【ISSB】ISSB/IFRS S2とは?気候関連要件を解説

IFRS S2号「気候関連開示」は、ISSBが定めた気候変動に特化したサステナビリティ開示基準です。気候関連リスク・機会に関する企業の取組みを、TCFD提言と整合した形で開示することを求めています。本記事では、IFRS S2の概要と開示項目、特に温室効果ガス(GHG)排出量算定・開示のポイントについて解説します。

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目次

1. IFRS S2の位置づけと概要

ISSB基準における位置づけ

IFRS S2は気候変動リスクと機会に関する開示基準であり、IFRS S1の一般開示要求事項を土台に、気候にフォーカスした追加情報を求めるものです。2023年6月にIFRS S1と同時に公表されたISSBの初版基準の一つであり、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言を完全に統合している点が特徴です。ISSB自身も「IFRS S2を適用すれば別途TCFD提言を適用する必要はない」と表明しており、実質的にTCFDが国際会計基準の中に取り込まれた形と言えます。

基準の目的と対象リスク

IFRS S2の目的は、企業が直面する気候関連のリスク・機会に関する重要情報を投資家に提供することです。ここでいう気候関連リスクには、物理的リスク(気候変動による自然災害や異常気象の激化などによる直接的な影響)と、移行リスク(低炭素経済への移行過程で生じる規制強化・市場変化・評判悪化などの間接的影響)の両方が含まれます。

また気候関連機会とは、気候対策や適応ニーズの高まりによって生じる新たな市場機会や技術革新の機会を指します。IFRS S2は、これらリスク・機会が企業の財務状況や将来見通しにどう影響するかについて、短期・中期・長期の視点で情報開示するよう求めています。

2. 基本的な開示項目と要求事項

4つの柱に基づく開示

IFRS S2の基本的な開示項目も、IFRS S1同様ガバナンス、戦略、リスク管理、指標・目標の4つの要素に沿っています。ただし対象が「気候関連情報」に限定されるため、各要素ごとにより具体的な開示事項が規定されています。主要な要求事項は以下の通りです。

  • ガバナンス: 気候関連のリスク・機会に対する組織のガバナンス体制(取締役会の監督や経営陣の責任体制など)
  • 戦略: 気候変動が事業戦略や財務計画に与える影響評価。気候シナリオ分析を用いた事業のレジリエンス(耐性)の検討結果や、移行計画・緩和策の有無などもここに含まれます。
  • リスク管理: 気候関連リスクを識別・評価・管理するプロセス(全社的なリスク管理への統合状況、サプライチェーンを含むリスクの把握手法など)
  • 指標および目標: 気候関連リスク・機会を管理するための指標と、その目標値・進捗。GHG排出量(Scope1, 2, 3)が必須指標であるほか、自社の事業に重要な気候指標(エネルギー消費量、水使用量等)や、科学的根拠に基づく削減目標(例:2050年ネットゼロ宣言と中間目標)などを開示します。

財務的影響の定量化と柔軟性

これらに加え、IFRS S2では財務影響の定量的情報もできる限り開示するよう求めています。例えば、主要な気候リスクが将来企業の収益・費用・資産負債にどの程度の影響を及ぼし得るか、定性的説明に加えて可能な範囲で金額や数量による情報提供が推奨されます。もっとも、将来影響の不確実性が高い場合は無理に数値化する必要はなく、合理的かつ裏付け可能な情報に基づき定性的説明を行うことも許容されています。このように、各社の状況に応じて過度な負担とならない形で開示を進められる柔軟性も盛り込まれています。

3. 気候関連開示のポイント:GHG排出量

Scope1・2・3の定義

IFRS S2で特に重要となるのが、温室効果ガス(GHG)排出量の開示です。GHG排出量は気候変動への影響度を測る基本的指標であり、投資家にとっても企業の気候リスク・移行リスクを評価する上で欠かせない情報です。IFRS S2では、企業に対しScope1・2・3すべてのGHG排出量を開示することを要求しています。

Scope1とは自社が保有または支配する施設からの直接排出、Scope2は他社から購入したエネルギー(電力など)の利用に伴う間接排出、Scope3はバリューチェーン上流下流におけるその他すべての間接排出を指します。

Scope3の重要性と開示義務

特にScope3排出量は、サプライチェーン全体に及ぶため算定が難しい部分ですが、移行リスク評価のために不可欠との判断からIFRS S2では開示必須とされています。もっとも、すべての開示要求はIFRS S1同様「重要性のある情報」に限定されます。したがって、仮にとるに足らない範囲の排出源であれば省略も可能ですが、実務上は主要なサプライヤーや製品使用段階等を含むScope3カテゴリを広くカバーする企業が多くなると見込まれます。

