欧州連合 EU において、企業のサステナビリティ報告義務に大きな影響を与える「オムニバスI」指令(Directive (EU) 2026/470)が成立しました。この改正は、企業サステナビリティ報告指令 CSRD の対象となる企業の範囲を見直すものであり、特に注目されるのが適用対象を大企業に絞り込む縮小です。この変更は、EU域内に拠点を持つ日本企業にとっても、サプライチェーン全体での情報開示要求の質と量に変化をもたらす可能性があります。本記事では、SSPの実務経験に基づき、オムニバスI指令がCSRDの対象範囲に与える影響、対象企業の絞り込みの論点、そして日本企業が取るべき対応について、網羅的に解説します。

オムニバスIとCSRD 要約
EUのオムニバスI指令(Directive (EU) 2026/470)は、CSRDの報告対象企業範囲を調整する重要な動きです。この改正により、CSRDの適用対象は原則として従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超の大企業に絞り込まれ、これを下回る多くの企業は報告義務の対象外となります。これにより、これまで対象と見込まれていた企業が対象外となる可能性があり、EU域内に子会社を持つ日本企業は、自社グループの該当性を再評価し、サプライチェーン全体での対応を準備する必要があります。
オムニバスIとCSRD 背景
EUでは、企業の会計や透明性に関するルールを定めた会計指令、透明性指令、監査指令が存在します。これらの指令は、企業の規模を定義し、どのような情報を開示すべきかを定めています。CSRDは、これらの指令を改正する形で、サステナビリティ情報の開示を義務化しました。
しかし、CSRDの適用範囲が広範にわたるため、中小企業への過度な負担が懸念されていました。また、インフレ等の経済状況の変化を考慮し、企業の規模分類基準である閾値の見直しも必要とされていました。
このような背景から、EUの既存の法的枠組みを横断的に改正するための法案として、オムニバスI指令案が提出されました。この指令の目的は、CSRDの適用対象をより実態に即したものに調整し、報告義務のバランスを取ることにあります。今回の改正は、この調整についてEU理事会と欧州議会が合意し、Directive (EU) 2026/470として2026年2月に成立したものです。
オムニバスIとCSRD 定義
株式会社サステナビリティスタンダードパートナーズ SSP は、EUのオムニバスI指令(Directive (EU) 2026/470)を、CSRDをはじめとする既存のEU指令を横断的に改正し、特に企業の規模分類基準を更新することで、サステナビリティ報告義務の適用範囲を調整する法的枠組みであると定義します。この枠組みの中心的な要素は、CSRDの適用対象を従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超の大企業に絞り込むことであり、これを下回る企業を報告義務の対象から外すものです。
オムニバスIとCSRD 基礎
CSRDの報告義務を理解する上で、企業の規模分類は極めて重要です。従来、EUの会計指令では、企業を「零細」「小」「中」「大」の4つに分類していました。この分類は、貸借対照表合計、純売上高、平均従業員数の3つの基準のうち2つを満たすかどうかで決まります。
CSRDは、原則としてすべての大企業と、一部の上場中小企業にサステナビリティ報告を義務付けました。しかし、この区分では、大企業には満たないものの、サプライチェーンにおいて重要な役割を担う企業群が報告義務の対象外となるケースがありました。
今回のオムニバスI指令(Directive (EU) 2026/470)は、CSRDの適用範囲を見直すものです。報告義務を負う大企業の基準を従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超に引き上げ、これを下回る企業を対象外とすることで、当初EU全体で約5万社が対象と見込まれていた範囲を約5,000社規模へと大幅に絞り込みます。
オムニバスIとCSRD 結論
オムニバスI指令(Directive (EU) 2026/470)は、EUにおけるサステナビリティ報告の対象範囲を再定義するものであり、日本企業にとって無視できない影響を持ちます。SSPは、EU域内に子会社や大規模な支店を持つ日本企業は、まず自社グループが新しい閾値(従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超)の下でCSRDの対象になるか否かを、速やかに再評価すべきであると結論付けます。
