CBAM(炭素国境調整メカニズム)では、排出量データの信頼性確保のために第三者保証(第三者による検証)が不可欠な要素となっています。本記事では、CBAMにおける第三者保証の具体的な役割とその重要性について解説します。

1.CBAMと排出量データの信頼性
ここではCBAMにおける排出量の正確性について記載していきます。
厳格性
CBAMは輸入品の炭素排出量にコストを課す仕組みであるため、報告される排出量データの正確性が制度の根幹を支えます。もし誤ったデータや意図的な過小報告が横行すれば、公平な競争条件が崩れ、気候変動対策としての効果も損なわれてしまいます。そのため、EUはCBAM制度において排出量データの検証プロセスを厳格に設けています。
第三者保証の導入
具体的には、CBAMの本格導入が始まる2026年以降、輸入者が提出する年間排出量申告は認定された第三者検証機関による審査を受けることが義務付けられます。EU域内の排出量取引制度(EU ETS)でも各事業者の排出報告が独立機関の検証を必要とするように、CBAMでも同様の仕組みを導入し、データの信頼性確保を図っています。第三者検証を経たデータのみが正式な清算の根拠として認められることで、制度全体の透明性と公正さが担保されるのです。
2.第三者保証の役割
CBAMにおける第三者保証の役割について解説していきます。
データの正確性と公平性の担保
第三者保証の第一の役割は、提出された排出量データの正確性を客観的に確認することです。第三者の視点でデータ算定プロセスや測定結果をチェックすることで、誤差や不正の入り込む余地を最小化できます。これにより、各輸入品の炭素コストが適切に算出され、企業間の負担配分が公平になります。特にグローバルなサプライチェーンでは、各国・各企業で報告能力や基準が異なるため、統一された基準で第三者検証を行うことが重要です。
コンプライアンスリスクの低減
第三者検証を受けることは、企業側にとってもコンプライアンスリスクの低減につながります。認定検証機関のお墨付きを得たデータであれば、後になって「排出量の過少申告」などで罰則を受けるリスクを大幅に減らせます。CBAMでは不正や報告漏れに対して罰金などの措置が想定されているため、事前にデータを精査しておく意義は大きいと言えます。また、検証プロセスを通じてデータ収集や計算方法の不備が指摘されれば、企業はそれを改善することで内部管理体制を強化できます。結果として、制度開始後のスムーズな運用と信頼確保に寄与するでしょう。
炭素コスト戦略の最適化
第三者保証を受けた正確な排出量データは、企業の戦略策定にも役立ちます。例えば、自社製品のカーボンフットプリントが明確になれば、将来的なCBAM証書購入コストを試算することができます。正確なデータに基づけば、炭素コストの影響を織り込んだ事業計画や価格戦略を立てることが可能です。どの製品や生産拠点が最も炭素コスト影響を受けるのかを把握できれば、優先的に脱炭素投資を行う判断材料にもなります。このように、第三者検証済みデータは単なる報告用途に留まらず、経営判断に活用できる価値ある情報資産と言えるでしょう。
3.第三者保証のプロセスと国際基準
CBAMに対応する第三者検証のプロセスは、一般的なGHG排出量検証の手順に則って進められます。
検証プロセスの流れ
まず、企業(排出データ提供者)は自社製品の排出量算定を行い、その計算書類やエビデンスをまとめます。次に、EUが認定した独立系の検証機関(Notified body)に対し、その資料一式を提出して審査を受けます。検証機関はデータの完全性・正確性・算定手法の妥当性などをチェックし、必要に応じて追加質問や現地訪問(製造プロセスの確認)を行います。その結果、報告値に問題がなければ検証報告書(保証声明)が発行され、企業はその認証済みデータをもって輸入者経由でCBAM申告を行うことができます。
CBAMに精通した検証機関(Notified body)の活用
この一連のプロセスは、温室効果ガス排出量の検証としては既に多くの企業が経験しているものでもあります。例えば、ISO 14064-3(GHG検証)に基づく第三者検証や、企業のサステナビリティ報告書における排出量の保証業務と大きな違いはありません。ただし、CBAM特有の計算ルールや対象範囲(直接排出と一部の間接排出の扱いなど)があるため、その点に精通した検証機関を起用する必要があります。
4.国際基準との整合性とメリット
CBAMの検証スキームは、国際的な温室効果ガス算定・報告基準とも整合性が取られるよう設計されています。
GHGプロトコルとの整合性
これは、各国企業が既存の温室効果ガス排出量のモニタリング・報告プロセスを最大限活用できるようにするためです。例えば、多くの企業が活用するGHGプロトコルやISO 14067(製品のカーボンフットプリント算定)などの既存の枠組みを基本に、CBAMの排出量算定ルールは設計されています。ただし、産業ごとに細かな規定が定められており、一部では従来の標準とは異なる計算方法やカバー範囲が指定されています。
ISO・IAF基準との整合性
第三者保証の観点でも、CBAMは既存の認証スキームとの互換性を重視しています。今後、CBAM対応の検証機関認定制度が整備されていく見込みですが、基本的な検証の原則(独立性、公平性、専門性)はISOやIAF(国際認定フォーラム)などで確立された基準と共通です。そのため、企業がこれまでISO認証やGHG検証で培ってきた体制・知見は、そのままCBAM対応にも活かせるでしょう。逆に言えば、まだ排出量の第三者検証を受けたことがない企業にとって、CBAMへの対応は社内の環境管理レベルを国際標準に引き上げる好機ともなります。
5.第三者保証で信頼性と競争力を両立
CBAMにおける第三者保証の役割と重要性について見てきました。適切な第三者検証を受けることで、データの信頼性を確保しつつ、自社のコンプライアンスと戦略策定に資する情報を得ることができます。単に義務だから行うのではなく、第三者保証を前向きに活用することで、気候変動対策と企業競争力の両立を図っていくことが求められるでしょう。なお、厳密なデータ管理と第三者保証を実施する企業は、取引先や投資家からの信頼を獲得し、サステナブル企業として評価されるという副次的なメリットも得られます。
引用元
EU ETS関連のモニタリング・報告・検証 (MRV) ガイドライン
Monitoring and Reporting under the EU ETS
Carbon Border Adjustment Mechanism Proposal – 検証要件
EUR-Lex: CBAM Regulation Proposal
国際規格・基準:ISO 14064、ISO 14067、GHGプロトコル
ISO 14064 (GHG accounting and verification)
ISO 14067 (Carbon Footprint of Products)
GHG Protocol

