本稿はサステナビリティスタンダードパートナーズが、GX推進法に基づく排出量取引制度について、セメント製造業がどのように制度対象となり、クリンカのロータリーキルン焼成に伴うプロセスCO2と燃料燃焼CO2、代替燃料の扱い、都市ガス係数、副原料管理を、セメント製造業ベンチマークでどう把握し、排出枠償却まで回すのかを整理するものです。


結論
セメント製造業者は、CO2直接排出量の年度平均が10万t以上になるとGX-ETSの制度対象となり、セメント製造業のベンチマーク方式で排出目標量を算定します。セメントの排出はクリンカ焼成におけるプロセスCO2が大半を占め、これに化石燃料燃焼と代替燃料由来の燃焼CO2が加わる構造です。クリンカ生産量、石灰石投入量、石灰石純度、クリンカ中CaO含有率が算定の基礎情報となり、フライアッシュセメントや混合材の使用による削減効果は活動量の補正で反映されます。登録確認機関の確認では、代替燃料の組成分析と副原料の脱炭酸計算の妥当性が焦点です。
背景
セメント製造業は、石灰石、粘土、珪石、酸化鉄などの原料をロータリーキルンで1450度前後まで焼成し、石灰石の熱分解によってクリンカを生成します。クリンカ1tあたり約0.5tのプロセスCO2が発生することから、世界的にCO2排出密度が高い産業として位置づけられ、GX-ETSでは独立したセメント製造業ベンチマークが設定されました。日本国内のセメントメーカーは、石炭を主燃料としつつ、廃プラスチック、廃タイヤ、下水汚泥などの代替燃料を積極的に利用しており、それらのCO2排出を正確に計量する体制整備が制度対応の第一歩となります。
定義
SSPはサステナビリティスタンダードパートナーズの略称で、経済産業省 GXリーグ登録検証機関として第三者確認を含む第三者保証業務を主業とする機関です。本稿におけるセメント製造業とは、日本標準産業分類におけるセメント製造業を指し、クリンカを経由して水硬性セメントを製造する事業をいいます。クリンカとは、石灰石と粘土等の原料を高温で焼成して得られる中間製品で、そのCaO含有率がプロセスCO2算定の基礎数値となります。混合材は高炉スラグやフライアッシュ、石灰石粉などセメントに添加する材料で、クリンカ置換によりセメント1tあたりのCO2排出削減に寄与します。
変更点の要約
- セメント製造業のベンチマークが独立して設定され、クリンカを基準とする活動量が採用されました。
- プロセスCO2は原料由来の脱炭酸計算で、石灰石投入量と純度、クリンカCaO含有率を証憑化します。
- 代替燃料の使用はロットごとに化石由来炭素とバイオマス由来炭素の比率を把握します。
- フライアッシュセメント等の混合セメントはJIS R 5213等の規格に準拠した定義で扱います。
- 都市ガス係数や副原料の管理が実施指針に準拠する形で標準化されました。
- ロータリーキルン以外の付帯設備における燃料消費も、バウンダリ内で計上します。
基礎知識
セメント排出管理で押さえるべき前提は3点です。第1はプロセスCO2の算定で、クリンカ生産量とCaO含有率、石灰石由来の割合を掛け合わせて算出する方法と、石灰石投入量と純度から算定する方法の2系統があり、どちらを採用するかで証憑体系が異なります。第2は代替燃料の管理で、廃タイヤ、廃プラスチック、廃油、下水汚泥、RPFなど多様な燃料について、ロットごとの化石由来炭素比率、バイオマス比率、発熱量の分析結果を蓄積します。第3は混合セメントの扱いで、フライアッシュセメントや高炉セメントは、フライアッシュや高炉スラグの混合比率を製品ごとに記録し、クリンカ使用量との関係を管理する必要があります。
論点整理表
| 論点 | 制度上の位置づけ | セメント製造業での該当 | 判断基準 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|---|---|
| 対象判定 | GX推進法第33条第1項 | 年度平均排出量10万t以上 | 直近3年度のCO2直接排出量の平均 | 大手セメント会社は対象となる可能性が高い |
| ベンチマーク区分 | 実施指針 | セメント製造業独立BM | クリンカ生産量ベース | 混合セメントは活動量補正 |
| プロセスCO2 | 非エネルギー由来 | 石灰石の熱分解 | 石灰石投入×純度×脱炭酸係数 | クリンカCaO由来算定も可能 |
| エネルギー由来CO2 | 燃焼排出 | 石炭・石油コークス・都市ガス等 | 燃料別排出係数 | 都市ガス係数の出典を明示 |
| 代替燃料 | 燃焼排出 | 廃プラ・廃タイヤ・RPF・下水汚泥 | 化石炭素/バイオマス比率 | ロット別組成分析が必須 |
| 混合材 | 活動量補正 | 高炉スラグ・フライアッシュ・石灰石粉 | 製品別混合比率 | JIS規格準拠の定義を使用 |
| 循環粉・ダスト | マスバランス | バイパスダスト・集塵ダスト | 投入量との質量整合 | CaO含有を二重計上しない |
