
1.建築物のライフサイクルカーボン削減に向けた取組
図は世界のCO₂排出に占める建築物関連の割合を示しており、建築物分野は世界のCO₂排出量の約37%を占める。日本でも2050年カーボンニュートラル実現のため、建材製造から建設・使用・解体に至るライフサイクル全体での脱炭素化が急務とされている。これまでは主に使用段階(オペレーショナルカーボン)に焦点を当て、省エネ基準適合義務化(2025年施行)などが進められてきたが、今後は建材・施工段階(エンボディドカーボン)にも注力する必要がある。
国際的には、EUは改正エネルギー性能指令(EPBD)により2028年から1,000㎡超の新築建築物にLCA算定・公表を義務付けることになっており、世界各国で建築物LCAの制度化が検討されている。日本政府もこの潮流を受け、関係省庁連絡会議で「2050年カーボンニュートラルに向け建築物LCA制度を早期導入」と定め、2028年度開始を目標に具体的検討を進めている。建築物LCAが企業のサステナビリティ情報(Scope3)とも密接に関連することから、LCA制度整備は投資家・金融機関による評価や企業活動の透明化にも寄与する。
引用:国土交通省 住宅局 不動産・建設経済局 大臣官房官庁営繕部
2. 制度の対象建築物(用途・規模)および建材
政府方針では、まずライフサイクルカーボンの大きさや市場・金融ニーズを踏まえ、一定規模以上・特定用途の建築物に絞って制度を導入し、順次対象を拡大する方針である。
対象サイクル
具体例として欧州では1,000㎡超の大規模建築物が対象とされるが、日本でも同規模の公共建築やオフィスビル、大型商業施設などから着手すると想定される。算定対象のライフサイクル段階については、当初から建材・施工を含むライフサイクル全体を想定しているが、導入初期の負担軽減策として「アップフロントカーボン(材料製造・施工段階)」から段階的に開始する案も検討されている。
対象建材
対象建材には、建築物を構成する主要な構造材・部材および設備機器が含まれる。現行の日本建築学会LCA原単位データベース(産業連関表ベース)は全ての建材・設備を網羅しており、具体的にはコンクリート・鋼材・木材など躯体材のほか、断熱材・内外装材・配管・電気設備など、建物のライフサイクル全体に関わる建材が想定される。各建材の選定・使用量に応じてCFP(製品カーボンフットプリント)やEPD(環境製品宣言)情報が用いられ、必要に応じて段階を分けて算定される。
3. LCA・CFP算定手法と具体的なフロー
建築物LCAは、ISO 14040/44等のLCA手法に則り、建築物の機能単位(延床面積など)を定義した上で、その建物に必要な材料・エネルギーを調査・集計し、全体のCO₂排出量を算定する。
算定手法
(1)対象建築物と範囲の設定(ライフサイクル段階、機能単位決定)
(2)部材数量の把握(設計図書やBIMモデルから各部材の型式・数量を抽出)
(3)排出係数の適用(各建材・機器のCO₂排出原単位:CFP値・EPD・統計ベースの係数などを掛け合わせる)
(4)段階別排出量計算・合算という流れになる。LCAでは原材料採掘から製造・輸送、建設・維持保全、解体・廃棄まで全ステージを対象とし、それぞれのCO₂排出量を算出・集計する。
算定手順
まず建物規模に応じて設計段階でのモデル建物を想定し、J-CAT等のツールにBIMデータや仕様を入力して概算値を出す方法と、竣工後に実設計データ・仕上表などから詳細数量を入力して精密算定する方法がある。詳細手法(標準算定法)ではすべての材料について数量を積算するため精度が高く、簡易手法に比べて結果値は小さくなる傾向がある。
CFP(カーボンフットプリント)は製品・建材単体でのGHG排出量を示す指標で、ISO 14067準拠の方法で材料のライフサイクル(原料調達~廃棄)を評価する。建築物LCAでは、各建材のCFPを排出原単位として利用する。たとえば、ある断熱材のCFP値が1m²当たりX kgCO₂eqであれば、使用面積に乗じて建物全体のライフサイクル排出量に組み入れる。算定の途中では、LCAツール(例:J-CAT)を用いて各材料の数量と係数を入力することで、各段階(A/B/C)の排出量を自動計算・合算できる。事例として、政府の新築ZEB補助事業ではJ-CATで計算を行い、あるモデルケースでは資材製造20%、施工2%、使用時計77%、解体1%という構成比が報告されている。
4. ツールや原単位データベース(J-CAT、CFP・EPD事例等)
