【カーボンクレジット】基礎と企業戦略について解説

気候変動対策が企業経営において避けて通れない課題となる中で、カーボンクレジット(炭素クレジット)が注目を集めています。カーボンクレジットは、自社で削減しきれない温室効果ガス排出を埋め合わせる手段を提供し、企業が脱炭素目標を達成する上で重要な役割を果たします。実際に、カーボンクレジットの活用によってコスト効率よく排出削減目標を達成し、規制遵守や投資家の期待に応えつつ企業ブランドを向上させることが可能になると指摘されています。本記事では、カーボンクレジットの基本から市場動向、取引方法、企業活用事例まで包括的に解説し、企業のサステナビリティ戦略に活かすためのポイントを考察します。

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目次

1. カーボンクレジットとは(定義・背景・目的)

カーボンクレジットとは、植林や省エネ設備導入などによって生み出された温室効果ガスの排出削減量・吸収量を「クレジット」として発行し、取引可能にしたものです。1クレジットが1トンのCO2(二酸化炭素)など温室効果ガスの削減・吸収に相当し、企業間で売買できます。この仕組みにより、企業は自社の削減努力だけではどうしても減らせない排出量をクレジット購入によって相殺(カーボンオフセット)できるようになります。

背景

カーボンクレジットは炭素に価格をつけるカーボンプライシング手法の一種であり、排出削減に成功した企業が経済的メリットを得られる市場メカニズムとして導入されました。その背景には、1997年の京都議定書で導入されたクリーン開発メカニズム(CDM)など国際的な排出量取引の枠組みや、2015年のパリ協定における各国の削減目標達成への取り組みがあります。各国政府は森林保護や再生可能エネルギー導入といったプロジェクトの排出削減効果を取引できる制度を運用し、企業も自主的な温暖化対策・社会貢献としてカーボンクレジットを活用し始めています。

目的

カーボンクレジットの目的は、大きく分けて二つあります。一つは、排出削減に経済的インセンティブを与えることで社会全体の低コストな温室効果ガス削減を促進することです。もう一つは、企業が排出削減努力を尽くした上で埋め合わせが必要な残余排出について柔軟な達成手段を提供することです。これにより、企業は自主的なカーボンニュートラルの達成や、政府による規制目標の順守が容易になります。実際にカーボンクレジットを活用することで、

・削減プロジェクトで創出したクレジットを売却して資金調達
・削減が難しい排出量を購入クレジットで相殺
・社会全体では低コストな削減策が選好され効率的な脱炭素が可能

といった効果が期待されています。

2. カーボンクレジットの種類

カーボンクレジットはその制度設計や用途に応じて様々な分類ができます。大きくは法に基づくクレジット(コンプライアンス・クレジット)と、企業や個人の自主的な取り組みで利用する任意のクレジット(ボランタリー・クレジット)に分けられます。

コンプライアンス関連

前者には京都議定書のCDMやパリ協定下のJCM(二国間クレジット制度)、EUの排出量取引制度(EU-ETS)、国内ではJ-クレジット制度などが該当し、各国・地域の規制目標達成の手段として運用されています。

ボランタリー関連

民間の認証機関によるVerified Carbon Standard(VCS、運営主体:Verra)やゴールドスタンダード(Gold Standard)といったクレジット、あるいは国内独自のボランタリークレジット(例えばJ-ブルークレジットやフォレストック認定制度など)があります。こうした任意クレジットは企業のカーボンオフセットやCSRの文脈で利用され、近年民間市場の拡大が顕著です。

3. カーボンクレジットの種類(取引メカニズム)

取引のメカニズムの違いという観点では、「ベースライン&クレジット制度」(排出削減量の取引)と「キャップ&トレード制度」(排出枠そのものの取引)の2つに大別できます。

ベースライン&クレジット制度

各プロジェクトや企業に過去実績などから基準排出量(ベースライン)を定め、それを下回る削減を達成した場合にその削減量に応じたクレジットが発行されます。プロジェクトベースで柔軟に適用でき、排出を削減できた主体にクレジットという利益が発生するため、積極的な削減インセンティブが働く仕組みです。

