【カーボンクレジット】排出量取引・カーボンクレジットの最新動向と将来展望

カーボンプライシングの導入機運が高まるいま、排出量取引とカーボンクレジット市場は国内外で急速に拡大し、価格も制度も日々更新されています。本稿では、GX-ETSや東証市場を中心とした日本の最新動向を整理するとともに、EU-ETS・中国全国ETSなど海外潮流、クレジット価格の高騰要因、企業が押さえるべきリスクと機会、そして今後10年を見据えた市場成長シナリオまでを網羅的に解説します。

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目次

1. 国内市場の状況

日本では長年、京都メカニズム(2008~2012年)の一環として国際クレジットの調達は行われてきましたが、国内での本格的な排出量取引制度は存在しませんでした。東京都(2010年開始)や埼玉県(2011年開始)では大規模事業所に排出上限を課す地方版キャップ&トレードが実施されていますが、その取引は参加事業者同士の相対交渉に委ねられてきました。しかし、政府は「2050年カーボンニュートラル」実現に向けてカーボンプライシング制度の整備を進めており、2023年度からは企業747社以上が参加する試行的な自主排出取引制度「GX-ETS」がスタートしました。GX-ETSは加盟企業の削減努力を促しつつ、参加企業は削減目標を掲げ、達成超過分を取引できます。また、同年10月には前述の東証カーボン・クレジット市場が開設され、政府認証のJ-クレジットなど国内クレジットの売買が公式に始まりました。

政府方針

政府方針としては、2030年度までに毎年1500万トン相当のクレジット創出を目指す計画が策定されており、J-クレジット制度の拡充や新技術によるCO2吸収(DAC等)の実証支援が進められています。国内のCO2排出量報告制度上も、J-クレジットの活用によって報告排出量を調整(差引き)できる仕組みが設けられており、企業が任意にオフセットする動きも徐々に広がっています。さらに、政府は2028年頃までに炭素税や排出量取引の本格導入について結論を出す見通しであり、カーボンプライシングが今後日本企業の事業環境に大きく影響を与える可能性があります。現段階ではGXリーグ(自主的取組)という位置づけですが、これが将来的に規制的な排出取引へと発展し、クレジット需要が飛躍的に高まる可能性も指摘されています。

2. 国際市場の動向

世界全体を見ると、排出取引制度、カーボンクレジット市場は着実に拡大しています。2023年時点で、炭素税や排出取引などの炭素価格政策は全世界で73の制度が導入され、約23%の世界排出量をカバーするまでになっています。

EUの排出量取引制度

中でもEUの排出量取引制度(EU-ETS)は最大規模で、2005年の開始以来、域内の電力・産業部門を中心に排出量を削減してきました。EU-ETSでは段階的な排出枠削減により排出枠の価格が上昇傾向にあり、近年は1トンあたり80〜100ユーロ前後で推移するなど企業に強い削減インセンティブを与えています。EUは今後、制度対象を海運や建築物、道路輸送燃料にも拡大し、2030年までに排出量を2005年比で55%削減する方針です。

米国でのキャップ&トレード

米国では連邦レベルの排出量取引制度こそありませんが、カリフォルニア州や東部地域(RGGI)の州単位でキャップ&トレードが運用されています。また、多くの米国企業が自主的にカーボンオフセットを購入しており、ボランタリー市場を主導する存在です。特にMicrosoftやGoogleといったIT大手は自社の排出削減だけでなくカーボンクレジット投資にも巨額の資金を投じており、炭素除去技術の市場を育てる動きを見せています。米国では政策的には排出削減義務が弱い分、企業主体の市場取引が発達していると言えます。

中国の全国排出量取引制度

中国では、2021年に全国排出量取引制度を正式に開始しました。まず電力セクター約2000社を対象にCO2排出枠の取引が導入され、将来的に製造業など他セクターにも拡大される予定です。中国は世界最大の排出国だけに、そのETSの規模も世界最大級ですが、現在のクレジット価格は1トン数百円程度と低水準に留まっています。ただし中国政府は第14次五カ年計画で市場メカニズムの活用を重視しており、制度の洗練や価格上昇が進む可能性があります。また、中国はかつて国内オフセット制度(CCER)を運用していましたが、一時停止後の再開準備が進められており、こちらも市場に影響を与えるでしょう。

そのほか、韓国やカナダ、ニュージーランドなど多くの国が自国の排出量取引制度や炭素税を導入済みで、国際民間航空向けのCORSIA(コルシア)などセクター別の国際クレジット制度も動き出しています。パリ協定下では各国がArticle 6に基づき二国間でクレジットの移転を行う枠組み(国際クレジット市場)を協議中であり、今後は各国の制度間でクレジットが相互連携していく展望もあります。