| 付帯設備 | ベンチマーク内 | 原料粉砕・仕上粉砕 | 電力と燃料の区分 | 直接燃料分はバウンダリに含める |
| 排出枠償却 | GX推進法 | 翌年度1月31日までに保有 | 保有義務量分の排出枠 | 不足分は上限価格の1.1倍を負担金として納付 |
比較表
| 排出源 | 分類 | 計算方法 | 主な証憑 |
|---|---|---|---|
| 石灰石脱炭酸 | プロセスCO2 | 石灰石投入量×純度×脱炭酸係数 | 石灰石受入証明と化学分析 |
| クリンカ生成 | プロセスCO2代替計算 | クリンカ生産量×CaO率×由来率 | クリンカ生産日報と組成分析 |
| 石炭燃焼 | エネルギー由来 | 石炭使用量×高位発熱量×排出係数 | 燃料受入伝票と成分分析 |
| 代替燃料燃焼 | エネルギー由来 | 使用量×化石炭素比率×排出係数 | ロット別組成分析書 |
| 都市ガス燃焼 | エネルギー由来 | ガス使用量×発熱量×排出係数 | ガス会社計量と契約書 |
| 集塵ダスト還元 | マスバランス調整 | 回収量と再投入量の計量 | ダスト管理日報 |
制度対象判定とスケジュール特例
事業者単位判定とセメント業界
セメント製造業は事業者単位の排出量が大きいため、国内の主要メーカーは初年度から制度対象となる可能性が高い業種です。判定は事業者単位で、子会社や関連会社は別事業者として個別に判定されます。グループ内の生コンクリート会社や石灰石鉱業会社との境界を意識した判定が必要で、工場単位ではなく事業者単位での排出量集計が求められます。
2026年度特例
2026年度に制度対象となるセメント事業者は、2026年9月末までに基礎情報と年度平均排出量のみを届け出ればよく、排出目標量等の届出は2027年9月末まで猶予されます。2026年度中に、クリンカ生産量の集計体系、石灰石純度分析、代替燃料組成分析、混合セメント別の製品管理、登録確認機関との契約を進めることが実務上不可欠です。
セメントベンチマークの仕組み
算定式と活動量
セメント製造業ベンチマークは、目指すべき原単位×基準活動量×直接排出比率で算定し、基準活動量はセメントクリンカーの生産量(トン)の平均です。目指すべき原単位は2026年度0.8392、2030年度0.8306 tCO2/tで、ポルトランドセメント(JIS R 5210)、高炉セメント(JIS R 5211)、シリカセメント(JIS R 5212)、フライアッシュセメント(JIS R 5213)等を製造する事業を対象に、原料工程・焼成工程・仕上げ工程・出荷工程をバウンダリに含めます。
プロセスCO2の算定アプローチ
プロセスCO2は、排出量算定・報告マニュアル第Ⅱ部2.7「セメントクリンカーの製造」に基づき、セメントクリンカー製造量(トン)に施行規則の排出係数0.515 tCO2/tを乗じて算定します(表Ⅱ-13)。CKD補正係数は国内工場ではCKDが全量回収されているとして1.00として扱われます。クリンカー製造量の計量と組成管理が証憑整備の中核となります。
ベンチマークとグランドファザリングの境界
工場バウンダリの範囲
セメント工場における原料受入設備、原料粉砕機、調合設備、ロータリーキルン、プレヒーター・プレカルサイナー、クリンカクーラー、仕上粉砕機、製品出荷設備、集塵機、排ガス処理設備、燃料受入・供給設備はベンチマーク対象となるバウンダリに含めます。それらの付帯設備における燃料消費と、工場内の移動燃焼設備フォークリフト等も対象です。
対象外とグランドファザリング
同一工場等内にある事務所・研究所等は本ベンチマークのバウンダリ内に含めます(マニュアル10節)。また、同一工場等内におけるセメント事業に関連する製品(スラグ、マグネシア、石灰石、炭酸カルシウム、フライアッシュ、石こう、ポリマーセメントモルタル、けい石、砕砂、シリカ等)もバウンダリに含まれます。一方、別敷地の石灰石鉱山の採掘設備、生コンクリート工場、倉庫、物流センターなどはベンチマーク対象外、またはグランドファザリングで処理する想定です。鉱業会社を別法人として運営している場合の法人間整合、生コン会社への製品出荷後の排出取扱いなど、法人格単位での切り分けを明確化する必要があります。
排出枠割当と未償却相当負担金
排出枠割当の特徴
セメント製造業はプロセスCO2の絶対量が大きいため、無償割当量も大規模となります。混合セメント販売拡大による活動量の変化、代替燃料の利用比率、クリンカ比率の低減など、排出削減の選択肢は多岐にわたります。排出枠は1t単位で割り当てられ、GX推進機構の取引市場と相対取引で売買できます。
負担金リスクと需給連動性
翌年度1月31日時点で保有義務量分の排出枠が不足すれば、不足分に参考上限取引価格を乗じ1.1を乗じた額を未償却相当負担金として納付します。セメント需要は建設投資と連動するため、需要変動期には生産量と排出量が連動して変動し、排出枠の過不足リスクが高まります。業界の需要予測と連動した排出枠ポジション管理が財務管理の要となります。