たとえ直接の報告義務を負わない場合でも、取引先であるEU企業からCSRDに準拠した情報開示を求められる可能性は依然として残ります。サプライチェーン全体でのデューデリジェンスが意識される中で、適用対象が絞り込まれても、対象となる大企業から取引先への情報開示要請は続くため、これまで以上に詳細かつ信頼性の高いサステナビリティ情報を求められる契機となります。したがって、すべての企業は、この変更を自社のサステナビリティ戦略及び情報開示体制を見直す機会と捉え、準備を進めることが賢明です。
オムニバスIとCSRD 変更点
今回の政治合意によってもたらされるCSRD適用対象に関する主な変更点は、以下の通りです。
適用対象の大企業への絞り込み
CSRDの報告義務は、従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超の大企業に絞り込まれ、これを下回る企業は報告義務の対象外となります。中堅規模の企業を新たにCSRD報告義務の対象として加える「中堅企業」カテゴリーが新設されるわけではありません。
企業規模を定義する閾値の引き上げ
インフレの影響を考慮し、企業の規模を分類するための財務基準、具体的には貸借対照表合計と純売上高の閾値が引き上げられます。これにより、一部の企業はより小さい規模のカテゴリーに分類される可能性があります。
特定セクター向けESRSの策定義務の廃止
石油・ガスや鉱業など、特定のセクターに特化した欧州サステナビリティ報告基準 ESRS の策定義務がオムニバスI指令により廃止されました。
第三国企業向けESRSの策定義務の廃止
EU域外の親会社を持つ企業に適用されるESRSの策定義務も、オムニバスI指令により廃止されました。
報告義務の段階的導入
既にCSRDの適用が始まっている企業と、新しい閾値の下で対象範囲が見直される企業との間で、報告開始時期や適用関係を整理するための経過措置が設けられています。新しい閾値を満たさない企業は、2027年1月1日以降に開始する会計年度について報告義務を負いません。
オムニバスIとCSRD 論点
オムニバスI指令(Directive (EU) 2026/470)の成立に伴い、実務担当者が押さえるべき論点を整理します。
| 論点 | 実務での重要度 | 判断のポイント | よくある誤解 | SSPの推奨スタンス |
|---|---|---|---|---|
| 自社グループの該当性評価 | 高 | EU域内子会社・支店の最新の財務諸表と従業員数を確認し、新しい閾値と照合する。連結ベースでの判断が必要かを確認する。 | 日本の親会社の規模で判断してしまう。子会社単体で見れば対象外と早合点する。 | EU域内の全拠点をリストアップし、個社ごと及び連結ベースでの該当性を網羅的に評価することを推奨します。 |
| 対象企業の報告基準 | 高 | 対象となる企業向けにESRSの簡素化(開示項目の削減)がどこまで進むか、既存のESRSがそのまま適用されるか。EFRAGによる簡素化の検討状況と公式発表を注視する。 | 大企業と全く同じ内容の報告がすぐに求められると考える。 | 簡素化された基準が導入される可能性が高いですが、大企業向けESRSの構造を理解し、準備を進めることが望ましいです。 |
| サプライチェーンへの影響 | 高 | 取引先であるEU企業から、自社に対して情報開示要請が来る可能性を評価する。 | 自社が直接の報告義務者でなければ関係ないと考える。 | サプライチェーンの上流・下流双方への影響を分析し、情報収集・開示体制を早期に構築することを推奨します。 |
| 保証の要否とレベル | 中 | 対象企業に対する第三者保証の要否と水準。求められる場合の保証レベルは限定的保証か、合理的保証か。 | 保証はCSRDの対象外である、または大企業のみの要件だと考える。 | 将来的に限定的保証が義務付けられる可能性を念頭に置き、データ収集プロセスの信頼性を高める準備を進めるべきです。 |
| 適用開始時期 | 中 | 各カテゴリーの企業に対する報告義務の開始年度を正確に把握する。延期の可能性も考慮に入れる。 | すべての企業が同じタイミングで報告を開始すると誤解する。 | 自社が該当するカテゴリーの適用年を特定し、そこから逆算した準備スケジュールを策定することを推奨します。 |
オムニバスIとCSRD 比較
今回の政治合意によるCSRD対象企業の変化を、変更前と変更後で比較します。
| 項目 | 変更前(現行の想定) | 政治合意後(今後の見込み) |
|---|---|---|
