【サプライヤーエンゲージメント】業界別のエンゲージメント戦略

製造業、小売業、IT業界など各業界は、自らの特性に応じたサプライヤーエンゲージメント戦略を展開しています。製造業ではCO₂削減や紛争鉱物対応、災害・品質リスク管理が重視され、小売業では倫理的調達やトレーサビリティを軸に消費者との信頼構築が図られています。IT業界ではデータセンターの省エネ化や主要ベンダーとの共創関係が競争力の鍵となっています。業界別のサプライヤーエンゲージメント戦略について解説します。

目次

1. 製造業におけるサプライヤーエンゲージメント

製造業は素材調達から加工・組立・出荷に至るまで長いバリューチェーンを抱えており、その過程で多大な環境負荷が生じます。したがって、サプライヤーエンゲージメント戦略の柱の一つとして環境負荷低減が位置付けられます。

環境負荷低減

サプライヤーと協働して原材料の調達から製造プロセスにおけるエネルギー消費・排出ガス・廃棄物を削減する取り組みが行われます。例えば、自動車メーカー各社は主要部品サプライヤーに対し、製造段階でのCO₂排出量データの提供と削減計画の策定を求めています。トヨタ自動車は「サプライチェーンGHG排出削減プログラム」を通じて、取引先の工場に省エネ診断を実施し、改善提案と技術支援を提供しています。その結果、多くの部品工場で電力使用量の削減や再生可能エネルギー設備の導入が進み、製品一台あたりのCO₂排出量が着実に低減しています。また、HONDAやBMWなどはサプライヤーに対しSBT認定の排出削減目標を設定するよう促しており、特にエネルギー多消費型の金属・化学材料メーカーとの協働を強化しています。

化学・素材産業では、危険物質の管理や代替も大きなテーマです。エレクトロニクス製品ではRoHS指令(特定有害物質の使用制限)があるように、各国で規制が強化される中、製造業各社はサプライヤーと協力して有害化学物質を含まない材料への転換を進めています。半導体業界では、製造プロセスで使用する温室効果ガスや有機溶剤の削減に向けて、装置メーカーや薬品サプライヤーとの共同開発プロジェクトが立ち上がっています。

持続可能な調達

次に持続可能な調達ですが、製造業では原材料の調達段階での持続可能性確保が重要です。紙パルプ、食品、繊維など自然資源を扱う業種では、森林減少や生態系破壊につながらない調達が求められます。例えば、製紙メーカーはFSC認証(責任ある森林管理の証明)を取得した木材のみを使用する方針を掲げ、木材サプライヤーにも同認証の取得を支援しています。アパレルでは、サプライヤーにオーガニックコットンや再生繊維の調達割合を高めるよう働きかけています。また、製造業の持続可能な調達には紛争鉱物問題への対処も含まれます。IT・電子機器や自動車には金、タンタル、タングステン、スズなどのレアメタルが使われますが、一部は紛争地域で非人道的な採掘がされ資金が武装勢力に流れる問題があります。

これに対し、多くの製造業企業がEICC(現RBA)などのフレームワークに基づき、サプライヤーに対して紛争鉱物フリーの調達を宣言させ、精錬業者レベルまで遡ったサプライチェーン調査を実施しています。報告書提出を求めるだけでなく、複数企業が合同で監査チームを派遣し、鉱山から製品までのトレーサビリティを検証する取り組みも進んでいます。

さらに、製造業では循環型経済(サーキュラーエコノミー)への移行もサプライヤーと連携して推進されています。自動車各社は、使用済み部品のリサイクルやリマンufacturing(二次利用部品の再生)をサプライチェーンに組み込み始めています。タイヤメーカーは廃タイヤのリサイクルゴム利用を、飲料メーカーはリサイクルPET樹脂のボトル採用をサプライヤーと協働して拡大しています。

環境・資源制約への対応

これらの例に見るように、製造業では環境・資源制約への対応がサプライヤーエンゲージメントの重要テーマです。各企業はサプライヤーとパートナーシップを結び、技術的課題を克服しつつ持続可能な原料調達と生産プロセスを確立するべく努力しています。その成果は単に環境負荷低減に留まらず、将来的な資源枯渇や規制リスクへの備え、さらにはエコ効率の向上によるコスト競争力強化といった経済的メリットももたらしています。企業とサプライヤーが共通の目標を掲げ環境に取り組むことは、持続可能性と競争力を両立させる鍵と言えるでしょう。

