日本の排出量取引制度小委員会は、新たな排出量取引制度(GX-ETS)の詳細設計を検討するために2025年に設置された専門委員会です。GX-ETSは国内の主要企業を対象に2026年度から義務化される温室効果ガス排出量取引制度であり、同小委員会の議論を通じて制度の骨子が固まりました。この記事では排出量取引制度小委員会(第1回~第7回) での議論内容を振り返り、GX-ETSの基本概念、設計ポイント、海外制度との比較について包括的に解説します。企業のサステナビリティ担当者が自社対応の参考とできるよう、SSP(サステナビリティ・スタンダード・パートナーズ)の視点から重要事項を整理し、引用可能な定義や比較表、実務フロー等も提示します。


GX-ETS 要約
排出量取引制度小委員会は、日本政府のGX推進法に基づきGX-ETSと呼ばれる新たな温室効果ガス排出量取引制度の制度設計を検討するため、2025年に産業構造審議会の下に設置された委員会である。2025年7月から12月まで計7回開催され、2026年度から本格実施されるGX-ETSの制度枠組み (対象範囲、排出枠の割当方式、クレジット利用条件、価格安定策等)と実施指針をとりまとめた。
GX-ETS 結論
GX-ETS (グリーントランスフォーメーション排出量取引制度)が2026年度から日本で開始されることが決まり、排出量取引制度小委員会はその詳細設計の議論を経て最終的な制度骨子を示しました。結論として、GX-ETSは国内の温室効果ガス総排出量の5割超を占める大企業を対象にキャップ&トレード型の排出量取引を義務化し、初年度 (2026年度)には排出枠価格の上限約4,300円/トンCO₂、下限約1,700円/トンという指標価格が設定されます。排出枠は基本的に無料で割り当てられますが、ベンチマーク方式 (産業毎の排出原単位指標) とグランドファザリング方式 (過去排出量基準) の併用によって配分され、2030年度までは年率1.7%程度の緩やかな削減率が適用される見通しです。さらに国内クレジット (JクレジットやJCM) の活用も一部認められ、実排出量の最大10%まで排出枠の不足分をクレジットで補填可能となります。一方、2033年度からは発電部門に有償オークションを段階導入する計画が示されており、長期的には無償配分を減らしカーボンプライシングの実効性を高める方向性です。以上のように、GX-ETSは欧州のEU-ETSに倣いつつ日本の事情に合わせた制度設計となっており、企業には自社排出量の的確な把握と削減計画の策定、第三者検証の受入れなど新たな対応が求められます。
GX-ETS 背景
日本政府は2050年カーボンニュートラル宣言および2030年温室効果ガス46%削減目標(2013年比)の達成に向け、炭素に価格を付けるカーボンプライシング政策を強化しています。これまで日本には国全体を対象とした統一的な排出量取引制度は存在せず、自主的な排出量取引の試行 (GXリーグ) やクレジット制度 (Jクレジット制度、オフセット・クレジット制度)による削減促進策が中心でした。しかし、産業部門・エネルギー部門からの排出削減を確実に進めるには排出総量に上限を設ける制度 (キャップ&トレード) が不可欠と判断され、2023年には「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律 (GX推進法)」が成立しました。このGX推進法の改正 (2025年5月)により2026年度からの排出量取引義務化が明記され、経済産業省の下で制度詳細を検討するため産業構造審議会 イノベーション・環境分科会 排出量取引制度小委員会が設置されました。
排出量取引制度小委員会は、産官学や業界団体の専門家で構成され、2025年7月から12月にかけて計7回開催されました。同小委員会の目的は、日本版ETS (GX-ETS) の制度設計案を取りまとめ、経済産業大臣への意見具申を行うことです。議論では、欧州連合のEU-ETSなど海外の先行事例や国内のGXリーグでの試行結果を踏まえつつ、日本の産業構造やエネルギー事情に適合した制度案が検討されました。背景には、企業に対して排出削減インセンティブを与えつつ国際競争力の維持も図るという難しい課題があり、カーボンリーケージ対策(企業が規制を嫌って海外移転するのを防ぐ措置) や電力の安定供給確保との両立も重要な論点として浮上しました。
また、GX-ETSの運用開始にあたり、企業の排出量データの正確性を担保するしくみや、取引価格の過度な変動を抑えるセーフティネットも制度設計上の重要事項でした。こうした背景から、小委員会では排出量算定・報告のMRV (測定・報告・検証) 制度や価格安定化措置(価格の上限・下限設定) についても議論が行われ、最終的な制度案に盛り込まれています。
GX-ETS 定義
排出量取引制度(Emission Trading System: ETS)とは、国や地域が温室効果ガス排出量に上限(キャップ)を設定し、その範囲内で企業間に排出枠 (アローワンス)の取引を認める市場メカニズムです。各企業は割り当てられた排出枠内で排出を抑制する義務を負い、余剰枠は売却、不足分は購入できます。SSP(サステナビリティ・スタンダード・パートナーズ)では、排出量取引制度を自社の排出削減努力を経済価値に変換し、業界全体のコスト効率的な削減を促す仕組みと定義します。すなわち、炭素に価格を付けることで「排出を減らせば利益、排出を増やせばコスト」という明確なインセンティブを企業にもたらし、持続可能なビジネス転換 (グリーントランスフォーメーション) を促進する制度と位置づけています。
