【サプライヤーエンゲージメント】SAQの導入と運用

SAQ(サステナビリティ自己評価質問票)は、サプライヤー自身が環境・社会・ガバナンスに関する現状を自己評価し、企業がサステナビリティリスクを可視化・管理するための重要なツールです。導入には質問設計や試行運用が必要で、共通プラットフォームの活用やフィードバックの工夫により回答の質と協力率が向上します。また、SAQを通じた評価結果は、改善支援や取引判断、サプライチェーン全体の底上げにも活用可能です。SAQ導入と活用のポイントについて解説します。

目次

1. SAQの導入方法とメリット

サステナビリティ自己評価質問票(SAQ)は、その名の通りサプライヤー自身に持続可能性に関する自己評価を行わせるツールですが、効果的に導入するには慎重な設計と段階的な実施プロセスが必要です。

SAQの設計

まず設計段階では、質問票の内容を策定します。これは企業のCSR方針や業界基準に基づき、カバーすべき項目を洗い出す作業です。一般に、環境(Environmental)、労働・人権(Social)、倫理・ガバナンス(Governance)の各領域から包括的に設問を構成します。例えば環境分野では温室効果ガス排出量の管理、有害廃棄物の処理方法、環境方針の有無など、社会分野では労働安全衛生体制や従業員待遇、人権方針と研修状況など、ガバナンス分野ではコンプライアンスプログラムや腐敗防止策などが設問例となります。

重要なのは、これらの設問が可能な限り自社の調達基準と客観的な評価基準に紐付いていることです。例えば「環境目標を設定しているか」という設問に対し単に有無を問うのでなく、「〇〇の国際標準に準拠した目標を設定し年次でモニタリングしているか」のように具体性を持たせます。また回答形式も、「はい/いいえ」に加えて自由記述や証拠書類の添付を求める形にすると、回答の裏付けが取りやすくなります。

SAQ実施プロセス

実施プロセスとしては、まずパイロット的に限定的なサプライヤーを対象に試行することが考えられます。最初から全サプライヤーに展開すると不具合発見時の修正が困難になるため、影響範囲を絞ってテスト運用するのです。この際、回答負荷や設問解釈の難易度をサプライヤーからフィードバックしてもらい、本格導入前に改善します。

本格導入時には、サプライヤーに対して事前説明を十分に行います。SAQの目的(単なる評価でなく共に改善するためであること)や回答方法、締切や問い合わせ先などを明示し、FAQを共有します。説明会やオンラインチュートリアルを開催し、サプライヤーが戸惑わずに回答できる環境を整えます。実施に当たっては、多くの場合、Excelやオンラインプラットフォーム(Teamsなど)を使用します。

対応のプラットフォーム

EcoVadis社やSedex社などの提供するクラウドシステムがあり、サプライヤーは招待メールからログインしてウェブ上で回答を入力・保存できるようになっています​。このシステムでは質問票ごとに各社のロゴや追加質問をカスタマイズ可能ですが、可能な範囲で業界共通の質問セットを用いることで、サプライヤー側の負担軽減につながります​。実際、自動車業界ではDrive Sustainabilityメンバー各社が共通のSAQフォーマットを利用しており、各サプライヤーは一度回答すればそれを複数の自動車メーカーと共有できる仕組みです​。

数社からのスモールスタート

このように「一度回答、多社で共有」という設計は、SAQ運用上のベストプラクティスの一つです。サプライヤーから回答が提出された後、企業側で回答内容の検証と評価を行います。まず形式チェックとして未回答項目や明らかな矛盾がないかを確認します。続いて内容の妥当性を評価しますが、膨大な数の回答を一社で精査するのは難しいため、ここでも共通プラットフォームの利点が活きます。例えばNQC社のシステムでは、提出された証拠書類(環境認証や労働者名簿等)を第三者が確認し、回答の裏付けを簡易審査してくれます​。最終的な合否判断やスコアリングは各発注企業が独自に行いますが、第三者の下支えによって迅速な評価が可能になります。評価結果はサプライヤーごとにフィードバックされ、必要に応じてフォローアップが行われます。例えばスコアが低かったサプライヤーには、どの項目が不十分だったかを示し改善計画の提出を求めたり、技術支援を検討したりします。

インセンティブ設計

一方、高スコアのサプライヤーは将来的なリスクが低いと判断され、監査頻度を減らす、表彰するなど優遇措置を取ることもあります。こうした差別化はサプライヤー側のインセンティブともなり、次回以降のSAQ回答における積極性を促します。以上がSAQ導入から実施までの一般的なプロセスです。適切に設計・運用されたSAQは、サプライチェーン全体の可視性を飛躍的に高め、企業にとってのサステナビリティリスク管理を効率化する強力なツールとなります。

