EUの企業サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)が求める企業の義務とは具体的に何でしょうか。本記事ではCSDDDの中核となる義務内容を詳しく解説し、企業が押さえておくべき遵守のポイントを整理します。CSR担当者にとって、自社の何を変革し、どのような準備が必要かを理解する助けとなるでしょう。


1. CSDDDの義務の詳細
CSDDDが企業に課す義務は大きく分けて人権・環境デューデリジェンスの実施と気候変動への対応計画の策定の二本柱です。まず、人権および環境デューデリジェンスに関する義務では、企業は自社およびそのサプライチェーン(バリューチェーン)で発生しうる人権侵害や環境への悪影響を継続的に洗い出し、防止・軽減し、被害を是正するプロセスを構築しなければなりません。具体的な要求事項は以下のとおりです。
方針とガバナンス
人権方針や環境方針を策定・改定し、経営層を含む明確なガバナンス体制でデューデリジェンスを統括する。
リスクの特定・評価
事業活動やサプライチェーン上の実際または潜在的なリスク(例:強制労働、劣悪な労働環境、環境汚染など)を特定し、深刻度と発生可能性を評価する。
リスクへの対処
潜在リスクには発生防止策を講じ、既発生の問題には被害者救済や再発防止策を実行する。例えばサプライヤーにおける児童労働の疑いがあれば現地調査を行い、是正計画を策定・履行させる。
苦情受付と是正手続
ホットライン等の苦情申立窓口を設け、従業員や取引先労働者、コミュニティからの申告を受け付け、適切に対処する。
モニタリングと改善
デューデリジェンス措置の効果を定期検証し、方針・手順を少なくとも2年ごとに見直す。環境や社会の変化、新たなリスク発見に応じて随時アップデートする。
情報開示
デューデリジェンスの実施状況(識別したリスク、講じた措置、その結果など)を年次報告などで開示し、透明性を確保する。
次に、気候変動への対応義務です。対象企業はパリ協定の目標達成に沿って自社の中長期的な気候変動緩和戦略を策定しなければなりません。具体的には2030年・2050年に向けた温室効果ガス排出削減目標を設定し、自社の事業モデルを低炭素化させるための移行計画(トランジションプラン)を作成・実行します。この計画の進捗も経営陣によって監督され、開示が求められます。気候変動への取り組みは環境デューデリジェンスの一環とも言え、企業の長期的なレジリエンス確保に繋がる重要な義務です。
2. 企業が取るべき具体的な対応
上記の義務を確実に果たすために、企業は以下のような具体策に取り組む必要があります。
社内体制の整備
まずは専任のチームや委員会を設置し、経営層から各現場まで横断的な体制を構築します。明確な責任者を置き、必要な予算や人材を確保しましょう。
ポリシーと規程の見直し
人権方針・環境方針・調達方針など既存の社内規程類を点検し、CSDDDの要求に見合うよう改定します。サプライヤー行動規範も強化し、違反時の措置や監査権限について盛り込むことが重要です。
リスクアセスメント実施
自社拠点や主要サプライヤーを対象に、人権・環境リスクの評価を実施します。ハイリスク国の工場や高環境負荷の原料調達先などに優先順位を付け、現地調査や第三者監査も活用して詳細把握に努めます。
アクションプラン策定
リスクごとに対処策をまとめたアクションプランを作成します。責任部署・担当者、期限、成果指標(KPI)を明確に定め、進捗管理を行います。例えば「主要縫製工場における労働時間短縮プロジェクト」や「サプライヤーへの化学物質管理研修実施」など具体的な施策を盛り込みます。
契約と調達プロセスへの組み込み
調達契約書にデューデリジェンス遵守条項を追加し、取引先にも協力義務を課します。また新規サプライヤー選定時には人権・環境対応状況を評価項目に加え、持続可能性基準を満たす企業と取引するよう調達プロセスを変更します。
教育・トレーニング
社員や主要サプライヤー向けに研修を実施し、CSDDDの趣旨と具体的な遵守事項を周知徹底します。現場の担当者がリスクサインを見逃さないようケーススタディを交えたトレーニングを行うと効果的です。
モニタリングと報告準備
定期監査やサプライヤーセルフチェックシートの回収などでフォローアップし、年次のデューデリジェンス報告書を作成します。データや事例を継続的に蓄積し、開示に耐えうるエビデンスを整えておきます。
これらの対応策は一度きりではなく、継続的なPDCAサイクルで改善を図ることが大切です。企業が主体的に取り組むことで、法令遵守だけでなくサプライチェーン全体の安定と信頼性向上にも寄与するでしょう。
3. コンプライアンスの重要性
CSDDDで定められた義務を遵守することは、単に罰則を回避するためだけではなく、企業の持続的成長戦略においても重要な意味を持ちます。法令順守は企業経営の大前提であり、違反すれば高額な罰金(全世界売上高の最大5%)や訴訟リスクにさらされますしかしそれ以上に、近年は投資家や取引先、消費者が企業のESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みに厳しい目を向けています。デューデリジェンス不足による人権問題が報道されればブランドイメージが失墜し、マーケットからの評価も急落しかねません。
一方で、CSDDD遵守をしっかり行っている企業はリスク管理が行き届いた優良企業として評価されるでしょう。実際、法的枠組みが整うことで各国企業間の競争条件が平準化され、持続可能性の取り組みを先行していた企業にとってはアドバンテージとなります。
また、自社とサプライチェーンの課題を改善する過程で、生産性向上や新たなビジネス機会の創出(例えばサステナブル製品市場への参入)につながる場合もあります。要するに、CSDDD対応はリスク回避と機会創出の両面で企業価値に直結するテーマです。CSR担当者は経営陣に対してその重要性を訴え、全社的なコンプライアンス体制の強化を推進する役割が求められます。法令を守ること自体は当然として、その先にある持続可能な企業づくりに向けた投資と捉え、積極的に取り組んでいく姿勢が重要です。
引用
OECD『責任ある事業行動のためのデューデリジェンス・ガイダンス』
フランスDuty of Vigilance法にもとづく企業報告(年次ビジランス計画)
ISO 26000 Guidance on social responsibility
ISO 14001 Environmental management systems
