【SASB】改訂に備えた内部統制・保証体制の整備

SASBスタンダードの改訂により、企業のESGデータ管理には一層の精度と整合性が求められるようになります。標準化された業種別指標に沿って正確な情報開示を行うためには、各企業がデータガバナンスを強化し、内部統制および第三者保証への対応力を高めることが不可欠です。本記事では、SASB改訂を踏まえたESGデータガバナンスの課題と、業種別指標を念頭に置いた内部統制・保証体制整備のポイントについて解説します。

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目次

1.業種別ESG指標

SASBスタンダードは業種ごとに具体的なESG指標を提示し、企業に財務的に重要なサステナビリティ情報の開示を促します。これら業種別指標が今後ISSB基準の下で事実上の国際標準となっていく中、企業はそのデータを的確に収集・管理し、正確に報告できる体制を整える必要があります。実際、ISSBのIFRS S1基準では「財務情報と同様に、サステナビリティ関連情報についても誤謬を避けるための内部統制や検証プロセスが重要」と明記されています。これは、サステナビリティ情報も財務報告と同レベルの厳格さで管理すべきことを示唆しており、企業のデータガバナンス体制強化が不可欠であることを意味します。

しかし現状、多くの企業ではESGデータの管理がまだ発展途上と言えます。例えば、事業所ごとに形式や粒度が異なるデータをExcelで人手集計している場合、誤記や重複、属人的なミスが生じやすく、第三者保証の観点からも不十分です。温室効果ガス排出量などの重要データについて、元データや算出ロジックの裏付け資料が部署ごとに散在しているケースも見られます。こうした状況では、いざ保証を受けようとしても膨大な確認作業が必要となり、コスト増や開示の遅延リスクに直結します。

データガバナンスの必要性

SASB改訂により指標定義が変更・精緻化されれば、なおさらデータの一貫性・正確性を保つ体制が重要になります。例えば「水ストレス」の定義が改訂されれば、水使用データの集計方法を社内で統一し直す必要がありますし、労働災害指標の計算式が変われば、人事・労務部門と連携して新基準に沿った数値を算出するプロセスを設計しなければなりません。このように、基準変更に機敏に対応できるデータ管理基盤がないと、将来的に法令や基準への適合に遅れをとるリスクがあります。要するに、「基準がアップデートされても対応できる柔軟で堅牢なデータガバナンス」が今企業に求められています。その柱となるのが内部統制の強化と保証(assurance)への備えです。

2.保証に耐えうる情報基盤の構築

サステナビリティ情報の第三者保証とは、財務諸表監査と同様に、独立した監査法人等が企業のESG情報の正確性・網羅性を検証し意見表明するプロセスです。近年、各国で企業のサステナビリティ報告に対する保証導入の動きが本格化しており、日本でも金融庁が限定的保証の制度化に向けた検討を進めています。保証を適切に受けるためには、単に数値が合っているだけでなく、算出プロセスや内部統制の有効性まで含めて評価される点に留意が必要です。言い換えれば「保証に耐えうる」データ基盤とは、データの出所が明確で再現性があり、整備された統制環境の下で生成・集計された情報基盤を指します。そのため企業は、以下のような観点から情報基盤整備を進めることが望ましいです。

データの標準化と一貫性確保

最初の一歩は、ESGデータの記録様式や定義を全社で統一することです。例えば、各事業所・部門でバラバラだった入力フォーマットや使用単位、用語の意味を統一し、全社共通のデータテンプレートを策定します。これによりデータ集計時の齟齬を防ぎ、属人的な解釈違いを無くせます。SASBスタンダードで定義された指標については、その定義・計算方法を社内ガイドラインに明記して周知し、全員が同じ基準でデータ入力するよう教育することも重要です。

定期的なデータレビューと精度管理

データは集めっぱなしにせず、定期的にレビューして品質を高める仕組みを構築します。例えば毎月・四半期ごとにESG主要指標を取りまとめ、経年の差異分析や異常値チェックを実施する体制を敷きます。差異が大きい場合は原因を調査し、必要なら遡及修正やデータ収集プロセスの改善につなげます。これにより年次報告の段階で慌てて数字を合わせ込む必要が減り、日常的にデータの信頼性が維持向上されます。

