【ISSB】ISSBと他基準の整合について比較

グローバルなサステナビリティ開示基準であるISSB(IFRS S1/S2)と、既存の他の開示フレームワークとの関係について整理します。特にTCFD、EUのCSRD(ESRS)、そして日本版ISSB基準(SSBJ)との整合性や相違点を比較し、企業が各枠組みに対応する上で押さえるべきポイントを解説します。

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目次

1. ISSB基準とTCFDの関係

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、気候変動に関する情報開示の国際的フレームワークとして2017年に勧告が公表され、以降世界中の企業・金融機関に広く採用されてきました。

TCFDの枠組みの継承

ISSBのIFRS S2「気候関連開示」は、このTCFDの枠組みをそのまま組み込んで標準化したものです。具体的には、TCFDが提唱したガバナンス・戦略・リスク管理・指標目標の4分野での開示項目をIFRS S2がすべて包含しており、さらに一部項目ではTCFDより詳細な基準として昇華しています。

ISSB自身も「IFRS S1/S2のコアコンテンツはTCFD勧告と一致している」と明言しており、IFRS S2を適用する企業は追加でTCFD対応を行う必要がないことを表明しています。例えば、TCFDが推奨する「2℃シナリオ等を用いた戦略のレジリエンス開示」や「Scope1,2,3のGHG排出量開示」などはIFRS S2で義務的項目となっています。またTCFDでは定性的表現に留まっていた事項(例:財務影響の定量的開示)は、IFRS S2では可能な限り数値で示すよう要求するなど強化されています。

実質的な差異と移行

もっとも、ISSBとTCFDとの間に実質的な矛盾はほとんどありません。ISSBはTCFDを前身の一つとして発足しており、TCFD提言に沿って準備してきた企業はスムーズにIFRS S2へ移行できる設計です。2024年11月にはISSBからIFRS S2とTCFD推奨事項の差分比較表も公表されました。それによると、表現や範囲においてごくわずかな相違しかないことが確認されています。

例えば、IFRS S2では「GHG排出量の将来見通し」について追加開示を求める一方、TCFD特有だった「機会の重大性評価」はIFRS S2では要求しない、といった細かな違いがある程度です。結論として、TCFDとISSB(特にIFRS S2)は高い親和性を持つと言えます。TCFDに基づく開示実績がある企業は、その枠組みを維持しつつIFRS基準に沿って開示項目を埋めていく形で対応可能でしょう。

2. ISSB基準とCSRD/ESRSの比較

CSRD(企業サステナビリティ報告指令)はEUにおけるサステナビリティ情報開示の新たな法制度で、2024年度以降、段階的に大企業等に対し詳細なESG情報開示を義務付けるものです。CSRDの下で制定された具体的基準がESRS(欧州サステナビリティ報告基準)であり、環境・社会・ガバナンスそれぞれ複数の基準から構成されます。

共通点と相互運用性

ISSB基準とCSRD/ESRSには共通点も多い一方、いくつか重要な相違点があります。まず共通点として、目的は双方とも企業のサステナビリティに関する透明性向上にあり、開示領域も気候変動・環境・社会・人権・ガバナンスと広範囲にわたります。実際、ISSBのIFRS S2とESRS E1はともにTCFDの考え方に準拠しており、核心となる開示事項は強く整合しています。

ISSBとEUの標準設定主体EFRAGは共同で作業を行い、2024年5月にはIFRS S2とESRS E1の相互運用ガイダンスを発表して、両者の開示が高いレベルで一致していることを示しました。これにより、企業がIFRS S2に従って気候情報を開示すれば、ほぼ同時にESRS E1の要件も満たすことが可能となり、二重の報告負担が軽減されるとされています。

ダブル・マテリアリティとシングル・マテリアリティ

しかしながら、CSRD/ESRSとISSB基準の根本的な違いとして指摘されるのが「ダブル・マテリアリティ vs シングル・マテリアリティ」のアプローチです。前述のとおりISSBは投資家向けの財務的影響に絞った単一の重要性基準ですが、CSRD/ESRSではダブル・マテリアリティが採用されています。