GX-ETS 変更点
GX-ETS導入に伴い、日本の気候変動対策は自主参加から法的義務へと大きく転換します。以下に主要な変更点を要約します。
- 法的義務化:これまでのGXリーグ等の自主的取組とは異なり、一定規模以上の企業には排出量取引への参加と排出枠の償却 (コンプライアンス) が法律で義務付けられます。違反時の罰則規定も整備され、制度遵守が強制力を持ちます。
- 排出枠の割当方式の導入: 新制度ではキャップ&トレードが正式に導入され、政府が企業ごとの年間排出枠(アローワンス) を設定します。割当方式として、大部分の産業でベンチマーク方式(産業平均より効率の良い企業ほど有利)が採用され、一部でグランドファザリング方式(基準年排出量に削減率を乗じて算定)が併用されます。これにより各社の削減目標が明確化されます。
- 排出量データの第三者確認: GX-ETSでは各企業の排出実績報告にあたり登録確認機関(第三者検証機関)による排出量データ確認が義務化されます。これも従来の自主報告からの大きな変更点で、データ信頼性の確保と国際的な信頼担保につながります。
- クレジット利用枠の設定: 自主的取組では各社の判断でクレジット (オフセット) 活用が行われてきましたが、新制度では国内クレジット (Jクレジット等)の利用上限が明確に定められます(実排出量の10%まで)。また非化石証書等の属性クレジットは排出量報告上考慮しない方向となり、オフセットの範囲が限定されます。
- 価格安定化策の導入: 従来の自主市場にはなかった価格コントロール手段として、政府が参考上限価格・調整基準価格を毎年度設定することになりました。2026年度は上限4,300円/トン、下限1,700円/トンが示され、以降はインフレ等を勘案して年次調整されます。この枠組みにより、炭素価格の急騰・暴落時に政府が市場介入する余地が設けられています。
- 将来的な有償オークションの実施: 現行では排出枠の無償配分が基本ですが、2033年度から発電部門でのオークション (有償割当)が段階的に導入される予定です。これにより火力発電事業者には排出枠購入コストが直接課されるようになり、長期的には他部門も含めた有償化拡大が検討されています。
以上の変更点により、日本の排出量取引制度は試行段階から本格的な気候政策手段へと進化します。企業は法遵守の義務を負うとともに、炭素コストを経営変革に組み込む必要性が高まります。
GX-ETS 基礎
排出量取引制度の基本
排出量取引制度 (キャップ&トレード)は、まず国が排出総量目標 (キャップ)を定め、その範囲内で企業ごとに排出枠 (アローワンス) を割り当てる仕組みです。各企業は年度末に実排出量が保有する排出枠の範囲内に収まっていることを証明する義務があります (排出枠の償却)。排出枠が不足する企業は市場で他社から排出枠を購入し、余剰の企業は排出枠を売却して利益を得ることが可能です。この市場メカニズムにより、社会全体として費用対効果の高い削減が促されます。すなわち、削減コストの安い対策は各社で積極的に実施され、高コストの削減は市場からの排出枠購入で補うことで、同じ削減量でも経済全体の負担を軽減できます。
日本におけるGX-ETSの特徴
GX-ETSは日本版のキャップ&トレード制度ですが、設計上いくつか特徴があります。
対象ガスと範囲: 対象となる温室効果ガスはCO₂を中心にエネルギー起源CO₂および一部の非CO₂ガス (メタン、N₂O、代替フロン類等)を含みます。ただし、直接排出量 (自社施設からの排出)を取引対象の基本とし、間接排出量(購入電力由来の排出)は二重計上を避けるため扱いが限定的です。電力会社も将来的に制度参加することから、自社で購入する電力の脱炭素化 (再エネ電力調達) によるメリットはGX-ETS上は直接には反映されにくい設計です。
対象事業者:制度参加対象は、日本のGHG総排出量の5割超を占める大規模排出事業者です。具体的な基準は今後詳細に定められますが、エネルギー多消費型産業(鉄鋼、化学、セメントなど)や大規模な発電事業者等が中心となります。参加基準はエネルギー使用量・排出量に一定の閾値を設け、該当する企業はGX-ETSへの参加と排出報告が義務付けられます。
排出枠の単位: 排出枠は温室効果ガス1トン (CO2換算) に相当する量を1単位として扱います。各企業には年度ごとに○○トン分の排出枠が割り当てられ、未使用分や不足分は市場取引されます。
フェーズ制: GX-ETSは段階的発展(フェーズ)の構想が示されています。2023~2025年度は第一フェーズ (試行段階) としてGXリーグで自主的取引を実施中。2026年度から第二フェーズ (法定義務化)に移行し、民間企業への義務的な排出量取引が始まります。そして2033年度以降、第三フェーズとして発電部門へのオークション導入や制度全体の高度化が図られる予定です。
取引市場と価格: 排出枠は政府の認可する取引市場で売買され、市場価格は需給に応じて決定します。ただし前述のとおり、極端な価格変動を抑制するため参考上限価格・調整基準価格が設定されます。上限価格を超えるような高騰時には政府備蓄枠の放出等が検討され、下限を下回る低迷時には翌年の配分調整などが行われる仕組みです。これらは企業にとって炭素価格の予見性をある程度確保する効果があります。