キャップ&トレード制度

産業全体などマクロな単位で排出上限(キャップ)を設定し、参加企業に排出枠(割当量)を配分した上で、その枠内で企業間の排出権売買を認めるものです。排出量がキャップを超過した企業は追加の排出枠(排出権)を購入しなければならず、逆に削減に努めて排出枠が余った企業はその余剰枠を売却できるため、こちらも市場原理で削減インセンティブが働きます。

ベースライン&クレジットがプロジェクト個別の削減量に焦点を当てるのに対し、キャップ&トレードは全体の排出総量管理に重きを置く点でアプローチが異なります。

4. カーボンクレジットの種類(削減活動の種類)

クレジットの由来となる削減活動の種類によっても分類が可能です。

例えば、再エネ導入や省エネ改善などによって排出を削減・回避したことに基づくクレジット(削減系)と、植林やDAC(直接空気回収)などによって大気中からCO2を吸収・除去したことに基づくクレジット(除去系)という区分です。現状発行されているクレジットの大半は前者の「削減系」であり、新規発行量の9割超を占めています。森林吸収や炭素除去技術を用いた後者の「除去系」クレジットはまだ少ないため、今後需要拡大が見込まれる除去系クレジットの創出を後押しする政策支援が課題と指摘されています。

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5. 信頼性

クレジットを選ぶ際には、その信頼性(品質)を評価することも重要です。信頼性の高いクレジットは、第三者認証によって「実在性(Real)」「測定可能性(Measurable)」「恒久性(Permanent)」「追加性(Additional)」などの要件を満たしている必要があります。例えば、ボランタリークレジットではVerraやGold Standard、ISOなどの第三者機関によって認証・検証を受けたプロジェクト由来のクレジットであることが信頼性の一つの条件となります。こうした品質基準を満たすクレジットを選定し、社内の目標や予算に合わせて最適な種類のクレジットを組み合わせて活用する戦略が求められます。

6. カーボンクレジットの市場

カーボンクレジットの取引市場は、大きく分けて規制(コンプライアンス)市場と自主(ボランタリー)市場に分類されます。

コンプライアンス市場

各国・地域の法規制に基づき企業に排出枠の取得・提出が義務づけられており、上限を超えた排出には不足分のクレジット(排出権)購入が必要となります。例えばEUでは発電や製造業などに排出枠が割り当てられ、排出量がそれを上回れば市場でEU-ETSの排出権を購入して相殺しなければなりません。

ボランタリー市場

企業や個人が自主的に参加する市場で、排出量に価格をつけてカーボンオフセットを行いたい需要によって支えられています。特にネットゼロ宣言を掲げる企業の増加に応じて近年この自主的市場が大幅に成長してきました。

7. カーボンクレジットの購入

クレジットの購入方法としては、直接取引と仲介取引の2つがあります。

直接取引

自社が公式のクレジット登録口座を保有している場合、クレジット保有者(プロジェクト開発者など)から直接クレジットを購入し、自社口座に移転してもらう形で取得できます。取得後、そのクレジットを自社口座から無効化(取消し)口座へ移す手続きを行えばカーボンオフセットが完了します。

仲介取引

一方、自社で口座を持たない場合でも、購入先からクレジットを直接無効化口座へ移転してもらう契約形態も可能です。この場合でも契約上は購入者にクレジット所有権が移転したと見なされます。実務上は、クレジット取引の専門業者(ブローカー)や取引プラットフォームを介して購入するケースが一般的です。ボランタリー市場では、プロジェクト開発者や仲介業者からクレジットを購入したり、専用のカーボンクレジット取引所(国内外に複数存在)で売買することができます。近年はオンライン上で簡便に購入できるサービスも登場しており、企業は自社の必要量や予算に合わせて取引方法を選択します。

価格変動リスクや品質リスク

クレジット購入にあたっては価格変動リスクや品質リスクにも注意が必要です。クレジット価格は需給や政策動向に左右され、ボランタリー市場ではプロジェクトの種類によって取引価格が大きく異なります。また、クレジットの環境効果(排出削減効果)の信頼性について十分な検証がなされていないケースでは、「実際には削減になっていないのではないか」といった批判を招くリスクもあります。

