企業が信頼性の高いカーボンクレジットを手に入れ、コスト効率よくネットゼロを実現するには、市場の種類や取引所の特徴、契約形態、価格リスクを正しく理解することが不可欠です。本稿では、ボランタリー市場の仕組みから東証カーボン・クレジット市場や民間プラットフォームの活用法、直接購入と仲介取引それぞれのメリットと留意点、クレジット品質を見極める勘所、さらには価格変動リスクへの備え方までを網羅し、実務担当者が今日から活用できるノウハウを体系的に解説します。


1. ボランタリー市場の概要
カーボンクレジットの取引市場であるボランタリー市場は企業や個人が自主的なカーボンオフセット目的でクレジットを売買する場で、法的義務は伴いません。
ボランタリー市場
企業がカーボンニュートラルやネットゼロ目標のために自主的にクレジット(オフセット・クレジット)を購入します。ボランタリークレジットの取引は義務ではないため、市場規模や価格は参加者の意欲や気候意識に依存しますが、近年はESG投資の拡大や企業の気候宣言に伴い需要が急増しています。ボランタリー市場で流通するクレジットは、前章で述べたVCSやゴールドスタンダード等の民間認証クレジットが中心ですが、日本では政府主導のJ-クレジットも自主的なカーボンオフセット用途で活用され始めています。ボランタリー市場は取引実態が掴みにくいため、クレジットの品質担保や取引の透明性を高める取り組み(ICVCMによる基準策定など)が進められています。
2. 主な取引プラットフォームと仲介業者
従来、カーボンクレジットの取引はプロジェクト開発者と企業の間での相対(オフライン)取引が多く、価格情報が不透明でした。しかし近年、専用の取引プラットフォームや取引所が整備され、取引の効率化と価格の見える化が進んでいます。
東京証券取引所(東証)カーボン・クレジット市場
日本国内では2023年10月に東京証券取引所(東証)カーボン・クレジット市場が開設されました。この市場では国が認証したJ-クレジットなどが売買され、削減・吸収量の価格透明性を高めて取引活発化を図る狙いがあります。東証市場では参加企業が板寄せ方式でクレジットの売買注文を出し、約定価格が公表されるため、これまで見えづらかった価格指標が形成されつつあります。2024年9月時点で累計50万トン超の取引が成立しており、今後の市場拡大が期待されています。
日本カーボンクレジット取引所(JCX)
民間のプラットフォームとしては、日本カーボンクレジット取引所(JCX)など国内初の民間WEB取引所や、海外のAirCarbon Exchange、Climate Impact X(シンガポール)など、クレジットのオンラインマーケットが登場しています。これらのプラットフォームに参加登録すれば、Web上でクレジットの売買や情報閲覧が可能です。また、クレジット仲介のブローカー(気候コンサルや商社系企業)も存在し、買い手企業の代理で適切なクレジットを調達したり、プロジェクト開発者とのマッチングを支援しています。たとえば国内では商社や銀行系の部門がJ-クレジットの仲介サービスを提供し始めており、海外では専業のカーボンオフセット事業者(例:South Pole社など)がグローバルにサービス展開しています。
3. 企業によるクレジット購入方法と契約形態
企業がクレジットを調達する方法には、直接購入と仲介経由での購入の大きく2通りがあります。
直接購入
クレジットを保有するプロジェクト事業者や発行主体から直接買い取る方法です。例えばJ-クレジットの場合、公式サイト上の売り出しリストから希望のクレジットを選び、保有者と直接交渉して購入することが可能です。直接取引は仲介手数料が不要なメリットがありますが、売り手の情報を探して交渉・契約・精算といった全ての手続きを自社で行う必要があり、専門知識と手間がかかります。
仲介(第三者)を介した購入
一方、仲介(第三者)を介した購入では、上記のような取引所・プラットフォームやブローカーを利用します。プラットフォームに登録すれば、掲載されたクレジットの中から購入希望額を選んでオンラインで取引を成立させることができます。仲介を利用する場合は一定の手数料が発生しますが、市場に出回る複数のクレジットを比較検討しやすく、契約処理も代行されるため手間を大幅に削減できます。特に海外プロジェクトのクレジットを調達する際は、言語や法制度の壁を考慮すると信頼できる仲介業者を活用するメリットが大きいでしょう。
契約形態
