【ICP】導入の手順と課題ー企業が取り組むべきステップと解決策

インターナルカーボンプライシング(ICP)を効果的に導入するには、適切な手順を踏みつつ社内の課題を乗り越えることが重要です。本記事では、企業がICPを導入する際の基本ステップをわかりやすく解説するとともに、現実に直面しがちな課題とその解決策を提示します。初めてICP導入に挑戦する企業の担当者でも理解しやすいよう、段階的なアプローチと成功のポイントを整理しました。

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目次

1. ICP導入の基本ステップ

ICP導入は一朝一夕に完了するものではなく、段階的なアプローチが不可欠です。
ここでは一般的な導入プロセスを4つのステップに分け、その内容を説明します。

自社排出状況の把握と可視化

まず初めに、自社の温室効果ガス(GHG)排出量を正確に把握することから始めます。スコープ1(自社直接排出)、スコープ2(購入エネルギー由来排出)、さらにはスコープ3(バリューチェーン全体の間接排出)まで、漏れなくデータ収集し全体像を可視化します。近年は特に投資家や取引先からスコープ3排出の開示を求められるケースが増えており、単に社内データを集めるだけでなくサプライヤーとの連携や専門ツールの活用も必要になるでしょう。この段階では、現状を知ることが出発点です。各部門・工場から定期的にデータを集め、全社で課題意識を共有します。経営トップから現場担当者まで「自分ごと」として捉える姿勢を醸成することが成功の鍵です。

社内炭素価格の設定

次に、実際に内部炭素価格(ICP価格)をいくらにするか決定します。価格設定のアプローチはいくつかありますが、自社の業種特性や経営方針、気候目標に沿った現実的かつ意欲的な水準を選ぶことが重要です。ひとつの参考指標は外部のカーボン市場価格です。例えばEUの排出量取引(ETS)価格や各国の炭素税水準を参考にするケースがあります。また同業他社が公表している内部炭素価格をベンチマークとする方法もあります。しかし各社ごとに最適価格は異なります。価格が高すぎれば現場の負担が大きくなりすぎ、低すぎれば行動変容を促すインパクトが弱まります。そのため、自社の削減目標や投資計画を踏まえつつ、関係部門の意見も取り入れて納得感のある水準を探ります。最近では専門家の知見や最新のシナリオ分析を取り入れ、科学的根拠や国際動向を反映した価格設定を目指す企業も増えています。重要なのは、一度決めたら終わりではなく定期的に見直す前提で決めることです。ビジネス環境や規制動向に応じて柔軟に価格を調整できる仕組みにしておくと良いでしょう。

業務フローへの組み込み

設定した内部炭素価格を、実際の経営プロセスにどう組み込むかを設計します。これはICP導入の成否を左右する重要なステップです。具体的には、設備投資の評価基準にICPを加える、商品開発や調達の判断プロセスに炭素コストを反映させる、各事業部のKPIや予算配分に炭素価格の視点を組み込む――といった具合に、あらゆる意思決定の基準へICPを浸透させます。例えば、従来は初期費用や短期利益で評価していたプロジェクトも、今後はCO2排出に伴うコストを加味した総合評価に切り替えます。このとき重要なのは、社内ルールやガイドラインの整備です。ICPの適用範囲や計算方法、意思決定フローを文書化し、関係者に周知します。また、社内研修やeラーニングによって各部門が自律的にICPを活用できるよう教育することも不可欠です。ICPを業務フローに根付かせるためには、経営層から現場までの共通理解と、部門間のスムーズな情報連携を支える仕組みづくりが求められます。定期的な社内コミュニケーションや進捗レビューの場を設け、ICP運用状況をチェックしフィードバックを反映することも有効でしょう。

全社展開と定着化(部門連携と教育)

最後に、ICPを全社に定着させ拡大していくフェーズです。ICPは一部門・一部プロジェクトだけで行うものではなく、企業全体の取り組みとして横展開する必要があります。そのために、部門間の緊密な連携体制を築きます。例えば、各部門の排出データを集約・共有するIT基盤を整備し、現場と本社との双方向コミュニケーションを強化します。また、全社員を対象にした教育・研修プログラムやワークショップを継続的に実施し、脱炭素経営に対する共通認識を深めます。ICP活用の成功事例や良い成果が出た部門の取り組みは社内報などで共有し、モチベーションの醸成につなげるのもよいでしょう。ポイントは、最初から完璧を目指さずスモールスタートすることです。まずは特定の事業部やプロジェクトでパイロット的にICPを導入し、得られた知見を他部門へ横展開する方が現実的です。小さく始めて、成功体験と改善点を積み上げながら段階的に全社へ広げていく戦略が、持続可能な定着・拡大の近道となります。

