【CBAM】CBAMが日本企業に与える影響と対応策

EUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)は、日本企業にも無視できない影響を及ぼす可能性があります。本記事では、CBAMが日本企業にもたらす影響と、日本企業が取るべき具体的な対応策について解説します。

目次

1.CBAMが日本企業に与える影響

この章では影響の全体像について様々な切り口で解説していきます。

GHGデータ

CBAMの直接的な義務はEU域内の輸入者に課されますが、EU市場と取引関係を持つ日本企業にも間接的な影響が及びます。まず、対象製品をEUに輸出する日本企業は、その製品の製造時に排出されたCO2量のデータ提供を求められるようになります​。輸入者がCBAMに基づく報告・清算を行うために、サプライヤーである日本企業から正確な排出情報を入手する必要が出てくるためです​。したがって、日本企業もCBAM対応の一環として、自社製品のカーボンフットプリントを算定・管理する体制を構築しなければなりません。

輸出コスト

また、CBAMの適用によって日本企業の輸出コストが上昇する懸念があります。例えば鉄鋼やアルミニウムなど炭素集約型製品では、CBAM証書購入に伴うコスト負担が上乗せされ、EU向け輸出品の価格競争力が低下する可能性があります。EUの域内企業は同様の炭素コストを既に負担しているため、公平な競争条件となる一方で、炭素集約度の高い日本製品は相対的に価格が高くなるリスクがあります。

2.CBAMにおける現時点での影響と将来的な拡大

2023年から2025年の移行期間中は、CBAMの対象製品・分野が限定されていることもあり、日本企業全体に対する直接的な影響は比較的小さいと考えられます​。

現時点での影響は限定的

現状で対象となっているのは一部の素材産業(鉄鋼、アルミ、セメント等)に限られるため、それ以外の業種には当面大きな影響は及びにくいでしょう。しかし、2026年以降の本格適用段階で対象範囲が拡大されれば、多くの日本企業、特に製造業でEU向け輸出を行う企業にとって無視できない負担となる可能性があります​。

ただし、最近のEUにおける規制の見直し議論も注目すべき動向です。CSRD(企業持続可能性報告指令)やCSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)の実施、さらにはタクソノミー規則やCBAMを含む関連法令について、少なくとも2年間は適用を停止し、その間に適用対象を従業員1,000人超の大企業に限定するべきだとの提案が出されています。この提案が受け入れられた場合、一部の中小企業(SME)はCBAMなどの規制の直接的な影響を受ける可能性が低くなるかもしれません。しかし、最終的な決定が下されるまでの間、引き続き規制動向を注視する必要があります。

引用:https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/feature-02.html

EU市場に参入している企業について

加えて、日本企業がEU市場で事業を展開している場合(例えば現地法人を通じて製品を販売している場合)は、CBAMへの対応コストや手続き負担がビジネス運営上の課題となります。CBAM証書購入コストの増加は、EU子会社の利益率に影響を与えるほか、日本本社としてもグローバルでの業績管理に新たな要素が加わることになります。加えて、輸入者側でCBAM対応が滞れば最悪の場合製品が通関できなくなる可能性もあり、日本企業も確実なデータ提供と対応協力が求められます。

しかし、この影響は裏を返せば脱炭素経営への変革を促す機会とも言えます。CBAMによって自社の排出量が「見える化」されコストに反映されることで、排出削減のインセンティブが高まります。つまり、環境パフォーマンスの優れた企業ほど将来的に有利な競争ポジションを得ることができるのです。

一方で、EUの規制見直し案が実施されれば、報告義務の対象範囲が大企業に限定され、間接的に影響を受ける企業の負担が軽減される可能性があります。具体的には、現在の二重報告問題の整理や、企業の報告義務の50%削減が提案されており、これが実施されれば規制対応コストが抑えられる可能性もあります。しかし、CBAMの適用範囲拡大が2026年以降に進むことを考えると、対応準備を進めることの重要性に変わりはありません。

3.CBAMにおける日本企業の対応策

ここでは日本企業が直面するCBAMに対してどのような準備が必要かという観点で解説していきます。

排出量の見える化とデータ管理体制の構築

まず、日本企業が着手すべきは、自社およびサプライチェーンのGHG排出量を正確に算定し、データ管理する体制の構築です。具体的には、製品ごとのライフサイクル排出量(カーボンフットプリント)を算出できるツールや仕組みを導入し、必要に応じて第三者検証を受けてデータの信頼性を高めます。これにより、EUの輸入者から排出情報の提供を求められた際にも迅速かつ正確に対応できます。特に、鉄鋼や化学、セメントといった高排出産業では、サプライヤーも含めた排出量データのトレーサビリティ(追跡可能性)を確立することが重要です。

