、精度の高い算定を可能にします。一方、第三者保証はその算定結果の信頼性を客観的に担保し、ステークホルダーからの信頼や評価を獲得する手段です。現状では一次データの収集や保証取得に様々なハードルがありますが、本記事で紹介したような社内外の連携施策の活用によって克服可能な部分も多くあります。サプライチェーン全体を巻き込み、段階的にでも一次データ比率を高めていくことが、将来を見据えた戦略的な排出管理に繋がります。

企業のサステナビリティ担当者にとって、Scope3排出量の精緻な算定と信頼性の高い開示は今や不可避の課題です。一次データと第三者保証という2つのキー要素を押さえることで、自社の温室効果ガス管理レベルを一段上げ、CDPやISSBをはじめとする各種評価・開示要求に応える強固な基盤を築くことができるでしょう。積極的に一次データ活用への移行と保証取得を検討し、自社の脱炭素経営と情報開示の質を高めていくことが重要です。それが結果的に、自社の持続可能性への取り組みを社外にアピールし、ステークホルダーの共感と信頼を得ることにもつながっていきます。

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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