CBAM(炭素国境調整メカニズム)は、EUが導入した新たな気候変動対策で、輸入品に対して炭素排出量に応じたコストを課す制度です。EU域内の産業保護と温室効果ガス削減の両立を図る政策として注目されており、日本企業にも大きな影響を与える可能性があります。本記事では、CBAMの背景や仕組み、日本企業への影響、そして炭素排出量の第三者保証の重要性まで、包括的に解説します。

1. CBAMとは?背景と目的
気候変動対策としてのCBAM
CBAMは、気候変動対策の一環としてEUが打ち出した炭素価格調整制度です。欧州では「Fit for 55」と呼ばれる政策パッケージの中で、2030年までに温室効果ガス排出量を55%削減する目標が掲げられており、その達成に向けた措置の一つとしてCBAMが発表されました。背景には、EU域内の企業が厳しい排出規制を守る中で、規制の緩い国へ生産拠点を移す「カーボンリーケージ(炭素漏洩)」の懸念があります。CBAMは、この炭素漏洩を防ぎつつ、地球規模での排出削減を促すことを目的としています。

2.EUがCBAMを導入する理由
EUがCBAM導入に踏み切った理由は大きく二つあります。
第一に、自域内の厳しい環境規制がある一方で、域外から炭素集約度の高い製品が安価に流入すると、EU企業の競争力が低下してしまいます。この問題に対処するため、輸入品も同等の炭素コストを課す必要がありました。
第二に、世界全体の温室効果ガス削減を進めるためには、EU以外の国にもクリーンな生産への転換を促す必要があります。CBAMは、輸入品の生産時に排出されたCO2に価格を付けることで、他国の企業にも排出削減インセンティブを与える仕組みです。
すなわち、CBAMの導入により、EU域内および域外における炭素価格の公平性が確保され、これを通じて国際的な気候変動対策の水準向上が図られることが期待されます。
3. CBAMの仕組みと適用範囲
CBAMは段階的に導入されており、まずは炭素排出量の多い一部の産業が対象となります。
CBAM対象業界と対象商品
現在の対象業界は、鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素の6分野です。
これらの製品および一部の原材料・前駆物質が対象に含まれており、今後対象範囲が拡大される可能性も指摘されています。実際、これら6分野はEUの排出量取引制度(ETS)でカバーされる産業排出量の約半分以上を占めており、CBAMの本格運用によりさらなる業種への拡大も検討されています。
炭素価格と排出量の計算方法
CBAMの制度では、EU域内に製品を輸入する企業が、製品の製造過程で排出されたCO2に応じてCBAM証書を購入・提出する義務を負います。CBAM証書の価格はEUのETSにおける直近の排出枠価格を基準に算出され、例えばEU ETSの炭素価格が1トン当たり50ユーロであれば、輸入品1トンに50ユーロ相当の炭素コストが課されるイメージです。輸入者は、対象製品に含まれる温室効果ガス排出量を算出し、その排出量に見合ったCBAM証書を毎年申告・清算します。なお、輸出国で既に炭素税等を支払っている場合は、その分が差し引かれる仕組みになっており、二重課税を避ける配慮がされています。
CBAMでは排出量の算定方法も定められており、基本的には実際の製造工程から算出された実測値の報告が求められます。ただし、移行期間中には例外的に算定基準値の利用も認められており、企業は一定の条件下で標準的な排出係数に基づいて報告することが可能です。しかし本格導入後は、できる限り正確な排出データを提出することが求められるため、製造元企業は自社製品のカーボンフットプリントを正確に把握する必要があります。
4. CBAMが日本企業に与える影響
CBAMはEU域内への輸入者に適用される制度ですが、EU市場に製品を輸出する日本企業にも無関係ではありません。
日本企業に求められる対応
実際にCBAMが本格施行されれば、EUの輸入事業者は日本からの輸出品に含まれるCO2排出量データの提供を求めることになります。日本企業は、自社製品がCBAM対象に該当するかどうかを確認するとともに、該当する場合には生産プロセスで排出されたGHGのデータを正確に計測・報告する体制を整えねばなりません。特に鉄鋼や化学、素材産業など該当分野の企業は、サプライヤーも含めた排出量情報の収集や、データ管理システムの構築が求められるでしょう。
さらに、日本企業はEUの子会社や取引先を通じて間接的にCBAMの遵守をサポートする必要があります。例えば、EUに製品を輸入する自社グループの企業がある場合、その輸入者がCBAM証書購入・報告義務を果たせるよう、日本側で製品の詳細な排出原単位情報を提供する必要があります。そのため、日本国内の生産拠点でも、EU向け製品については早期に排出量算定の体制を整え、将来的な対象拡大にも備えることが重要です。
炭素コスト増加の影響
CBAMの導入により、EU向け輸出品には事実上の追加コストが発生することになります。炭素集約度の高い製品ほどCBAM証書の購入量が増え、輸出コストが上昇します。結果として、日本企業の製品価格競争力に影響が及ぶ可能性があります。特に鉄鋼やアルミニウムなどエネルギー多消費型産業では、1トンあたりのCO2排出量が大きいため、CBAM適用後のコスト負担が無視できません。企業によっては、EU市場での利益率が圧迫される、あるいは価格転嫁によって需要が落ち込むリスクも考えられます。
ただし、この炭素コスト増は同時に低炭素製品への転換を促すインセンティブにもなり得ます。炭素効率の良い製品やプロセスを有する企業は、相対的にCBAM負担が軽く、競争上有利になります。
つまり、日本企業にとってCBAMは単なるコスト増要因ではなく、自社の環境パフォーマンスを高める契機とも言えるでしょう。今後、日本国内でもカーボンプライシング制度の導入議論が進めば、国内での炭素コストとCBAM負担との二重の影響も出てきます。日本企業は自社の炭素戦略を見直し、グローバル市場での競争力維持に努める必要があります。

