【TNFD】LEAP手法におけるTNFD対応のための4ステップ

TNFDの推奨するリスク評価プロセスの中核にあるのがLEAP手法です。LEAPとは各段階の英語の頭文字をとったもので、「Locate(場所の特定)」「Evaluate(評価)」「Assess(評価・分析)」「Prepare(対応準備)」の4ステップから構成される、自然関連リスク・機会を特定し評価するための統合的フレームワークを指します​。この手法はTNFD勧告の策定と同時に市場ニーズに応える形で開発され、2年間の試行期間において240以上の企業・機関がパイロットテストに参加して内容の洗練に貢献しました​。LEAPは企業の内部評価チームが使用することを想定した実践的ガイドであり、企業が自社の事業を通じて「自然とどう関わっているか」を段階的に洗い出し、重要なリスク・機会を抽出していくプロセスを提供します​。

目次

1. LEAPの4ステップ詳細解説

このLEAPの4ステップそれぞれの具体的な内容と進め方、活用できるツール類、導入時のポイントについて解説します。

Locate(自社と自然の接点を特定)

最初のステップでは、自社の事業活動が自然と関わるポイントを網羅的に洗い出し、優先度の高い領域を特定します​。(a) セクター(業種)
(b) バリューチェーン(上流・下流を含む事業プロセス)
(c) 地理的な場所(事業拠点や調達先の所在地域)

上記三つの観点で自社の活動を俯瞰し、自然関連リスク・影響が特に大きい領域を絞り込みます​。この場所の特定が重要となるのは、自然資本は場所ごとに状況が異なり局所的な要素が大きいためです​。

例えば、森林伐採や水不足などの問題は特定の地域で深刻であっても他の地域ではそうではない可能性があります。そのため、まずは事業に関連する生態系が脆弱な「センシティブな場所」(生物多様性が急減している地域、水ストレスの高い流域など)に焦点を当てることで、分析の範囲を効果的に絞り込みます​。この段階では社内外のデータを駆使し、例えば事業所やサプライヤーの所在地が保護区に近接していないか、希少種の生息域に影響を与えていないか、水資源の逼迫地域に立地していないか等を調べます。

支援ツール(Locate)

IBATや​、WWF  biodiversity risk filter​などが有用です。これらのツールは各国・各地域の生態系の健全度や水リスク、重要生物多様性エリアの位置情報などを提供し、企業が自社の拠点が位置する地域の環境リスク状況を把握するのに役立ちます​。こうした分析により、「自社にとって重大な自然関連依存・影響が生じる事業領域と地域的ホットスポット(重点場所)」のリストアップがステップ1の成果となります。

Evaluate(依存関係と影響を評価 )

ステップ1で特定した重点領域について、自社が自然から受けている恩恵(依存関係)と、自社が自然に与えている影響を詳細に評価します​。ここではまず事業が環境に与える「インパクトのドライバー」(土地利用転換、水資源利用量、温室効果ガス排出、汚染物質排出など)と、事業に影響を与える外的要因(気候変動や資源枯渇の進行、生態系サービスの変化など)を洗い出します​。

続いて、それらが具体的に自然資本(森林・水・土壌・大気・生物多様性等)の状態や生態系サービスにどのような影響を与えるか、あるいは依存しているかを定量・定性の両面で分析します。

例えば、工場の操業に年間○トンの水が必要であるなら、その水源の流域の水供給力や他用途との競合状況を評価し、水不足になった場合の影響度を見積もります。同時に、工場排水や廃棄物が周辺の生態系に与える負荷も測定します。

支援ツール(Evaluate)

ENCOREのようなツールを使えば、事業活動と生態系サービスとの関連性をマッピングし、どの事業活動がどの自然資本要素に依存・影響しているかを可視化できます。また各重点領域ごとに「自社の主要な自然への依存要素(例:淡水、生態系サービスとしての花粉媒介など)と、自社による主要な自然への影響要素(例:土地改変、水質汚染など)」が整理され、それぞれの規模や深刻度の評価が得られます。この評価は後続のリスク分析の土台となる重要な情報です。

