本稿はサステナビリティスタンダードパートナーズが、GX推進法に基づく排出量取引制度について、ナフサクラッカー事業者がどのように制度対象となり、2026年5月14日改訂で新設された「05a 石油化学系基礎製品製造」のベンチマーク(製品BM)の枠組みで、エチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分の生産量を基準活動量とし、直接排出比率による補正を行って排出目標量を算定し、排出枠償却に至るのかを最新マニュアルに基づき整理するものです。GX-ETSはCO2直接排出のみを対象とし、LDAR漏洩のCH4や電力由来間接排出は対象外です。


結論
ナフサクラッカーを運営する事業者は、CO2直接排出量の年度平均が10万t以上となる事業者としてGX-ETSの制度対象となり、2026年5月14日のマニュアル改訂で独立して新設された「05a 石油化学系基礎製品製造」ベンチマーク(製品BM、☑直接排出比率)で排出目標量を算定します。算定式は排出目標量=目指すべき原単位×基準活動量×直接排出比率で、目指すべき原単位は2026年度0.4791→2030年度0.4647 tCO2/t(生産量当たり)です。基準活動量はエチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分の合計生産量で、ナフサクラッカーの分解工程・精製工程における燃料使用と原材料起源排出(算定報告マニュアル2.16のエチレン等の製造)が算定対象に含まれます。アセチレン精製工程やPSA等水素精製工程は本BMの算定対象から除外されます。
背景
ナフサクラッカーは、ナフサ・エタン・LPG等の軽質炭化水素原料を約850度のスチームクラッキング分解炉で熱分解し、エチレン、プロピレン、ブタジエン、BTX等の基礎化学品を製造する装置です。日本国内の石油化学コンビナートでは複数のナフサクラッカーが稼働し、下流のポリエチレン、ポリプロピレン、スチレンモノマー、BTX誘導品の製造装置と一体運用されています。当初の制度設計では「05 有機化学工業製品製造業」の枠組みでまとめて燃料BMによる算定とされていましたが、2026年5月14日のマニュアル改訂により、ナフサクラッカーは「05a 石油化学系基礎製品製造」として独立した製品BMで算定する体系に変更されました。これにより、エチレン等の基礎製品の生産量を直接基準活動量とし、直接排出比率による補正を施す精緻な算定が導入されています。
SSPの定義
SSPはサステナビリティスタンダードパートナーズの略称で、経済産業省 GXリーグ登録検証機関として第三者確認を含む第三者保証業務を主業とする機関です。本稿におけるナフサクラッカーとは、ナフサ・エタン・LPG等の原料を高温スチームで熱分解してエチレン等の石油化学系基礎製品を製造するスチームクラッキング装置を指します。石油化学系基礎製品とは、エチレン下流工程の原料となる製品グレードエチレン、純度90%以上のケミカルグレードプロピレン、ブタジエン抽出装置等の原料となるC4留分、石油樹脂原料・BTX抽出原料・ガソリン基材原料等に利用される炭素数5〜9のC5〜C9留分(分解ガソリン)の4種を指します。分解炉とは、炉内放射伝熱管で原料と希釈スチームを高温に加熱して熱分解反応を起こす炉で、反応吸熱のため多量の燃料ガス燃焼を必要とします。
変更点の要約
- 2026年5月14日改訂で「05a 石油化学系基礎製品製造」のBMが新設(製品BM、☑直接排出比率)
- 05bの燃料BMと異なり、活動量は石油化学系基礎製品の生産量(エチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分の合計)
- 目指すべき原単位は2026年度0.4791→2030年度0.4647 tCO2/t(製品トン当たり)
- 事業活動の範囲はナフサクラッカーの分解工程および精製工程における燃料の使用および原材料起源の直接排出
- 原材料起源排出は算定報告マニュアル2.16「エチレン等の製造」が対象
- アセチレンの精製工程、PSA(圧力変動吸着装置)等の水素の精製工程は本BMの対象外
- 水素、エチレンボトム油、分解炉以外からの流入製品、重合工程未反応戻し製品は活動量に含まない
- 排出目標量の算定式に「直接排出比率」(前年度の直接排出量と間接排出量の合計に占める直接排出量の割合)が組み込まれる
基礎知識