2.ICP導入の課題と解決策

どんな企業でも、ICPを導入・運用する際にはいくつかの共通する課題に直面します。それらをあらかじめ認識し、適切に対処することが成功のポイントです。主な課題と解決策を整理します。

データ精度の確保と社内説明の難しさ

GHG排出データの精度向上はICP導入時の最大のハードルと言えます。自社の全拠点・全工程、さらにはサプライチェーンに至るまで排出量を網羅的に把握しようとすると、膨大なデータ収集と整備が必要になります。異なる部署・工場からの情報を統合するには時間とコストがかかり、データフォーマットの統一や質のばらつきといった問題も生じます。またサプライヤーに協力を仰ぐ場合、相手側のリテラシーや情報開示の意欲によってデータ精度が左右されることもあります。こうしたデータ面の課題に加え、社内への説明・説得も難所です。例えば「なぜこの価格に決めたのか」「自部署の負担が増えるのではないか」といった現場の疑問や不安に答えなければなりません。特に内部炭素価格を高めに設定する場合、現場から「ハードルが高すぎる」という反発や混乱が起こり得ます。ICPは従来になかった新しい仕組みだけに、社内調整や合意形成にも時間を要するでしょう。

経営層のコミットメントと全社的な推進体制

ICP導入を成功させるには、経営トップの強力なコミットメントが不可欠です。トップマネジメントが旗振り役となり、ICP導入の意義と方針を明確に示さなければ、現場は本気になりません。もし経営層の関与が弱いまま担当部門だけで進めようとしても、組織全体の協力を得るのは困難です。また、全社的な推進体制を整える必要もあります。各部門からデータを集め、一元管理するためのIT基盤の整備や、横断的なプロジェクトチームの設置、専門家・コンサルタントの活用などリソース面での投資も求められます。さらに、ICPを定着させるには長期的視点が必要ですが、短期的業績プレッシャーの中で継続的な取り組みを維持する難しさも課題です。

段階的導入と丁寧なコミュニケーションによる乗り越え

上記課題に対しては、いくつかの解決策・成功のポイントが挙げられます。
まずデータ面では、いきなり完璧を求めないことです。指摘の通り、100%網羅的で精緻なデータ整備が整うまで導入を待っていると、いつまでも始まりません。重要なのは「まず試してみる」マインドセットです。最初は推計や業界平均値なども活用しつつ大まかな算定から始め、運用しながら徐々にデータ品質を高めていけば良いのです。実運用を通じて課題を洗い出し、PDCAサイクルで精度向上を図る方が、机上で時間を費やすより建設的です。

社内説明については、丁寧なコミュニケーションと段階的な導入が鍵です。まず経営層自らがメッセージを発し、ICP導入の目的(なぜ必要か)と期待効果(企業にもたらすメリット)を繰り返し社内に伝えます。その上で、可能であればパイロット導入を行い、現場の声を反映しながら制度設計をブラッシュアップすると良いでしょう。一部の部門で試行して成功体験を作り、「思ったほど負担ではない」「実際に効果があった」という事例を示すことで他部門の納得感を得られます。社内報や説明会でパイロット結果を共有し、現場の不安を払拭するエビデンスを示すことも有効です。

経営層のコミットメントについては、まずトップが自らコミットしKPIに組み込むこと、そして社内横断の専門チームを設置することが解決策となります。例えば、サステナビリティ担当役員をチェアとし、財務・事業部・環境管理部門などからメンバーを集めたICP推進委員会を作るなどして、トップダウンとボトムアップをつなぐ体制を構築します。さらに、各部門のデータを集約・分析できるITツールの導入や、外部専門家のアドバイス活用も検討しましょう。現場負荷を減らしつつ精度を上げるには、デジタル技術や第三者視点を取り入れるのが近道です。

3.まとめ

「スモールスタートで段階的にブラッシュアップ」する姿勢を忘れないことです。ICPは導入して終わりではなく、運用しながら改善していくものです。完璧な形を初めから狙いすぎず、小さく始めて徐々に範囲と精度を拡大する柔軟さが、結果的にICPを根付かせるポイントとなります。
以上、ICP導入の手順と想定される課題、その解決策を解説しました。適切なステップを踏み、障害に備えておけば、ICPは必ずや企業の強力な戦略ツールとして機能するでしょう。ぜひ自社の状況に合わせて取り組みを進めてみてください。

引用

環境省「インターナル・カーボンプライシングについて」
https://www.env.go.jp/council/06earth/900422845.pdf

環境省「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン」
https://www.env.go.jp/press/ICP_guide_rev.pdf

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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