改訂版ESRSが正式採択 CSRD対応の要点

欧州委員会は2026年7月3日、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に基づく欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の改訂版を正式に採択しました。 この改訂は、企業の報告負担を大幅に軽減しつつ、サステナビリティ情報の質と有用性を維持することを目的としています。改訂版ESRSが正式採択されたことにより、CSRD対応の日本企業が今すぐ確認すべき変更点は、報告要件の簡素化とマテリアリティ評価の柔軟性向上に集約されます。 EUで事業を展開する、あるいはサプライチェーンに含まれる日本企業にとって、今回の変更は対応実務を再設計する重要な機会となります。本記事では、SSPの第三者保証実務の視点から、改訂版ESRSの重要な変更点、実務上の論点、そして企業が取るべき具体的なアクションを網羅的に解説します。

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目次

改訂版ESRS 要約

2026年7月3日に欧州委員会が採択した改訂版ESRSは、企業の報告負担軽減を主眼としています。 必須データポイントが60%以上削減されるなど大幅な簡素化が図られ、2027年報告期間からの適用が予定されています。 日本企業にとっては、マテリアリティ評価の考え方がより明確化され、重要でない情報の開示が不要となる点が実務上の大きな変更点です。 報告の効率化と本質的な情報開示への集中が求められます。

改訂版ESRS 背景

今回のESRS改訂は、EUが推進する「Omnibus I」簡素化パッケージの一環として位置づけられています。 CSRDの適用が本格化する中で、企業側から報告実務の負担が過大であるとの懸念が示されていました。特に、網羅的で詳細なデータポイントの要求は、多くの企業にとって大きな課題となっていました。

この状況を受け、欧州委員会は実務負担と情報の有用性のバランスを取り直すことを決定しました。 2025年を通じてステークホルダーとの協議や欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)からの技術的助言を踏まえ、基準本文をより短く、明確にし、柔軟性を高める方向で改訂作業が進められました。 この結果、企業の報告コストを削減しつつ、投資家やその他のステークホルダーが必要とする核心的な情報が損なわれないような枠組みが目指されました。

改訂版ESRS 定義

SSPは改訂版ESRSを、企業のサステナビリティ報告における実務負担を軽減し、本質的な情報開示を促進するために再設計された基準群と定義します。これはCSRDという報告義務の枠組みの中で、企業が何をどのように報告すべきかを具体的に定めたルールです。 今回の改訂は、単なる項目の削減ではなく、ダブルマテリアリティの原則に基づき、各企業が真に重要な情報に焦点を当てることを促すための重要な一歩です。

改訂版ESRS 基礎

ESRSを理解する上で、いくつかの基礎的な概念を把握することが不可欠です。

CSRDとESRSの関係

CSRDは、EU域内の特定の企業に対してサステナビリティ情報の開示を義務付ける「指令」です。 一方、ESRSは、そのCSRDの下で企業が具体的にどのような情報を、どのような形式で報告すべきかを定めた「基準」です。 つまり、CSRDが法律の枠組みであり、ESRSがその具体的な実施規則という関係になります。

ダブルマテリアリティ

ESRSの中核をなす概念が「ダブルマテリアリティ」です。 これは、サステナビリティ課題を評価する際に、2つの視点から重要性を判断する考え方です。

インパクト・マテリアリティ
企業の活動が環境や社会に与える影響の重要性。

フィナンシャル・マテリアリティ
サステナビリティ課題が企業の財務状況に与える影響の重要性。

企業は、これら両方の観点から自社にとって重要な課題を特定し、報告することが求められます。

ESRSの構造

ESRSは、すべての企業に共通する横断的な基準と、特定のサステナビリティ事項に関するトピック別基準で構成されています。

横断的基準
ESRS 1「一般要求事項」とESRS 2「全般的な開示」が含まれます。

トピック別基準
環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)の3分野に分かれた基準群です。

この構造により、報告の網羅性と比較可能性を担保しつつ、各企業の事業内容に応じた重要な情報の開示が可能となります。

改訂版ESRS 結論

SSPは、改訂版ESRSの正式採択が、CSRD対応を進める日本企業にとって明確な好機であると結論付けます。今回の変更の本質は、報告の「量」から「質」への転換を促すことにあります。必須データポイントの大幅な削減とマテリアリティ評価の柔軟性向上は、企業が形式的なチェックリスト対応から脱却し、自社の事業戦略とサステナビリティ課題の関連性を深く分析し、ステークホルダーに対して真に価値のある情報を提供することに集中できる環境を整えるものです。