Assess(リスクと機会の分析)

Evaluateで明らかになった依存関係と影響が、企業のビジネスにどのようなリスクや機会をもたらすかを評価します​。TNFDでは気候関連リスクの分類を参考に、自然関連リスクを大きく「フィジカルリスク」「トランジションリスク」「システミックリスク」の3種類に分類しています​。フィジカルリスクとは自然環境そのものの変化によるリスクで、慢性的なもの(例:花粉媒介者である昆虫の減少による農業生産性低下)と急性的なもの(例:自然災害による工場操業停止)に分けられます​。

トランジションリスクは生物多様性保全のための政策・規制の強化や市場の変化に伴うリスクで、例えば規制強化に自社の対応が追いつかない場合のコンプライアンスコスト増大や、環境訴訟リスクなどが該当します​。システミックリスクは生態系全体の崩壊などにより経済システム自体が不安定化するリスクで、一つの重大な環境事象または複数の現象が連鎖して不可逆的な破綻を招くケースを指します​。

支援ツール(Assess)

Aqueductなどを利用し、企業は自社の依存・影響のマップと上記のリスク類型を突き合わせ、どのような経路で自社の財務に影響が及ぶ可能性があるかを分析します。例えば「主要原料の生産地で生物多様性が損なわれた結果、原料入手難や価格高騰が起きる」ことはフィジカルリスクに該当し得ますし、「海外拠点周辺で生態系破壊が進行し政府が操業制限措置を発動する」はトランジションリスクと言えます。またこれらリスクは気候変動リスクとも密接に関連し、複合的に企業収益に影響を与える可能性があるため、気候・自然統合的な観点での評価が望ましいとの指摘もあります​。一方、自然関連の「機会」も評価対象です。自然関連機会とは、企業が自然保護・再生に資する行動をとることで新たに得られる利益や強みを指します​。例えば、生態系の保全活動に取り組むことでレピュテーションが向上しブランド価値が高まる、新たな市場(自然再生技術や代替素材など)への参入機会が生まれる、あるいは規制先取りにより競合優位性を得る、などが考えられます​。もっとも、機会を追求するにあたってはまず自社の負の影響を削減することが優先であり、被害を最小化した上で自然再生への貢献策に取り組むことが推奨されます​。

Prepare(対応戦略の策定と開示準備)

最終ステップでは、Assessまでの結果を踏まえて企業が実際に講じるべき対応策を検討・実行し、対外開示の準備を行います​。具体的には、特定された重要リスクへの対応計画の策定(リスク回避・低減策の実施)、自然関連機会を捉える戦略の構築、これらを支える社内体制やガバナンスの整備、そして開示すべき項目の検討と報告書類の作成といった活動が含まれます​。

SBTN

リスク対応策を検討する際には、Science Based Targets Network(SBTN)が提唱する「AR3Tフレームワーク」が参考になります​。これはAvoid(影響の回避)、Reduce(影響の低減)、Restore(生態系の回復)、Regenerate(生態系機能の再生)の優先順位で行動を取ることを推奨するもので​、企業がまず負の影響を無くす・減らす努力を最大限行い、その上で必要に応じて生態系の回復・再生に投資するといった段階的アプローチを示しています。

例えば森林減少リスクに対応する場合、違法な調達を即時停止し代替素材に切り替える(Avoid)、既存の調達先における持続可能な森林管理認証材の比率を高める(Reduce)、過去に劣化させた森林を植林などで回復する(Restore/Regenerate)といった具合です。目標設定(Target-setting)もこの段階の重要な要素で、設定したアクションがどの程度成果を上げているか測定するKPIを定め、中長期の数値目標を掲げます。これらの目標はグローバルな生物多様性目標(昆明・モントリオール目標など)と整合させることが望ましく​、自社の取り組みが国際目標達成に貢献する形で設定されると、ステークホルダーからの評価も高まるでしょう。