契約形態としては、スポット取引(現物取引)と先物・前提契約があります。スポット取引は、既に発行済みのクレジットをその場で購入し、自社名義に移転(または即時償却)するもので、必要量を迅速に確保できます。これに対し先物や前提契約(オフテイク契約)は、将来発行されるクレジットをあらかじめ一定価格で買い取る約束をする形態です。例えば再生可能エネルギーのCDM/JCMプロジェクトなどでは、企業が資金提供の見返りに将来発行されるクレジットを受け取る契約を結ぶケースもあります。このような前払い契約はプロジェクト開発を支援する一方で、予定通りクレジットが発行されないリスクも伴います。
4. クレジット購入のリスクとリターン
クレジット取引にはメリットもありますが、同時にいくつかのリスクが存在します。
価格変動リスク
まず価格変動リスクです。クレジットの価格は市場の需給や政策動向によって上下します。ボランタリー市場では、植林系クレジットの供給増加で価格が下落したり、新技術系クレジットの需要増で高値がつくなどの変動が起こり得ます。購入を検討する企業は、市場価格の推移や将来予測を注視し、予算管理や購入タイミングの戦略を立てる必要があります。
信用リスク
信用リスクも無視できません。質の低いクレジットを購入してしまうと「実態のないオフセット」だと批判され、企業の信頼を損ねる可能性があります。前章で述べたように、追加性に疑義のあるプロジェクトや二重カウントの恐れがあるクレジットは避け、信頼性の高いクレジットを選ぶことがリスク回避に繋がります。また、購入先の倒産等で納品されないリスクや、プロジェクトの破綻で将来クレジットが受け取れないリスクもあります。契約時には保証条項を確認し、必要に応じて分散調達や保険的な仕組みも検討しましょう。
過度な依存
クレジットに過度に依存すること自体もリスクと言えます。クレジット購入に頼りすぎると、自社の排出削減努力が疎かになる懸念があります。また、クレジット購入にはコストが伴うため、削減技術への投資と比べて経済合理性があるか検討することも重要です。政府の制度変更によりクレジット需要が変化したり、会計上の扱いが変わる可能性もあるため、常に最新情報をウォッチする必要があります。
リターン
一方、クレジット活用のリターン(効果)としては、排出規制への対応コストを抑えられることが挙げられます。規制市場では自社での削減より安価なクレジットを購入することで、罰金や超過料金を回避できますし、逆に削減余力があればクレジット売却による収益も得られます。ボランタリーの文脈でも、クレジット購入によって早期にカーボンニュートラルを実現し、製品や企業ブランドの差別化につなげる効果があります。実際、カーボンオフセット達成を宣言することで環境配慮企業としての評価が高まり、顧客や投資家から支持を得るケースも増えています。また、長期的には炭素税や排出規制が強化される可能性を踏まえ、今のうちにクレジット調達のノウハウを蓄積しておくこと自体が将来への備えとなるでしょう。
5. まとめ
カーボンクレジットの取引市場は、ボランタリー市場とコンプライアンス市場に大別され、それぞれ成り立ちや目的が異なります。企業の担当者は、自社がクレジットを購入・活用する目的(自主的なカーボンオフセットか、規制対応か)を明確にした上で、適切な市場やプラットフォームを選ぶ必要があります。近年は東証の市場開設に象徴されるように、国内外で取引の場が充実しつつあり、以前に比べクレジットを入手しやすくなっています。ただし、実際に購入する際はクレジットの品質をしっかり見極め、過度な依存を避けるなどリスク管理も欠かせません。クレジット取引を上手く活用すれば、企業にとってコスト効率的にカーボンニュートラルを達成する手段となり、気候変動対策の一環として実務に役立てることができるでしょう。
引用
カーボン・オフセットガイドラインVer.3.0
https://www.env.go.jp/content/000209289.pdf
我が国におけるカーボン・オフセットのあり方について(指針)
https://www.env.go.jp/content/000209286.pdf
カーボンクレジットの活用に関する動向と課題
https://www.env.go.jp/content/000061236.pdf
カーボンクレジットとは?仕組みや種類、問題点やビジネスモデルを解説
https://www.ricoh.co.jp/magazines/green-transformation/column/carbon-credits