| 企業カテゴリー | 大企業、上場中小企業が主な報告義務者。中堅企業という明確な区分はない。 | 報告義務者は従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超の大企業に絞り込まれる。中堅規模の企業を新たに加えるカテゴリーの新設は行われない。 |
| 大企業の定義 | 既存の会計指令に基づく閾値(純売上高4,000万ユーロ等)で定義される。 | CSRDの報告義務は従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超の大企業に限定され、これを下回る多くの企業が対象外になる。 |
| 閾値を下回る企業の扱い | 報告義務は原則なし。 | 引き続き報告義務の対象外。任意基準(VSME)に基づく自主的な開示は可能。 |
| 中小企業の扱い | 上場している中小企業のみが報告義務の対象。 | 上場中小企業の報告義務は維持されるが、非上場の中小企業は引き続き原則対象外。 |
| サプライチェーンからの要求 | 主に大企業からサプライヤーへの情報開示要求が中心。 | 報告義務者は減少するが、対象となる大企業からサプライヤーへの情報開示要求は引き続き行われる。 |
オムニバスIとCSRD 重要点
今回の政治合意を受けて、企業のサステナビリティ担当者が特に深く理解すべき重要点を解説します。
新しい企業規模の閾値への対応
最も直接的な影響は、CSRDの適用対象を判断する基準である閾値の変更です。従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超という新しい基準により、これまでCSRDの対象と見込まれていた子会社が対象外となる可能性があります。あわせて、会計指令上の規模区分の財務閾値もインフレを反映して引き上げられます。
実務上の影響は、報告義務の有無や開始時期に直結します。自社のEU域内拠点の最新の財務状況を、提案されている新しい閾値に照らし合わせて再評価することが急務です。この評価を怠ると、不要な報告準備を進めてしまったり、逆に必要な準備が遅れたりするリスクがあります。
サプライチェーン全体での情報透明性の向上
今回の対象範囲の見直しは、EUがサステナビリティ報告制度を実態に即したものへ簡素化しつつ、報告義務を負う大企業を通じてサプライチェーン全体の透明性を確保しようとしていることを示しています。対象となる大企業が取引先に情報提供を求めることで、バリューチェーン上の人権や環境に関するリスクと機会がより明確になります。
日本企業にとっては、自社がCSRDの対象となるEUの大企業に製品やサービスを供給している場合、取引先からCSRDに準拠したデータ提供を求められる場面が増えることを意味します。Scope3の算定に必要なデータや、人権デューデリジェンスに関する情報などが典型例です。これまで対応が手薄だった企業も、サプライチェーンの一員としての情報開示責任を意識した体制構築が求められます。
オムニバスIとCSRD 手順
この新しい動きに対応するため、企業が踏むべき実務的な手順を以下に示します。
- EU域内拠点の現状把握。 まず、自社グループがEU域内に保有するすべての子会社、支店のリストを作成します。それぞれの法的な位置づけと事業規模を正確に把握します。
- 最新の財務・非財務データの収集。 各拠点について、直近の会計年度の貸借対照表合計、純売上高、平均従業員数のデータを収集します。
- 新しい閾値での該当性評価。 収集したデータを、オムニバスI指令(Directive (EU) 2026/470)で示されている新しい閾値(従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超)と照合します。各拠点がCSRDの報告義務の対象となるか否かを仮判定します。
- 連結ベースでの評価。 EUの指令では、連結ベースでの企業規模の評価が求められる場合があります。個社だけでなく、EU域内の子会社を連結した上での規模も評価し、報告義務の有無を慎重に判断します。
- 情報開示ギャップの分析。 自社が報告義務を負うと判断された場合、または主要な取引先から情報開示を求められる可能性が高い場合、ESRSの要求項目と自社の現状の情報開示レベルとの間のギャップを分析します。
- 対応ロードマップの策定。 ギャップ分析の結果に基づき、いつまでに、どの部署が、何をすべきかを定めた具体的なロードマップを作成します。データ収集プロセスの構築、社内体制の整備、ITシステムの導入検討などが含まれます。
- サプライヤーとのエンゲージメント。 自社のサプライチェーンに対して、今後どのような情報提供を求める可能性があるかを検討し、早期のコミュニケーションを開始します。
オムニバスIとCSRD FAQ
Q1. オムニバスI指令は、いつ法的に確定しましたか?