以上の基礎知識を踏まえ、次章以降でGX-ETSに関する具体的な論点や制度設計内容を整理します。
GX-ETS 論点
| 論点 | 重要度 | 判断のポイント(解説) | よくある誤解 | SSPの推奨スタンス |
| 制度の適用対象 (どの企業が参加義務か) | 高 | 日本のGHG排出上位を占める企業が対象。エネルギー使用量や排出量に基づき基準を満たす事業者は参加義務。 | 全企業が対象と誤解されるが、実際は大規模事業者のみ。小規模事業者は当面対象外。 | 自社が基準該当かを早めに確認。将来的に基準が拡大する可能性も見据える。 |
| 排出範囲 (直接 vs 間接排出の扱い) | 中 | 取引対象は基本的に自社の直接排出のみ。購入電力由来の間接排出は報告対象だが二重計上防止のため排出枠取引には算入せず。 | 再エネ電力購入で排出枠が減ると期待する誤解。実際は間接排出削減はETS上有利になりにくい。 | 直接排出の削減に注力。ただし再エネ導入は自社の総合戦略上有益なので並行して推進。 |
| 割当方式 (ベンチマーク vs GF) | 高 | 大半の産業はベンチマーク方式: 業種ごとの排出原単位目標に基づき効率的企業ほど削減負担が小さい。少数業種はグランドファザリング(過去排出量基準に一律削減率)。 | 排出枠は過去排出量通りもらえるとの誤解。実際は多くの業種で業界平均より効率が悪い企業は枠不足となる。 | 自社の排出効率を業界ベンチマークと比較し、余剰か不足かを試算。不足が見込まれる場合は効率改善投資や対策計画が必要。 |
| 削減率の水準 | 中 | 2026~2030年度は約5年間で8.5%削減(年率1.7%相当)という控えめな削減率が設定。2031年度以降に見直し予定。 | 目標が厳しすぎるとの懸念や逆に緩すぎて効果がないとの批判。実際には当面緩やかながら義務削減が導入される段階。 | 初期の削減率は達成可能でも中長期で一層強化が予想される。早期に余剰排出枠を創出できる低炭素投資を行い備えるべき。 |
| カーボンリーケージ対策 | 中 | 国際競争力への配慮策として、輸出競争が激しい業種を 「リーケージ対象業種」に認定。該当企業には追加割当枠が与えられる可能性。判定は貿易強度など指標で実施予定。 | 国内産業が不利になるとの懸念。実際には一定の緩和策が用意されるため直ちに産業流出は起こりにくい。 | 自社が該当業種なら追加割当の条件(収益に対する負担割合等)を注視。緩和策に頼りすぎず、生産性向上策も検討。 |
| クレジット利用 | 中 | J-クレジットやJCMクレジットによるオフセットが利用可。上限は実排出量の10%程度に制限。非化石電力証書は原則ETS上は使用不可。 | 安価なオフセットで全部賄えるとの誤解。上限があり無制限ではない。また国際クレジットは現状認められない。 | 割高な排出枠購入を抑制するためにも、自社で活用できる信頼性ある国内クレジットを確保。ただし長期的には自社削減を優先。 |
| 価格メカニズム (上限・下限価格) | 中 | 初年度は上限¥4,300/トン・下限¥1,700/トンの価格目安が設定。価格急騰時には政府が市場供給、低迷時は将来配分調整などで対応。 | 価格固定と誤解する向き。実際には市場価格は需給で変動し上限下限はあくまで目安・介入基準。 | 内部カーボンプライシング戦略では上限価格を想定してコスト見積もりを。将来的な上昇トレンドを織り込む。 |
| コンプライアンスと罰則 | 高 | 毎年の排出実績報告と必要枠の償却が義務。不足分未償却の場合、罰金や社名公表等の制裁が科される見込み。 | 参加は努力義務との誤解。実際は法的義務違反となり制裁対象。軽視できないコンプライアンス事項。 | 排出量管理を財務・監査部門とも連携して体制整備。罰則リスクは経営陣へ共有し、確実な遵守をコミット。 |
| データの測定・検証体制 | 高 | 企業は毎年度、自社排出量を算定し第三者検証(登録確認機関の確認)を経て政府へ報告。開始時点では経過措置も検討。 | 自己申告で済むとの誤解。実際にはISO等の認定を持つ外部検証人による確認が求められる。 | 早めに自社排出量算定プロセスを整備し、信頼できる第三者検証パートナーを選定。初年度から正確なデータ提出を目指す。 |
GX-ETS 比較
| 観点 | 日本のGX-ETS | 欧州のEU-ETS |
| 導入時期 | 2026年度から第2フェーズ本格稼働(試行は2023年度~) | 2005年開始(以降フェーズごとに制度強化) |
| 法的性格 | GX推進法に基づく国内制度 (対象企業に参加・遵守を義務化) | EU気候政策の一環として加盟国全体に適用される法定制度 |
| 対象ガス | CO₂を中心にエネルギー起源GHG全般 (CH4, N2O等含む) | 主にCO₂(一部フェーズでN₂OやPFCも追加) |
| 対象セクター | 製造業・エネルギーなど国内排出の約5割超(約600-700社想定) | 発電・製造業・航空などEU域内排出の約40%(約1万社規模) |
| 割当方式 | 当初は無償割当が中心(産業別ベンチマーク+一部グランドファザリング)。2030年代以降、段階的に有償オークション拡大。 | 徐々に有償オークションが主体(発電部門ほぼ100%)。カーボンリーケージ対策で一部無償配分あり。 |