5. CBAMと第三者保証の重要性
CBAMでは、報告される排出量データの信頼性確保が極めて重要です。
炭素排出量の認証と第三者保証
輸入者が提出する排出量報告に誤りや過少申告があれば、公平な制度運用が損なわれてしまうためです。この点で鍵となるのが第三者保証の仕組みです。具体的には、CBAMに基づいて申告される製品ごとの排出量データは、認定検証機関による審査・検証を受けることが義務付けられています。EUの排出量取引制度(EU ETS)でも採用されているように、独立した第三者がデータをチェックすることで、信頼性の高い排出量算定が担保されるのです。
第三者保証を受けた排出量データは、各企業の気候変動対策の取り組みを客観的に示す証拠ともなります。この認証プロセスにより、輸入者と輸出者の双方が安心して取引でき、CBAM制度に対する透明性と公平性が保たれます。また、第三者保証は単に規制遵守のためだけでなく、企業の温室効果ガス管理レベルを向上させる契機にもなります。第三者の視点でプロセスを検証してもらうことで、排出量算定の漏れや改善点が明らかになり、結果としてより正確なカーボンフットプリント管理が可能となります。
国際基準との整合性
CBAMで要求される排出量算定・報告の手法は、国際的な温室効果ガス算定基準との整合性が図られています。例えば、企業の排出量算定には一般にGHGプロトコルやISO 14064シリーズといった標準が用いられますが、CBAMもこうした枠組みと連動する形で制度設計されています。これは、各国企業が既存の枠組みで収集したデータを活用しやすくするためであり、重複負担を避ける狙いがあります。
また、第三者検証においても国際的な認証基準が重視されます。検証機関や手続きはEU内で認定される必要がありますが、基本的な検証プロセスはISOなどで定義された一般原則に沿って進められます。そのため、日本企業が国内外で実施している温室効果ガス排出量の第三者保証の実績は、CBAM対応にも役立つと考えられます。国際基準との整合性を保つことで、CBAMは各国の企業にとって受け入れやすい制度となるよう配慮されています。

6. CBAMに対応するための企業戦略
CBAM時代を見据え、日本企業は一層のサステナビリティ経営推進が求められます。
サステナビリティ経営の推進
具体的には、自社の事業ポートフォリオやバリューチェーン全体での排出量削減目標を明確に掲げ、実行に移すことが重要です。経営層のコミットメントの下、気候変動対策を経営戦略の中核に据えることで、規制への対応のみならず新たなビジネスチャンスの創出にもつながります。例えば、製品ごとの排出原単位(炭素強度)を指標として管理し、より低炭素な素材や工程への転換を図ることが挙げられます。
再生可能エネルギーの活用
製造時の排出削減策として即効性が高いのが、エネルギー源の転換です。工場や生産設備で使用する電力を再生可能エネルギー由来の電力に切り替えることで、大幅なCO2排出削減が期待できます。例えば、再エネ電力やグリーン水素の活用は、鉄鋼・アルミ産業などでの排出強度低減に寄与します。日本企業でも、自社の再エネ比率を上げる取り組みや、欧州の再エネ電力証書を活用した間接的な再エネ調達を進める例が増えています。
加えて、省エネルギー技術の導入やプロセス改善も重要な対策です。エネルギー効率の高い設備投資や生産工程の最適化により、同じ製品を製造する際の排出量を削減できます。これらの努力は、CBAMによるコスト増を抑えるだけでなく、長期的にはエネルギーコスト削減やブランド価値向上といった副次的なメリットももたらすでしょう。
サプライチェーン全体での協働
自社だけでなく、部品や原料を提供するサプライヤーとも連携し、排出削減の取り組みを共有・拡大させることが重要です。バリューチェーン全体での脱炭素化が進めば、結果的に製品のカーボンフットプリントが減少し、CBAMコストの低減にもつながります。

引用元
Carbon Border Adjustment Mechanism (欧州委員会公式ページ)
European Commission: Carbon Border Adjustment Mechanism
提案規則文書:Proposal for a Regulation establishing a carbon border adjustment mechanism
EUR-Lex: CBAM Regulation Proposal (COM/2021/564 final)
Fit for 55パッケージの概要 (欧州委員会 Press Corner)
Fit for 55: delivering the EU’s 2030 Climate Target on the way to climate neutrality
European Green Deal (欧州委員会公式)
European Green Deal
