【環境データ】大気汚染物質排出データの第三者保証

企業活動によって排出される揮発性有機化合物(VOC)や窒素酸化物(NOx)、硫黄酸化物(SOx)、PM2.5、鉛、アンモニアなどの大気汚染物質データについて、第三者保証の重要性が高まっています。こうしたデータは環境報告やサステナビリティレポートで開示されますが、測定方法のばらつきや算定上の不確実性により信頼性に課題が残る場合もあります。本記事では、主要な大気汚染物質データの概要と測定・報告上の課題、第三者保証を受ける意義、適用される基準、日本企業の事例、さらに国際的な保証動向と今後の展望について論じます。第三者による検証を通じてデータの信頼性を高める取り組みは、企業の環境経営を強化し、ステークホルダーとの信頼関係構築にも寄与します。

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目次

1.大気汚染物質データの概要と対象範囲

企業の環境パフォーマンス指標の一つとして、大気への汚染物質排出量データがあります。対象となる主な 大気汚染物質 には以下のようなものがあります。

VOC(揮発性有機化合物)

揮発性が高く常温で気体になる有機化合物の総称で、トルエンやキシレン、酢酸エチルなど多様な物質を含みます。VOCは光化学スモッグや浮遊粒子状物質の原因物質であり、大気汚染防止法では一定規模以上の施設で排出規制の対象になっています。

NOx(窒素酸化物)

燃料の燃焼過程で発生する大気汚染物質で、一酸化窒素や二酸化窒素の総称です。NOxは大気中でオゾンや光化学オキシダントの生成に関与し、酸性雨や健康影響の原因ともなります。

SOx(硫黄酸化物)

石油や石炭など含硫黄燃料の燃焼で生じる二酸化硫黄などの硫黄化合物です。SOxは大気中で硫酸ミストとなり、酸性雨や呼吸器への刺激など環境・健康への悪影響を及ぼします。NOx・SOxはいずれも重大な大気排出物として国際的な報告基準で開示が求められます。

PM2.5(微小粒子状物質)

大気中に浮遊する直径2.5μm以下の微粒子で、燃焼や大気中の化学反応によって発生します。肺の奥深くまで侵入し健康被害をもたらすため、環境基準が設けられ厳しく管理されています。

重金属(鉛など)

鉛(Pb)や水銀、ニッケルなどの重金属類も大気中に排出されると有害性を持ちます。かつてガソリン添加剤に含まれた鉛は各国で規制されましたが、現在でも工場の排煙等を通じ大気中に微量排出され得るため監視対象です(日本では鉛の大気環境基準は年平均0.5µg/m³以下が目標値とされています)。

アンモニア(NH₃)

肥料施用や畜産由来で大気中に放出されるアルカリ性ガスです。アンモニア自体は刺激臭を有しますが、大気中で硫酸塩や硝酸塩となって二次的にPM2.5を生成する前駆物質でもあり、欧州などでは主要な大気汚染削減対象となっています。

企業の環境データでは、以上のような「大気への排出量」としてVOC、NOx、SOx、粉じん(PM類)、特定有害物質などの年間排出総量がまとめられます。この情報はグローバル報告イニシアチブ(GRI)のガイドラインにおいても「GRI 305-7」の指標項目として報告が推奨されており、窒素酸化物、硫黄酸化物、およびその他の重大な大気排出物の排出量が開示対象です。

例えばトヨタ自動車のサステナビリティデータでは、GRI305-7に従いNOx・SOxおよびVOCの排出量を地域別・グローバルに報告しています。このように、大気汚染物質データは各社の環境報告書やESGデータ集で重要な指標として位置づけられています。

2.測定・報告上の課題とデータ不確実性

大気汚染物質の排出量データを正確に把握し報告するには、いくつかの技術的・運用上の課題があります。測定方法やデータ算定上の不確実性に起因する代表的な課題を以下に挙げます。

測定手法のばらつき

事業所ごとに排出ガス測定機器や手法が異なると、データの精度や一貫性に差異が生じます。大型の排煙設備では連続測定装置(CEMS)でNOx/SOx濃度を監視している場合もありますが、小規模設備や拠点では直接測定せず、代わりに燃料使用量や稼働時間から排出量を計算するケースも多く見られます。