ナフサクラッカーの排出管理で押さえるべき前提は3点です。第1は活動量の精緻な把握で、エチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分の各製品について、生産重量の直接計量または販売重量+自家消費重量+期末在庫−期首在庫の方法で正確に把握し、計算対象から除外すべき製品(精製アセチレン、流入製品、戻し製品、水素、エチレンボトム油)を明確に切り分けます。第2は直接排出比率の管理で、自社内の電気・熱の供給状況に応じて直接排出量と間接排出量を分け、前年度実績に基づく比率を毎年度更新します。第3はGX-ETSの対象範囲の理解で、本制度はCO2直接排出のみを対象とし、LDAR漏洩のCH4等の非CO2ガスや電力由来の間接排出(外部購入電力分)は対象外です。
論点整理表
| 論点 | 制度上の位置づけ | ナフサクラッカーでの該当 | 判断基準 | 実務上の留意点 |
| 対象判定 | GX推進法第33条第1項 | 年度平均排出量10万t以上 | 直近3年度のCO2直接排出量の平均 | クラッカー保有事業者は対象可能性高い |
| ベンチマーク区分 | 実施指針 05a | 石油化学系基礎製品製造(製品BM) | 2026年5月14日改訂で新設 | 05b 有機化学工業製品製造業(燃料BM)とは別枠 |
| 基準活動量 | 式05a-1 | 4製品の合計生産量 | エチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分 | 水素・エチレンボトム油は除外 |
| 直接排出比率 | 式05a-1 | 前年度の直接排出量/(直接+間接)排出量 | 毎年度実績で更新 | 電気・熱の生成・供給で値が変動 |
| 分解炉 | エネルギー由来 | 燃料ガス燃焼 | 燃料×発熱量×係数 | 炉別計量が望ましい |
| 原材料起源 | 2.16 エチレン等の製造 | 分解工程の脱炭素分 | マニュアル2.16の係数を使用 | 実排出量算定で計上 |
| 除外工程 | 05a節(1)② | アセチレン精製・水素精製(PSA等) | 本BM対象外 | 除外範囲をフロー図で明確化 |
| 排出枠償却 | GX推進法 | 翌年度1月31日までに保有 | 保有義務量分の排出枠 | 不足分は上限価格の1.1倍を負担金として納付 |
比較表 目指すべき原単位
| 割当年度 | 目指すべき原単位(tCO2/t) |
| 2026年度 | 0.4791 |
| 2027年度 | 0.4755 |
| 2028年度 | 0.4719 |
| 2029年度 | 0.4683 |
| 2030年度 | 0.4647 |
単位はtCO2/t(製品トン当たり)です。05bの有機化学工業製品製造(燃料BM、tCO2/GJ単位)とは異なる体系であることに留意してください。
制度対象判定とスケジュール特例
事業者単位の判定
ナフサクラッカー運営事業者は、単一クラッカーの年間エチレン生産量が数十万tから百万tを超え、関連する年度平均排出量は200万tから500万t規模に達します。事業者単位で判定するため、初年度から制度対象となるのが通常です。コンビナート内の他法人(誘導品メーカー等)とはそれぞれ別事業者として個別判定します。
2026年度特例
2026年度に対象となる場合、2026年9月末までに基礎情報と年度平均排出量のみ届出し、排出目標量等は2027年9月末まで猶予されます。2026年度を活用して、4製品の品種別計量精度の確認、直接排出比率の算定基盤整備、除外工程(アセチレン精製・水素精製)のフロー図整備、登録確認機関との契約を進めることが推奨されます。
石油化学系基礎製品BMの仕組み
算定式
05a 石油化学系基礎製品製造のベンチマーク算定式は次のとおりです(マニュアル式05a-1)。
排出目標量 = 目指すべき原単位 × 基準活動量 × 直接排出比率
基準活動量は基準年度(2023〜2025年度)における石油化学系基礎製品生産量の3年平均です。直接排出比率は割当年度の前年度における直接排出量と間接排出量の合計に占める直接排出量の割合として算定します。なお実施指針に規定する副生燃料を使用している場合(他者や自社の他工程から供給されたものに限る)は、届出・排出目標量等算定マニュアル第Ⅱ部2.4.2の「(3)副生燃料起源排出量」を参照して副生燃料に係る排出目標量を別途算定します。
活動量の対象と除外
基準活動量に含める石油化学系基礎製品は以下の4種類であり、これらの合計生産量を活動量とします。
- エチレン: エチレン下流工程の原料となる製品グレードエチレン
- プロピレン: プロピレン純度90%以上のケミカルグレード
- C4留分: ブタジエン抽出装置等の原料となる、炭素数が4の分子で構成される炭化水素留分
- C5〜C9留分: 分解ガソリンとも呼ばれる留分で、石油樹脂原料・BTX抽出原料・ガソリン基材原料等に利用される炭素数5〜9の分子が主体の留分
