CBAM(炭素国境調整メカニズム)は、EUが導入した新たな気候変動対策で、輸入品に対して炭素排出量に応じたコストを課す制度です。EU域内の産業保護と温室効果ガス削減の両立を図る政策として注目されており、日本企業にも大きな影響を与える可能性があります。
特に、2026年1月からの本格適用開始が目前に迫っており、これまでの「報告義務」から「金銭的負担(課金)」および「第三者検証義務」へとフェーズが移行します。本記事では、CBAMの背景や仕組み、日本企業への影響、そして炭素排出量の第三者保証の重要性まで、包括的に解説します。


1. CBAMとは?背景と目的
気候変動対策としてのCBAM
CBAMは、気候変動対策の一環としてEUが打ち出した炭素価格調整制度です。欧州では「Fit for 55」と呼ばれる政策パッケージの中で、2030年までに温室効果ガス排出量を55%削減する目標が掲げられており、その達成に向けた措置の一つとしてCBAMが発表されました。
背景には、EU域内の企業が厳しい排出規制を守る中で、規制の緩い国へ生産拠点を移す「カーボンリーケージ(炭素漏洩)」の懸念があります。CBAMは、この炭素漏洩を防ぎつつ、地球規模での排出削減を促すことを目的としています

2.EUがCBAMを導入する理由
EUがCBAM導入に踏み切った理由は大きく二つあります。
第一に、自域内の厳しい環境規制がある一方で、域外から炭素集約度の高い製品が安価に流入すると、EU企業の競争力が低下してしまいます。この問題に対処するため、輸入品も同等の炭素コストを課す必要がありました。
第二に、世界全体の温室効果ガス削減を進めるためには、EU以外の国にもクリーンな生産への転換を促す必要があります。CBAMは、輸入品の生産時に排出されたCO2に価格を付けることで、他国の企業にも排出削減インセンティブを与える仕組みです。
すなわち、CBAMの導入により、EU域内および域外における炭素価格の公平性が確保され、これを通じて国際的な気候変動対策の水準向上が図られることが期待されます。
3. CBAMの仕組みと適用範囲
CBAMは段階的に導入されており、まずは炭素排出量の多い一部の産業が対象となります。
CBAM対象業界と対象商品
現在の対象業界は、鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素の6分野です。これらの製品および一部の原材料・前駆物質が対象に含まれており、今後対象範囲が拡大される可能性も指摘されています。実際、これら6分野はEUの排出量取引制度(ETS)でカバーされる産業排出量の約半分以上を占めており、CBAMの本格運用によりさらなる業種(有機化学品やポリマーなど)への拡大も検討されています。
炭素価格と排出量の計算方法
CBAMの制度では、EU域内に製品を輸入する企業が、製品の製造過程で排出されたCO2に応じてCBAM証書を購入・提出する義務を負います。CBAM証書の価格はEU-ETSにおける直近の排出枠価格を基準に算出されます。
2026年からの本格適用後は、できる限り正確な排出データ(実測値)を提出することが求められます。移行期間中(2023年〜2025年)は標準的な排出係数(デフォルト値)の利用も認められていましたが、本格導入後は原則として実測値ベースとなり、製造元企業は自社製品のカーボンフットプリントを正確に把握する必要があります。
4. CBAMが日本企業に与える影響
CBAMはEU域内への輸入者に適用される制度ですが、EU市場に製品を輸出する日本企業にも無関係ではありません。
日本企業に求められる対応
実際にCBAMが本格施行されれば、EUの輸入事業者は日本からの輸出品に含まれるCO2排出量データの提供を求めることになります。特に2026年以降は、EU輸入者がCBAM証書を購入するために「検証済みの実測データ」が必要となるため、日本企業(輸出者)へのデータ提供要請は一層厳格になります。サプライヤーも含めた排出量情報の収集や、データ管理システムの構築が急務です。
炭素コスト増加の影響
CBAMの導入により、EU向け輸出品には事実上の追加コストが発生することになります。炭素集約度の高い製品ほどCBAM証書の購入量が増え、輸出コストが上昇します。
ただし、日本国内でカーボンプライシング制度(GX-ETSの有償オークション等)が導入され、炭素コストを支払っている場合は、その分がCBAM証書購入額から控除される仕組みになっています。日本企業は、国内制度とCBAMの二重負担を避けるための調整ルールにも注意を払う必要があります。

5. CBAMと第三者保証の重要性
CBAMでは、報告される排出量データの信頼性確保が極めて重要です。
炭素排出量の認証と第三者保証
CBAMでは、報告される排出量データの信頼性確保が極めて重要です。輸入者が提出する排出量報告に誤りや過少申告があれば、公平な制度運用が損なわれてしまうためです。
この点で鍵となるのが第三者保証の仕組みです。具体的には、2026年以降、CBAMに基づいて申告される製品ごとの排出量データは、認定検証機関による審査・検証を受けることが義務付けられます。EU-ETSと同様に、独立した第三者がデータをチェックすることで、信頼性の高い排出量算定が担保されるのです。
国際基準との整合性
CBAMで要求される排出量算定・報告の手法は、国際的な温室効果ガス算定基準(GHGプロトコルやISO 14064シリーズ)との整合性が図られています。日本企業が国内外で実施している温室効果ガス排出量の第三者保証の実績やノウハウは、CBAM対応にも十分に活かすことができます。

6. CBAMに対応するための企業戦略
CBAM時代を見据え、日本企業は一層のサステナビリティ経営推進が求められます。
サステナビリティ経営の推進
CBAM時代を見据え、日本企業は一層のサステナビリティ経営推進が求められます。特に、製造時の排出削減策として即効性が高いのが、エネルギー源の転換です。工場で使用する電力を再生可能エネルギー由来に切り替えることで、製品の排出原単位(炭素強度)を下げ、CBAMコストを直接的に削減できます。
再生可能エネルギーの活用
製造時の排出削減策として即効性が高いのが、エネルギー源の転換です。工場や生産設備で使用する電力を再生可能エネルギー由来の電力に切り替えることで、大幅なCO2排出削減が期待できます。例えば、再エネ電力やグリーン水素の活用は、鉄鋼・アルミ産業などでの排出強度低減に寄与します。日本企業でも、自社の再エネ比率を上げる取り組みや、欧州の再エネ電力証書を活用した間接的な再エネ調達を進める例が増えています。
加えて、省エネルギー技術の導入やプロセス改善も重要な対策です。エネルギー効率の高い設備投資や生産工程の最適化により、同じ製品を製造する際の排出量を削減できます。これらの努力は、CBAMによるコスト増を抑えるだけでなく、長期的にはエネルギーコスト削減やブランド価値向上といった副次的なメリットももたらすでしょう。
サプライチェーン全体での協働
自社だけでなく、部品や原料を提供するサプライヤーとも連携し、排出削減の取り組みを共有・拡大させることが重要です。バリューチェーン全体での脱炭素化が進めば、結果的に製品のカーボンフットプリントが減少し、CBAMコストの低減にもつながります。

引用元
提案規則文書:Proposal for a Regulation establishing a carbon border adjustment mechanism
EUR-Lex: CBAM Regulation Proposal (COM/2021/564 final)
Fit for 55パッケージの概要 (欧州委員会 Press Corner)
Fit for 55: delivering the EU’s 2030 Climate Target on the way to climate neutrality
European Green Deal (欧州委員会公式)
European Green Deal