特に、重要でない情報の報告は不要であると明確化された点は、実務上の大きな指針となります。 企業は、この機会を捉えて自社のマテリアリティ評価プロセスを再点検し、より戦略的で効率的なサステナビリティ情報開示体制を構築すべきです。これは単なる規制対応コストの削減に留まらず、サステナビリティ経営を深化させ、企業価値向上に繋げるための重要なステップとなります。

改訂版ESRS 変更点

今回の改訂における主要な変更点は、企業の報告負担軽減と開示内容の明確化に集約されます。以下に5つの重要ポイントを整理します。

データポイントの大幅な削減

    必須データポイントは60%以上、全体のデータポイントも70%以上削減されました。 これにより、企業1社あたりの報告コストは30%以上の削減が見込まれています。

    マテリアリティ評価の柔軟化

      すべての開示項目がマテリアリティ評価の対象となることが改めて明確化されました。 「重要でない情報は報告しない」という原則が強調され、企業は自社の状況に応じて報告内容を判断する裁量が大きくなりました。

      段階的導入(フェーズイン)規定の拡充

        報告が困難な特定の項目について、適用を猶予する段階的導入の規定が拡充されました。 これにより、特に対応準備に時間を要するバリューチェーン関連情報などについて、企業は計画的に対応を進めることが可能になります。

        中小企業向け任意基準の新設と「バリューチェーン・キャップ」

          CSRD対象外の中小企業が任意で使用できる報告基準が新設されました。 これに伴い、CSRD適用企業は、サプライチェーン上の取引先に対して、この任意基準を超える情報提供を求められない「バリューチェーン・キャップ」が導入されます。

          ISSB基準との整合性強化

            温室効果ガス排出量の算定範囲の決定において、ISSB基準で認められているアプローチを選択できるなど、国際的なサステナビリティ開示基準との整合性を高める修正が加えられました。

            改訂版ESRS 論点

            改訂版ESRSへの対応を進めるにあたり、実務担当者が直面する主要な論点を以下の表に整理します。

            論点実務での重要度判断のポイントよくある誤解SSPの推奨スタンス
            マテリアリティ評価の範囲と深度どのステークホルダーの視点を、どの程度プロセスに反映させるか。評価プロセスの客観性と透明性をどう担保するか。簡素化されたので、評価自体も簡略化してよい。評価プロセスの厳格性は維持しつつ、報告対象の絞り込みに注力する。評価の根拠を明確に文書化し、保証に備えることが不可欠。
            バリューチェーン情報の収集戦略どこまで遡って一次データを収集するか。推計値や業界平均値の利用をどの範囲で許容するか。すべての取引先から詳細な一次データを集めなければならない。「バリューチェーン・キャップ」を理解し、取引先への過度な要求を避ける。信頼できる二次データや推計モデルの活用を前提としたデータ収集プロセスを設計する。
            既存の開示プロセスとの統合日本の有価証券報告書や統合報告書での開示と、ESRSに基づく開示をどう連携させるか。ESRSは全く新しい開示であり、既存のプロセスとは無関係である。既存のサステナビリティ情報収集・開示プロセスを最大限活用する。ESRS特有の要求事項とのギャップを特定し、効率的に統合する。
            第三者保証への準備どのタイミングで、どの範囲の情報を保証対象とするか。保証機関とどのように連携し、内部統制を構築するか。保証は報告書作成後の最終段階で考えればよい。報告プロセスの初期段階から保証機関と協議を開始する。特にマテリアリティ評価のプロセスとデータ収集の内部統制が保証の重要なポイントとなる。
            適用時期と早期適用の判断2026年度からの早期適用を選択するか、2027年度からの義務適用に備えるか。義務化まで時間があるので、準備は後回しでよい。早期適用は、準備が整っている企業にとっては先行者利益を得る機会となり得る。自社の準備状況とリソースを客観的に評価し、戦略的に判断する。