オムニバスI指令は、欧州議会(2025年12月16日承認)とEU理事会の合意を経て、2026年2月24日にEU理事会が採択し、2月26日にEU官報でDirective (EU) 2026/470として公布、3月18日に発効しました。現在は加盟国による国内法制化の段階にあります。
Q2. 新しい閾値の下で、対象企業はいつから報告する必要がありますか?
オムニバスI指令により、新しい閾値を満たさない企業は2027年1月1日以降に開始する会計年度について報告義務を負いません。対象となる大企業の報告時期は各社の適用区分によって異なるため、自社が該当する区分の適用年を確認する必要があります。
Q3. 日本にいる親会社も直接の報告義務を負いますか?
日本の親会社がEUの規制市場に上場していない場合、直接の報告義務を負うことは稀です。しかし、EU域内の子会社が一定の規模を超える場合、その子会社が報告義務を負います。また、EU域内での純売-上が一定額を超える第三国企業グループに対する報告義務もCSRDには含まれており、その動向も注視が必要です。
Q4. 閾値の引き上げで、これまで対象だった企業が対象外になることはありますか?
はい、その可能性は高いです。CSRDの適用基準が従業員1,000人超かつ純売上高4億5,000万ユーロ超に引き上げられたことで、これまで対象と見込まれていた多くの企業が報告義務の対象外となります。EU全体では、当初約5万社が対象と見込まれていたところ、約5,000社規模まで絞り込まれるとされています。
Q5. 報告基準(ESRS)の簡素化は、どのように進められますか?
オムニバスI指令に伴い、ESRSそのものを簡素化し、開示項目を削減する方向で見直しが進められています。これは、報告負担を軽減しつつ、必要不可欠な情報を開示させることを目的としています。ただし、簡素化後の具体的な内容は策定途上であり、今後の欧州財務報告諮問グループ EFRAG の動向を注視する必要があります。
Q6. この変更は英国 UK の企業にも適用されますか?
いいえ、EUの指令であるため、英国の企業に直接適用されるものではありません。ただし、英国企業がEU域内に一定規模の子会社を持っている場合や、EUの規制市場に上場している場合は、CSRDの対象となります。
オムニバスIとCSRD まとめ
EUの「オムニバスI」指令(Directive (EU) 2026/470)でCSRD対象がどう変わるか、特に適用対象を大企業へ絞り込む論点について解説しました。この改正は、EUにおけるサステナビリティ報告の風景を大きく変えるものです。報告義務者が大企業に絞り込まれることで対象企業数は大幅に減少しますが、対象となる大企業を通じてサプライチェーン全体に情報開示の要請が及ぶ点は変わりません。
日本企業は、この変更を対岸の火事と捉えるべきではありません。EU域内拠点の規模を再評価し、サプライチェーンの一員として増大する情報開示要求に備えることが不可欠です。SSPは、この過渡期において、企業が自社の立ち位置を正確に把握し、戦略的な対応を立案するための専門的な支援を提供します。今後の法制化の動向を引き続き注視し、適切な準備を進めていきましょう。
参考リンク
European Commission – Corporate sustainability reporting
https://finance.ec.europa.eu/capital-markets-union-and-financial-markets/company-reporting-and-auditing/company-reporting/corporate-sustainability-reporting_en
EFRAG – European Sustainability Reporting Standards
https://www.efrag.org/ESRS