例えば国際環境NGOのグリーンピースは、森林保護型のクレジットによるオフセットは本質的解決にならず、森林に固定されたCO2も永久ではないと批判しています。また、欧州ではShell社のカーボンニュートラル主張に対し「購入したクレジットで排出が相殺されている証明が不十分」として誤解を招く広告だと指摘される事例もありました。こうしたリスクを踏まえ、信頼できる認証機関のクレジットを選ぶ、第三者による評価レポートを確認する、ポートフォリオを分散して購入する等の対策が考えられます。

クレジット活用のリターン(効果)

まず、クレジット創出側の企業にとっては、自社の排出削減プロジェクトによって得たクレジットを市場で売却することで資金を獲得し、さらなる脱炭素投資に充当できます。購入側の企業にとっては、先述のように自社の削減困難な排出を埋め合わせてカーボンニュートラルを達成できるだけでなく、再エネ電力やカーボンオフセット製品の提供を通じて顧客や投資家へのアピールにつなげることも可能です。社会全体としては、削減コストの低い主体が積極的に削減を行い、削減コストの高い主体がそれを支援する形になるため、経済効率的に温室効果ガス排出量を削減できるメリットがあります。このように適切に運用されれば、カーボンクレジットは企業経営と地球環境の双方に利益をもたらす重要なメカニズムとなりえます。

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7. カーボンクレジット市場の動向(国内・海外の最新状況)

世界のカーボンクレジット市場は、法規制市場とボランタリー市場の双方で近年大きな変化を見せています。国内(日本)では、2020年に政府が「2050年カーボンニュートラル宣言」を行って以降、企業の脱炭素への取り組みが加速し、それを支えるクレジット市場の整備も進みました。

東京証券取引所

代表的な動きとして、2023年10月に東京証券取引所が「カーボン・クレジット市場」を開設し、J-クレジットなど国内クレジットの流通が開始されています。この市場開設の目的は、削減・吸収したCO₂の価値の透明性を高めて取引を活発化させ、その価格を押し上げることにあります。クレジットの価格が上昇すれば、企業が脱炭素化を進める経済的メリットが明確となり、省エネ設備や再エネ導入への投資が促進されるという狙いです。実際、市場開設からしばらくは参加企業数・売買高ともに順調に拡大しており、日本のカーボンクレジット市場活性化に向けた第一歩となりました。

GXリーグ

加えて、政府主導の取り組みとしてGXリーグが発足し、企業間で自主的な排出量取引のテストやクレジット活用の情報共有が行われています。現在日本には法的な排出削減義務こそありませんが、温対法に基づく排出量報告の中で任意にクレジットを活用して排出量をオフセットする企業も増えており、実質的にクレジットが規制対応の一環として機能し始めています。

例えば、温対法で報告する排出量を削減する目的でJ-クレジットを購入・無効化し、自社のカーボンニュートラルを達成したと発表する企業も見られます。このように、日本におけるクレジット市場は行政の後押しと企業の自主的需要によって拡大基調にあります。

欧州

海外の動向を見ると、まず欧州では排出量取引制度(EU-ETS)が深化・拡大しています。EU-ETSにおける排出権価格(EUA価格)は近年急騰しており、2023年2月21日には史上初めて1トンあたり100ユーロを突破し、101.25ユーロを記録しました。欧州では気候目標強化に伴い、2030年に向けた排出枠削減や航空・海運セクターの制度編入、また域外からの輸入品に対する炭素国境調整措置(CBAM)の試行など、クレジット市場を取り巻く政策が大きく動いています。その結果、2022年のEU-ETS取引規模は約€900億(約12兆円)にも達し、世界全体のカーボン市場取引額の約9割をEUが占める状況です。

米国

連邦レベルの統一した排出取引制度は存在しないものの、カリフォルニア州のCap-and-Tradeや東部11州のRGGI(地域温室効果ガスイニシアチブ)など州・地域単位の市場が運用されています。また民間主導のボランタリークレジット市場でも、ネットゼロを掲げる大企業を中心に活発な売買が行われています。近年、アメリカの大手企業が森林保全プロジェクトへの出資や直接空気回収(DAC)によるクレジット購入を発表するケースもあり、技術革新型のクレジット需要も生まれつつあります。

