【Scope1,2,3】GHGプロトコル改定の最新動向

GHGプロトコルのScope1〜3改定に向けた議論が本格化し、2025年末にかけて最初のパブリックコンサルテーションも始まりました。本記事では、GHGプロトコル事務局が公表している標準開発計画や改定案、ブログ、各種解説などの公開情報をもとに、Scope1,2,3それぞれの最新論点と日本企業への影響を整理します。

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目次

1.GHGプロトコル改定の全体像と最新スケジュール

GHGプロトコルは1998年に構想が始まり、2001年にコーポレート基準、2011年にScope3スタンダード、2015年にScope2ガイダンスが発行されて以降、大枠はほぼ変わっていません。その期間中にISSB/SSBJ、CSRD/ESRSなどの気候開示ルールの義務化、SBTiやネットゼロ目標の急拡大、水素・アンモニア・eメタン・SAF・クレジットなど新しいエネルギー源・市場メカニズムの普及、Scope3を含むバリューチェーン算定の実務の急速な広がり等の変化が起き、「現行ルールでは新しい手段を十分に扱えない」「企業間の比較が難しい」といった課題が顕在化しました。
このため事務局は2022年11月〜2023年3月にステークホルダー調査を実施し、多数の改定提案や具体的な論点が寄せられています。

ガバナンス体制と改定プロセス

改定は、公式サイトで示されている通り、3層構造のガバナンスのもとで進んでいます。

・Steering Committee(SC):全体方針・ガバナンス
・Independent Standards Board(ISB):技術的な標準案の審議・承認
・Technical Working Groups(TWG):実務レベルの案の作成

TWGは次の4つのワークストリームに分かれ、それぞれサブグループで詳細を詰めています。

・コーポレート基準(Corporate Standard)
・Scope2ガイダンス
・Scope3スタンダード & テクニカルガイダンス
・Actions & Market Instruments(AMI:削減貢献量や市場手段)

参加者は世界各地の企業・NGO・専門家などから構成され、公募ベースで選ばれた数百名規模のメンバーが議論に参加しています。

2.2028年までのタイムライン

Standard Development Planや公表資料を総合すると、2025年末時点の想定スケジュールは概ね次の通りです。

〜2025年末
・Corporate / Scope2 / Scope3:フェーズ1(論点整理)がほぼ終了
・Scope2:改定案および電力セクターの結果算定に関する
・第1回パブリック・コンサルテーション(2025/10/20〜12/19)**が実施中

2026年
・各ワークストリームでフェーズ2の詳細設計
・Corporate / Scope3のドラフト公開とパブリックコメント(予定)

2027年末
・Corporate / Scope2 / Scope3改定版の最終公表を目標

2028年末
・AMI(削減貢献・市場手段)関連基準の最終公表を目標

2030年ごろ
・AMIの成果をScope1〜3に統合しつつ、各種プログラム側の移行期間を経て本格運用に入るとの見方

3.Scope1改定:組織バウンダリーとマーケット手段

コーポレート基準の改定では、Scope1〜3共通の基礎となる組織バウンダリーの見直しが大きなテーマです。

財務報告との整合性の強化

現行の「持分比率アプローチ(equity share)」を、IFRSなどの財務連結範囲と整合する財務管理アプローチに統合する方向で議論が進行。また部分所有の子会社や持分法適用会社の排出は、Scope1・2ではなくScope3(投資カテゴリ)側で扱う案が検討されています。

オペレーショナルコントロールの再定義

「運営上の支配(operational control)」の定義を見直し、外部委託・JV・シェアードサービスなどの扱いを明確化する方向。

Scope分類全体の整合性向上

ISO 14064-1など他基準との整合を高め、廃棄物処理・リース資産・共同施設などの排出をScope1,2,3のどこに置くかを明確化する狙いがあります。この結果、現行でScope3に入れている排出の一部がScope1扱いになる、あるいは逆に投資カテゴリへ移るなど、再分類が起こる可能性が高く、グループ全体の構造とScope分類の棚卸しが必要になります。

Scope1にマーケット手段を取り込むか

20年前にはほとんど想定されていなかった、水素・アンモニア・eメタン・バイオメタン・SAF、排出権取引や各種クレジットなどの手段が普及しつつある一方、現行のScope1は基本的に「燃料使用量 × 排出係数」による物理排出ベースでしか評価していません。そこで検討されているのが、Scope1のインベントリーは従来通り維持、証書・契約・クレジットによる削減効果は、Scope1の「マーケット基準」として並列表記するか、AMI側の「介入・プロジェクト会計」に移すかといった整理です。