例えばブリヂストンでは、自社工場のNOx・SOx排出量を「各燃料の使用実績×排出係数」により算定しています。トヨタ自動車も同様に、NOxは燃料使用量に排出係数を乗じ、SOxは燃料使用量に燃料密度と含有硫黄率を乗じる方法で排出量を算出しています。このような係数ベースの算定方法は標準的ではあるものの、実際の運転条件との差異による誤差が生じ得るケースもあります。

拠点間・国際間の差異

グローバルに事業展開する企業では、各国拠点で遵守すべき環境法規や報告義務が異なるため、データ範囲や集計方法にばらつきが出ることがあります。例えば、日本国内では大気汚染防止法やPRTR制度により特定物質の排出量把握が義務付けられていますが、海外拠点では必ずしも同水準のモニタリングが行われていない場合があります。その結果、本社でグローバル集計する際に一部推計値で補完せざるを得ず、精度に限界が生じることもあります。環境省の「環境報告ガイドライン」においても、不確実性を伴う情報を提供する場合にはその性質や対象範囲、判断根拠を明記すべきだとされています。これは企業が開示する環境データに潜在的な不正確さがある場合、適切に注記し透明性を確保する重要性を示しています。

データ管理と統合の課題

各工場・事業所から集めた汚染物質排出データを統合するプロセスにも課題があります。往々にして、環境担当者が法令対応のために日常管理している数値を寄せ集めて開示しているに過ぎないケースが見受けられます。その場合、投資家などステークホルダーが期待する基準から見ると、データ範囲の網羅性や算定方法の明確さが不足しがちです。拠点ごとに記録単位や項目定義が異なると集計ミスのリスクも高まります。また設備の更新や計測精度の向上に伴い過去データの遡及修正が発生することもあります。こうしたデータ管理上の統制不足やヒューマンエラーも、環境データの信頼性を低下させる要因です。

以上のような理由から、大気汚染物質排出量データには一定の不確実性が内在すると言えます。企業は報告する数値の精度向上に継続的に取り組む必要がありますが、データのばらつきや計測誤差を完全に排除することは難しく、どうしても推計や仮定に頼る部分が残ります。この点で、第三者による検証や保証を受けることは、データの算定プロセスを客観的に点検し精度を高める有効な手段となります。後述する第三者保証のプロセスを通じて、企業内のデータ収集・算定フロー自体が改善されるケースも多く報告されています。

3.第三者保証の意義とステークホルダーとの関係

こうした環境データの不確実性や信頼性のばらつきを是正し、情報開示の質を高める手段として注目されているのが第三者保証(Third-party Assurance)です。第三者保証とは、企業が公表するデータについて、企業から独立した専門家(第三者)がその公正性・正確性を評価し、一定の保証見解を付与するプロセスを指します。第三者保証を経たデータは、一定水準の正確性が担保された情報として位置づけられます。

第三者保証が重要とされる理由は大きく二つあります。
一つはステークホルダーへの信頼性確保、もう一つは企業内部での有効活用です。

信頼性・透明性の確保

投資家や取引先、地域住民、行政機関などステークホルダーは、企業が公表する環境情報をもとに意思決定や評価を行います。もし排出データに誤りや過小報告があれば、ステークホルダーの判断を誤らせ、企業価値の評価にも影響を及ぼしかねません。第三者保証は、独立機関がデータを検証することで「この情報は信頼に足る」というお墨付きを与え、誤報リスクを低減します。企業が自主的に開示している環境データに対し、その信頼性向上へ主体的に取り組む姿勢自体がステークホルダーから評価され、情報開示スタンスの真剣さを示すことにもつながります。

内部ガバナンスの向上

第三者保証のプロセスを通じて、企業は自社のデータ算定方法や集計プロセスを専門家の目で点検してもらう機会を得ます。保証業務では、開示範囲や測定・算定方法、開示内容についてステークホルダー期待水準を踏まえた確認が行われます。この過程で、データ管理上の課題や内部統制の不備が洗い出され、是正策が検討されます。企業にとって第三者保証への対応は、環境データに関する内部ガバナンスを強化し、情報精度を高める契機となります。結果的に、保証を受けたデータは経営陣にとっても戦略的意思決定に資する信頼性の高い情報となり、環境目標の進捗管理や施策立案に有効活用できます。例えばCO2排出量の保証業務では、算定上の課題点や改善点が明らかにされ、削減戦略の計画策定にも役立つとの指摘があります。