| 削減目標の水準 | 2030年まで年率1.7%程度の削減(国家目標46%減に対応)。2031年以降に目標強化を検討。 | フェーズごとにEU全体排出上限を大幅削減 (2021-2030年に年約2.2%削減→更に強化予定)。 |
| クレジット利用 | 国内クレジット (Jクレ・JCM) のみ利用可。上限は実排出の約10%。国際クレジットは現時点で利用不可。 | 初期に国際クレジット利用を一部許容したが、現在は域外クレジット利用不可。 |
| 価格動向と制御 | 初年度は¥1,700~¥4,300/トン程度を指標価格帯として設定。極端な逸脱時は政府介入・調整あり。 | 市場原理により価格変動 (近年は€80-100/トン前後)。価格低迷対策(MSR)はあるが公式な上限設定は基本なし。 |
| 罰則・コンプライアンス | 不足枠未償却には罰金・氏名公表等の制裁。第三者検証報告義務あり。 | 未償却に対し定額ペナルティ (現在1トンあたり€100超) と不足分繰越義務。独立検証者による年次報告義務。 |
| その他特徴 | 2030年代に向け発電部門へオークション導入、移行計画提出を義務化。 | 2023年より炭素国境調整措置(CBAM) を導入開始。再エネ促進・省エネ義務化と並行。 |
補足: GX-ETSでは移行計画(トランジション戦略)の策定・公表が求められ、企業は2030年に向けた削減目標や具体策、ガバナンス体制を含む計画を開示することになります。EUでは現時点でETS参加企業に一律の移行計画提出義務はありませんが、金融規制を通じて開示強化が進んでいます。
GX-ETS 章解説
排出量取引制度小委員会の全7回の会合でどのような議論が行われたか、その概要を時系列に沿って解説します。各回の議題と主な検討事項、得られた結論をまとめます。
第1回排出量取引制度小委員会 (2025年7月2日)
主な議題:排出量取引制度の検討開始にあたり、制度設計の全体像と論点の整理が行われました。事務局(経済産業省)からGX-ETS導入の背景、海外事例(EU-ETS等) やGXリーグ試行の成果が報告され、今後の検討事項リストが提示されました。特に排出枠の割当方式 (ベンチマーク方式とグランドファザリング方式の選択肢) )や対象事業者の範囲、クレジット利用可能枠などが主要論点として示されています。
議論とポイント: 委員からは、すでに自主的な気候対策を進めてきた企業が不利益を被らないよう公平性の確保が重要との指摘がありました(例: 省エネ先行企業が有利になるベンチマークの活用を支持)。また第三者検証の実施体制についても論点となりました。GX推進法では排出量報告時に登録確認機関 (検証機関)の確認が必要と規定されていますが、現時点で国内の検証機関数が限られるため、初期数年間(~2028年度) を移行期間として段階導入する案が示されました。この回では制度設計の基本方針として、2026年度からの義務化・2030年までの削減目標設定・将来の発電部門オークション等、大枠の方向性が共有されています。
第2回排出量取引制度小委員会(2025年8月7日)
主な議題:具体的な制度要素の検討に着手しました。排出枠の基準年と配分方法、リーケージ対策、排出量報告の方法などが議題です。特にグランドファザリング方式を採用する場合の基準年について議論され、GXリーグ試行時に用いた2013年度を基準とする案が提示されました。2013年を統一基準年とすることで、2013年以降の削減努力を各社の実績として認められる利点があります。ただし古い年度の排出量データ証拠の信頼性が問題となり、温対法(温室効果ガス排出量算定・報告制度) のデータを用いつつ、不確実性を考慮して補正係数をかける方針が示されました。
議論とポイント: 委員からは、グランドファザリングの公平性が大きな論点として取り上げられました。すでに大幅削減を達成済みの企業に対し、更なる削減余地が乏しい点が不公平感につながるとの懸念です。このためベンチマーク適用が難しい一部業種以外はなるべくベンチマーク方式を採用し、グランドファザリング対象業種でも基準年設定や補正係数により公平性を担保する方向が確認されました。またカーボンリーケージ対策では、どの業種を対象にどの程度追加配分を行うかの検討が始まり、貿易強度指標など客観的基準によるリーケージ業種の判定案が紹介されました。
第3回排出量取引制度小委員会(2025年9月18日)
主な議題:排出枠の算定方法や削減率の設定について議論が深まりました。製造業のベンチマーク検討ワーキンググループからの報告も踏まえ、各業種に適用するベンチマーク指標 (排出原単位) と2030年度までのベンチマーク水準 (削減目標値)が検討されました。多数の産業部門について、現状の平均から2030年に上位32.5%水準(業界内の優良企業上位3割程度の効率)を目指す設定案が示されています。これは省エネ法で実現してきた改善ペースを参考に、5年で業界全体の排出強度を現状平均比で約8.5%改善するイメージです。