内部統制の文書化と責任体制

データ収集から開示までのプロセス全般について、明確な責任分担と手順書を整備します。具体的には、「誰が・いつ・何のデータを集め、誰がチェックし、最終的に誰が承認するか」という一連のフローを定めます。各段階の担当者と役割をドキュメント化し、社内規程やマニュアルに落とし込むことが必要です。これにより担当者交代時でも業務が引き継がれ、監査人に対しても統制手続きの存在を示すことができます。SASBの業種別指標ごとに、「このデータは○○部が集計し、△△部が検証する」といった統制フロー図を作成しておくと可視化が進みます。

内部監査の活用と保証人との連携

社内の内部監査部門を活用し、ESG情報についても財務報告と同様に定期的な監査を行います。内部監査人がデータのトレーサビリティ(出所追跡)や統制手続きの運用状況を点検することで、事前に不備を是正できます。また、将来の第三者保証を見据え、保証業務を担う監査法人等との初期対話を行っておくことも有用です。保証契約を締結してから慌てて整備するのではなく、早い段階で想定される保証人に現状の統制を説明し、助言をもらいながら不足部分を補強するアプローチが推奨されます。これにより保証段階での指摘事項を事前に減らし、スムーズな保証取得につなげられます。

以上の施策を講じることで、企業のESG情報基盤は着実に強化され、「保証対応力」が向上します。実際、サステナビリティ情報の保証においては「数値が合っているか」以上に「その数値を生み出すプロセスや統制環境が適切か」が評価対象となります。従って裏を返せば、プロセスと統制を正しく設計・運用できていれば、第三者からの高い信頼とお墨付きを得られるということです。

3.高度なデータ管理体制へ

データガバナンスと内部統制の強化は一朝一夕には成し得ませんが、国内外の動向から見て避けて通れないテーマです。国際監査・保証基準審議会(IAASB)は2024年に初のサステナビリティ保証国際基準ISSA 5000を公表し、ESG保証業務のガイドラインを提示しました。また欧州ではCSRDにより大型企業へ保証義務付けが始まるなど、世界的に第三者保証が当たり前の時代に入ろうとしています。日本でも金融審議会で「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方」が議論され、今後数年で気候関連情報等への限定的保証の導入が現実味を帯びています。

デジタル化・高度化

こうした潮流の中で、企業に求められるのはデータ管理のデジタル化・高度化です。バケツリレー式のExcel集計では早晩限界が来るため、各社で「サステナビリティ情報管理システム」の導入が進むでしょう。これはいわば財務ERPになぞらえた「ESG-ERP」のようなもので、環境データ・社会データを一元管理し、改ざん防止やアクセス権管理、監査トレイル機能を備えたプラットフォームです。既に海外ではこの種の専用ソフトウェアが普及し始めており、日本企業も追随すると見られます。システム導入にはコストが伴いますが、データの整合性・信頼性・追跡可能性を確保できるメリットは計り知れません。特に将来的に合理的保証が求められる可能性も視野に入れると、今のうちから投資しておく価値は十分あります。

4.まとめ

最終的に、サステナビリティ情報の開示は企業の信頼性ひいては競争力に直結します。SASB改訂が示すように基準はより高度化しますが、それに対応できる企業こそが「持続可能な経営の土台」を強固にし、社会や投資家から選ばれ続ける存在となるでしょう。企業のサステナビリティ推進担当者は、データガバナンスと内部統制の整備を単なるコンプライアンス対応ではなく、将来の企業価値向上の投資と位置づけて取り組むことが重要です。基準遵守という守りの姿勢に留まらず、自社のESG情報管理を磨き上げる攻めの姿勢で、迫り来る保証時代に備えていきましょう。

引用先

【IFRS財団】 「ISSB proposes comprehensive review of priority SASB Standards…」
https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2025/07/issb-comprehensive-review-sasb/

【JPX ESG Knowledge Hub】「ESG情報開示枠組みの紹介:SASBスタンダード」
https://www.jpx.co.jp/corporate/sustainability/esgknowledgehub/disclosure-framework/03.html

【金融庁】「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG 第8回資料」
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sustainability_disclose_wg/shiryou/20250627.html

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この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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