つまりCSRDでは企業が社会・環境に与えるインパクトそのものも重要であれば開示対象となります。たとえば「自社のカーボンフットプリント」は、ISSBではそれが規制強化リスクや評判リスクとして財務に影響する範囲で開示されますが、CSRDではそれ自体が環境への影響として重要であれば開示義務があります。この違いにより、ESRSはISSB基準に比べ開示範囲が広がる傾向があります。

開示範囲と詳細度の違い

さらに開示の詳細度にも差異があります。ESRSはEUの政策目標に沿って非常に多岐にわたる定量指標・定性要求を包含しています。例えば、気候分野一つ取ってもISSBではGHG排出量や気候シナリオ分析といったコア情報が中心なのに対し、ESRS E1では生物多様性への影響や従業員の気候関連研修の実施状況といった追加情報まで求められます。
また対象企業の範囲も、CSRDはEU域内の一定規模以上の全企業とEU上場企業グループに属する非EU企業子会社など非常に広範囲ですが、ISSB基準は各国当局の任意採用に委ねられるため強制力は国ごとに異なります。とはいえ、ISSBとCSRDの目指す方向性は競合するものではなく補完的です。ISSBはグローバルな投資家向け共通基盤を提供し、CSRD/ESRSはEU域内のステークホルダー向け開示充実を図っています。

実務的な対応アプローチ

企業としては、両者の重複部分は一度の報告で両方の要件を満たせるよう調整しつつ、相違部分について追加対応が必要かを検討するアプローチが現実的です。実際、CSRD対応を進めている企業であれば、その中で作成したダブル・マテリアリティ評価の結果から財務影響部分を抜き出すことでISSBのシングル・マテリアリティ評価に転用できます。欧州では2023年末にCSRD/ESRS簡素化が発表され、今後開示負担が緩和される方向ですが、依然としてISSB基準との差異は残る見込みです。企業は自社の属する規制環境に応じてISSBとESRSの要求事項をマッピングし、両立する報告作成プロセスを構築することが重要です。

3. ISSB基準と日本のSSBJ基準の整合

最後に、日本版のサステナビリティ開示基準との関係です。日本では2022年に財務会計基準機構内にサステナビリティ基準委員会が設立され、ISSB基準を踏まえた国内基準策定が進められてきました。SSBJは国際的整合性を重視し、IFRS S1/S2に相当する基準を公開草案として2024年3月および11月に公表しパブコメを実施、意見を踏まえて2025年3月に最終基準を公表しています。

日本版基準の構成

公表されたSSBJ基準は以下の3つから成ります。

  • サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」(適用基準): 全企業に共通の一般原則や適用指針を定めるもの。
  • サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」(一般基準): IFRS S1号に相当。サステナビリティ関連財務情報の全般的開示要求事項を規定。
  • サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」(気候基準): IFRS S2号に相当。気候変動に関する開示要求事項を規定。

名称は日本独自ですが、その内容はIFRS S1/S2とほぼ同一です。ISSBとSSBJの間で基準間の整合性確認が行われており、対応表や差異一覧も公表されています。SSBJ基準では日本市場に合わせた用語の置き換えや細部の補足がある程度で、GHG排出量の開示やガバナンス・戦略・リスク管理・指標のフレームワークはIFRSと同一構造です。

適用範囲と法的枠組み

相違点として挙げられるのは、適用範囲と法的位置づけです。SSBJ基準は有価証券報告書での開示を前提としており、金融庁の開示制度改革の一環で導入予定です。現時点で正式決定はされていませんが、金融審議会のワーキング・グループで適用企業と適用時期が検討されています。適用が始まれば、日本企業は有価証券報告書の中でSSBJ基準に沿ったサステナビリティ情報を記載する義務を負います。
これはEUのCSRDが「経営報告」内への開示を求めているのと類似していますが、日本の場合は証券報告書という法定開示書類で要求される点が特徴です。そのため、既存の証券報告書の記載項目との調整や、関連情報を統合報告書等から参照リンクする手法の可否など、実務上の細部について今後詰める必要があります。