2. 製造業における取引先のリスク管理

製造業において、サプライヤーエンゲージメントのもう一つの重要側面は取引先リスクの管理です。グローバル調達が進む中、製造業のサプライチェーンは地政学リスクや災害リスク、品質・納期リスクなど多様な脅威にさらされています。それらを事前に把握し対策を講じることが、安定した生産・供給の維持に不可欠です。まず、天候不良や自然災害、疫病といった自然・偶発リスクへの対応があります。

災害リスク

例えば自動車業界では、2011年の東日本大震災やタイ洪水で特定部品の供給が途絶し、世界中の自動車工場が減産に追い込まれた経験から、サプライチェーンの多重化と情報共有の強化が図られました。各自動車メーカーは主要部品についてどの地域・工場で生産されているかをサプライヤーに開示させ、災害発生時には被害状況を即座に報告する体制を構築しています。また、重要部品については二重化や在庫備蓄の戦略も練られています。エレクトロニクス産業でも新型インフルエンザやCOVID-19の流行を受け、サプライヤーのBCPを確認・支援する動きが加速しました。労働力確保策や物流経路代替策について事前協議し、緊急時に素早く対応できるよう合同訓練を行う企業もあります。

地政学リスク・規制リスク

調達先の国・地域における政情不安や紛争、貿易摩擦による急な関税賦課、輸出入規制の変更などが該当します。例えば米中関係悪化により、中国からの特定部品輸入に高関税が課された場合、企業は別地域からの調達に切り替える必要に迫られるかもしれません。そのため、自社のサプライチェーン地理的分布と依存度を把握し、リスク分散を図ることが重要です。多くの製造企業は調達先の国別比率をモニターし、一国に過度に依存しないよう調整しています。また、サプライヤー契約には「不可抗力条項」を整備し、政変や規制変更時の責任分担を明確化しています。さらに昨今では、制裁リストに載る企業・個人との取引を避けるために、サプライヤーの背後関係までチェックする必要も出てきました。

大企業は専用のリスク分析チームを設け、サプライヤー企業の株主や主要取引先を調査し、ハイリスクな関係(テロ資金供与者との関係など)がないか監視しています。

オペレーショナルリスク

どんなにCSRや環境に配慮していても、製品品質やデリバリーに問題があればビジネスに支障をきたします。そこで、製造業では古くからサプライヤーとの協働による品質管理が行われてきました。自動車業界のように完成品の品質が部品一つひとつの精度に左右される場合、メーカーの品質管理部門が定期的にサプライヤーの工場を監査し、プロセス改善の提案をすることが一般的です。

また、工程異常が発生した際の原因究明や再発防止策も、メーカーとサプライヤーの合同チームで取り組みます。納期遅延リスクに関しても、日々の生産計画と納入進捗を共有し、遅れの兆候が見えれば早期に支援(技術者派遣や生産能力増強支援)を行うなどの対策が取られます。

人権リスク

さらに近年注目されるのがESGリスクの一環としての人権リスク管理です。製造業では下請けや下請けの下請けといった多層構造の中で、不当な低賃金労働や強制労働が潜在的に存在する場合があります。特に原材料調達の上流(鉱山や農園等)では劣悪な労働条件が散見されるため、企業はサプライヤーとの契約に「自社およびその供給網で人権侵害がないこと」を保証させています。しかしサプライヤー自身が全てを把握できないケースも多く、そこで共同監査や第三者認証の活用が行われます。例えば製造業各社はSMETA監査(Sedexが提供する労働監査フォーマット)を活用して、共有の監査プールを形成し効率的に多層の監査を実施しています。またフェアトレードやMSC認証など、信頼できる第三者認証を持つ原料のみ調達する方針を定める企業もあります。

財務リスク

最後に、リスク管理の一環としてサプライヤーの財務健全性モニタリングも重要です。サプライヤーが経営破綻すれば供給途絶リスクとなるため、上場企業であれば財務諸表の定期チェック、非上場でも信用調査会社のレポートや取引実績から支払い遅延の有無などを確認します。必要に応じて発注分散や前払い、融資支援などの対策を取り、中長期的な関係安定を図ります。以上、製造業のサプライヤーエンゲージメントにおけるリスク管理について述べました。共通するのは、事前の予防と早期警戒、そしてサプライヤーとの協力的な対策という点です。一社だけでは対応しきれない不確実な状況に対し、パートナーであるサプライヤーと情報を共有し合い、それぞれの強みを活かして乗り越える体制づくりが求められます。適切なリスク管理エンゲージメントは、サプライチェーン全体のレジリエンス(回復力)を高め、結果的に市場での信用と競争優位をもたらすでしょう。