このように、第三者保証に取り組む意義は「対外的な信頼性担保」と「社内の気づきと改善」の双方にあります。情報開示に対する真摯な姿勢を示すことで対話が深化し、ひいては企業の環境情報全般の社会的信頼性向上につながると期待されています。昨今はESG投資の拡大に伴い、開示情報の信頼性に厳しい目が向けられています。第三者保証を付与することは、そうした投資家の要求や評価機関の基準にも応えることになり、企業のサステナビリティ評価向上に資する側面もあります。

4.第三者保証に採用される基準や制度

第三者保証を実施する際には、評価の公平性・一貫性を保つため公認の基準やフレームワークに沿って行われます。環境・サステナビリティ情報の保証で広く採用される主な基準・制度には以下のようなものがあります。

ISAE 3000

International Standard on Assurance Engagements 3000 の略で、「財務情報でない過去情報の保証業務」に関する国際基準です。これは国際監査・保証基準審議会(IAASB)が定めた枠組みで、サステナビリティ報告など非財務情報の保証に適用されます。多くの保証業務で基本となる一般的基準であり、保証手続の計画・実施から報告書様式まで共通の指針を提供します。

ISAE 3410

IAASBが策定した温室効果ガス(GHG)情報の保証業務に特化した国際基準です。ISAE3000の派生形で、GHG排出量算定の妥当性を検証する際の追加的ガイダンスを提供します。

ISO 14064-3

国際標準化機構(ISO)が定めた温室効果ガス検証のための規格「ISO14064」シリーズの第3部です。正式には「組織レベルのGHG排出量の妥当性確認および検証に関する規範及び指針」といい、第三者検証のプロセスや必要要件を詳細に規定しています。ISO14064-3はとくにGHG(CO2等)データ検証で使われますが、環境分野全般の検証手順にも参考となる国際規格です。

GRIスタンダード

GRIは報告フレームワークですが、第三者保証そのものの基準ではありません。しかし企業がGRI準拠で環境情報を開示する場合、GRI 102-56項目で第三者保証の有無や保証提供者との関係を開示することが求められています。また、GRI 305(排出量)スタンダードでは前述の通りNOx・SOx・その他大気汚染物質の報告項目が定義されており、第三者保証を付与する際もこれら項目に対するデータ妥当性が評価対象となります。つまりGRIは保証基準ではないものの、「何をどこまで保証するか」の範囲設定に影響する枠組みと言えます。

PRTR制度

日本の「化学物質排出把握管理促進法」(PRTR法)に基づき、特定有害化学物質の環境中への排出量と移動量を事業者が国に届出する制度です。例えばトルエンや鉛化合物、アンモニア等も第一種指定化学物質に含まれ、年度ごとに各事業所から排出量が報告されています。PRTR自体は政府への報告義務ですが、企業のサステナビリティ報告ではこのPRTR対象物質の排出データを環境パフォーマンス指標として掲載し、第三者保証の範囲に含める例が増えています。

環境報告ガイドライン(日本環境省)

日本の環境省が策定する環境報告書作成指針では、信頼性確保の手法として第三者意見書や検証の活用が推奨されています。2018年版ガイドライン解説書によれば、「報告内容の信頼性向上のため、専門家によるデータ検証を受けることが望ましい」旨が記載されています(※明示的な保証義務ではないもののベストプラクティスとして言及)。また前述の通り、不確実性情報の開示方法など信頼性に関する留意事項も示されています。環境報告ガイドラインは国内企業にとって報告品質の指針であり、ここで示された考え方に沿って第三者保証のニーズも認識されてきました。