中国

世界最大規模となる全国統一排出権取引市場(全国ETS)が2021年7月に正式始動しました。まずは火力発電部門約2000社を対象としてCO₂排出枠の割当て・取引が開始されており、初年度の取引量は4億トン規模、価格は1トンあたり¥50(約7ドル)前後で推移しました。今後は石油化学、製鉄、航空など他産業への対象拡大も予定されており、中国のカーボンクレジット市場は取引量でEU-ETSを上回るポテンシャルを持っています。また、中国では自国版のクレジット認証制度(CCER)の再開やグリーン電力証書の整備など、ボランタリー市場の構築にも取り組んでいます。

価格動向

ボランタリー市場でもここ数年でクレジット価格が上昇基調にありました。2021年から2022年にかけては、ボランタリークレジットの平均取引価格が1トンあたり4.04ドルから7.37ドルへと約82%も上昇したとの報告もあります。これは企業の需要増加(ネットゼロ宣言企業の増加)によるもので、一時はプロジェクト開発が追いつかず需給ひっ迫が起きたほどです。その後、2023年に入るといくつかの要因でボランタリー市場は調整局面を迎えました。著名プロジェクトにおける削減量誇張疑惑や、クレジットの追加性に関する報道など品質への懸念が広がり、一部の企業が購入を見送ったためです。その結果、2023年のボランタリー取引量は前年より減少し、平均価格も下落傾向となりました。もっとも、クレジットの質を高め市場の信頼性を向上させる取り組み(コンプライアンス市場への統合検討や認証基準の厳格化など)も進んでおり、中長期的には再び需要が伸びるとの見方が有力です。

将来展望

2021年のCOP26ではパリ協定第6条のルールが合意され、国際間でクレジットを移転・計上できる仕組みが整いました。これにより各国政府間のみならず、民間セクターも巻き込んだグローバルなクレジット市場が形成されていく可能性があります。また、技術革新により直接空気回収(DAC)や土壌炭素蓄積など新たなクレジット創出源が登場しつつあります。民間の分析では、2030年までに世界のカーボンクレジット市場規模が少なくとも約70億ドル、場合によっては350億ドル規模に達するとの予測もあります。現状10億ドル規模に留まるボランタリー市場も、企業のネットゼロコミットメントが現実のオフセット需要となって表れる2025年以降、本格的に「テイクオフ」すると期待されています。

一方で、市場拡大に伴いクレジットの信頼性確保や基準整備が一段と重要になります。各国政府や国際機関は不透明なクレジットの取引を防ぎ、質の高いプロジェクトへの資金を呼び込むルール作りを進めていくでしょう。企業としても、そうした市場動向を注視しながら戦略的にクレジットを調達・活用していく姿勢が求められます。

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8. 企業におけるカーボンクレジットの活用(戦略的導入事例・規制対応)

企業がカーボンクレジットを活用する場面は大きく2つあります。

一つは、規制への対応です。例えばEU-ETSの適用対象企業や、日本でも今後導入が検討される排出取引制度の参加企業は、自社の排出上限を超えないように不足分の排出枠を市場で調達する必要があります。もう一つは、法的義務を超えて自主的にカーボンニュートラルやカーボンオフセットに取り組むケースです。こちらは企業のESG戦略や製品ブランド戦略として位置づけられ、近年数多くの事例が生まれています。

まず日本企業の事例として、いくつか代表的な取り組みを紹介します。

ANAカーボンオフセットプログラム

航空業界では、全日本空輸(ANA)が 「ANAカーボンオフセットプログラム」 を提供しており、搭乗者のフライトに伴うCO2排出量を計算してクレジット購入により相殺できるサービスを展開しています。

参照先:https://www.ana.co.jp/group/csr/environment/anacarbon_offset/ 

CO₂オフセット運動

コンビニ大手のローソンでは、上図に示したように顧客が買い物を通じて参加できる 「CO₂オフセット運動」 を実施し、日常生活で減らせない排出をクレジットで埋め合わせる取り組みを継続しています。