            改訂版ESRS 比較

            今回の改訂は、初版ESRSの原則を維持しつつ、実務適用を大幅に簡素化するものです。旧版(初版)と改訂版の主な違いを比較します。

            項目旧版(初版)ESRS改訂版ESRS
            開示要件網羅的で詳細なデータポイントが多く、一部を除き原則としてすべて報告が求められる傾向があった。必須データポイントが60%以上削減された。すべての開示項目がマテリアリティ評価の対象となり、重要でない情報は報告不要と明確化された。
            マテリアリティ評価ダブルマテリアリティの概念は中核であったが、すべてのトピックについて重要性評価を行う必要があった。トップダウンでの評価アプローチが許容されるなど、評価プロセスがより柔軟になった。 企業の裁量が拡大した。
            バリューチェーンサプライヤーからの一次データ収集が強く推奨され、実務上の負担が大きかった。推計値の利用が容認され、中小企業向け任意基準を超える情報要求が制限されるなど、負担軽減策が導入された。
            段階的導入一部の項目に限られていた。対象となる項目が拡充され、企業が段階的に対応するための柔軟性が増した。
            基準の構成任意開示項目(may)が含まれ、要求事項の強制力が分かりにくい部分があった。任意開示項目はすべて削除され、基準の構成が簡潔になった。

            改訂版ESRS 重要点

            今回の改訂において、特に日本企業の実務に大きな影響を与える重要ポイントを2点深掘りします。

            マテリアリティ評価の再定義とその影響

            改訂版ESRSでは、「重要でない情報は報告しない」という原則がより明確に打ち出されました。 これは、企業が自社のビジネスモデルやステークホルダーとの関係性を深く理解し、主体的に報告すべき情報を判断する責任と裁量を持つことを意味します。

            実務上の影響は甚大です。これまでは、基準にリストアップされた項目を網羅的に埋める作業に追われがちでした。しかし今後は、なぜそのトピックが自社にとって重要なのか、あるいは重要でないのか、その判断プロセス自体の合理性と透明性が問われることになります。このプロセスは、第三者保証の対象ともなるため、客観的な根拠に基づき、文書化された堅牢な評価体制を構築することが急務となります。これは負担であると同時に、自社のサステナビリティ戦略を見つめ直し、経営と統合する絶好の機会でもあります。

            バリューチェーン情報開示の現実的な着地点

            サプライチェーン全体にわたる情報収集、特にScope3排出量や人権デューデリジェンスに関するデータ収集は、多くの企業にとって最大の課題の一つでした。改訂版ESRSでは、この点について現実的な解決策が示されています。

            中小企業向けの任意基準(VSME)の新設と、それを超える情報要求を制限する「バリューチェーン・キャップ」の導入は画期的です。 これにより、大企業はサプライヤーに対して無制限な情報提供を求めることができなくなり、サプライチェーン全体での報告負担が軽減されます。また、信頼できる一次データが入手困難な場合に推計値の利用が正式に容認されたことも、実務上のハードルを大きく下げます。 日本企業は、これらの緩和規定を正しく理解し、自社のバリューチェーンにおけるデータ収集戦略を、効率性と信頼性のバランスを取りながら再構築する必要があります。

            改訂版ESRS 手順

            改訂版ESRSの採択を受け、CSRD対応を進める企業が今すぐ着手すべき実務フローを8つのステップで示します。

            改訂内容の正確な理解と影響分析

            まず、自社に適用されるESRSの改訂内容を正確に把握します。特に、削減されたデータポイントや変更されたマテリアリティ評価の考え方が、自社の既存の開示準備プロセスにどのような影響を与えるかを分析します。

            マテリアリティ評価プロセスの再検証

            改訂された基準の趣旨に沿って、自社のマテリアリティ評価プロセスを見直します。評価の範囲、基準、ステークホルダー・エンゲージメントの方法が、客観性と透明性を担保しているか検証します。

            ギャップ分析の更新

            既存のサステナビリティ開示内容と、改訂版ESRSで新たに重要と判断された開示項目との間のギャップ分析を更新します。どのデータを新たに追加収集する必要があるかを明確にします。

            データ収集・管理体制の再設計

            バリューチェーン情報の収集に関する緩和規定を踏まえ、データ収集プロセスを再設計します。一次データの収集範囲を定め、推計を用いる部分のロジックを固め、データ管理の内部統制を強化します。

            社内関連部署との連携強化

            サステナビリティ部門だけでなく、経理、財務、法務、調達、人事など、関連部署との連携体制を再確認します。特に、財務情報とサステナビリティ情報の連携が求められるため、経理部門との協力は不可欠です。

            ITシステムの対応準備

            収集したデータを効率的に集計、管理し、報告書を作成するためのITシステムの要件を定義します。XBRL形式でのタクソノミ対応も視野に入れた準備を進めます。

            保証機関との早期協議

            第三者保証を円滑に進めるため、早い段階で保証機関と協議を開始します。マテリアリティ評価のプロセスやデータ収集の内部統制について、事前に助言を得ることが有効です。

            役員会への報告とガバナンス体制の構築

            改訂内容と自社の対応方針について経営層、特に役員会の承認を得ます。CSRD対応を監督するガバナンス体制を明確にし、全社的な取り組みとして推進します。

              改訂版ESRS FAQ

              Q1. 改訂版ESRSはいつから適用されますか?