一方、以下の生産量は本ベンチマークにおける活動量から除外します。
- 精製されたアセチレン
- 分解炉以外からナフサクラッカー精製工程に流入する石油化学系基礎製品
- 重合工程において未反応となった後、ナフサクラッカー精製工程に戻る石油化学系基礎製品
- 水素、エチレンボトム油
直接排出比率の算定
直接排出比率は、割当年度の前年度における直接排出量と間接排出量の合計に占める直接排出量の割合です。直接排出量としてはナフサクラッカーの分解工程・精製工程における燃料使用および原材料起源の排出を計上し、工場等内で自らが電気・熱を生成している場合はバウンダリ内で使用する当該電気・熱の生成に係る排出量も直接排出として含めます(他工程・自社他工場・他者に供給する電気・熱の生成分は含めない)。間接排出量としては他者および自社の他工場等から供給された電気・熱の使用に伴う排出を計上し、排出係数は届出・排出目標量等算定マニュアル第Ⅱ部2.3.4(3)「②電気及び熱に係る間接排出の扱い」を参照します。
ベンチマークとグランドファザリングの境界
対象工程
ナフサクラッカーの分解炉、急冷塔、圧縮機、精製蒸留塔、抽出塔、吸着塔、製品貯槽、これらに紐付くユーティリティ施設、補助ボイラー、コジェネ、燃焼塔、排ガス処理設備、工場内動力設備が本BMのバウンダリ内です。原料受入・保管設備のうち燃料を消費するものも対象に含めます。
除外工程と対象外
マニュアル05a節(1)②により、アセチレンの精製工程、PSA(圧力変動吸着装置)等の水素の精製工程は本BMによる割当ての対象から除かれます。事務所、研究棟、別敷地の試験プラント、物流拠点などはベンチマーク対象外またはグランドファザリング扱いです。同一工場等内で05b 有機化学工業製品製造業(燃料BM)の対象となる他工程と並存する場合は、バウンダリの切り分けを明確化します。
排出枠割当と未償却相当負担金
排出枠の運用
ナフサクラッカー事業者は排出枠量が国内有数の規模となるため、排出枠市場の主要プレイヤーとなります。原料ナフサ価格、製品市況、エネルギー価格に加えて排出枠価格を経営指標に織り込んだ運用が求められます。排出枠は1t単位で無償で割り当てられ、取引市場と相対取引で売買可能です。
負担金リスク
翌年度1月31日時点の排出枠不足時には不足分×参考上限取引価格×1.1を未償却相当負担金として納付します。ナフサクラッカーは絶対排出量が大きいため、未償却相当負担金の理論値も大きく、排出枠の先行取得と生産計画連動運用が財務リスク管理の要です。
移行計画と登録確認機関
移行計画の記載
ナフサクラッカー事業者の移行計画では、分解炉電化、水素バーナー、アンモニア燃焼、バイオナフサ・合成ナフサ採用、CCUS導入、廃プラリサイクルナフサ活用、デコーキング運転最適化などを投資計画に記載します。該当工場等には分解炉群や誘導品プラントを個別に記述します。
確認業務のポイント
登録確認機関は、4製品(エチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分)の生産量計量の網羅性、除外製品(精製アセチレン・流入製品・戻し製品・水素・エチレンボトム油)の切り分け、直接排出比率の算定根拠(直接排出量と間接排出量の集計)、アセチレン精製工程・水素精製工程の除外境界、自社内電気・熱の供給状況に応じた直接排出比率の妥当性、副生燃料の取扱いを確認します。
実務フロー
- 事業者単位の年度平均排出量を確認し、制度対象判定を確定する。
- ERMSアカウントとGビズIDを準備し、法人等保有口座を開設する。
- 4製品(エチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分)の品種別計量体系を整備し、除外製品の切り分け根拠を文書化する。
- 直接排出比率(前年度実績)の算定体制を整備する。
- 登録確認機関と契約し、フロー図と品種別計量証憑、直接排出比率の算定根拠を共有する。
- 9月30日までに排出目標量等の届出と移行計画をERMSで提出する(2026年度初年度は基礎情報および年度平均排出量のみで足り、排出目標量等の届出と移行計画提出は2027年9月末まで猶予)。
- 11月末頃に排出枠の無償割当を受け、法人等保有口座で残高を確認する(2026年度初年度は2027年度に割当)。
- 翌年度4月から9月に排出実績量の算定と登録確認機関の確認を受け、9月30日までに報告する。
- 翌年度1月31日までに保有義務量分の排出枠を保有し、不足時は市場調達か負担金納付で対応する。
FAQ
05a(石油化学系基礎製品)と05b(有機化学工業製品)はどう区別しますか