3. 小売業におけるサプライヤーエンゲージメント

小売業、とりわけアパレルや食品、日用品などを扱う業態では、自社ブランド製品の生産を他社に委ねるケースが多く、サプライチェーンの上流で起きる労働問題や環境問題が自社の企業責任として問われやすい特徴があります。

倫理的調達とトレーサビリティ

倫理的調達(Ethical Sourcing)とトレーサビリティ(追跡可能性)の確保がサプライヤーエンゲージメント戦略の中心となっています。まず倫理的調達ですが、これは「商品が人権や労働者の権利を侵害せず、倫理にかなった方法で生産されていること」を保証するための取り組みです。例えばアパレル小売企業は、縫製工場での低賃金長時間労働や児童労働、劣悪な安全環境といった問題に対処する必要があります。

多くの企業はサプライヤー行動規範を制定し、サプライヤーに署名を義務付けています。行動規範には最低賃金以上の支払い、法定労働時間順守、安全な作業環境確保、結社の自由尊重、差別禁止などの項目が含まれます。例えば米国の大手小売ウォルマートは「Standards for Suppliers」という規範を設け、全サプライヤーに遵守を求めています。また第三者監査プログラム(BSCIやWRAPなど)を活用し、定期的に工場監査を行って違反がないか確認しています。違反が発見されれば是正指導を行い、悪質な場合は取引停止も辞さない方針を公表することで、サプライヤーに強い遵守意識を持たせています。

認証制度

倫理的調達では認証制度の活用も一般的です。例えば、コーヒーやココア、バナナなどの食品ではフェアトレード認証が、木材製品ではFSC認証、水産物ではMSC認証などが存在し、これらの認証取得済み原料のみを調達することで、生産者の人権や環境への配慮を担保します。衣料ではFair Wear Foundationなどの認証を通じて労働環境の改善を図る企業もあります。これらの認証マークを製品に表示することで、消費者にも倫理的調達を訴求し、ブランド価値向上につなげています。

トレーサビリティ

これは「製品がどこで誰によってどのように作られたか」を遡及的に追跡できる状態を指します。なぜトレーサビリティが重要かというと、万一不適切な事象(例えば食中毒事故や製品欠陥)が発生した場合に、原因となったサプライチェーン上のポイントを迅速に突き止め、問題製品を回収・排除する必要があるからです。

また消費者に対して自社の製品が安全であり信頼できるものであると示すためにも、透明性確保は不可欠です。食品小売の例では、Walmartやカルフールといった大手スーパーがブロックチェーン技術を活用して生鮮食品のサプライチェーンデータをリアルタイムに共有しています​。農場での収穫日時、加工工場でのロット番号、流通経路、店舗到着日時などが改ざん困難な形で記録され、問題発生時には数秒で該当ロットを特定できるといいます。実際、ウォルマートはある実験でマンゴーの産地追跡に要する時間を従来の7日間から2.2秒に短縮しました​。これにより消費者への情報開示も可能となり、信頼性向上につなげています。アパレルでも、原料の綿花農場から紡績、染色、縫製、物流まで追跡する試みがなされています。H&Mは紡績コードや縫製工場IDを商品タグに紐付け、オンラインで消費者が製造地情報を確認できるサービスを開始しました。これは「どこの誰が作った服か知りたい」という消費者のニーズに応えたものです。さらに、スイスの大手食品会社ネスレは自社が販売する乳児用食品の原乳の出所をすべて公開し、農場ごとの品質管理状況もウェブ上で確認できるようにしています。

https://www.ibm.com/docs/ja/food-trust?topic=overview

サプライヤーとの情報共有

サプライヤーが自社の調達先や生産プロセスのデータを提供してくれなければ、追跡は途切れてしまいます。そのため小売業各社は「オープンな情報共有文化」を醸成すべく、サプライヤーにメリットを感じさせる工夫もしています。例えば、情報を積極的に開示するサプライヤーを「透明性の高いパートナー」としてランク付けし優先的に発注する、あるいはそのようなサプライヤーの取り組みを自社のサステナビリティレポートで紹介して名誉を与えるなどです。また技術面でも、共有プラットフォームやEDI(電子データ交換)システムを導入してデータ授受をスムーズにする支援をしています。総じて、小売業におけるサプライヤーエンゲージメントは「信頼の橋渡し」と言えます。自社とサプライヤー間はもちろん、その先にいる消費者との信頼関係を構築することが究極の目標です​。倫理的調達により「この商品は安心だ、誰も傷つけていない」と示し、トレーサビリティにより「何かあってもすぐ対応できる、隠し事はない」と保証する。そうした姿勢が消費者の信頼を生み、ブランドロイヤリティや売上の向上につながることが調査でも明らかになっています​。したがって、小売企業はこれからもサプライヤーとの連携を深め、より高度な倫理性と透明性を追求していくでしょう。

