SBT(Science Based Targets)とは、最新の気候科学に基づき企業が温室効果ガス排出削減目標を設定する枠組みです。本記事では、その設立経緯や国際的動向、企業にとってのメリット、導入事例などについて解説します。


1. SBTの定義と目的
SBTとは、企業の温室効果ガス排出削減目標を最新の気候科学に基づいて設定する枠組みを指します。パリ協定の目標(産業革命前からの気温上昇を1.5℃以内に抑えること)と整合した排出削減ペースを企業ごとに示すもので、気候変動の最悪の影響を防ぎつつ企業の成長を将来にわたり持続可能なものにすることを目的としています。言い換えれば、科学が求める水準と一致する削減目標を企業が設定・達成することで、気候変動対策と企業経営を両立させるアプローチです。実際、SBTは企業に「どの程度、どれだけ速く」排出量を削減すべきか道筋を示し、ビジネスの将来を気候リスクから守る指針となります。
2. 設立の経緯と国際的な動向
SBTの枠組みは2015年に発足しました。CDP(気候変動開示プロジェクト)、国連グローバル・コンパクト、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)という国際的団体が共同でイニシアチブを設立し、企業が「気候科学が求める水準」に合致した排出削減目標を設定できるよう基準やガイダンスを提供しています。こうしたSBTi(Science Based Targets initiative)の基準は、現在ではパリ協定と整合した企業の気候目標づくりにおけるグローバル標準と見なされています。
国際的な動向として、年々SBTに参加する企業数は増加しており、2023年末時点で世界で4,000社以上の企業・金融機関がSBTiによる目標検証を受けています。さらに最新の報告では、2025年時点で1万社を超える企業がSBTにコミットまたは認定取得済みとされ、気候変動対策における事実上のスタンダードになりつつあります。こうした潮流から、SBTは今や企業の気候行動のベンチマークとして国際的に認知され、先進企業のみならずサプライチェーンを含む広範な企業層へと普及しています。
3. 企業がSBTを設定する理由
企業がSBTを設定する背景には、気候変動がもはや経営における重要課題でありリスクであるとの認識があります。気候変動への対応を単なるCSR(企業の社会的責任)ではなく経営戦略上の問題と捉え、科学的根拠に基づく目標を掲げることは、将来の規制強化や市場変化に対するリスク管理策ともなります。実際「気候変動を単なるCSR問題として扱い続ける企業は、最大の悪影響リスクにさらされるだろう」との指摘もあるほどで、SBTを設定し気候戦略を経営に統合することは企業存続のリスクヘッジと捉えられています。また、気候変動への真摯な取り組み姿勢を示すことは投資家や取引先、消費者などステークホルダーからの信頼や評価を高める動機となります。第三者であるSBTiから目標認定を受ければ、その企業の気候目標の信憑性が保証されるため、「掲げた目標が信頼できる」という証明となりステークホルダーとの関係構築にも資するからです。
さらに、自社の気候目標を世界の課題解決に貢献する形で策定することは、社員の士気向上や企業ミッションの明確化といった効果も期待され、こうした総合的理由から多くの企業がSBTを採用しています。
4. SBTが企業にもたらすメリット
SBTの設定は企業にも多くのメリットをもたらします。特に先行企業の調査から、以下のような具体的利点が報告されています。
ブランド価値の向上
消費者の環境意識が高まる中、SBTにコミットした企業の79%が「自社のブランド評判が強化された」と回答しています。気候変動への積極的な取り組み姿勢が企業ブランドの向上に直結していることが示唆されます。
投資家からの信頼増大
約52%の企業が科学的目標の設定によって投資家からの信頼が高まったと報告しています。気候目標の明確化は長期的な事業リスクへの対応策と評価され、資本市場での評価改善につながっています。
規制への耐性強化
国や地域の温暖化対策が強化されつつある中、35%の経営者がSBT設定により将来の規制強化への耐性(レジリエンス)が高まったと感じています。早期に脱炭素化を進めておくことで、新たな環境規制にも余裕を持って対応できる体制が構築できるためです。
イノベーションの促進
約63%の企業は、野心的な温室効果ガス削減目標を掲げたことが自社内のイノベーションを喚起したと回答しました。排出削減という明確な目標が、新技術や新製品開発の原動力となり、結果的に競争力強化につながった事例もあります。
コスト削減
環境対応はコスト増要因との見方もかつてはありましたが、実際には約29%の企業がエネルギー効率化などによるコスト削減効果を既に享受しています。事業の省エネ化はエネルギー支出の削減に直結し、中長期的に収益性の向上要因となりえます。
競争力の向上
SBTに基づく脱炭素経営を推進することは、市場競争力の強化にも寄与します。気候変動対策に積極的な企業は、将来の資源価格高騰リスクへの耐性を備えつつ、環境意識の高い顧客層に対し競合他社との差別化を図ることができます。
また「気候変動問題に具体的コミットしている」という事実自体が企業の信用力となり、企業評判の向上にもつながります。
このように、SBTの採用は単なる環境上の責務に留まらず企業価値の向上や経営上のメリットをもたらすことが各社の事例から示されています。
5. 具体的な適用事例
SBTは幅広い業種の企業で採用されており、その具体的な適用事例も増えています。例えば、アップル(Apple)は2030年までに自社のバリューチェーン全体でカーボンニュートラル(実質排出ゼロ)を達成する目標を掲げ、製造委託先を含むサプライヤーに再生可能エネルギーの導入を促すなど、サプライチェーン全体で排出削減を進めています。
また、英国の小売大手テスコ(Tesco)はSBTを設定したことで「気候変動対策に本気で取り組んでいる企業」であることを投資家やステークホルダーに示すことができ、先進的企業としての評価を得ることに成功したと報告されています。さらに、日本企業でも富士フイルムや富士通、パナソニックなどが早期にSBT認定を取得し、自社の脱炭素戦略に活かしています。こうした事例は、SBTを通じて企業が自社の排出削減だけでなく競争力強化やステークホルダーとの信頼醸成にもつなげていることを示しています。
引用
SBT FAQS
https://sciencebasedtargets.org/faqs#what-is-a-science-based-target
SBT Target Dashboard
https://sciencebasedtargets.org/target-dashboard
WWFジャパン
https://www.wwf.or.jp/corp/info/923.html