議論とポイント: 削減率設定に関しては、「8.5%という削減幅は緩すぎないか」との環境側委員の懸念と、「急激に厳しくすると産業界への影響が甚大」との産業側意見が対立しました。事務局からは、過去の自主努力で業界平均を大幅改善するには10年程度を要した実績があり、5年で8.5%削減は実現可能かつ野心的な水準との説明がありました。またHard-to-Abate (削減困難) 産業への配慮も議題となり、例えば製鉄など高炉を抱える業種への技術的・財務的支援策とETSの削減義務とのバランスについて議論されました。これを通じ、2030年までの各業種削減率 (ベンチマーク水準 or グランドファザリング削減率)が概ね方向付けられました。
第4回排出量取引制度小委員会(2025年10月17日)
主な議題: 発電部門の扱いおよびGX-ETSと他の施策との関係が議論されました。発電部門(電力会社)はCO₂排出が最大規模でありながら電力需要やエネルギーミックスに直接影響するため、ETSへの組み込み方が慎重に検討されています。第4回では発電部門へのベンチマーク適用について報告があり、燃料別(石炭・LNG等)のベンチマークを設定し、将来的に燃料種別基準から全火力平均基準へ収斂させていくロードマップ案が示されました(非効率石炭発電を段階的に不利にする設計)。
議論とポイント: エネルギーの安定供給との両立が焦点となりました。委員からは「電力のGX-ETS参加は慎重に、まずは燃料別基準で石炭の漸減を」との意見が多く出され、2033年度からのオークション導入までの移行措置が議論されました。また、非化石電源の促進策 (再エネの拡大、非化石証書の扱い)とETSの整合性も論点です。ETS上は非化石証書で間接排出をゼロ計上する扱いに慎重論が示され、実質的な排出削減に繋がらない手段は評価しない方向が確認されています。この回では他にも、GX-ETSと炭素税やエネルギー税制との組み合わせ、地方自治体の排出量取引制度(東京Cap-and-Trade等) との整合なども議論され、国全体のカーボンプライシング体系の中でGX-ETSをどう位置付けるかが整理されました。
第5回排出量取引制度小委員会(2025年11月7日)
主な議題:制度詳細の詰めと他機関からの意見聴取が行われました。GX実現に向けたカーボンプライシング専門WG (政府内の別途有識者会議) の検討状況報告があり、価格制度設計や収入の活用策などについて専門的見地からの提言が共有されました。第5回ではこれを踏まえ、排出枠の市場設計 (取引市場の運営主体やルール)、価格変動時の調整メカニズム、収入の使途 (オークション収入やペナルティ金の脱炭素投資への投入等)などが議題となりました。
議論とポイント: 価格の上限・下限設定について、この段階で具体的な水準案に言及が始まりました。欧州の価格水準(€80前後) や日本の炭素税換算価格を参考に、数千円/トン程度が妥当との事務局見解が示され、一部委員から「インセンティブ効果のためには将来上限価格を徐々に引き上げるべき」との意見も出ました。また収入のリサイクル (オークション収入を企業の脱炭素投資支援に充当するなど) についても方向性が議論され、GX-ETSを単なる負担増でなく成長投資を促す制度とする観点が強調されました。この回までで主要論点に関する委員間のコンセンサス形成が進み、次回の中間整理 (案) 取りまとめに向けた下地が整いました。
第6回 排出量取引制度小委員会(2025年12月9日)
主な議題: 中間整理 (案)の提示と内容確認が行われました。事務局から119ページに及ぶ「中間整理(案)~排出枠の割当ての実施指針等に関する事項~」が提出され、小委員会での議論結果が一括して整理されました。この資料には制度検討の経緯 (第1回~第5回の論点と結論)、制度の骨子(対象者、割当方式、削減率、クレジット、報告・検証、価格安定策など)、今後の発展方向 (フェーズ3以降の展望) まで網羅されています。
議論とポイント:委員からは、中間整理案の内容についていくつか確認と意見表明がありました。特に削減率の実効性について「この水準では2030年目標達成に不十分では」との指摘が再度なされましたが、最終的に案文通り了承されました。また上下限価格の具体値は中間整理案時点では未確定で、「別途検討中」とされました。全体として、第6回でGX-ETS制度設計案の大枠が小委員会のコンセンサスとしてまとまり、これを基に正式な答申 (意見具申) の準備が進められました。
第7回排出量取引制度小委員会(2025年12月19日) および最終とりまとめ
主な議題: 小委員会最終回となる第7回では、排出枠価格の上下限水準案が審議されました。この回は価格に関する議論の性質上非公開で行われ、事前に事務局から提示された2026年度の参考上限価格4,300円/トン、調整基準価格1,700円/トンの案について委員が議論しました。委員からは「産業界への負担を考慮しつつ長期的投資促進には炭素価格上昇シグナルも重要」といった意見や、「下限価格はもう少し低く設定すべきでは」との声も出ましたが、最終的に提示案が妥当とされました。
とりまとめ: 第7回の結論を受けて、小委員会として経済産業大臣に提出する意見書が正式に取りまとめられました。それが「脱炭素成長型投資事業者排出枠の割当ての実施指針に関する意見」 (2025年12月19日付) および「令和8年度の参考上限取引価格及び調整基準取引価格に関する意見」です。意見書では、GX推進法第32条・第34条に基づき実施指針 (排出枠割当ての具体策)を策定するよう求めるとともに、法第39条・第116条に基づく価格上限・基準価格を上述の数値で設定するよう提言しています。これにより、排出量取引制度小委員会の役割は完了し、日本版ETSの詳細設計フェーズは終了しました。今後はこれら提言を反映した省令やガイドライン整備、実務準備が進められ、2026年4月からGX-ETSがスタートする運びです。