4. 小売業で消費者から信頼を得るための戦略

小売業においてサプライヤーエンゲージメントを強化する背景には、最終顧客である消費者の信頼を獲得・維持するという明確な目的があります。消費者は商品そのものだけでなく、その裏側にあるストーリーや価値観にも敏感になっています。エシカル消費やグリーン消費という言葉が一般化したように、「どのように作られたか」「誰が作ったか」「環境や社会に配慮されているか」といった点が購買判断に影響を与える時代です。企業はサプライヤーを巻き込み、以下のような戦略で消費者の信頼醸成に努めています。

認証ラベルと説明の提供

前述したフェアトレードや有機JAS、エコマークなど、公的・民間の認証を取得した商品にはそのラベルを表示し、店頭POPやWEBで詳しい説明を提供します。「このコーヒーはフェアトレードです」とラベルがあるだけでも購買意欲が高まる層がいますが、さらに踏み込んで「生産者に生活賃金が支払われ、地域の学校建設に役立っています」など具体的な効果を伝えることで、消費者の共感と信頼を得ます。これら認証取得や説明作成にはサプライヤーの協力が不可欠であり、企業はサプライヤーとともに情報発信に努めます。

透明性あるコミュニケーション

例えば衣料品で「私たちの製品を作っている縫製工場一覧」を自社サイトで公開したり、産地訪問記を動画で配信したりする企業があります。スポーツブランドのPatagoniaは主要サプライヤーの所在地や実名を公開し、現地従業員の声を紹介することで、消費者に製品の背景を伝えています。これにより「裏側でも誠実にやっているブランドだ」という信頼感が醸成されます。サプライヤー側も自社が公開されることにより国際的な評価を受け、誇りや改善意欲につながるという好循環が生まれます。

クレーム対応力の強化

信頼は築くのは大変でも失うのは一瞬です。不祥事が起こった際の適切な対応は極めて重要であり、企業はサプライヤーと協力して迅速な対処を行います。例えば、食品で異物混入や誤表示があれば、即座に対象ロットを特定し回収しなければなりません。そのためのトレーサビリティは先述の通りですが、さらに原因究明と再発防止策を公表することが必要です。その際、サプライヤーが関与しているならば共同声明を出すなど、一体となった対応が信頼回復につながります。また、万一サプライヤー側の重大な過失(労働災害や環境汚染など)が発覚した場合、企業は被害者救済や補償にも責任を持って取り組み、必要に応じて問題サプライヤーとの関係見直しも含め毅然とした態度を取ります。こうした危機対応の質も、消費者の信頼に大きく影響します。

顧客参加型の取り組み

さらに進んだ戦略として、消費者自身をサプライチェーンに巻き込む試みもあります。例えば「この商品を買うと〇〇産地の農家に△ドル寄付されます」「購入した服をリサイクルに出すとクーポンがもらえ、繊維は新商品に生まれ変わります」といった仕組みです。消費者が購買を通じてサプライチェーン上の善行に参加できる形にすることで、エンゲージメントを高める狙いです。スターバックスはコーヒーの購買額の一部を生産地支援に充て、その成果(井戸の建設や農業研修開催など)を店内ポスターで共有しています。これにより顧客は自分もプロジェクトの一部となった満足感を得て、ブランドへの愛着と信頼を深めます。