2. 効果的な活用事例

SAQ導入のメリットは、単にサプライヤー情報を収集できるだけでなく、それを起点として具体的な改善行動につなげられる点にあります。ここではいくつか効果的な活用事例を挙げます。

自動車業界

欧州の大手自動車メーカー群は共通SAQの運用を通じて数万社規模のサプライヤーデータベースを構築しました。各サプライヤーのCSRパフォーマンスが見える化されたことで、業界全体での水準底上げが図られています。具体的には、SAQ結果をもとに特定のテーマ(例:労働安全、CO₂管理)で課題のあるサプライヤーを抽出し、業界合同のトレーニングプログラムに招待するといった取り組みがなされています。あるメーカーでは、SAQで労働安全衛生管理が不十分と判明した部品サプライヤー50社を対象に、安全管理の専門家を派遣して指導を実施しました。その結果、翌年の再評価では全社で是正措置が確認され、労働災害件数の減少につながったと報告されています。

また、複数社から同様の改善要求を受けていたサプライヤーからは「要求が統一されたおかげで対応に集中できた」との声も上がっており、SAQプラットフォーム共有のメリットが発揮されています。

エレクトロニクス業界

RBAオンラインプラットフォームを通じたSAQ活用があります。RBA(Responsible Business Alliance)は加盟各社で標準化した質問票(労働、人権、環境、安全衛生、倫理などに関する)をサプライヤーに回答させ、その結果を各社で共有しています。ある加盟企業では、SAQの結果に基づき自社サプライヤーのリスク評価マトリクスを作成し、高リスク層には監査、高リスクではないが中程度の層にはRBAのeラーニング受講を義務付けるといった段階的対応を行っています。これにより、監査コストを抑制しつつサプライヤー全体の底上げを実現しました。同社は公開レポートで「RBA SAQを導入後、重大なコンプライアンス違反件数が3年でゼロになった」と発表しており、自己評価を入り口とした継続改善の有効性を示しています。小売業界でもSAQ活用の動きがあります。

https://www.responsiblebusiness.org/tools/rbaonline

アパレル業界

例えばグローバルアパレル企業のH&Mはサプライヤー持続可能性評価ツールを導入し、生産工場に自己診断を促しています。その結果をスコア化し公開することで、工場間の健全な競争を誘発しています。スコア上位の工場は同社からの受注が増えたり、第三者認証の取得費用を補助してもらえるなどメリットがあり、全体の約半数の工場が環境管理認証を取得する成果が出ています。

https://career.hm.com/jp-ja/blog/job-family/stores

食品業界

また、SAQ結果をサプライヤーとの契約更新判断に組み込む企業もあります。例えば食品大手ネスレは、持続可能な調達基準を満たすサプライヤーとのみ長期契約を結ぶ方針を取り、SAQで基準未達と判断されたサプライヤーには改善計画の提出を義務付けています。これにより、同社の農産品サプライヤーの80%以上が農業における持続可能性認証を取得するに至りました。

https://www.nestle.co.jp/csv/impact/sustainable-sourcing

これらの事例が示すように、SAQは単なるデータ収集のツールではなく、サプライヤーとのコミュニケーションプラットフォームとして機能させることが重要です。結果を共有しフィードバックすることでサプライヤー自身が自らの課題を認識し、改善へのモチベーションを持つよう促します。さらに他社とのベンチマーク情報も提供すれば、自社の立ち位置を知ったサプライヤーは自主的に対策を講じるでしょう。SAQで得た情報を活かし、企業側も支援策やインセンティブを講じることで、エンゲージメントが深化していきます。最終的には、SAQを起点にサプライヤーと企業が共に改善を重ねることで、サプライチェーン全体の持続可能性が向上するという好循環を生み出すことが可能となるのです。

3. SAQ導入における課題と解決策

SAQ導入の大きなハードルの一つは、サプライヤーからいかに協力を引き出すかです。質問票への回答はサプライヤーにとって追加の作業負担となるため、企業側が一方的に要求しても十分な回答率や正直な回答は期待できません。そこで、以下のようなアプローチが有効です。

インセンティブの明示

サプライヤーにとってSAQへ真剣に取り組む動機を提供します。例えば、「SAQスコアを今後の取引評価に反映する」「高スコアのサプライヤーは契約更新や新規案件で優遇する」といった方針を事前に伝えます。実際にドイツのフォルクスワーゲングループでは、SAQ結果を反映したサステナビリティ格付け(S-Rating)を導入し、一定基準に満たない企業は新規取引候補から除外する明確なルールとしています​。このように、回答しなかったり低評価だったりするとビジネス上不利益が生じることを示すことは強力な動機付けになります。一方で、単に「悪ければ取引停止」と脅すだけではサプライヤーの萎縮を招きます。そこで同時に「優秀なサプライヤーは表彰し、社内外に紹介する」「改善が必要な場合は技術支援プログラムに招待する」といった正のインセンティブも提示します。努力が認められる風土を作ることで、サプライヤーは前向きに取り組みやすくなります。

https://www.vwgroupsupply.com/one-kbp-pub/media/shared_media/documents_1/nachhaltigkeit/s_rating/faq_s_rating/FAQ_S-Rating_EN.pdf