建築LCA算定には専用ツールが活用されており、J-CAT(Japan Carbon Assessment Tool)が代表例である。J-CATはIBEC(住宅・建築SDGs推進センター)の「ゼロカーボンビル推進会議」の下で開発されたツールで、建築物のライフサイクル全体のGHG排出量を算定するソフトウェアおよびマニュアルである。令和6年5月に試行版、10月に正式版が公開され、建材・施工仕様を入力するとAIJ LCAデータベース等を用いて一棟のLCA値を算出できる仕組みとなっている。国交省のZEB補助事業等でもJ-CATが活用されており、「算定方法:すべてJ-CATを用いて算定」という指針が示されている。
原単位(排出係数)
日本建築学会の統計ベースLCA原単位データベース(AIJ-LCAデータベース)を基礎としつつ、建材メーカー等が整備するCFP値やEPDを併用する方針である。建材業界団体やメーカーが公表するCFP・EPDデータ(コンクリート、鉄鋼、セメント、断熱材、建材設備など)が存在し、入手可能な範囲でこれらを適用する。利用できるデータがない場合や詳細度を補うため、AIJの統計データを代替利用することも想定されている。
5. 実務における対応のポイント(設計~施工、BIM連携、報告体制等)
設計段階での組み込み
早期からLCAを考慮し、建築主・設計者間でLCCO₂目標や算定要件を共有する。例えば、断熱性能や構造形式を検討する際にLCAツールでCO₂排出を評価し、同じ予算・性能で低排出な材料・工法を選択する。
BIM活用
BIMモデルを利用して材料・部材の数量を自動抽出し、LCAツールに連携する。実際、国土交通省の「建築GX・DX推進事業」ではBIMモデル作成後にLCAを実施する支援枠が創設されており、設計時にBIMで建物情報をデジタル化する動きが加速している。BIM連携により、設計変更時の再計算が容易となり、複数案の比較や精緻な報告が可能となる。
建材調達・施工管理
建材サプライヤーにCFP・EPDデータを提供してもらうなど、材料選定時に必要なデータの収集・管理が重要である。施工段階では実際の使用量や工事過程も反映させる必要があり、竣工後に数量表や材料検収データをLCAツールに取り込むことで算定精度を高める。
報告・検証体制
制度下では、算定結果の報告・公表義務が課される想定である。たとえばZEB制度ではLCCO₂算定を実施した物件に補助率を上乗せする仕組みが導入されており、算定結果を報告書にまとめて提出することが必須となる可能性がある。企業内ではLCA担当者を明確化し、定期的な数値レビューや外部認証(第三者検証)への対応体制を整えることが求められる。
6. 業界が備えるべきこと
建築LCA・CFPの実務普及に向け、業界全体で人材育成と組織整備が不可欠である。まず技術者・設計者向けにLCA算定手法を教育することで、設計提案段階から脱炭素を意識した検討を可能にする。実際、IBECではJ-CAT活用を目的とした講習会を2025年度に開講予定と発表しており、企業研修や大学の建築学科カリキュラムにもLCA科目を導入する動きが出ている。
社内教育
社内にはLCA担当者や専門部署を設け、設計部門・調達部門・施工部門が協力してデータを共有・管理できる体制づくりが望まれる。建材メーカー側でもCFP・EPD整備を進め、設計者に提供することが期待される。産官学連携としては、ゼロカーボンビル推進会議や業界団体(建設業連合会、建材団体など)を通じて情報交換・共同研究を行うほか、LCAコンサルタントやITベンダーとの協業も進めている。これらのパートナーシップによりデータベースやツールの改善が図られ、業界横断的なノウハウ共有が促進される。
7. 環境政策・GXとの関連
建築LCA・CFP制度は、政府の環境政策・GX戦略と整合的である。内閣府の基本構想や政府計画では、建築物のライフサイクルカーボン算定・低減を重要施策と位置付けており、2028年度を目途に制度開始を目指すと明記されている。
GX推進法
また、2023年に創設されたGX推進法では、建設業も含む各産業の脱炭素転換を国家戦略の柱と位置付けており、建築物のLCA活用はその実現策の一つとみなされている。実際、「建築GX・DX推進事業」では、LCA実施によるLCCO₂削減(GX)とBIM活用による生産性向上(DX)を一体的に支援する制度が創設され、制度導入を加速している。政府は建設現場のデジタル化・高効率化と並行しつつ、LCA算定制度を通じて建材サプライチェーン全体のCO₂見える化・削減を促進する方針である。企業にとっても、建築LCA算定によるCO₂情報はサプライチェーン排出量(Scope3)の把握につながり、ESG投資やグリーンファイナンスの評価基準に直結する。このように、建築業界の脱炭素対応は2050年CN達成やGXの実現と不可分であり、LCA/CFP必須化制度はその鍵となる取り組みである。
引用
国土交通省、内閣官房の建築物LCA政策資料およびIBEC公開情報等
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/building_lifecycle/dai1/siryou5.pdf