以上が代表的な保証基準・制度です。第三者保証業務を実施する際には、これら基準に照らして手続計画が立案され、限定的保証(Negative Assurance)または合理的保証(Positive Assurance)の水準で意見表明されます。限定的保証は「著しい虚偽がないことを確認した」程度の表明で、合理的保証はより踏み込んで「適正に表示されている」という高い確信度での表明です。現在は限定的保証が主流ですが、データ精度や監査手法の向上により、将来的には合理的保証に引き上げていく動きも見込まれます。

5.国際的な保証動向と今後の展望

サステナビリティ情報開示における第三者保証は、日本国内に留まらず国際的な必須要件へと移行しつつあります。

CSRD

欧州連合(EU)では2024年度から段階的に適用される「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」において、開示されたサステナビリティ情報に対する独立第三者保証の義務化が明示されました。初期段階では限定的保証(Limited Assurance)が求められ、将来的には合理的保証(Reasonable Assurance)へ水準を引き上げることが想定されています。これは財務情報の監査と同様に、非財務情報についても信頼性を担保する仕組みを法的に整備する動きの一環です。CSRDの下ではヨーロッパだけでなく、EU圏で事業を行う日本企業にもこの保証義務が波及する可能性が高く、各社で対応準備が進められています。

ISSB

また国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による開示基準も2023年に公表され、各国での導入が検討されています。ISSB基準自体に保証義務は含まれませんが、ISSBは投資家向けに検証可能で高品質な情報開示を求めており、結果的に保証を付けざるを得ない環境が醸成されると予測されます。実際、日本の金融庁も有識者会議で「サステナビリティ情報の開示と保証の在り方」を議論しており、将来的な第三者保証の制度化について検討が進んでいます。現時点(2025年)では日本企業に非財務情報保証の法的義務はありませんが、自主的な保証取得が事実上の標準となりつつあります。特に海外市場から資金調達する企業やグローバルサプライチェーン上の企業は、取引先や投資ファンドから保証付きのESGデータ提出を求められるケースも増えています。

保証対象の拡大

今後の展望としては、保証対象の拡大と高度化が挙げられます。気候変動関連のGHG排出量はもちろん、地域環境に直接影響を与える大気汚染物質データにも保証のニーズが高まるでしょう。有害化学物質データまで範囲を広げる企業も出てきており、環境負荷全般を網羅的に保証する動きが進むと考えられます。また、保証水準も限定的保証から合理的保証へと要求水準が上がる可能性があります。データの正確性のみならず、開示プロセスや統制の有効性まで評価範囲に含める包括的な保証エンゲージメントが主流化すると予想されます。

技術面での活用

技術面でも、IoTセンサーやブロックチェーンなどを活用したリアルタイム環境データ検証の仕組みが登場するかもしれません。現在は年次ベースの保証報告書発行が一般的ですが、将来的には四半期ごとのサステナビリティ報告や随時開示にも保証を付与する動きが出てくる可能性があります。それだけ環境情報の財務情報並みの精度と迅速性が求められていくということです。

今後の展望

総じて、第三者保証は企業のサステナビリティ情報開示における信頼の礎として定着しつつあります。大気汚染物質の排出データについても、保証を通じた信頼性確保は企業と社会の双方にメリットをもたらします。企業側はデータの信ぴょう性向上と課題発見により環境マネジメントを強化でき、社会側(投資家や地域住民等)は安心して企業の環境パフォーマンスを評価できるようになります。法制度の後押しもあり、この潮流は今後さらに加速するでしょう。環境課題への取り組みを真摯に進める企業にとって、第三者保証は避けて通れないガバナンス要件となりつつあると言えます。

参考文献・出典:
揮発性有機化合物(VOC)の定義と規制概要
https://www.env.go.jp/air/osen/voc/voc.html# 

トヨタ自動車: GRI 305-7(NOx・SOx・その他大気排出物)の開示該当箇所
https://global.toyota/pages/global_toyota/sustainability/report/sdb/sdb24_jp.pdf 

大気中のアンモニアがPM2.5の主要成分となる説明
https://energyandcleanair.org/wp/wp-content/uploads/2023/05/CREA_Air-quality-implications-of-coal-ammonia-co-firing_Briefing_2023_JP_FINAL.pdf 

大気汚染に係る環境基準(PM2.5等の基準値)
https://www.env.go.jp/kijun/taiki.html# 

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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