CBAMの移行期間においては、企業側が実測値を用いずにデフォルト排出量係数を使用して報告したケースが95%にのぼりました。これは、実排出量の計測が難しいことや報告への対応時間が限られていることが主な要因です。しかし、今後移行期間が進むにつれて、企業ごとに正確な排出量を測定・報告する体制の整備が求められます。企業は、今のうちからデータ管理の精度を高め、将来的な規制適用に備えることが不可欠です。

生産プロセスの脱炭素化と技術投資

CBAMによるコスト負担を軽減するためには、製品の排出係数そのものを下げる努力が有効です。日本企業は、省エネルギー設備への更新や製造プロセスの効率化、原料の切り替えなどを通じて、製品単位あたりのCO₂排出量を削減する取り組みを強化すべきです。例えば、製鉄業では高炉から電炉への転換や水素還元製鉄の研究、化学産業では原料をグリーンなものに切り替える開発などが進められています。こうした脱炭素技術への投資は初期コストがかかるものの、中長期的にはCBAMコストの削減や製品価値の向上(「低炭素製品」としての市場評価アップ)につながります。

さらに、再生可能エネルギーの活用も重要な施策です。工場などで使用する電力を再エネ由来に切り替えれば、間接排出(Scope2)の削減が可能です。日本国内でも再エネ電力の調達手段が拡大しているため、自社工場の電力契約をグリーン電力に変更したり、太陽光発電設備を導入したりといった対策を講じる企業が増えています。

売上高あたりのGHG排出量削減という観点でも、こうした取り組みが効果を上げています。主要企業の2024年の売上高あたりのCO₂排出量は、3年前と比べて31%減少しており、企業は排出削減と収益成長の両立を進めています。

引用:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG094ON0Z00C25A1000000/?n_cid=SNSTW005

Scope1削減への取り組み

今後、企業の脱炭素経営における**最大の課題はScope1(自社の直接排出)**の削減です。Scope2(電力購入に伴う間接排出)の削減は進んでいるものの、Scope1は未だに削減が進みにくい分野が多く、特に素材産業では技術革新が不可欠となります。
企業は今後、Scope1削減に向けた設備投資を本格化する必要があり、この投資の意思決定が脱炭素経営の成否を分けるポイントになると考えられます。

4.CBAMを通したサプライチェーンとの協働

CBAM対応は一社単独で完結するものではなく、サプライチェーン全体での協働が求められます。

完成品メーカー

自社が完成品メーカーである場合、部品や原材料の供給元にも排出データの提供や削減努力を働きかける必要があります。契約面でも、取引先と排出量情報を共有する条項を設けるなど、協力体制を構築しておくことが重要でしょう​。また、業界団体を通じて情報交換し、ベストプラクティスを共有することも有益です。サプライヤーからの情報収集が難しい場合には、複数社で協力して共通の調査フォーマットを作成するなどの工夫も考えられます。

5.CBAM規制動向のモニタリングと戦略調整

最後に、国内外の規制動向を常にモニタリングし、自社戦略に反映させることが不可欠です。CBAMは今後も運用ルールや対象範囲が変化し得る制度であり、日本国内でも炭素税や排出量取引などカーボンプライシング政策の議論が進んでいます。政府間交渉の動きやWTOでの議論など、マクロな視点で最新情報を追いながら、状況に応じて経営計画を見直す柔軟性が必要です​。特に、日本で将来カーボンプライシングが導入された場合には、CBAMとの二重負担を避けるための国際調整や、自社の価格戦略の調整が重要な課題となるでしょう。

また、CBAMはEUの排出量取引制度(EU ETS)と並行して運用され、その機能を補完する役割を果たします。EU ETSでは、炭素リーケージ(排出削減が進んでいない国への生産移転)のリスク回避策として無償割当が導入されてきましたが、今後無償割当の段階的廃止が進められ、CBAMが新たな「炭素リーケージ防止策」として位置付けられる見通しです。この変化は、EU市場向けの輸出企業にとって、今後の排出コスト負担が増加する可能性を意味します。

こうした動向を踏まえ、日本企業はCBAMを「制約」ではなく「機会」ととらえる前向きな姿勢も重要です。世界的にカーボンニュートラルへの移行が進む中、先んじて低炭素化を実現した企業は、EU市場のみならずグローバルで競争優位に立つことができます。規制対応を単なるコスト最小化ではなく、自社の持続可能性と競争力向上のドライバーとして位置づけ、積極的に取り組むことが、長期的な成長につながります。

引用元
経済産業省:カーボンプライシング・海外動向資料
環境省:国際動向・国内温暖化対策
環境省 – 地球温暖化対策の国際動向
欧州委員会:CBAM移行期間・本格導入に関する実務ガイド
EC – CBAM “Questions and Answers”

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この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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