生物起源CO₂・新ガス・廃棄物の扱い

Scope1では、生物起源CO₂や新しいガスの扱いも明確化される見込みです。Land Sector & Removals(LSR)ガイダンスと整合する形で、バイオマス燃焼由来のCO₂、土地利用変化に伴う排出・除去をScope1でどう位置づけるかを整理されています。また冷媒(CFC・HCFC等)や水素漏えいなど、従来カバーが曖昧だったガスもScope1対象として明示される見込みです。合わせて組織境界内で処理する廃棄物の排出をScope3ではなくScope1とする案も検討されています。

4.Scope2改定:ロケーション基準とマーケット基準の高度化

Scope2(購入電力等による間接排出)については、ロケーション基準、マーケット基準の二本立てを維持する方針が示されています。そのうえで、両者の精度と一貫性を高めるため、次のような変更が提案されています。

ロケーション基準

・可能な限り小さい地理単位(送配電エリアなど)の排出係数を使用
・年間平均だけでなく、時間別排出係数の利用を推奨
・発電ベースではなく消費ベースの係数を優先

マーケット基準

・時間的マッチング
・物理的な供給可能性

の要件を明確化し、品質の低い証書を排除する方向です。

2025年10月20日からは、Scope2ガイダンス改定案と電力セクターの結果算定(AMI向け)に関するパブリックコンサルテーションが60日間行われています。

時間・地域マッチングのイメージ

・すべての企業に24/7の厳格なHourly matchingを強制するわけではない
・ただし、マーケット基準でゼロ排出を主張する場合、消費した時間帯に発電された再エネに紐づく証書・契約を用いる
・少なくとも、月別・日別など現在より細かい時間解像度でマッチングする
・小口の電力消費事業者については、一定の閾値以下であればHourly matchingの厳格要件から除外される方向

また、既存の長期PPAや投資については、一定期間、現行ルールでの算定を認める経過措置が検討されており、突然すべてが無効になる形ではないと説明されています。

「供給可能性」と「標準供給」の扱い

マーケット基準では、再エネ電源が物理的に消費地点と接続しているかを問う「deliverability」の概念が導入されます。再エネ証書やPPAは、同一系統内、または連系線容量等からみて実質的に供給可能な系統からの電源に限定し、遠く離れた地域で発電された電源の証書だけを購入しても、必ずしも自社のゼロ排出主張には使えなくなる可能性があります。

さらに、「標準供給サービス」として社会全体で支える電源(特定のFIT/FIP由来電源など)については、個社が証書を通じて「自社の再エネ」と主張することを制限し、ロケーション基準側の平均排出係数に反映させるという方向性が示されています。日本では非化石証書やバーチャルPPAが多く使われているため、どの電源がどの基準で主張できるかを整理し直す必要が出てきます。

AMIと限界排出係数

Scope2と並行して、AMIワークストリームでは、誘発排出、限界排出係数といった概念を使った削減貢献量の算定が検討されています。イメージとしては、消費電力量 × 限界排出係数 = 誘発排出量、そこから再エネ導入等による削減効果を差し引き、純粋な削減貢献量を評価する枠組みです。

重要なのは、これはScope2インベントリー(Scope2排出量そのもの)の計算ではなく、AMI側で別立てのレポートとして扱う方向となっている点です。今後は、「自社の排出量(Scope1〜3)」と「プロジェクトや投資による削減貢献量」を混同せずに並列開示することが求められます。

5.Scope3改定:95%ルール、データ品質、カテゴリ再編

Scope3改定案では、Scope3全体の少なくとも95%を算定・開示するという、かなり踏み込んだ最低要求バウンダリーが提案されています。これまで「重要なカテゴリだけ算定」していた企業も、原則として全体の95%をカバーする必要が出てくる、残り5%未満であれば、デミニミスとして除外可能だが、
その理由の説明が求められる方向です。
一方で、中小企業には負担軽減の例外も検討されています。一定の売上規模・従業員数・排出量などを満たす企業については、 Scope3のうち最も関連の高い3カテゴリのみ報告する案が示されており、SBTiネットゼロ基準の中小企業定義草案と連動しています。

データ品質レベル(Tier)と一次データの最低割合

Scope3では、算定に用いるデータを品質レベル別(Tier別)に分類し、その割合を開示する仕組みが検討されています。

・レベル1:支出額ベース(産業連関表など)
・レベル2:業界平均・距離などの推計に基づく二次データ
・レベル3:サプライヤー固有の排出係数等、一次データ由来の係数
・レベル4:直接測定に基づくデータ

という4段階を想定し、さらに第三者検証済みデータには「+」を付けるような案が議論されています。改定案では、各レベルがScope3全体の何%を占めるかを開示、データソース・システムバウンダリー・地域や技術の前提などのメタデータを社内で体系的に管理、一定以上の排出を占めるカテゴリには、一次データの最低使用割合を設定する案などが検討されています。長期的には、「Scope3の大半を支出ベースで計算」という状態は、容認されなくなる可能性が高いと思われます。