05aは「主としてナフサからナフサクラッカーにより石油化学系基礎製品を製造する事業」が対象で、製品BM(活動量はエチレン等4製品の生産量、tCO2/t単位)です。05bは「日本標準産業分類における小分類『有機化学工業製品製造業』(発酵工業を除く)」が対象で、燃料BM(活動量は工場等全体の燃料使用量、tCO2/GJ単位)です。ナフサクラッカーを保有する工場では、ナフサクラッカー部分を05aで、それ以外の有機化学工業製品製造部分を05bで個別算定し、バウンダリの切り分けを明確化します。
エチレンボトム油や水素を活動量に含めない理由は
マニュアル05a節(2)③により、水素・エチレンボトム油は石油化学系基礎製品の生産量から明示的に除外されています。同様に、精製されたアセチレン、分解炉以外からナフサクラッカー精製工程に流入する石油化学系基礎製品、重合工程で未反応となってナフサクラッカー精製工程に戻る石油化学系基礎製品も活動量から除外します。これは、本BMが「ナフサクラッカーの分解により新規に生成された石油化学系基礎製品」を捉える設計のためです。
直接排出比率はどう算定しますか
直接排出比率は、割当年度の前年度における直接排出量と間接排出量の合計に占める直接排出量の割合です。直接排出量にはナフサクラッカーのバウンダリ内における燃料の使用および原材料起源排出を計上し、自家発電・自家熱で使用する分も含めます。間接排出量には他者および自社他工場から供給された電気・熱の使用に伴う排出を計上し、排出係数は届出・排出目標量等算定マニュアル第Ⅱ部2.3.4(3)「②電気及び熱に係る間接排出の扱い」のとおり、電気は全国平均係数(または実測等に基づく係数)、熱は所定のデフォルト値(または実測等に基づく係数)を使用します。
アセチレン精製工程や水素精製工程はなぜ除外されますか
マニュアル05a節(1)②により、アセチレンの精製工程、PSA(圧力変動吸着装置)等の水素の精製工程は本BMによる割当ての対象から除かれます。これらは石油化学系基礎製品の製造工程の中で副次的・特殊な精製工程に該当するためです。これらの工程に係る燃料使用・排出は、グランドファザリング方式または別BMで個別に処理します。
フレアリングの取扱いはどうなりますか
ナフサクラッカーのフレアスタックは分解工程・精製工程に紐付くユーティリティ施設の一部としてバウンダリ内に含まれます。定常フレアのパイロット燃料および非定常フレアイベントによる放散は、流量計と組成分析に基づいて排出量を算定し、運転日誌・非定常記録と連携させて証憑化します。
副生燃料の扱いはどうなりますか
05aは☑副生燃料の指定はありませんが、実施指針に規定する副生燃料を使用している場合(他者や自社の他工程から供給されたものに限る)は、本BM算定に加えて、届出・排出目標量等算定マニュアル第Ⅱ部2.4.2の「(3)副生燃料起源排出量」を参照して副生燃料に係る排出目標量を別枠で算定します。
まとめ
ナフサクラッカー事業者にとってGX-ETSは、2026年5月14日改訂で新設された「05a 石油化学系基礎製品製造」の製品BM(目指すべき原単位2026年度0.4791→2030年度0.4647 tCO2/t)の枠組みで、エチレン・プロピレン・C4留分・C5〜C9留分の合計生産量を基準活動量とし、直接排出比率による補正を施して排出目標量を算定する制度設計です。05bの有機化学工業製品製造(燃料BM)とは別枠の体系であり、ナフサクラッカーを保有する事業者は本05aで個別算定します。アセチレン精製工程・水素精製工程の除外、水素・エチレンボトム油等の活動量除外、直接排出比率の前年度実績更新、副生燃料の別枠算定を、登録確認機関の第三者確認に耐える形で整備することが実務の核心となります。GX-ETSはCO2直接排出のみを対象とし、LDAR漏洩のCH4や電力由来の間接排出は対象外です。排出枠市場の主要プレイヤーとして、市場の相場変動と生産計画、投資計画を連動させた経営プロセスを設計し、分解炉電化・水素バーナー・バイオナフサ・CCUSを移行計画で対外公表することが、この制度下でのナフサクラッカー事業者の対応の骨格となります。
参考リンク
- 経済産業省 排出量取引制度のページ
- GX推進機構 排出量取引制度関連情報
- デジタル庁 GビズID
- GX推進法 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律
- ベンチマーク方式による排出目標量の算定方法マニュアル 別冊(05a 石油化学系基礎製品製造)
- 排出量算定・報告マニュアル 第Ⅱ部 第2章 2.16 エチレン等の製造


