企業の事業活動が及ぼす土地利用や生物多様性への影響は、持続可能性の観点から重要な環境情報です。操業拠点の敷地面積や緑地面積、保全区域の広さ、植樹本数、森林再生面積などのデータを開示する企業も増えており、これらの情報に第三者保証を付与することで、その信頼性と透明性を高める動きがみられます。本記事では、土地利用・生物多様性関連データの内容と測定上の課題、第三者保証の意義、関連する基準、国内企業の事例、そして将来の展望について論じます。

1.土地利用・生物多様性データの概要
土地利用に関するデータとして代表的なものに、事業所の敷地面積や開発面積、用途別土地面積などがあります。例えば、自社所有地の総面積やそのうち緑地の占める割合、都市部・郊外別の土地利用状況などが環境報告で開示されることがあります。一方、生物多様性への影響に関するデータはより多岐にわたる為、生物多様性保全の取り組み指標として、敷地内に設定した生態系保全エリアの面積、植樹や植栽した苗木の本数、保護した希少種の数、森林再生活動で再生した森林面積などが報告される場合があります。
生物多様性指標(KPI)
近年は生物多様性指標(KPI)を設定する企業も増えています。例えば「2030年までに自社事業所緑地を○ヘクタール拡大」「工場敷地内に○本の植樹」等の目標を掲げ、その進捗として年度ごとの実績値を開示するケースがあります。またGRIスタンダード304(生物多様性)では、保護価値の高い生息地の所在や保全措置、影響を受ける生物種の数といった質的・量的情報の報告を推奨しており、企業はこれに従い敷地が国定公園内か否か、保全地域に隣接しているかなどの情報を提供します。
例えば、製造業大手が「国内事業所の敷地面積合計とその緑地面積、および敷地内植栽本数」を毎年ESGデータ集で更新したり、建設業が「開発により影響を受けた自然生態系の面積」と「生態系復元に充てた面積」を対比して示すケースもあります。これら土地・生物多様性データは気候変動情報ほど定量比較しやすいものではありませんが、企業の自然資本への取り組み度合いを示す定量的エビデンスとして重要性を増しています。
2.測定・報告上の課題と不確実性
土地利用・生物多様性データの測定・報告には固有の課題があります。
定義の明確化
例えば「敷地面積」は登記上の土地面積なのか、実際に開発・造成した面積なのかで数値が変わり得ます。また「緑地面積」にしても、芝生や植木を含めるか、自然林部分のみか、あるいは屋上緑化を含むか等、企業ごとに基準が異なる可能性があります。こうした定義の違いにより報告値の比較可能性が低下します。
植樹本数
報告時点で活着(根付いて生存している)している苗木数なのか、累計植栽本数なのかで解釈が異なります。不確実性としては、植樹後の苗木が一部枯死してしまうケースなどがありますが、報告上これを差し引いているかどうか明示されないこともあります。同様に森林再生面積では、どの程度の植生密度になれば「再生」とみなすか基準が必要だが、定量化が難しいです。
定性的情報との関連
生物多様性影響評価の測定では、定性的情報との関連も課題となります。例えば敷地内で確認された絶滅危惧種の数といった定性的な成果は、単純な数値以上の文脈が重要になります。また「保全エリア面積」を報告しても、その質(元々豊かな生態系なのか、人為的に造成したビオトープなのか)で価値が異なり、一概に比較できません。こうした質的側面を伴うデータに数値保証を与える際には、保証人側もその背景情報を理解する必要があります。
データ収集面
複数拠点からの集計に際し単位の統一や時点の同期が問題になることがあります。ある工場では年度末時点の植栽本数を報告し、別の工場では年度中の累計植栽本数を報告していた場合、全社集計で誤差が生じてしまいます。また土地利用に関しても、年度中に取得・売却した土地をどのように扱うか(期首・期末どちらの数字に含めるか)など、財務情報同様の取り扱いが必要となります。
このように、土地・生物多様性データは測定単位や範囲設定、季節変動等による揺らぎが大きく、精緻な数値管理というよりは概況把握的な性格が強いです。そのため報告には注釈を付けて解釈を補うことが多いが、その注釈自体が必ずしも統一されていない現状が課題です。
