【EUDR】EU森林破壊防止規則の概要と企業への影響を解説

森林減少が気候変動・生物多様性損失の主要因となる中、EUは世界的な森林破壊を食い止めるため新たな規則を導入しました。EUはこれまでも違法伐採規制(EUTR)などを実施してきましたが、それだけでは不十分との認識から、合法・違法を問わず森林破壊そのものを対象にしたEUDRを制定しました​。その目的は、EU市場がグローバルな森林破壊に与える影響を低減し、持続可能なサプライチェーンを構築することにあります。

目次

1. 規則制定の経緯と施行スケジュール

EUDRは2023年6月にEUで成立し​、当初は2024年12月30日から施行予定でした。しかし準備期間の不足など業界からの要請を受け、欧州委員会は施行を1年間延期し、適用開始は大企業で2025年12月30日、中小企業で2026年6月30日に変更されました​。この猶予により企業は追加準備期間を得ましたが、施行日以降は規則に従った対応が厳格に求められます。

2. EUDRの内容と企業への要求事項

下記では対象となる製品・事業者範囲について解説します。

森林破壊リスクの高い対象商品

EUDRの規制対象は、森林破壊に関与しやすい主要農林産品に及びます。具体的には、カカオ、コーヒー、牛(牛肉・皮革)、大豆、パーム油(パームヤシ由来)、木材、ゴム等の一次産品と、それらを原料とする製品(チョコレート、家具、紙、タイヤ、革製品など)が含まれます。EU域内でこれら対象品目を販売・輸入する「オペレーター」(事業者)や、EUから輸出する事業者が規則の適用対象です。自社が直接EU市場に製品を供給しない場合でも、サプライチェーン上で関係する企業は間接的な影響を受ける点に留意が必要です​。

デューデリジェンス(情報収集とリスク評価)

企業は対象商品が「森林破壊フリー」であることを証明するためのデューデリジェンス義務を負います。具体的には、原材料が2020年12月31日以降に森林伐採・劣化された土地で生産されていないことを確認しなければなりません​。そのために企業は生産地の地理座標など必要情報を収集し、サプライヤーが現地の森林関連法規や先住民族の権利を遵守しているか精査します​。収集した情報に基づき森林破壊リスクを評価し、リスクが検出された場合はサプライヤー変更や森林保全認証の取得などリスク緩和措置を講じます。EU当局は衛星画像やDNA分析などのツールを用いて企業提供情報を検証し、追跡調査を行う権限を持ちます​。

違反時の罰則規定

デューデリジェンスを怠り違法な森林伐採に由来する商品をEU市場に供給した場合、売上高の最大20%にのぼる制裁金が科され得るなど、極めて厳しい罰則が各国主管当局により適用されます。また証明できない製品の輸入禁止・差し止め措置も規定されており、コンプライアンス違反は企業活動継続に深刻な支障をきたす可能性があります。

国別リスク分類と簡易手続

EUDRでは各生産国の森林破壊リスクに応じて「低リスク・標準・高リスク」の国別分類制度が導入される予定です​。森林破壊リスクが低いと評価された国からの製品については簡易的なデューデリジェンス手続きが認められる一方、高リスク国からの調達品には一層厳格な検証が求められます。この国別リスク評価は定期的に見直されるため、企業は最新動向を注視する必要があります。

3. EUDRが企業経営にもたらす影響

企業経営がもたらす影響の中で最も大きいのはサプライチェーンへのインパクトです。

トレーサビリティ確保と体制整備

本規則に対応するため、企業は自社の調達網を端末のサプライヤーまで遡って把握し、原料の生産地までサプライチェーンを可視化(デジタルマッピング)することが不可欠です​。特にグローバルに複雑な調達経路を持つ企業は、関係する農園・農場や林業事業者との連携体制を構築し、必要なデータを収集・管理する仕組みづくりが求められます。これに伴い、サプライチェーン全体の再構築や情報管理システム導入といった組織的対応が必要となるでしょう。

コンプライアンスコストとリスク 

EUDRへの準拠には相当なコストとリソースの投入が避けられません​。たとえば、サプライヤー調査や衛星データ活用の費用、関係者へのトレーニング、人材の確保など追加負担が生じます。また中小の取引先や小規模農家にとっては対応ハードルが高く、必要な技術やリソース不足から証明プロセスが困難なケースも考えられます。その結果、調達先の見直しや取引関係の再評価を迫られる可能性もあります。一方で、いち早く対応を進め森林破壊フリーを実証できる企業は、EU市場での信用力向上やサステナブル調達を重視する取引先から選好されるといった競争優位を得る機会にもなり得ます。規則違反による罰則だけでなく、ブランド毀損や投資家離れといったレピュテーションリスクも踏まえ、戦略的に対応することが重要です。

4. 日本企業への示唆と今後の展望

日本企業はEU向けに製品を供給する取引先から情報提供を求められることが増える可能性があります。

直接・間接の影響に備える

日本企業の場合、自社がEU域内に拠点を持たず直接「オペレーター」とならないケースでは、形式上はEUDRのデューデリジェンス義務を直接負わない可能性があります​。しかしEU向けに製品を供給する取引先から情報提供を求められることは十分あり得ます​。したがって国内企業であっても他人事ではなく、トレーサビリティ確保や必要情報の管理などサプライチェーン全体での準備を進めておく必要があります。自社製品・原料がどの程度EUDR対象に該当し得るかを洗い出し、取引先と協力して対応策を検討することが望まれます。

規制強化のグローバルな潮流 

EUDRはEU域内の法律ですが、その影響は世界中に波及します​。今後、欧州以外でも森林破壊や環境に関する供給網規制が強化される可能性があり、グローバル企業にとって持続可能性への対応は不可避の課題です。実際、英国や米国でも違法な森林開拓に関わる製品の輸入規制やサプライチェーン・デューデリジェンス法制の整備が進んでおり、サステナブル調達は世界的な標準になりつつあります。日本企業もこの潮流を踏まえ、自発的に森林破壊防止の取り組みをサプライチェーン戦略に組み込み、取引先との連携強化や認証の活用などを通じて対応力を高めることが重要です。

5. まとめ 

EUDR(EU森林破壊防止規則)は、地球環境保護の観点から企業のサプライチェーン管理に新たな責任を課す画期的な制度です。対象製品を扱う企業にとっては無視できないインパクトがあり、対応の遅れはビジネス継続にリスクをもたらします。本記事で述べたように、規則の概要を正しく理解し早期から準備を進めることが肝要です。自社の調達する原材料や製品が森林破壊に関与していないことを証明するプロセスを整備し、関連するステークホルダーと協力して持続可能なサプライチェーンを構築していくことが、今後の企業競争力を左右すると言えるでしょう。EUDRへの対応は単なる法令順守に留まらず、企業の責任ある調達姿勢を示す機会と捉え、戦略的に取り組むことが求められます。

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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