【ICP】インターナルカーボンプライシングの導入やメリットについて解説


気候変動対策として企業が注目するインターナルカーボンプライシング(ICP)の基本について、本記事では徹底解説します。ICPとは何か、カーボンプライシング全体の中での位置づけ、導入が求められる背景、そして企業にもたらすメリットについて、最新の動向や事例を交えて紹介します。企業のサステナビリティ担当者がICPを理解し、自社の脱炭素経営に活かすための基礎知識を網羅した内容です。

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目次

1.インターナルカーボンプライシング(ICP)とは何か

インターナルカーボンプライシング(Internal Carbon Pricing, ICP)とは、企業が自主的に社内で設定する炭素価格(内部炭素価格)のことです。自社の温室効果ガス排出量に対して仮想的な価格を割り当て、そのコストを経営判断に組み込むことで、排出削減を促進し脱炭素経営への移行を図る手法です。通常、CO2排出によるコストは明確に財務上現れませんが、ICPを導入することでその見えないコストを「見える化」し、設備投資や事業計画の策定時に考慮に入れることが可能になります。例えば「自社でCO2を1トン排出すると○円のコストが発生する」という内部ルールを設ければ、これをレンズにして各種プロジェクトの採算性を評価し直すことができます。

シャドープライス型

ICPは大きく分けて2つの方式があります。第一は、社内で仮想的な炭素価格を設定し意思決定に組み込む「シャドープライス型」です。多くの企業で採用される方式で、実際の金銭移動は伴わず、投資案件の評価時などに「もし炭素コストが存在したら…」と仮定してシミュレーションを行います。既存の経営フローを大きく変えず導入できるため、入門的なアプローチとして普及しています。

内部炭素課金型

第二は、事業部門ごとに排出量に応じた費用負担を行う「内部炭素課金型(社内カーボン料金)」です。各部門のCO2排出量に内部価格を掛け合わせた額を“社内税”として徴収・プールし、その資金を環境投資に充当する仕組みです。こちらは実際に社内で資金が動く分、排出削減インセンティブがより直接的に働きますが、制度設計や運用管理のリソースも必要になるため、主に環境先進企業で導入が進められています。企業文化や目的に応じて、まずはシャドープライス型から始め、ゆくゆく課金型へ移行するケースも見られます。

炭素税や排出量取引

ICPは、政府主導のカーボンプライシング(炭素税や排出量取引等)と補完し合う関係にあります。一般にカーボンプライシングとは「CO2排出に価格(コスト)を与え、市場メカニズムを通じて排出削減を促す政策・手段」の総称であり、その代表が炭素税や排出量取引制度です。これらは政府・公共部門が実施する外部的カーボンプライシングですが、ICPはそれに対し内部的カーボンプライシング、すなわち企業が自主的に行う取り組みです。法規制による強制力はないものの、自社の裁量で炭素コストを先取り計上するICPは、公的制度を待たずとも企業が独自に低炭素化を進める手段として重要性を増しています。

2.ICP導入が求められる背景

企業がICPを導入する動機には、単なるCSR(企業の社会的責任)の枠を超えた経営上の必然性があります。

気候変動リスクの顕在化

まず挙げられるのが、気候変動リスクの顕在化です。近年、豪雨や台風など異常気象によるサプライチェーン寸断、原材料調達コストの増大、工場の操業停止リスクなど、気候変動が企業収益に与える影響が無視できなくなっています。実際、極端気象が企業のバリューチェーンを揺るがす事例が増え、投資家からは気候リスクへの対応力が企業価値評価の重要な尺度と見なされています。こうした中で、自社の炭素排出に価格を付けるICPは、気候リスクを可視化して戦略に織り込む経営ツールとして脚光を浴びています。

ステークホルダー

次に、ステークホルダーからの圧力と期待もICP導入を後押しする大きな背景です。ESG投資の拡大に伴い、機関投資家や金融機関は企業に対し気候変動対応を求めるようになりました。具体的には「TCFD提言に沿った開示」や「CDPへの積極的な回答」において、社内カーボンプライシングの有無がチェックされるケースが増えています。CDPの気候変動質問書では、企業が内部炭素価格を設定しているか、その価格はいくらか、どのように活用しているか等が詳細に問われます。また大手企業がサプライヤーに対して温室効果ガス排出データや削減計画提出を求める動きも広がっており、自らICPを導入するだけでなくバリューチェーン全体でのカーボン管理が競争力に直結しつつあります。こうした内外の期待に応えるために、「自社は将来のカーボンコストを織り込んで経営しています」と示すICPは有効なアプローチなのです。

インターナルカーボンプライシングガイドライン

さらに、日本政府や国際機関の方針も背景にあります。日本では2050年カーボンニュートラル宣言や2030年温室効果ガス46%削減目標(2013年比)が掲げられ、これを受けて環境省は企業向けに「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン」を策定するなどICP普及を支援しています。国際的にも、SBTi(Science Based Targetsイニシアティブ)や気候関連財務情報開示基準(ISSB/IFRS S2)において、企業が内部炭素価格を活用してシナリオ分析やリスク評価を行うことが推奨されています。要するに、「気候変動を戦略に織り込むにはICP活用が当たり前」という潮流ができつつあるのです。