3.第三者保証の意義
土地利用・生物多様性データに第三者保証を付与する意義は、上記のような不明確さを排除し、データの信ぴょう性を高める点にあります。保証人はまずデータの定義や範囲を確認し、企業が一貫した基準で情報収集・集計しているかを検証します。例えば「緑地面積」の算定根拠となる図面やGISデータを確認し、その範囲設定が合理的か(駐車場など緑地ではない部分を含めていないか)チェックします。また植樹本数については苗木の購買記録や植栽計画書を参照し、適切に数え上げられているか、減少要因(枯死等)が反映されているかを評価します。
是正措置
第三者保証の過程で、データ管理上の抜け漏れやばらつきが是正される効果も大きいです。保証人から「事業所Aではヘクタール単位、小数点1位まで報告しているが、事業所Bでは平方メートル単位で四捨五入している」といった指摘を受ければ、企業は即座にフォーマット統一などの改善策を講じる必要があります。また「植栽本数に外部ボランティアによる植樹イベントの分が含まれていないのではないか?」等の指摘があれば、データ網羅性を再点検する契機となります。
指摘事項
さらに、土地・生物多様性情報は温室効果ガス排出量などと比べて主観的解釈に依存する面があり、企業による恣意的な見せ方が入り込みやすいです。第三者保証はそれを抑制する効果も持ちます。例えば、自社に好都合なように「保全エリア面積」を広めに定義して報告していないか、保証人が独立の視点で検証し、場合によっては、「その面積算出方法では実態を過大評価している」と保証意見書でコメントされることも考えられます。このように客観視点が入ることで、企業の自己評価に適切な歯止めがかかり、報告内容がより信頼に足るものとなります。
外部ステークホルダーにとっても、第三者保証付きの生物多様性データは安心材料となります。地域住民や環境NPOは、企業が開示した「森林再生活動○ha」という数字に対して、その算定が独立専門家によってチェックされていると知れば、実効性への懐疑が和らぐはずです。投資家もまた、気候変動のみならず自然資本対応を評価する際、保証付きの指標を重視する可能性が高まっています。
4.採用される保証基準と枠組み
土地利用・生物多様性領域では、まだ国際的に確立した定量データ保証の基準は多くないです。しかし第三者保証の一般枠組みとしてはやはりISAE 3000が適用されます。保証人はISAE 3000に基づき、企業の開示した土地・生物多様性データを対象に限定的保証を行うことが一般的です。内容上、財務的な裏付け資料が存在しない指標も多いため、合理的保証の水準まで踏み込むのは難しく、多くは限定的保証として実施される傾向にあります。
GRI304
報告基準としては、GRI 304: 生物多様性がデータ項目の指針ともなります。GRI304では、保護地域内・周辺の土地面積、著しい生物多様性影響のある活動、保全・再自然化した生息地面積、影響を受けるIUCNレッドリスト種の数といった開示項目が定められています。もっとも、これらは定性的説明が中心で定量指標は限られます。したがって、GRI304に準拠した報告でも定量データは各社独自のKPI設定に委ねられているのが実情です。その中で、生物多様性民間参画ガイドライン(環境省)や日本企業による自主的イニシアティブ(例えば経団連自然保護協議会のガイドライン)に沿って指標を選定する例もあります。
第三者保証ではこうした社内外ガイドラインの参照有無も確認します。例えば企業が「自社工場緑地の生物多様性貢献度」を評価する独自手法を用いている場合、その手法が環境省の「いきもの共生事業所認証(ABINC)」の基準などと整合しているか、といった点が考慮されます。保証人は専門知見に基づき、測定手法や評価方法の妥当性を判断し、必要に応じて改善提案を行うこともあります。
認証スキーム