マテリアリティの考え方

またマテリアリティの考え方はISSBと同じシングル・マテリアリティですが、日本企業の多くは既にGRIスタンダード等でステークホルダー視点の重要課題も特定しています。SSBJ基準では「二重マテリアリティ分析から抽出したリスク・機会を用いてシングルマテリアリティ評価を行うことも可能」と案内されており、既存のマテリアリティ分析を活かしつつ財務影響にフォーカスした開示へつなげることができます。

総じて、SSBJ基準はISSB基準との国際的整合性が高く、日本企業はグローバル基準に則った情報開示を国内制度の下で行えるようになります。これにより、海外投資家に対しても遜色ないサステナビリティ開示が可能となり、日本市場の信頼性向上につながるでしょう。一方で、CSRD/ESRSのように求められる情報範囲が広がりすぎないよう留意する必要があります。

4. 複数フレームワークへの効率的対応策

TCFD・ISSB・CSRD・SSBJと主要な開示枠組みを見てきましたが、グローバル企業にとっては複数の開示基準に跨る報告義務が現実問題となります。効率的に対応するには以下のような戦略が考えられます。

グローバル共通ベースラインの活用

まずISSB基準(IFRS S1/S2)をベースラインとして、自社のサステナビリティ報告を構築します。ISSBはIOSCOの後押しもあり世界共通基盤となる見込みで、これに準拠しておけば各国投資家への必要十分な情報提供が可能です。

差異分析(Gap分析)の実施

次に、自社が直面する他枠組み(CSRDや各国規制)との要求事項の差異を洗い出します。例えばCSRDで追加要求される「ダブル・マテリアリティの外向き影響情報」や、SSBJ基準特有の開示形式の違いなどです。

報告プロセスの統合

差異を埋める形で、一つの報告プロセスで複数基準をカバーするよう設計します。例えば、データ収集は共通フォーマットで行い、開示項目ごとにどの基準に対応するかタグ付けする、といった方法です。CSRD対応企業なら、内部管理資料にISSB項目との対応関係を注記し、ISSB向け抽出も容易にしておくといった工夫ができます。

ステークホルダーコミュニケーション

各枠組み対応の状況や今後の計画を投資家にも説明しておきます。例えば「当社はIFRS S2をグローバル開示の基盤としつつ、EU子会社についてはESRS追加情報を開示します」等の方針を示すことで、情報利用者の理解を得られます。

アップデートのフォロー

基準策定主体からの新ガイダンスや改訂情報を継続的にウォッチします。ISSBとEFRAGの共同ガイダンスなど有益な資料は都度参照し、自社報告に反映させます。またSSBJなど国内動向にも注意を払い、必要に応じて準備計画を前倒しする柔軟性も重要です。

このように、複数基準を対立軸ではなく重ね合わせてとらえる発想が求められます。ISSB基準というグローバル共通言語を土台に持ちつつ、各ローカル要件に対応した”方言”を上乗せしていくイメージです。企業のサステナビリティ推進担当者は、自社の開示戦略をグローバルとローカル両面から描き、重複を最小化しながら最大限のコンプライアンスと透明性を確保することが重要と言えるでしょう。

IFRS
https://www.ifrs.org/sustainability/knowledge-hub/introduction-to-issb-and-ifrs-sustainability-disclosure-standards/

IFRS S1
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards-issb/japanese/2023/issued/part-a/ja-issb-2023-a-ifrs-s1-general-requirements-for-disclosure-of-sustainability-rela

IFRS S2
ted-financial-information.pdf?bypass=on
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards-issb/japanese/2023/issued/part-a/ja-issb-2023-a-ifrs-s2-climate-related-disclosures.pdf?bypass=on

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この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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