GX-ETS 重要点
上記の総括で触れた中から、特に実務上重要かつ専門的なポイントについてSSPの視点から詳しく解説します。
GHG排出データの信頼性確保と第三者検証
排出量取引制度では各企業の排出量データが取引の根幹となるため、その正確性・信頼性が極めて重要です。データに誤りがあれば不公平な枠配分や市場の歪みを招き、制度全体の信用を損ないます。GX-ETSではこの点を重視し、排出量算定・報告における第三者検証を制度要件に組み込みました。具体的には、各企業は毎年度の排出量報告書を、ISO 14065等の認定を受けた登録確認機関(第三者検証機関) によるチェックを受けた上で政府に提出する義務があります。
検証体制と移行期間
現状、日本でGHG排出量検証の国際標準認定 (ISO 14065) を持つ機関はまだ少数です。また金融庁も別途、企業のサステナビリティ情報開示に関する保証人制度を検討中であり、環境データの保証人プール拡大が課題となっています。そこでGX-ETSでは2028年度までを体制構築集中期間と位置づけ、初期数年間は段階的に検証要件を導入する計画です。例えば一時的に国内GHG検証の実務経験を持つ機関に広く門戸を開く、あるいは限定的保証レベルでの確認を認める等の経過措置が検討されています。
保証水準(限定的保証vs合理的保証)
検証人が企業の排出量をどの水準で保証するかも議論されました。事務局は将来的に合理的保証(合理的な確信を得る高い検証水準)の導入を視野に入れています。一方、金融庁WGでは財務報告における環境情報は当面限定的保証 (レビュー程度の保証)を前提としており、このギャップも論点です。GHG排出量自体は範囲が限定的(スコープ1中心) なため合理的保証も実務上可能ですが、企業の他のESG情報開示との整合を考慮しつつ保証水準が決められる見通しです。
SSPの視点
当社SSPは第三者保証業務の専門機関として、企業のGHG排出データの正確性向上に貢献します。信頼できるデータに基づき排出枠を管理することは企業価値に直結します。各社は早期に排出量算定の内部統制を強化し、独立した検証人の意見を活用してデータ品質を高めるべきです。これによりGX-ETSへの遵守リスクを低減できるだけでなく、投資家や取引先からの信頼獲得にもつながります。
排出枠配分の設計と削減目標の実効性
配分方式の組合せ: GX-ETSではベンチマーク方式とグランドファザリング方式という二つの配分アプローチが併用されます。その設計次第で各企業の割当排出枠(=削減義務量)が決まります。ベンチマーク方式は業種横断的な効率目標を設定するもので、効率優秀な企業はほぼ現在の排出実績分の枠を確保できる一方、効率劣後の企業は枠が不足し他社から購入を迫られます。一方グランドファザリング方式は各社の過去排出量に一定削減率を乗じて枠を配る方法で、業種内の企業間格差をあまり反映しません。しかし削減率設定次第では全社一律に減量義務を負わせられるメリットがあります。GX-ETSでは約90%の排出量をカバーする業種群でベンチマークを導入し、残る一部業種(排出原単位指標の設定が難しい業種) はグランドファザリングで年率1.7%の削減率を適用することとなりました。
削減率8.5%の評価: 2026~2030年の5年間累計で8.5%削減という目標について、その実効性が問われています。批判的に見れば、「5年間でたった一桁%の削減では気候目標に届かない」という指摘があります。実際、日本の2030年46%削減目標に対しては野心度が低いようにも映ります。しかし制度設計上は、まず排出上限(キャップ)を導入し取引文化を定着させる初期段階であり、過度に急峻な目標は企業の協力を得にくいとの判断がありました。過去10年の省エネ改善ペースを踏まえた現実的なラインとして8.5%が採用された背景があります。
将来の強化シナリオ: 小委員会の意見でも、「2031年以降はさらなる削減ペース引上げが必要」と明記されています。これはGX-ETSがダイナミックな制度であり、フェーズごとに目標を見直し強化する前提であることを意味します。2050年カーボンニュートラルまで残り20数年という長期視点では、今後2030年代にかけて削減率が倍増・倍々増していく可能性も十分あります。欧州ETSも当初は緩かった削減目標を段階的に引き上げ、現在では毎年数%規模の上限削減に踏み込んでいます。
SSPの視点: 企業は現在示されている削減義務が軽微に見えても安易に構えてはなりません。排出枠不足を補う費用(炭素コスト) は今後上昇するリスクがありますし、国際的な気候目標との整合で日本も目標強化を迫られるでしょう。SSPとしては、自社の長期排出削減ロードマップを早急に策定し、GX-ETS初期フェーズでは余裕を持って対応できる体質を整えることを推奨します。具体的には、省エネ投資・燃料転換・プロセス革新などで排出削減し排出枠の余剰を創出できれば、余剰枠販売益や将来の追加負担回避という形でリターンが得られます。GX-ETSを単なる規制コストでなく競争優位を生む機会と捉え、先手の削減投資により制度強化にも適応できる企業体質を築くことが肝要です。
GX-ETS 手順