移行計画と登録確認機関
移行計画の記載ポイント
セメント事業者の移行計画では、代替燃料の利用拡大、混合セメント販売の拡大、廃熱発電、クリンカ比率低減、CCUS導入、水素バーナー・アンモニア混焼、水素還元クリンカなどの投資項目を記載します。該当工場等にはキルンラインごとまたは工場ごとの単位で記述し、排出削減効果を定量的に示します。
登録確認機関の確認ポイント
登録確認機関は、プロセスCO2算定法の選定と継続性、石灰石純度分析とクリンカCaO組成分析の整合、代替燃料のロット別組成分析と化石炭素比率、集塵ダストの再投入マスバランス、混合材比率の製品別管理、バイパスダストの取り扱いなどを確認します。証憑は原料受入から出荷までを追跡できるよう整備することが求められます。
実務フロー
- Step1 事業者単位の年度平均排出量を確認し、制度対象判定を確定する。
- Step2 ERMSアカウントとGビズIDを準備し、法人等保有口座を開設する。
- Step3 プロセスCO2算定法の選定、代替燃料組成分析、混合材比率管理の体制を整備する。
- Step4 登録確認機関と契約し、ロット別証憑とクリンカ生産日報等を共有する。
- Step5 9月30日までに排出目標量等の届出と移行計画をERMSで提出する。
- Step6 11月末頃に排出枠の無償割当を受け、法人等保有口座で残高を確認する。
- Step7 翌年度4月から9月に排出実績量の算定と登録確認機関の確認を受け、9月30日までに報告する。
- Step8 翌年度1月31日までに保有義務量分の排出枠を保有し、不足時は市場調達か負担金納付で対応する。
FAQ
プロセスCO2は原料起源とクリンカ起源のどちらで算定しますか
算定法の選定は各事業者の判断ですが、通常は石灰石投入量とCaCO3純度が正確に把握できる事業者は原料起源法を、クリンカ生産量とCaO組成分析が精緻な事業者はクリンカ起源法を選びます。いずれの方法を選定した場合も、その方法を年度ごとに継続することが求められ、登録確認機関はその継続性と算定根拠の妥当性を確認します。
代替燃料のバイオマス比率はどう決めますか
廃タイヤ、廃プラスチック、下水汚泥、廃油、RPFなどの代替燃料は、ロットごとに組成分析を行い、化石由来炭素とバイオマス由来炭素の比率を決定します。バイオマス部分は燃焼排出として計上せず、化石由来部分のみ排出係数を適用します。定常的なサンプリング方法と分析機関の選定ポリシーを社内標準化することが重要です。
集塵ダストの取扱いはどうしますか
キルンバイパスダストやプレヒーターサイクロンダストを回収してキルンに再投入する場合、再投入分のCaOは既にプロセスCO2として算定済みのため二重計上を避ける必要があります。外部にセメント原料や固化材として販売する場合は、外販量と自所消費量を区別してマスバランスを整えます。
フライアッシュセメントはどう扱いますか
フライアッシュセメントは、JIS R 5213で規定される火力発電所のボイラー排ガス中のフライアッシュを混合材として使用したセメントをいいます。フライアッシュは火力発電側で発生した副産物のため、セメント事業者側ではプロセスCO2を計上しません。製品別混合比率を管理し、活動量算定に反映します。
クリンカ輸入分の扱いはどうなりますか
輸入クリンカを使用する場合、プロセスCO2は海外で発生しており、国内セメント工場のバウンダリ内では算定対象外となります。国内仕上粉砕機での燃料燃焼と電力消費のみ計上します。輸入クリンカの受入証明書と使用量記録を証憑として整備します。
都市ガス係数はどう選定しますか
都市ガスの排出係数は、ガス事業者が提供する実測値または一般的な係数表を使用します。使用する係数の出典、適用期間、単位発熱量を明示し、排出量算定・報告マニュアルの指定に整合させます。事業者が複数ガス事業者から供給を受けている場合は、供給元別の係数適用が必要です。
まとめ
セメント製造業にとってGX-ETSは、クリンカ焼成に伴うプロセスCO2と化石燃料・代替燃料の燃焼CO2を、独立したセメント製造業ベンチマークで一体的に捉える制度設計です。プロセスCO2の算定は原料起源またはクリンカ起源のいずれかを選定し、方法の継続性を確保します。代替燃料の組成分析、集塵ダストのマスバランス、混合セメント別の活動量補正、都市ガス係数の出典明示など、多数の個別論点を登録確認機関の確認に耐える形で証憑化することが実務の核心です。排出枠市場の活用と未償却相当負担金リスクの管理、移行計画でのCCUS・水素混焼・クリンカ比率低減投資の対外公表を一連の経営プロセスとして設計することが、この制度下でのセメント事業者の対応の骨格となります。
参考リンク
- 経済産業省 排出量取引制度のページ
- GX推進機構 排出量取引制度関連情報
- デジタル庁 GビズID
- GX推進法 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律