開示

最後に、以上の一連のプロセスと成果を年次報告書やサステナビリティ報告書に統合する形で情報開示を行います。TNFDの勧告に沿って開示することで、投資家や取引先に対し自社の自然関連リスク管理状況を透明性高く示すことができます。また、TCFDなど他の開示枠組みとのクロスリファレンス(参照対応表)を活用すれば、情報開示の重複を避け効率化することも可能です。実際、初めてTNFD開示を行った企業の中には既存のCSR報告との対応表を作成し、一つの報告書で複数の基準要求を満たす工夫を行った例もあります​。

2. LEAP導入の成功事例とポイント

LEAP手法は既に多くの企業でパイロット適用され、その知見が蓄積されています。成功事例の一つに清水建設があります。同社はLEAPのステップ1で1,000以上の建設現場を調査し、環境面で注意すべき重点地域を抽出しました​。その上でEAを通じて各現場の自然資本への依存度と影響度を評価し、大雨による土壌流出リスクや水資源制約に伴う工期遅延リスクなどを洗い出しています。さらに対応策として、重点現場での環境リスク予知活動(Environmental KY)を導入し、社内KPIとして「環境リスクアセスメント実施率」を設定するなど(ステップ4に該当)、具体的なマネジメント施策に結びつけています​。このように、LEAPを実践した企業では単なる情報開示に留まらず、社内の意識改革や業務プロセスの改善が進んでいる点が特徴です。

https://www.shimz.co.jp/company/csr/environment/tnfd

ここでのポイントとしては、以下のような点が挙げられます。

経営層のコミットメント

トップマネジメントが自然関連リスクへの対応を重要課題と位置付け、全社的な方針として支持すること。実際、先行企業では取締役会レベルでTNFD対応を監督するケースもあります。

部門横断のチーム編成:環境部門だけでなく、事業部門やリスク管理部門、財務部門を巻き込んだプロジェクトチームを組成し、多角的な視点でLEAPを実行すること。各部門の知見を持ち寄ることで依存関係・影響の網羅的な洗い出しが可能になります。

外部専門家との連携

自社内に十分な生態学や環境経済の知見がない場合、コンサルタントやNGO、学術機関等の助言を得ることも有効です。例えば生物多様性の評価には専門的な知識が必要なため、専門機関のデータ提供やフィードバックを受けながら進めた企業もあります。

段階的アプローチ

最初から完璧を目指すのではなく、データや手法が不十分な点があってもまずは小規模な範囲で着手し、PDCAを回しながら精度を高める姿勢が重要です​。実際に「初年度は主要な事業にフォーカスして分析し、次年度以降に範囲を拡大」といった段階的導入を計画している企業が多く見られます。

これらを踏まえ、LEAP手法は企業規模や業種に応じて柔軟に適用可能なフレームワークであり、各社が自社の実情に合わせカスタマイズしつつ活用することが望まれます。重要なのは、一連のプロセスを通じて社内に自然関連リスク・機会に関する共通認識を醸成し、意思決定に組み込むことです。その結果として、開示される情報の質も高まり、投資家やステークホルダーからの評価向上にもつながるでしょう。

3. 活用可能なツール・データベース一覧

LEAP手法の各ステップを効率的かつ効果的に進めるために、現在さまざまな支援ツールやデータベースが利用可能です。以下に主なものをまとめます。

ENCORE

自然資本と経済活動の関連性を可視化する無料ツール。事業活動が依存する生態系サービスと、その活動が与える影響をマッピングし、重要な依存・影響関係を明らかにできる。​

IBAT

自社施設やサプライヤーの所在地付近に保護区や絶滅危惧種の生息地が存在するかを特定できるデータベース。重要生物多様性エリア(KBAs)の情報も提供され、優先的に対策すべきエリアの把握に有用。​

Aqueduct

WRI(世界資源研究所)による水リスク評価プラットフォーム。地域ごとの水ストレスや洪水リスクを地図上で可視化し、自社拠点や主要調達地域の水関連リスクを評価可能。​