3. 価格動向と市場成長予測

排出量取引、カーボンクレジットの価格動向を見ると、ここ数年で上昇傾向が顕著です。

排出量取引の価格動向

排出量取引では上述のEU-ETSの価格高騰が象徴的で、2010年代前半には数ユーロだったEU排出枠(EUA)が2021年以降急騰し、現在は80ユーロ以上の高値圏にあります。これは政策強化や投機マネー流入も要因ですが、今後も排出枠削減目標がタイト化するため、高止まりが予想されています。

クレジット取引の価格動向

特に質の高いクレジット(例えば森林保全や炭素除去系)の需要超過により価格が上昇しています。世界全体のボランタリーカーボン市場の取引額は2021年時点で約20億ドル規模に達し、2030年までに500億ドル以上に拡大し得るとの予測もあります。日本でもクレジット需要が高まれば市場規模は飛躍的に拡大するとみられています。

価格と信用度

もっとも、クレジット価格はプロジェクトの種類や信用度によって千差万別です。例えば、森林再生による1トンの削減と、DACCSによる1トンの除去とではコスト構造が大きく異なるため、市場で形成される価格帯も異なります。また、各国の気候政策やエネルギー価格の動向、新興国でのクレジット供給量なども今後の価格形成に影響するでしょう。企業としては、市場の長期的な価格トレンドを見据えつつ、予算内でどの程度クレジットに頼るか計画することが重要です。

4. 企業の参入

カーボンクレジット市場の拡大に伴い、プレイヤーの裾野も広がっています。一昔前は特定の環境コンサルタントや政府系機関が主体だったオフセット取引に、近年ではエネルギー企業、金融機関、商社、大手メーカーなど多様な企業が参入しています。特にネットゼロ宣言を掲げる企業が増えたことで、高品質なクレジットの争奪戦が起こりつつあります。需要が供給を上回る場面では、優良なプロジェクトから生まれるクレジットを確保するために企業間競争が発生し、価格高騰や長期契約の奪い合いが見られます。日本でも、脱炭素に積極的な企業ほど早期からJ-クレジットや海外オフセットに投資を始めており、今後クレジット不足に陥らないよう備えています。

競争環境

一方で、新規プレイヤーの参入は市場の活性化につながっています。電力・ガス会社が顧客向けにカーボンオフセット付きの料金プランを提供したり、金融大手がカーボンクレジットファンドを立ち上げてプロジェクト開発に出資するケースも増えています。こうした動きにより、クレジット供給側でも新たなプロジェクトが次々と立ち上がりつつあります。たとえば石油メジャーが森林保全プロジェクトに投資してオフセットを獲得したり、スタートアップ企業が大気中CO2除去の技術開発を加速させるなど、気候ビジネスの一環としてクレジット市場が拡大しています。

グリーンウォッシュ

もっとも、クレジット市場が拡大するほどグリーンウォッシングへの警戒も強まっています。不適切なクレジット利用や誇張表現に対してはNGOや投資家から批判の目が向けられており、市場の信頼性確保が大きな課題です。このため企業は、クレジットの利用目的とその効果を透明性高く開示し、自社の脱炭素戦略の一部として位置付けているかを明確に示す必要があります。国際的な動きとして、自主的オフセットの信頼性を担保するための認証(例:ISO 14068の策定)や、規制当局による監視強化も進む見込みです。

5. まとめ

カーボンクレジット市場は、国内外で制度整備と需要拡大が進み、大きな転換期を迎えています。日本ではGXリーグや東証の市場開設を契機に、本格的なクレジット流通の時代に入ろうとしています。国際的にも、EUや中国をはじめ多くの地域で排出取引が強化され、ボランタリー市場も企業のネットゼロ宣言ラッシュによって急成長しています。その結果、クレジット価格は総じて上昇傾向にあり、市場規模も今後10年で飛躍的に拡大すると予想されています。

こうした中で企業は、クレジット市場の動向を注視し、戦略的に関与していく必要があります。将来を見据えて優良なクレジットを確保することや、自社の排出削減とのバランスを取りつつオフセットを活用することが競争優位に繋がるでしょう。また、市場拡大に伴う懸念(質の低いクレジットの混入や批判リスク)にも注意し、透明性のあるクレジット利用を心がけることが重要です。今後、規制市場とボランタリー市場の垣根が徐々に低くなり、カーボンクレジットが一層身近な経営資源となる中、最新動向をキャッチアップして最適な戦略を描くことが企業担当者に求められています。

引用

カーボン・オフセットガイドラインVer.3.0
https://www.env.go.jp/content/000209289.pdf

カーボンクレジットの活用に関する動向と課題
https://www.env.go.jp/content/000061236.pdf

我が国におけるカーボン・オフセットのあり方について(指針)
https://www.env.go.jp/content/000209286.pdf

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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