GHGプロトコルへの準拠

GHG排出量の算定方法について、IFRS S2はGHGプロトコル(GHG Protocol)という世界標準の手法に準拠するよう定めています。GHGプロトコルは企業の温室効果ガス排出量算定ガイドラインで、コーポレートスタンダード(2004年)およびバリューチェーン(Scope3)スタンダード(2011年)などから成ります。IFRS S2では原則としてGHGプロトコル(2004年版)に従ってScope1・2・3の排出量を測定・報告するよう求めており、すでにGHGプロトコルに沿って排出量管理を行ってきた企業にとってはその延長で対応可能です。具体的には、組織の境界設定(運用支配、財務支配または持分比率アプローチから選択)、排出係数の適用、排出源カテゴリごとの集計といった算定プロセスをGHGプロトコル基準に準じて実施し、その結果をIFRS S2の開示フォーマットに落とし込む形になります。

カテゴリ別の内訳開示

IFRS S2はまた、Scope3排出量の内訳についても情報提供を要求しています。GHGプロトコルでは15のカテゴリ(購入した製品・サービス、輸送、使用段階、廃棄段階等)にScope3を分類していますが、企業は自社が算定したScope3排出量にどのカテゴリを含めたか(また含めていないか)を開示する必要があります。これにより、投資家は企業間でScope3カバー範囲の違いを理解し、比較を行いやすくなります。

4. 実務上の留意点と経過措置

データ収集と算定プロセス

GHG算定・報告の実務上のポイントとしては、まずデータ収集体制の構築が挙げられます。Scope1・2については自社施設や電力使用量のデータを正確に集計する仕組みを整えます。Scope3については主要なサプライヤーや顧客からのデータ収集、あるいは推計モデルの活用が必要です。どのデータを用い、どの範囲をカバーしたかを文書化しておきます。

品質管理と継続性

次に、算定の一貫性と透明性が求められます。排出係数(電力のCO2排出原単位など)の出典や使用した計算式を明示し、検証可能な形で記録します。各事業所・部門でデータ形式が異ならないよう、記録様式や単位を統一することも重要です。また、品質管理とレビューも欠かせません。算定結果について内部チェックを行う仕組みを設けます。例えば環境部門による数値レビュー、内部監査部門による抜き取り検証等を実施し、誤りやばらつきがないか確認します。 さらに経年比較について、IFRS S2では前年度との比較情報も求められます。算定方法を毎年継続的に適用し、手法を変更した場合は注記でその影響を説明する必要があります。

初年度の緩和措置

なお、ISSBはこうしたGHG開示の負担に配慮し、移行措置(経過措置)として初年度はScope3排出量の開示を免除する緩和策も設けました。具体的には、IFRS S2を初めて適用する年についてはScope3を報告しなくても基準に準拠したと見做せるとしています(次年度以降は必須)。これは多くの企業にとって難易度が高いScope3算定に準備期間を与えるための措置です。各企業はこの猶予を活用してデータ収集範囲を拡大し、二年目までに網羅的なGHG情報開示を実現することが望まれます。

5. 導入の意義と今後の展望

統一基準による比較可能性の向上

IFRS S2は、TCFDの勧告事項を公式な報告基準として昇華させたものとして、企業の気候関連情報開示に大きな変革をもたらします。任意ベースで行われてきたTCFD開示が、IFRS S2によってグローバルな統一基準の下で強制力ある開示へと発展することになるためです。これにより企業間の情報比較可能性が飛躍的に向上し、投資家は気候リスクを織り込んだ投資判断をより正確に行えるようになるでしょう。

企業価値評価への影響

企業にとっては、自社の気候変動への対応状況を定量・定性両面で示すことで、移行リスクに対する戦略の妥当性やレジリエンスを資本市場にアピールできる機会にもなります。例えば、厳格なGHG削減計画や気候適応投資を進めている企業は、IFRS S2開示によってその努力を透明性高く示すことができます。一方で開示内容が不十分であれば、投資家からリスク管理体制の甘さを指摘される可能性もあり、気候対応の実力が可視化される時代になるといえます。

規制動向と実務対応

IFRS S2は今後各国の規制当局によって適用が検討されており、既に欧州連合のCSRDや日本のSSBJ基準とも高い整合性をもって運用される見通しです。企業のサステナビリティ推進担当者にとって、IFRS S2への対応は待ったなしの課題となりつつあります。まずは自社の気候関連リスク・機会を洗い出し、GHG排出量データを正確に把握することから着手し、戦略・ガバナンス・リスク管理の各面を総点検することが重要です。その上で、本基準に沿った開示フレームワークを構築し、将来的な保証(第三者検証)への備えも含めた体制整備を進めていくことが求められるでしょう。

IFRS
https://www.ifrs.org/sustainability/knowledge-hub/introduction-to-issb-and-ifrs-sustainability-disclosure-standards/

IFRS S1
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards-issb/japanese/2023/issued/part-a/ja-issb-2023-a-ifrs-s1-general-requirements-for-disclosure-of-sustainability-rela

IFRS S2
ted-financial-information.pdf?bypass=on
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/pdf-standards-issb/japanese/2023/issued/part-a/ja-issb-2023-a-ifrs-s2-climate-related-disclosures.pdf?bypass=on

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この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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