GX-ETS義務化に向けて、企業が取り組むべき実務対応をステップごとに示します。2026年度の制度開始までに以下のプロセスを完了し、初年度から円滑なコンプライアンスを果たせるよう準備を進めましょう。
- 自社の対象判定と責任者の明確化
まず自社がGX-ETSの対象事業者に該当するか確認します。エネルギー使用量・排出量データを洗い出し、政府が定める参加基準 (業種・規模要件) への適合可否を判断します。対象見込みの場合は経営層に報告し、社内にカーボンプライシング対応の責任者チームを設置してください。 - 排出量算定方法の整備
次に自社のGHG排出量を正確に算定する体制を構築します。国内の算定報告制度 (温対法やエネルギー使用合理化法)の実績を活用しつつ、GX-ETS報告フォーマットに沿ったデータ集計手順を策定し、排出係数や活動量データのトレーサビリティを確保し、内部監査ルートも設定します。 - 第三者検証の準備
自社排出量データの第三者検証に対応するため、早めに検証機関(登録確認機関) 候補と接触します。ISO14065認定機関やGHG検証の実績ある監査法人などが該当します。検証コストや所要期間を見積もり、2027年提出の初回排出報告に間に合うよう契約・スケジュール調整します。 - 割当排出枠と削減シナリオの分析
政府が公表している業種別の割当基準 (ベンチマーク水準、削減率)を用いて、自社の初年度排出枠見通しを算定します。自社の予測排出量と割当枠を比較し、余剰or 不足を把握します。不足の場合、その数量を削減努力で埋めるか市場購入するかの戦略シナリオを策定します。余剰見込みなら将来の販売機会も視野に入れます。 - 内部カーボンプライスの導入
排出枠の金銭的価値を社内の経営判断に組み込むため、試算した炭素価格 (参考上限価格等)を内部カーボンプライシングとして導入します。例えば、投資案件の評価や予算策定において「1トンCO2削減=○○円のコスト回避」といった前提を設け、GX-ETS対応によるメリット・デメリットを数値化します。 - 削減対策とクレジット戦略の実行
不足枠が見込まれる場合は、その分の排出削減対策を実行に移します。省エネ改善、生産プロセス最適化、再エネ熱利用など即効性ある手段から着手してください。同時にクレジット調達戦略も検討し、Jクレジットの購入・自社プロジェクトでの創出、JCM案件への参画など、上限の範囲内でコスト効率よく不足を補うプランを用意します。 - 移行計画(トランジション戦略)の策定・公表
GX-ETS参加企業には、自社の中長期削減計画 (移行計画)を策定し公表する義務が課されます。2030年や2050年の目標年度、2030年までの定量的削減目標、具体策のロードマップ、ガバナンス体制などを盛り込んだ計画書を作成し、ステークホルダーへの説明責任を果たします。 - モニタリングと制度動向フォロー
制度開始後も、自社の排出実績と排出枠取引を継続モニタリングし、計画との差異を分析します。排出枠価格の市場動向も注視し、必要に応じて削減策強化や追加枠購入の判断を機動的に行います。また政府の制度レビューにアンテナを張り、パブコメ参加や業界団体を通じた意見発信も検討します。
GX-ETS FAQ
Q1.排出量取引制度(GX-ETS) とは何ですか?
A1.排出量取引制度(Emissions Trading System, ETS)とは、国が温室効果ガス排出に総量上限を定め、企業に排出枠を割り当ててその枠内で排出することを義務付ける制度です。GX-ETSは日本で2026年度から導入されるETSで、政府のGX(グリーン・トランスフォーメーション) 政策の一環として設計されました。企業間で排出枠の売買が可能であり、排出削減をコストメリットに変える市場メカニズムとなっています。GX-ETSの目的は、2050年カーボンニュートラルと2030年46%削減という国家目標に向け、大量排出企業に実効的な削減を促すことです。
Q2. この制度の対象となる企業はどこですか?
A2. GX-ETSの参加義務を負うのは、日本国内の温室効果ガス排出量が多い大規模事業者です。具体的な基準は今後政省令で定められますが、目安としてはエネルギー起源CO2排出量やエネルギー消費量が一定以上の事業者が該当します。産業別では鉄鋼、化学、セメント、製紙、石油精製、電力会社などの重工業・エネルギー部門が中心です。経済産業省は「日本のGHG総排出量の5割超を占める企業が対象」としています。中小企業や小規模排出事業者は当面対象外ですが、将来的な参加範囲拡大の可能性もあります。
Q3.削減目標や各社への排出枠はどう決まりますか?
A3. 各社の排出枠(年間許容排出量)は、配分ルールに従って政府が決定します。GX-ETSでは主にベンチマーク方式が使われ、業種ごとに決めた排出原単位目標に各社の活動量(生産量等)を乗じて排出枠を算定します。これにより効率の良い企業ほど多めの枠を受け取れます。一部業種ではグランドファザリング方式が適用され、各社の過去排出実績に一律の削減率(例: 年1.7%)を掛けて枠を割り当てます。政府は2026~2030年度について全体で約8.5%(年率換算1.7%) の削減となるよう業種別の削減率/BM水準を設定しました。自社の初年度排出枠=「基準となる排出量×(1-削減率)^年数」もしくは「活動量× 業種ベンチマーク係数」で決まる仕組みです。
Q4. 排出量の測定・報告には何が必要ですか?