目的とメリットの共有

SAQの実施目的がサプライヤーに伝わっていないと、「コスト削減や監視のためだろう」と誤解される恐れがあります。そこで、企業のトップメッセージとして「我々はサプライチェーン全体の持続可能性を高め、ともに成長したい。そのために現状を把握しよう」という趣旨を説明することが大切です。サプライヤー側にもSAQを通じて自己診断し改善点を把握できるメリットがあること、将来的に取引機会拡大や他顧客への展開にも役立つ知見が得られることを強調します。また、「あなた方のデータは機密として扱う」「評価結果は透明かつ公平にフィードバックする」と約束し、協力関係構築の一環であることを印象付けます。

使いやすさの追求

サプライヤーの協力を得るには、SAQ回答プロセス自体を可能な限り簡便にする必要があります。具体的には質問を必要最小限に絞り、わかりやすい言語と形式にすること、複数言語対応にして現地スタッフでも理解できるようにすること、そして前述のように一回の回答で複数顧客に共有できるようにすることです​。可能であれば業界標準の質問体系(例:Sedexの共通質問票)を採用し、他社との重複を減らします。またサプライヤーによってはITリテラシーが高くない場合もあるため、紙やExcelでの回答をメインにして、サポート的にプラットフォームを使用、入力サポートを提供したりする柔軟性も必要です。締切や提出方法の案内も丁寧に行い、問い合わせ対応窓口を設置して不明点を迅速にフォローします。

フィードバックとフォローアップ

SAQ回答後、何の音沙汰も無ければサプライヤーは「回答したのに放置か」と感じ、次回以降の協力意欲を失います。そうならないよう、すべてのサプライヤーに評価結果のフィードバックを提供します。例えば各設問のスコアや業界平均との比較、特に優れている点や改善を要する点などをまとめたレポートを返却します。さらに必要に応じて担当者同士でレビュー会議を実施し、サプライヤーからの質問や反論も受け付けます。このように双方向のコミュニケーションを取ることで、「真剣に見てもらえている」という認識が生まれ、次回以降も協力しようというモチベーションにつながります。また、改善が必要なサプライヤーには明確なアクションプランを提示し、それに対するサポート(ベストプラクティス事例の紹介や専門家派遣など)を約束します。これにより、サプライヤーは単なる評価で終わらず、実際に自社のパフォーマンス向上に結びつけることができます。

段階的実施と改善

SAQ導入初期にはどうしても戸惑いや抵抗があるため、小さく始めて徐々に拡大する戦略も有効です。例えばまず主要サプライヤー20社のみで実施し、成功事例や改善点を蓄積します。その後、参加企業からの口コミや社内の成功ストーリーを広め、二次サプライヤーへと対象を増やしていきます。先行企業の成功体験(「このSAQのおかげで我が社は〇〇認証を取得でき、新規取引が増えた」等)を共有すると、他のサプライヤーも追随しやすくなります。また企業側も運用を通じて設問内容やサポート方法を改善し、年々完成度を上げていきます。こうしたPDCAサイクルを回しながら段階的にスケールアップすることで、大多数のサプライヤーから協力を得られる仕組みが構築できます。

以上のようなアプローチを組み合わせることで、サプライヤーが主体的・積極的にSAQに取り組む環境を整えることが可能です。重要なのは、企業とサプライヤーの信頼関係を損なわないよう配慮しつつ、公平性と透明性をもってプロセスを進めることです。そうすれば、SAQは両者にメリットのある「協働ツール」として認知され、サプライヤーの高い協力を引き出せるでしょう。

4. データ収集・分析のポイント

SAQ導入後に待ち受けるもう一つの重要課題は、収集したデータの分析と活用です。多数のサプライヤーから集めた情報を適切に評価し、経営判断や改善施策に結びつけなければ、SAQを実施した意味が半減してしまいます。以下に、データ分析・活用のポイントを示します。

