【トランジション・ファイナンス】各ボンド・ローン等の比較と実務活用ポイント

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目次

1. 手法間の基本的な違い

グリーンボンド/ローン

グリーンボンド/ローン: 資金使途を特定の環境プロジェクトに限定する Use of Proceeds 型。投資家は調達資金が直接的に環境改善に使われる点に着目します。発行体は明確なグリーンプロジェクトが必要ですが、条件は通常の債券・融資と同じ(目標未達ペナルティ等はなし)ため、財務リスクは小さいです。

トランジション・ボンド/ローン

トランジション・ボンド/ローン: 基本はUse of Proceeds型でグリーンボンドに類似。ただし対象は「現状高排出だが移行に資するプロジェクト」と広めで、発行体には長期移行戦略の整合性が求められます。投資家はプロジェクトの環境効果だけでなく、企業の将来戦略の信頼性も評価材料にします。条件面はグリーン債と同様でペナルティ条項等はありません。

サステナビリティ・リンク・ボンド/ローン

サステナビリティ・リンク・ボンド/ローン: 資金使途の制限はなく 一般目的資金として使えるが、発行体のESGパフォーマンス連動型。投資家は企業全体のサステナビリティ改善へのコミットメントに注目し、未達時のクーポン増など経済条件も関心事項です。発行体にとっては資金の融通は利くものの、目標未達時に追加コストが発生し得る点で財務上の不確実性を伴います。

このように、グリーン/トランジションは「資金の使い道」にフォーカスし、リンク債/ローンは「結果(成果)の達成」にフォーカスする違いがあります。それぞれ投資家の評価ポイントが異なるため、発行体は自社が強調したい要素に応じて手法を選択できます。

2. 補完的な活用戦略

グリーンボンド+SLB併用戦略

各手法は排他的なものではなく、企業は状況に応じて組み合わせて活用することも可能です。例えば、大規模な再エネ投資計画を持つ電力会社であれば、そのプロジェクト部分にはグリーンボンドを発行しつつ、企業全体としてのCO2削減目標を掲げてサステナビリティ・リンク・ローンで一般資金も調達する、という戦略が考えられます。実際に欧州のエネルギー企業では、グリーンボンドとSLBの両方を発行する例も出てきています。グリーンボンドで設備資金を低コストで調達し、SLBで経営層に排出削減インセンティブを働かせることで、プロジェクトと企業運営の両面から脱炭素を加速させる狙いです。

トランジション→グリーン段階的アプローチ

また、重工業などトランジション分野では、まずトランジション・ボンドで移行期の重要プロジェクト(例:工場の燃料転換設備)に資金を充当し、将来的に技術が確立してよりグリーンなプロジェクトが実現した段階でグリーンボンドに移行する、といった段階的アプローチも考えられます。トランジション・ボンドはあくまで過渡期のつなぎとして活用し、最終的にはグリーンボンドにシフトするという戦略です。このようにトランジション→グリーンへのステップは、企業の技術開発計画と連動させて資金調達戦略を描くことになります。

金融機関のポートフォリオ戦略

金融機関の視点では、融資ポートフォリオ全体で見るとグリーンローンとサステナビリティ・リンク・ローンを併用しているケースが多く見られます。プロジェクトベースではグリーンローンで確実に環境投資を支援し、コーポレート向け融資ではリンク型で企業行動を促すという具合です。これらを組み合わせ、銀行自身も気候関連リスクを低減しつつ貸出先企業の脱炭素化を後押ししています。

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3. 手法選択の実務ポイント

明確なグリーン案件がある場合

明確なグリーン案件がある場合: そのプロジェクト規模が大きく、環境インパクトが定量化できるならグリーンボンド/ローンが適しています。資金使途を特定することで投資家に安心感を与えられ、調達条件が有利になる可能性もあります(グリーンプレミアム)。

ハードトゥアベイト産業の場合

ハードトゥアベイト産業の場合: 自社が属する業種で完全なゼロエミッション技術がまだ無い場合、トランジション・ボンド/ローンの活用を検討します。もっとも、自社の移行計画の信用力が問われるため、基本指針に沿った開示と外部評価の取得は不可欠です。

使途を限定せず柔軟に使いたい場合

使途を限定せず柔軟に使いたい場合: 特定の環境プロジェクトに絞れない場合や、全社的なサステナビリティ目標を資金調達に紐付けたい場合はSLB/SLLが有力です。特に設備投資以外のソフトな取組(研修や組織改革等)にも資金を回したいケースでは有効でしょう。

社内ESG目標を強化したい場合

社内のESG目標を強化したい場合: SLB/SLLは達成・未達が金銭インセンティブに直結するため、経営層や各部門にコミットメントを醸成する効果があります。目標未達時のレピュテーションリスクも踏まえ、社内体制が整っているか確認しましょう。

投資家との対話

また、いずれの手法でも投資家との対話が重要です。発行にあたっては事前に投資家説明会やヒアリングを行い、自社の計画に対する理解と共感を得ておくと、発行後の支持につながります。特にリンク債では目標設定の妥当性について投資家から厳しい質問が来るため、十分な説明資料を用意しましょう。

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4. 投資家・市場の視点

各手法のリスク・リターン特性

投資家側から見ると、これら手法はリスク特性とリターン特性が少しずつ異なります。グリーンボンドは一般債と信用リスクは同一ですが、使途が環境プロジェクトに限定されるためプロジェクトリスクが付随します。しかし多くの場合発行体の信用力が支払いを支えるため、リスクは通常債並みです。SLBは未達時にクーポンが上昇するオプション性があるため、投資家は上振れリターンの可能性を享受できます。もっとも発行体の信用悪化リスクと表裏一体でもあり、目標未達が発行体の評判低下やESG評価悪化を招けば債券価格にマイナス影響も出ます。トランジション・ボンドはグリーンボンドに近いですが、投資家は発行体の将来リスク(移行失敗リスク)も考慮します。したがって投資家は各手法ごとにESGリスクの評価スキルを求められると言えます。

市場発展の前提

市場全体としては、透明性の高いディスクロージャーと明確な基準がこれら手法の発展に欠かせません。今後、国際財務報告基準(IFRS)財団のサステナビリティ報告基準など、企業開示が標準化されれば、投資家も異なる手法間で企業のESG実力を比較しやすくなるでしょう。また規制当局がガイドライン遵守状況をモニタリングし、極端なグリーンウォッシング事例には注意喚起を行うといった仕組みも信頼性向上に寄与します。

5. まとめ

トランジション・ボンド、グリーンボンド、サステナビリティ・リンク債/ローンは、それぞれアプローチは異なれど持続可能な社会への資金を動員するツールとして相互に補完しあう関係にあります。企業は自社のロードマップに沿って最適な手法を選択・組み合わせることで、資本市場から効果的に資金調達しつつサステナビリティ目標の達成を加速できます。一方、投資家にとっても多様な商品からポートフォリオ戦略に応じて選択肢を広げることが可能です。重要なのは、どの手法であっても根底にあるのは発行体の強いコミットメントと透明性であるという点です。環境・社会課題解決への本気度が市場に伝わる限り、これら金融手法は持続可能な未来への架け橋として今後ますます発展していくでしょう。

引用・参考文献

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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