A4. GX-ETSでは、毎年度のGHG排出量の測定・報告が義務となります。各企業は自社設備で燃料使用量やプロセス排出を計測し、政府指定の方法に従ってCO₂等の排出量を算定します。その報告書について、提出前に必ず第三者検証を受ける必要があります。具体的には、経済産業省に登録された確認機関 (独立した検証会社や監査法人)が企業の排出量算定をチェックし、妥当と認める確認書を付して国に提出します。提出期限は毎年度末の数ヶ月後となり、例えば2026年度の排出実績は2027年中頃までに報告する形です。
Q5. 排出枠が足りない場合はどうすればよいですか?
A5. 自社に割り当てられた排出枠より実排出量が多かった場合、不足分の排出枠を市場で購入して埋め合わせる必要があります。GX-ETSでは排出枠の売買が認められており、他の企業が余らせた排出枠を取引市場で買うことができます。政府が初年度の参考上限価格(4,300円/トン)を示しているため、大きな高騰リスクは限定的と考えられます。またもう一つの手段として、政府が認めるクレジット (J-クレジットやJCMクレジット) を購入し、国に提出することで排出枠の代わりに充当できます。ただしクレジット利用は実排出量の10%まで等の上限があります。
Q6. 排出枠取引価格の「上限」 「下限」とは何ですか?
A6. 排出枠取引価格の「上限価格」「下限価格」とは、政府が毎年参考値として定める価格レンジの目安です。GX-ETSでは市場価格が極端に高騰または暴落した際に備えて、価格安定策が導入されました。2026年度は上限4,300円/トンCO₂、下限1,700円/トンと設定されています。上限価格を超えて価格が上昇した場合、政府が予備の排出枠を追加供給する等の措置が検討されます。逆に価格が下限を下回り低迷した場合、将来の排出枠配分を削減するなどして需給を引き締める対応が取られる可能性があります。上限・下限は安全弁として機能し、企業にとっては炭素コストの極端なブレを抑える安心材料となります。
Q7. EUのETSと比べて何が違いますか?
A7. 日本のGX-ETSとEUのETSには共通点も多いですが、いくつか重要な違いがあります。まず制度成熟度が異なります。EU-ETSは2005年から運用されてきた成熟制度ですが、GX-ETSは開始当初は削減率が緩やかです。対象範囲も、EU-ETSはEU全域を網羅しますが、GX-ETSは日本国内の主要排出産業に限られ、カバー率は約50%です。配分方法では、EUでは既に発電部門はほぼ全量オークションで産業も有償枠を増やしていますが、GX-ETSは当面ほとんど無償配分で開始します。また、価格水準はEUで1万円超に達することもありますが、日本は上限4,300円程度と低めにコントロールされています。
Q8. 企業はGX-ETSに向けてどんな準備をすれば良いですか?
A8. まず自社が制度対象になるか確認し担当部署を設けます。次に排出量データの計測・集計方法を整備し社内システムを準備します。第三者検証を依頼する監査法人等を選定し、内部監査プロセスも点検します。また割当見込み枠と排出予測を算出し不足しそうなら削減計画やクレジット購入計画を立てます。内部カーボンプライシングを設定して投資判断に炭素コストを組み込み、省エネ投資などを前倒しすることも重要です。さらに、自社の移行計画 (トランジション戦略)を策定しステークホルダーに説明責任を果たす必要があります。
GX-ETS まとめ
排出量取引制度小委員会の全7回の議論を経て、日本はついに本格的なGX-ETSを2026年度からスタートさせる段階に入りました。本記事で見たように、GX-ETSはキャップ&トレードの国際標準に沿いつつ、日本の産業構造や政策目標に合わせた独自の工夫を凝らした制度です。初期段階では削減目標や価格水準はマイルドですが、これは企業の円滑な参加と制度安定を優先したためであり、将来的には更なる強化が予想されます。したがって、企業にとっては今のうちから低炭素化への投資と排出データ管理の高度化に取り組むことが、競争力維持の観点からも極めて重要です。
SSPとしては、企業がGX-ETSを単なる負担ではなく自社変革のチャンスと捉えることを推奨します。信頼性あるGHGデータに基づき現状を正確に把握し、内部カーボンプライスを用いて事業戦略を再構築する。そして省エネ・脱炭素投資を大胆に進め、排出枠取引を利益機会にも変えていく、こうした前向きなアプローチが、今後の厳しい国際環境の中で持続的成長を遂げる鍵となるでしょう。GX-ETSの導入は、企業経営にサステナビリティとイノベーションを統合する節目です。本記事の解説や表を参考に、自社の準備と戦略立案にぜひお役立てください。
GX-ETS 参考リンク
- 経済産業省 排出量取引制度小委員会(公式資料一覧)
第1回~第7回会合の資料および最終とりまとめ意見書の掲載ページ。制度設計の公式情報源。 - 経済産業省「排出量取引制度小委員会 中間整理(案)」(2025年12月9日)
GX-ETS制度案をまとめた119ページの資料。対象範囲、配分方法、削減率、今後の課題など詳細を網羅。 - 経済産業省「排出量取引制度小委員会 とりまとめ意見」 (2025年12月19日)
小委員会が経産大臣に提出した意見書。排出枠配分の実施指針案および価格上限・下限の水準を提言。 - 気候ネットワーク 「日本版排出量取引制度の制度設計に関する提言3」 (2025年12月30日)
環境NGOによる制度設計への提言。小委員会資料分析に基づき、削減率の妥当性や国際標準とのギャップについて指摘。