データに基づく証明

消費者は企業からの情報発信に加え、第三者の評価やデータも参考にします。企業はサプライヤー協力の下で、温室効果ガス排出量や水使用量の削減実績、労働者の賃金改善率など具体的な数字を公表し始めています。「当社サプライチェーンのCO₂排出量は前年より10%減少しました」「工場労働者の最低賃金倍率を1.2倍から1.5倍に引き上げました」等の指標を示し、CDPやサステナビリティ・インデックスで高評価を得れば、それ自体が信頼性の担保となります​。消費者向けには難しい指標もありますが、インフォグラフィックや動画で分かりやすく伝える努力もなされています。このように、小売業におけるサプライヤーエンゲージメント戦略は、消費者の視点に立って逆算されたものと言えます。すなわち「消費者に何を約束し、どう信頼してもらうか」を考え、それを実現するためにサプライヤーとの協働を逆方向に構築していくイメージです。実際、消費者の多くが企業のサステナビリティ対応を重視しており、購買行動にも反映しています​。そして信頼を得た企業は、長期的な顧客ロイヤルティやブランド支持を勝ち取っています。したがって、企業とサプライヤーが一丸となって築いた透明で倫理的なサプライチェーンは、単なるコスト要因ではなく競争優位の源泉となり得るのです。

5. IT業界の特徴とサプライヤー管理

IT業界(ハイテク企業、クラウドサービス企業など)のサプライヤーエンゲージメントには、他業界にはないユニークな側面があります。その一つがデータセンター運用に関わるサステナビリティです。

データセンター運用とサステナビリティ

IT大手企業は世界各地に巨大なデータセンターを構え、クラウドサービスや検索エンジン、SNS、AI計算処理など膨大なデータ処理を24時間行っています。その電力消費量や環境への影響は無視できない規模であり、サプライヤー(主に電力会社や設備メーカー、建設業者など)との協働が重要となっています。先に触れたように、世界中のデータセンターが消費する電力量は世界全体の約1~2%に達し​、しかも年々増加傾向にあります。

AIやIoTの普及で需要はさらに拡大する見込みのため、IT企業は電力サプライヤーと連携して再生可能エネルギーへの転換を進めています。GoogleやAmazon、Microsoftといったクラウド企業は、発電事業者との間で長期の再生エネ電力購入契約(PPA)を次々に結び、自社データセンターで使用する電力相当分を風力・太陽光などで賄う取り組みを加速させています。Appleもすでに自社運営施設で100%再生可能エネルギーを達成し、さらにサプライヤーが使う電力についても再エネ化を働きかけています​。

データセンターの設計・建設

冷却システムやUPS(無停電電源装置)を提供するメーカーと共同で省エネ技術を導入したり、廃熱利用システムの構築を行ったりしています。例えば、マイクロソフトは海中にデータセンターを設置する実験(Natickプロジェクト)で、水冷による冷却効率向上を図りました。Facebook(現Meta)は寒冷地にデータセンターを建設し、外気冷房と高度な空調管理技術でエネルギー消費を削減しています。これらは設備サプライヤーとエンジニアリング企業との綿密な協力の賜物です。水資源管理もデータセンター運用のサステナビリティ課題です。冷却のために大量の水を消費するデータセンターもあり、水ストレスの高い地域では問題となります。Googleはサプライヤーである公共水道局や冷却装置メーカーと協力し、下水の再生水を冷却に利用するシステムを導入しました。

また、一部のデータセンターでは水を使わない空冷方式へ転換するなど、技術開発が進んでいます。IT企業はこのような自社施設の持続可能性に関する取り組みと成果をサステナビリティレポートなどで詳細に公表しています。

データセンターの運用

一部地域ではデータセンターの電力大量消費が地元電力網に負担をかけることから、新規建設に制限を設ける動きがあります​。IT企業は地域の電力供給者や政府と協議し、エネルギー効率目標のコミットや地域投資を約束することで理解を得るよう努めています。また、地元コミュニティへの説明会を開き、環境影響評価や雇用創出について透明性をもって説明しています。このように、IT企業は電力会社・設備メーカー・地域行政を「広義のサプライヤー」とみなし、エンゲージメントを図っていると言えます。

まとめると、IT業界のサプライヤーエンゲージメントの一側面であるデータセンター運用の持続可能性対応は、高度に技術的かつ長期的視点で行われています。巨大施設を継続的に運営していくため、エネルギー・水・資材といったリソースの効率的利用は死活問題であり、その解決策はサプライヤーとの協働なくして実現しません。IT企業とサプライヤーが共にイノベーションを起こしつつ環境負荷を削減していく様は、サプライヤーエンゲージメントの先進例とも言えるでしょう。

6. IT業界ベンダーとの長期的関係構築

IT業界におけるもう一つの特徴的側面は、主要ベンダーとの長期的なパートナーシップ構築です。

パートナーシップ構築(ハード)