新しいカテゴリ16と「仲介排出量」

改定案では、現行15カテゴリに加えて、任意カテゴリ16として「仲介排出量」が提案されています。対象となるのは、保険の引受、証券の引受・発行支援、投資アドバイス・年金運用の助言、預金・寄付の取り扱い、デリバティブ取引・ショートポジションなど、自社の製品・サービス・インフラを通じて第三者の活動を「仲介」することで生じる排出です。自社資金を直接投じる投融資に関する排出はカテゴリ15(投資)で扱い、それ以外の金融・保険・仲介サービスはカテゴリ16に整理という住み分けが想定されています。金融機関や保険会社、プロフェッショナルサービス提供企業にとって、Scope3の開示範囲がさらに明確かつ広範になる方向です。

各カテゴリの細かいアップデート

公開されている論点整理では、Scope3の既存カテゴリについても多くの細かな見直しが示されています。

カテゴリ1(購入した製品・サービス)
新品・中古品・リサイクル材などを区別して算定

カテゴリ2(資本財)
対象とする固定資産の範囲を明確化し、減価償却との関係を整理

カテゴリ4(上流の輸送・配送)
誰が運送費を負担しているかを基準に責任範囲を区分

カテゴリ5(廃棄物)
長寿命化・再利用・アップサイクルなどサーキュラーエコノミー対応のガイダンスを追加

カテゴリ6(出張)・7(通勤)
ホテル宿泊・イベント参加・リモートワークも含めた算定ルールの明確化

カテゴリ8(リース資産)
リース製品の算定を原則必須とし、具体的な方法を整備

6.企業が今から準備すべきアクション

Scope1〜3の改定方向と公開情報を踏まえ、今のうちから着手しやすい実務対応を5つに整理します。

改定後を見据えた「算定ポリシー」の明文化

・組織バウンダリー
・Scope1〜3の分類ルール
・マーケット手段(証書・クレジット)をインベントリーとAMIのどちらでどう扱うか

といった基本方針を、社内の算定ポリシーとして文書化しておくことが第一歩です。改定が確定してからゼロベースで考え始めるのではなく、現時点の案に基づくたたき台を用意しておくと、後の修正が格段に楽になります。

Scope横断のデータ基盤と内部統制

Scope3の95%カバレッジやデータ品質レベル開示を見据えると、排出係数マスタ、取引先・製品別の活動量データ、メーターやスマートメーターからの電力データを、共通のプラットフォームで一元管理することが重要になります。また、第三者保証や監査に耐えるために、

・原票(請求書・契約書・計測ログ)の保存
・計算ロジック・排出係数のバージョン管理
・変更履歴のトレース

といった内部統制を、会計・IT・サステナビリティ部門が連携して設計しておく必要があります。

再エネ・証書・低炭素燃料ポートフォリオの棚卸し

Scope2・Scope1の改定は、電力・燃料をかなり細かく問う方向です。
・どの系統エリアの電源か
・どの時間帯に発電された再エネか
・標準供給由来か、追加的な再エネか

といった観点で、自社の電力・燃料調達ポートフォリオを棚卸ししておきましょう。

そのうえで、改定後もScope2/1インベントリーの主張に使えそうな手段、AMI側の削減貢献として位置付ける方が適切な手段を仕分けしておくと、投資計画や契約更新の議論がスムーズになります。

サプライチェーン・投資先との対話とデータ契約

Scope3改定の中心は、一次データと95%カバレッジです。サプライヤーに対し、排出係数の提供、必要に応じた第三者検証まで含めて依頼することを、調達方針や契約条件に組み込むことなどを検討する必要があります。また金融機関・保険・プロフェッショナルサービスの場合、投資先・顧客との情報共有
、PCAFや新カテゴリ16を念頭においたデータ項目の設計など、調達・事業・リスク・財務を巻き込んだ社内横断の取り組みが不可欠です。

パブリックコンサルテーションに主体的に関わる

GHGプロトコルは民間主導の基準であり、パブリックコンサルテーションを通じて誰でも意見提出が可能です。まずはScope2のコンサルテーション文書とFAQを読み、自社ビジネスへの影響を社内議論、業界団体や同業他社と連携し、現場の実情を反映したコメントを検討する必要があります。

引用
Scope 2 Standard Development Plan(2024-12-20版)
https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2025-01/S2-SDP-20241220.pdf

Scope 3 Standard Development Plan(2024-12-20版)
https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2025-01/S3-SDP-20241220.pdf

Actions and Market Instruments – Standard Development Plan / AMI TWG Meeting
https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2025-01/AMI-SDP-20241220.pdf

Corporate Standard – Proposals Summary / Subgroup3 Discussion Papers & Presentations
https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2024-03/Corporate-Standard-Proposals-Summary.pdf

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この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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