Biodiversity Intactness Index

各地域の生物多様性が人為影響を受ける前の水準と比べどれほど維持されているか(生物多様性の「無傷度」)を示す指標データ。生態系の健全度合いを把握し、重点地域特定に活用。​

WWF biodiversity risk filter

企業や金融機関が自社の活動やサプライチェーンが生物多様性に及ぼすリスクを評価し、対策を講じるためのツール。世界各地の生物多様性に関するデータを基に、物理的リスク(事業への直接的な影響)と評判リスク(顧客からの評判やイメージに影響)を評価し、企業が優先的に取り組むべきリスクを特定するのに役立つ。

Global Forest Watch

世界の森林の状況を監視するためのオンラインプラットフォームです。高解像度の衛星画像を利用し、森林の減少、変化、火災、破壊などをリアルタイムで把握できる。

このようなツール群を上手く活用することで、企業は限られたリソースでも効率的にLEAP手法を進めることができます。ただしツールはあくまで意思決定支援であり、最終的な評価・判断は自社の専門チームが自社の文脈に即して行う必要があります。ツールの結果に過度に依存せず、現場の知見やステークホルダーからの情報も組み合わせて総合的に判断することが重要です。

4. LEAP導入時の課題と解決策

LEAP手法の導入にあたって、企業はいくつかの共通する課題に直面します。主な課題とその対応策は以下のとおりです。

データ不足・精度の課題

生物多様性や自然資本に関する定量データは限られており、初期段階では十分な情報が揃わないことが多いです。例えばサプライチェーン上流の土地利用状況や生態系サービスの定量値など不明確な点が残ります。この解決策として、まず入手可能な定性情報や専門家意見を活用して評価を開始し、不確実な部分は将来の課題として明示することが有効です。「現時点で不明な点はあるが、「継続的にデータ精度を高めていく」姿勢で臨みましょう​。また、外部の公開データベース(政府統計や研究機関のデータ)や業界団体から情報収集し、自社データを補完することも重要です。

社内リソース・専門知識の不足

自然関連リスク評価は新しい領域であり、社内に十分な知見がないケースがあります。対応策として、従業員研修や意識啓発を通じて知識基盤を強化することが挙げられます。TNFDや環境省等が提供するワークショップやeラーニングを活用したり、社内勉強会を開催して最新動向を共有するなどの取組みが有効です​。特に初期段階では専門部署だけでなく関連部門全体で基本知識を共有し、共通言語を持つことが大切です。加えて、必要に応じて外部コンサルタントの力を借りることや、他社との情報交換も有用でしょう。

部門間連携の難しさ

LEAP導入には環境・CSR担当だけでなく事業部門や財務・リスク管理部門との連携が必要ですが、部門間の温度差や情報サイロ化が障壁となる場合があります。この解決には、経営トップからのメッセージで横断的協働を促すこと、プロジェクト体制で明確な役割分担と目標を設定することが重要です。また小さな成功事例を作り社内に発信することで他部門の協力を得やすくする効果もあります。例えば一つの工場で水リスク評価を実施し有益な発見があった場合、それを社内報などで共有し他拠点にも展開するといったアプローチです。

以上のように、課題はあるものの適切な対策を講じることで十分克服可能です。重要なのは経営戦略の一環として腰を据えて取り組むことであり、短期的な成果にとらわれず継続的な改善を続ける姿勢です。その過程で得られる知見は、企業のレジリエンス強化や新たな価値創造につながる貴重な資産となるでしょう。

引用

環境省「自然関連財務情報開示 タスクフォースの提言」
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2024/02/%E8%87%AA%E7%84%B6%E9%96%A2%E9%80%A3%E8%B2%A1%E5%8B%99%E6%83%85%E5%A0%B1%E9%96%8B%E7%A4%BA-%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%8F%90%E8%A8%80_2023.pdf

NTTデータ経営研究所「森林の有する多面的機能に関する企業の自然関連財務情報開示」https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/tayousei/attach/pdf/tnfd.kentoukai-6.pdf

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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