リスク評価の体系化

まず、SAQ結果をもとにリスク評価フレームワークを構築します。サプライヤーごとに環境・社会・ガバナンスの各リスクスコアを算出し、それらを総合したリスクレベルを判定します。評価軸としては、例えば「コンプライアンス違反の潜在性」「重大事故発生リスク」「将来的な規制非順守リスク」などが考えられます。これらの軸に対し、SAQの各設問を紐付けて点数化していきます。例えば「労働時間管理体制が無い」という回答は「労務コンプライアンスリスク高」として減点、「ISO14001取得済み」は「環境管理成熟度高」として加点、という具合です。

こうして算出した点数により、サプライヤーをランク分け(例:A, B, Cランク)したり、ヒートマップ上にプロットしたりして可視化します。ランク分け結果はサプライヤーポートフォリオ管理に活用できます。高リスク群(例:Cランク)には緊急介入や取引見直しを検討し、中リスク群(Bランク)には改善計画のフォロー、高パフォーマンス群(Aランク)は重点的な関係深化というように、リスクレベルに応じた戦略を立てます。

KPIの設定とモニタリング

SAQデータから得られる各種指標について、社内KPIを設定し継続モニタリングすることが大切です。例えば「サプライヤー全体の平均スコア」「主要50社の環境項目スコア推移」「不備指摘件数の推移」「回答率」などです。これらを四半期・年次でトラッキングし、目標値を定めて改善度合いを測定します。加えて、KPIは経営層へのレポーティングにも使用します。例えば「今年度、新規契約サプライヤーの90%がSAQ基準を満たした」「サプライヤー労働安全スコア平均が前年から10%向上した」等、数字で示すことで経営層の理解と支援を得やすくなります。KPIで芳しくない結果が出た場合には、調達戦略の見直しや追加リソース投入を検討します。

データの信頼性確保

SAQデータに基づく判断を行う前提として、そのデータの正確性・信頼性を担保する必要があります。自己申告ゆえの過大申告や誤記載の可能性を常に念頭に置き、一部はクロスチェックします。例えば高リスクと判定されたサプライヤーには現地監査を実施し、SAQ回答との整合性を検証します。また、SAQ回答に添付された証拠書類を抜粋監査し、真正性を確認します。これにより、データの質を底上げし分析結果の信ぴょう性を高めます。さらに、SAQ項目のうち特に重要なもの(例:労働時間、賃金、排水基準値など)については、システム連携で自動収集する仕組みも検討します。例えば工場の環境データをリアルタイムで共有することで、自己報告との乖離を監視できます。将来的にはブロックチェーン技術で改ざん不可能なデータ収集も期待されています。

継続的なベンチマークと見直し

SAQ分析は一度やって終わりではなく、毎年継続する中でトレンドを読み取り、評価手法自体も改善していきます。他社事例とのベンチマークも有用です。業界コンソーシアム等で各社のSAQ結果を匿名集計し、平均値や上位企業の水準を把握することで、自社サプライチェーンの位置づけを評価します。また、新たなリスク要因(例:気候変動による原材料調達リスク、パンデミックによる人権リスク)が浮上した場合、それらを評価に組み込むようSAQ設問やスコアリング方法をアップデートします。評価モデルを運用し続ける中で、特定の質問が有効にリスクを予測できていないことが判明すれば、別の質問に差し替えるなどの改訂も必要です。言わば機械学習的に、結果と突き合わせて予測精度を高める作業を繰り返します。

オペレーションへの統合

分析結果は、企業の調達オペレーションの各段階に統合されて初めて価値を生みます。例えば新規サプライヤー選定プロセスでは、見積価格だけでなくSAQスコアを考慮し、高リスクの候補を除外します。契約条件にも「継続的なSAQ参加と一定スコア以上の維持」を盛り込みます。既存サプライヤーとの定期レビューでは、SAQ結果を議題に上げ、成果と課題を確認します。社内の購買管理システム(ERP)ともデータ連携し、購買担当者が発注画面で各サプライヤーのリスクレベルを確認できるようにするといった工夫も有効でしょう。こうして、SAQによる評価が現実の調達行動と結び付くことで、サプライヤー側も「このスコアはビジネスに影響する」と認識し、より真剣に改善に取り組むようになります。

以上、SAQで収集したデータの分析・活用におけるポイントを述べました。適切な分析により、企業は広大なサプライチェーンを俯瞰しリスクを先読みする力を得ます。一方サプライヤー側も、分析結果に基づくフィードバックや支援を受けることで、自社の持続可能性パフォーマンスを高められます。SAQという仕組みを起点としたデータ駆動型のサプライヤーエンゲージメントは、企業とサプライヤー双方にメリットをもたらしつつ、サプライチェーン全体のレジリエンスとサステナビリティを向上させるものと言えるでしょう。

引用

Drive Sustainability
https://drivesustainability.org/

Sedex (Supplier Ethical Data Exchange)
https://www.sedex.com

NQC社
https://www.nqc.com

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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