              2027年1月1日以降に開始する事業年度の報告から義務的に適用されます。 ただし、2026年度の報告から任意で早期適用することも可能です。

              Q2. 今回の改訂でダブルマテリアリティの考え方は変わりましたか?

              いいえ、ダブルマテリアリティという中核概念そのものに変更はありません。 変更されたのは、その評価をより柔軟かつ効率的に行うためのアプローチであり、重要でない情報の報告は不要であるという点が強調されました。

              Q3. 日本に本社を置く企業も対象になりますか?

              はい、対象になる場合があります。EU域内に大規模な子会社を持つ場合や、EUの規制市場に証券を上場している場合などが該当します。 また、直接の対象外であっても、EU企業のサプライチェーンに含まれる場合、取引先からESRSに準拠した情報提供を求められる可能性が高いです。

              Q4. ISSB基準に対応していれば、ESRSへの対応は不要ですか?

              いいえ、不要にはなりません。今回の改訂でISSB基準との整合性は強化されましたが、ESRSはインパクト・マテリアリティを含むダブルマテリアリティを要求する点でISSB基準とは異なります。 ただし、ISSB対応で構築したデータ収集プロセスなどはESRS対応にも活用できます。

              Q5. 「バリューチェーン・キャップ」とは具体的に何ですか?

              CSRDの適用対象企業が、そのバリューチェーン上にいる中小企業(従業員1,000人以下など)に対して、新たに導入された中小企業向けの任意基準(VSME)で定められた範囲を超えるサステナビリティ情報の提供を要求できないようにする仕組みです。

              Q6. 第三者保証は引き続き必要ですか?

              はい、必要です。CSRDはサステナビリティ情報に対する第三者保証を段階的に義務付けています。 求められる水準は「限定的保証」です。当初のCSRDでは将来的な合理的保証への移行が想定されていましたが、Omnibus I指令(Directive (EU) 2026/470・2026年2月26日公布)により、欧州委員会が合理的保証基準を採択する権限は削除されました。したがって現行制度上、合理的保証への移行は予定されておらず、限定的保証が引き続き求められます(限定的保証基準そのものは2027年7月1日までに委任法令で採択予定)。今回のESRS改訂は保証の要否には影響しません。

              Q7. EU域外の企業グループ向けの基準(ESRS-TC)はどうなりますか?

              EU域外の企業グループに適用される基準(ESRS-TC、旧N-ESRS)は、現在EFRAGが開発を進めており、別途公表される予定です。 今回の改訂版ESRSの簡素化の方向性は、ESRS-TCにも反映されると考えられます。

              改訂版ESRS まとめ

              改訂版ESRSが正式採択されたことは、CSRD対応を進める日本企業にとって、報告実務の方向性を定める上での重要な節目となります。 データポイントの大幅な削減とマテリアリティ評価の柔軟化は、単なる負担軽減策ではなく、企業に対してより本質的で戦略的な情報開示を促すものです。 これからのサステナビリティ報告は、網羅性から重要性へと明確に軸足を移します。企業は、この変化を的確に捉え、自社のマテリアリティ評価プロセスを深化させるとともに、データ収集・管理体制を効率的に再構築することが求められます。株式会社サステナビリティスタンダードパートナーズは、第三者保証の専門的知見に基づき、貴社の堅牢かつ効率的なCSRD対応体制の構築を支援します。

              参考リンク

              • 欧州委員会(European Commission)
              • 欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)
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              この記事を書いた人

              SSP編集部は、非財務情報の第三者保証を専門とする株式会社サステナビリティスタンダードパートナーズの実務者チームです。公認会計士やISO審査・サステナビリティ開示の実務経験を持つ専門職員で構成され、ISO 14064-3・ISAE 3000・ISSA 5000等の国際基準に基づくGHG排出量(Scope1・2・3)の検証・保証や、GX-ETS(排出量取引制度)の登録確認機関としての確認業務に従事しています。SSBJ・CDP・SBTなど最新の制度動向を一次情報にあたって追い、算定・開示の現場実務に即した、正確でわかりやすい解説をお届けします。

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