参照先:https://www.lawson.co.jp/company/activity/customer/co2/

山崎製パン

自社工場の製造時に出るCO2の一部をJ-クレジットでオフセットしており、2017年までに504トンのCO2を相殺したと報告しています。

参照先:https://www.pref.tottori.lg.jp/173288.htm

これらの事例に共通するのは、企業自らの排出削減努力(省エネ・再エネ導入など)とクレジット購入によるオフセットを組み合わせることで実質的なカーボンニュートラルを実現している点です。また、自社だけでなく顧客や取引先を巻き込んだカーボンオフセットや、事業を通じた社会貢献の一環としてのオフセットなど、クレジット活用を企業価値向上や顧客サービス拡充に結び付けている点も注目されます。

海外事例

海外に目を向けると、多国籍IT企業や航空会社、エネルギー企業などが積極的にカーボンクレジットを活用しています。例えば、GoogleやMicrosoftは長年にわたり再生可能エネルギー電力の購入と並行してカーボンオフセットを行い、自社事業からの排出を相殺する「カーボンニュートラル企業」を達成してきました。これらの企業は近年、オフセットの質にもこだわり、植林プロジェクトだけでなく直接空気回収による炭素除去クレジットなど先進的な手段にも投資を始めています。航空業界ではブリティッシュエアウェイズが一部路線で持続可能航空燃料(SAF)の使用を拡大し、残余の排出についてオフセットクレジットを活用するなど、自社の排出削減策+クレジットでカーボンニュートラルフライトを目指す動きがあります。このように海外企業も、規制対応のみならず自主的・積極的にクレジットを活用するケースが増えています。

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7. まとめ(今後の展望と企業の役割)

カーボンクレジットは、企業の脱炭素戦略を支える有力なツールであり、今後その重要性はますます高まると考えられます。世界的なネットゼロ目標の潮流の中で、クレジット市場は拡大と進化を続け、企業にとっても新たなビジネス機会かつ責任を伴う分野となるでしょう。ただし、クレジットはあくまで補完的な手段であり、企業が自らの排出削減を怠る口実にしてはならないという点も強調されます。

自社の排出削減優先

安価なオフセットに頼りすぎると自社の省エネ投資に消極的になるリスクが指摘されており、各国でオフセット利用の上限設定や開示ルールの整備が進められているのもそのためです。企業としては、まず可能な限り自社の排出削減を優先し、どうしても削減できない部分について信頼性の高いクレジットを活用するという基本方針が重要です。加えて、クレジットプロジェクトへの投資や自社でのクレジット創出(例えば再エネ電力を周辺に供給してクレジットを得る等)にも参画し、市場づくりに貢献する姿勢が望まれます。

質・量の高度化

今後、カーボンクレジット市場は国際連携の強化や新興技術の登場によって質・量ともに高度化していくでしょう。企業のサステナビリティ推進担当者は、最新の市場動向や制度変更を注視し、自社の気候戦略に組み込んでいくことが求められます。高品質なクレジットの選択と適切な活用を通じて、自社のカーボンニュートラル達成と社会全体の気候目標の両立に寄与することが企業の役割です。カーボンクレジットは決して魔法の解決策ではありませんが、実効性ある排出削減努力と組み合わせることで大きな力を発揮します。企業が主体的にこの仕組みを活用し、透明性と説明責任を持って取り組むことが、持続可能な未来への一歩となるでしょう。各企業がクレジットと自社削減を追求し、イノベーションと資金を気候変動対策へと導いていくことに期待が寄せられています。

引用
日本総研, 「カーボン・クレジットがもたらす効果と課題」, Research Focus No.2022-019​
自然電力グループ, 「カーボンクレジットとは|目的・企業に与える影響・種類をわかりやすく解説」 (2024)​
JETRO, 「中国 全国排出権取引制度の開始(3周年レポート)」 (2023)
MSCI, 「Frozen Carbon Credit Market May Thaw as 2030 Gets Closer」 (2024)

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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