関連する認証スキームにも留意が必要です。例えばABINC(一般財団法人いきもの共生事業推進協議会の認証)やSEGES(社会・環境貢献緑地評価制度)といった認証制度は、企業の施設が生物多様性配慮を適切に行っているかを第三者が評価・認証する仕組みです。これは厳密には「データ保証」とは異なるが、企業の生物多様性取り組みを担保する点で類似の機能を果たします。第三者保証業務でも、こうした認証取得状況を踏まえてデータの信頼性を追加評価するケースがあり得ます。例えば「本社ビル緑地○㎡(ABINC認証取得済)」と報告されていれば、保証人はABINC認証書類を確認して実測値との齟齬がないかチェックすることが考えられます。
5.日本企業の事例
凸版印刷株式会社は東京都内の開発事業において、生物多様性に配慮した緑地計画を実施した際、社内規定に基づき第三者評価を受け、都市緑化機構から「SEGES」(社会・環境貢献緑地評価制度)の認定を取得しています。このケースでは、自社算定の土地・緑地データに対し外部有識者の評価を仰ぎ、客観的なお墨付きを得た形です。SEGES認定も定量評価と定性評価を組み合わせたスキームであり、定量データとしては緑地面積や植栽種数などが検証されたものと推察されます。
一方、直接「独立保証報告書」で土地・生物多様性データに言及している例はまだ多くないです。ただし、総合的ESGデータ保証の一環で含まれる場合があります。たとえばブリヂストンの保証付きESGデータでは、環境セクションに「土地利用/生物多様性」関連指標が掲載されていることがあります。ブリヂストンは2023年の環境データで「原材料使用量」「エネルギー消費量」「排水量」等と並んで「生物多様性に関する取り組み指標」を開示し、そのうち主要項目には第三者保証を取得しています。
6.今後の展望
土地利用・生物多様性への影響に関する第三者保証は、今後の持続可能な企業経営において欠かせない要素となる可能性が高いです。2023年に最終提言が公表されたTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)では、企業に対し森林・水圏・海洋など自然資本への影響と依存の情報開示を求めています。
これに沿って各国で開示基準が整備されれば、企業は気候関連情報(TCFD)と同様に自然関連情報についても保証付きで開示することが主流となるでしょう。特にEUでは、2024年以降のCSRDにおいて生物多様性や土地利用情報の開示が義務化され、将来的に保証も求められる方向で議論が進んでいます。
技術面
技術面では、生物多様性定量評価の手法が発展しつつあります。リモートセンシングやAI画像解析により、広大な敷地の土地利用変化や植生カバー率を自動計測できるようになれば、データ取得の客観性が増し第三者保証もしやすくなります。
例えばドローンで撮影した定点写真から植被率を毎年算出し、その推移を保証人が検証する、といったアプローチも考えられます。また、生物多様性クレジット(自然資本を数値化・売買する仕組み)の登場により、森林再生量などを経済価値に換算する動きも出てきており、この際には第三者検証が不可欠となります。
企業側の対応
企業側も、サステナビリティ戦略の中で気候変動対策と自然共生を両輪として位置付け始めています。これまではCO₂削減など気候指標に偏りがちだったESG評価も、今後は生物多様性や自然への影響指標が重視されるでしょう。それに伴い、土地・生物多様性データの精度向上と保証取得が競争力の一部になる可能性があります。例えば「自社操業による森林伐採ゼロを実現(第三者保証済み)」や「事業所緑地による生態系サービス貢献量XXを創出(保証検証済み)」などといったアピールが差別化要因になる日も近いです。
総じて、土地利用・生物多様性に関する第三者保証はまだ黎明期ながら、サステナビリティ経営の深化とともに重要度を増していくと考えられます。企業は早期から取り組み、データ管理手法の確立と保証プロセスの中での学習を進めることで、自然との共生に関する真の信頼を勝ち得ることができるでしょう。
参考文献
https://www.keidanren.or.jp/policy/2018/008_jirei.pdf
https://www.globalreporting.org/news/news-center/uniting-expertise-to-advance-reporting-on-pollution/
https://www.bridgestone.co.jp/csr/esg_data/