以上のような背景から、ICPは単なる環境施策ではなく経営戦略上の必要として導入が進んでいます。では具体的に、ICPを導入すると企業にどのようなメリットがあるのでしょうか。次にそのポイントを詳しく見ていきます。

3.ICP導入のメリット:企業にもたらす効果

ICPを導入することによって得られるメリットは、社内的な効果と社外的な効果の双方に及びます。単に「環境に優しい企業イメージを獲得する」だけでなく、リスク管理の高度化から競争力強化まで、多面的な利点があります。主要なメリットを順に解説します。

カーボンリスクの可視化と投資判断の高度化

社内で炭素価格を設定することで、それまで埋もれていた「カーボンリスク」を数値として炙り出すことができます。CO2排出に伴う潜在コストを定量化できれば、投資案件や事業ポートフォリオの評価が格段に精緻化します。例えば、従来は初期コストや短期利益でしか比較できなかった複数の設備投資案も、ICPに基づき将来的な炭素コストを加味したトータルコストで比較することで、長期的に有利な案を選びやすくなります。結果として、環境負荷の小さい技術やプロジェクトへの投資が合理的に選択されるようになります。さらに、研究開発(R&D)や資材調達の現場でも炭素価格という統一指標があることで、気候影響を考慮した優先順位付けが進み、低炭素な製品開発やグリーン調達を促す効果も期待できます。ICPはこのように企業内のあらゆる意思決定プロセスに「見えないリスクの見える化」をもたらし、気候変動リスクとリターンをバランス良く考慮した高度な経営判断を可能にします。

脱炭素目標と整合した経営管理の強化

科学的目標(SBT)やSDGs目標などを掲げる企業にとって、ICPはその達成度合いを定量評価する指標として機能します。内部炭素価格という統一基準を社内で共有することで、各部門がバラバラに行いがちな意思決定を、企業全体の脱炭素戦略と整合させることができます。例えば、部門ごとのCO2排出削減量に内部価格を掛けて金額ベースの評価をすれば、どの部門がどれだけコスト削減(=排出削減)に寄与したかが一目瞭然です。その結果、部門横断的に目標管理(マネジメント)がしやすくなり、企業全体でのPDCAサイクルを強化できます。また、この仕組みを人事評価や予算配分と連動させれば、脱炭素目標達成に向けた社内インセンティブ設計(功績に対する報酬、未達に対するペナルティ)が容易になります。ICP導入企業では実際に「カーボン予算」の概念を取り入れ、部門ごとに年間排出量目標を設定し達成度を内部価格で評価するケースもあります。こうした経営管理手法により、脱炭素目標を日常の経営意思決定に組み込むことができ、持続可能な企業体制の構築につながります。

ステークホルダー評価の向上と信頼醸成

ICPを導入している事実は、社外のステークホルダーに対して「自社は気候変動対策に本気で取り組んでいる」ことを示す明確なシグナルとなります。ESG投資家にとって、内部炭素価格の有無やその水準は企業の気候戦略の成熟度を測る一つの指標です。CDPの調査でも、多くの企業がICP導入状況を開示しており、それが気候変動対応の積極性アピールにつながっています。ICPを導入することで、環境情報開示における評価向上が期待でき、結果として気候変動対策に積極的な企業として投資家から高い評価(例:CDPスコアの向上)を得られる可能性があります。また、取引先企業や消費者に対しても、ICPを用いて排出削減に取り組んでいる姿勢を示すことで企業イメージが向上し、ブランド価値や顧客からの信頼強化につながります。総じて、ICPはステークホルダーコミュニケーション上の強力なツールであり、社外からの信頼獲得と企業価値向上に寄与します。

4. 将来の規制への先行対応と競争優位性

今後、カーボンプライシングの法制度化(炭素税導入や排出取引の拡充等)が国内外で進めば、企業は否応なく炭素コストを負担せざるを得なくなります。その際、ICPで社内トレーニングを積んでいる企業はスムーズに移行できます。ICPを導入して社内に炭素コスト意識が根付いていれば、たとえば将来的に1トン当たり数十ドル規模の炭素税が課された場合でも、すでに内部価格として織り込み済みのため事業収益への急激なインパクトを和らげることができます。これは規制ショック”の緩和効果であり、事前準備の有無が競争力の差となります。ICPは将来を見据えて「炭素コストを織り込む企業文化」を醸成することで、変化する規制環境でも柔軟に戦略を調整できる組織体質を作ることに役立ちます。この先行投資的な取り組みこそが、長期的には競合他社との差別化要因となり得るでしょう。

引用先
環境省「インターナル・カーボンプライシングについて」
https://www.env.go.jp/council/06earth/900422845.pdf

環境省「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン」
https://www.env.go.jp/press/ICP_guide_rev.pdf

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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