ハードウェア製品を持つIT企業(PCメーカー、スマートフォンメーカー等)にとって、キーコンポーネントを供給するサプライヤー(半導体メーカー、ディスプレイメーカー、組み立て請負企業など)はビジネスの命運を握る存在です。また、ソフトウェア・サービス系企業でも、一部の重要技術やサービスを外部パートナーに依存している場合があります。これら主要ベンダーとの関係は単なる売買の域を超え、共創(Co-innovation)や共存共栄の関係に発展させることが競争優位に直結します。例えば、AppleとFoxconn(鴻海)の関係は典型例です。FoxconnはApple製品の組み立てを長年一手に引き受ける巨大EMS企業であり、両社は緊密な協力関係を築いてきました。製品設計段階からFoxconnの技術者が関与し、生産容易性の観点でAppleに助言を行うこともあります。また、Foxconn側で労働問題(長時間労働や自殺問題)が起きた際、Appleは改善のための専門家チームを派遣し、作業環境の大幅な見直しを支援しました。これはAppleにとって製品供給の安定とブランド保護につながり、Foxconnにとっては世界トップブランドとの関係維持につながるため、両社の利害が一致しています。このように、問題解決も含めた長期視点での協力体制が取られています。

また、半導体分野では、PC・スマホ企業と半導体メーカーの戦略的協業が活発です。大手半導体メーカーのIntelやTSMCは顧客企業(Dell、Apple、AMDなど)との間でロードマップ情報を共有し、次世代チップ開発の方向性や量産計画について数年先を見据えた調整を行っています。Appleは特にTSMCとの関係が強固で、自社専用のプロセッサ(SoC)をTSMCと共同設計・生産することで高度なカスタマイズを実現しています。この独占的なパートナーシップが、Apple製品の性能優位性につながっている面が大きいです。

パートナーシップ構築(ソフト)

ITハードウェアではなくソフトウェア/サービス面でも、クラウド企業と大企業とのパートナーシップ例があります。例えばSAPやOracleといった基幹システムを提供するソフト企業は、クラウド基盤をMicrosoft AzureやAmazon AWSに依存させる戦略的提携を結んでいます。これにより信頼性の高いインフラを確保しつつ、両社顧客への付加価値サービスを共同開発しています。こうした場合も、サービスレベル合意(SLA)の高度化やセキュリティ連携など、単なるベンダーと顧客の関係を超えた深いエンゲージメントが見られます。IT業界では技術革新のスピードが早いため、主要ベンダーとの長期的関係構築は、新技術に迅速に対応する上でも有利です。信頼関係がある相手とは、新製品情報や未発表技術を早期に共有でき、共同で試作品開発や市場テストを行うことができます。例えば、あるスマホメーカーは新素材を手掛けるスタートアップ企業(サプライヤー)と資本提携し、その素材を自社スマホに世界で初めて採用しました。これにより話題性と差別化を獲得しましたが、背景には密接な協業関係がありました。

大手IT企業が有望な部品メーカーに戦略投資を行うケースも増えており、縁故を強めることで安定調達と技術独占を狙っています。サプライチェーンの社会・環境責任についても、主要ベンダーとの協働が進んでいます。Appleは主要200社以上のサプライヤーに対し、2030年までに再生可能エネルギー100%での生産を求めると宣言し、その実現に向けて協力しています​。再エネ導入のハードルが高い地域では、Apple自らが太陽光発電施設に投資し、その電力をサプライヤーに供給する仕組みを整えています。また、DellやHPは主要サプライヤーと協力して部品輸送の効率化(共同輸送や梱包材削減)を行い、サプライチェーン全体のCO₂排出を削減しています。これらの取り組みは「自社だけでなくパートナーも巻き込んだサステナビリティ」の典型であり、長期的関係があるからこそ可能な連携です。

IT業界の人材交流

主要ベンダーとの関係が深まると、人材の相互派遣や教育が行われることもあります。マイクロソフトは主要パートナー企業向けに技術研修プログラムを提供し、最新技術資格を取得させる支援をしています。IBMやCiscoも、大口顧客/パートナー企業の技術者を対象にアカデミーを開催し、自社製品を活用したソリューション開発力を底上げしています。こうした人材育成の面でも協力することは、パートナーシップを一層強固にし、共通の企業文化や問題解決アプローチを醸成する効果があります。

引用

Responsible Business Alliance (RBA)
https://www.responsiblebusiness.org

Fairtrade International
https://www.fairtrade.net

BASFグローバルサイト
https://www.basf.com

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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