【SSBJ】2025年確定版  気候関連の指標と目標


気候変動への対応において、企業がどのような指標で進捗を測定し、どのような目標を設定しているかは、投資家やステークホルダーにとって関心の高い情報です。SSBJの気候関連開示基準では、温室効果ガス排出量をはじめとする重要指標の開示や、排出削減目標などの設定状況・達成状況の報告が詳細に求められています。本記事では、まず温室効果ガス排出量(Scope1,2,3)の具体的な開示要件を解説し、次に企業が内部管理手法として活用する内部炭素価格の導入とその開示について説明します。
また、企業が設定する気候関連目標とそのモニタリングの方法について整理し、最後に実際の企業事例や想定される対応策を紹介します。財務・サステナビリティ担当者に向け、気候関連の定量情報の意義と報告上のポイントを専門的な視点でまとめます。


目次

1.温室効果ガス排出量(Scope1, 2, 3)の開示要件

温室効果ガス排出量は、気候変動対応における最も重要な指標の一つです。SSBJ気候関連開示基準では、あらゆる企業に対してGHG排出量の開示を義務付けており、特にScope1、Scope2、およびScope3という3区分での報告が要求されています​。これらの区分は、GHGプロトコルで定義されたもので、それぞれ以下の意味を持ちます。

Scope1排出

企業が直接排出する温室効果ガス(直接排出)。例えば、工場や発電設備、自社保有車両の燃料燃焼に伴うCO₂排出が該当します​。

Scope2排出

 他社から購入したエネルギー(電力や熱など)の使用に伴う間接的な排出。具体的には購入電力の発電過程で生じたCO₂排出が代表例です。

Scope3排出

上記Scope1・2以外の、バリューチェーン全体での間接排出。原材料の採取・調達、輸送、製品の使用や廃棄など、企業活動の前後で生じる排出が含まれます。Scope3はさらに細かなカテゴリ(原材料調達、出張、商品の使用時排出など)に分かれています​。

基準では、当該報告期間中に排出したGHGの総量を上記3つのScope別に区分して開示することが明確に定められています​。例えば「当社の年間GHG排出量:Scope1が100万トン、Scope2が50万トン、Scope3が200万トン」のように報告します。Scope3については算定範囲や精度確保が難しい面もありますが、基準上はその重要性に鑑みて開示を要求しています​。

算定にあたってはGHGプロトコルのScope3基準(2011年)に沿ったカテゴリ区分と測定フレームワークを用いることが推奨されており、基準にも参考指針が示されています。 また、GHG排出量の開示にあたっての注意事項として、測定単位の統一と明確化があります。排出量は通常CO₂換算トン(t-CO₂e)で報告しますが、排出量が非常に多い場合は千トン(kt)単位などで見やすく表示しても構いません​。重要なのは、単位と換算方法(例えばGWP係数など)を明示し、一貫して適用することです。

さらに、排出量データは年度比較が重視されるため、直近年度と前年度を並列表記し、増減の理由を説明することが求められます(例えば「生産量増加により排出量が○%増加」等)。可能であれば、排出量原単位(例えば売上高当たりCO₂排出量)なども併せて示すと、企業努力の成果や効率性をアピールできます。 GHG排出量は開示のみならず、信頼性も重視されます。多くの企業は第三者検証を受けて排出量データの正確性を担保しています。SSBJ基準自体は検証の有無を必須とはしていませんが、投資家の期待やTCFDの勧告もあり、信頼性確保策の開示(検証を受けている場合はその範囲・結論、未実施の場合は今後の計画など)を記載することが望ましいでしょう。特にScope3は算定上の前提や推計が多く含まれるため、それらの方法論やデータソースについて注記を加えると丁寧です。 

総じて、Scope1~3の排出量開示は気候関連開示の基礎中の基礎と言える事項です。財務・サステナビリティ担当者は、自社の排出源を正確に把握し、データ収集プロセスを整備することが肝要です。また、排出量削減の取り組みと結果を示すためにも、信頼できる排出量トラッキングが不可欠となります。

2.内部炭素価格の導入と適用

内部炭素価格とは、企業が自主的に設定する炭素排出の社内価格のことです。これは規制上の炭素価格(例えば炭素税や排出量取引市場の価格)とは別に、将来の炭素コストを見越して社内で意思決定に用いる仮想的な価格を指します。内部炭素価格は、投資案件の採算性評価における炭素コスト見積りや、事業ポートフォリオの気候戦略への適合性評価など、様々な用途で用いられます​。例えば、ある製造業企業が社内ルールとして「設備投資案件の評価時にはCO₂排出1トンあたり50ドルのコストを加算して採算性を判断する」と定める場合、この50ドルが内部炭素価格に当たります。また、企業内で各部門に排出枠を割り当て、超過時には一定額を支払わせる内部炭素料金制度を敷いている場合も、事実上の内部炭素価格とみなせます。 SSBJ気候関連開示基準では、内部炭素価格を意思決定に利用しているか否かを開示すること、および利用している場合にはその詳細情報を開示することを求めています​。
具体的な開示項目は次の通りです。


内部炭素価格を用いている場合​

内部炭素価格をどのように適用しているかの説明(例:投資判断、製品の移転価格設定、長期シナリオ分析など、どの意思決定プロセスに組み込まれているか)​内部炭素価格の水準(価格)そのものの開示​。通常は「○○円/トンCO₂」の形で具体的な価格を示します。複数の内部価格を用途に応じて使い分けている場合(例:短期と長期で異なる価格、シャドープライスとインターナルフィーの併用など)は、その旨と各価格の水準を説明します。

内部炭素価格を用いていない場合​

現時点で内部炭素価格を意思決定に使用していない旨を明記します。ただ使っていないだけでなく、理由や今後の予定に触れることが望ましいです(例:「現在当社の主要市場では炭素規制が未整備のため内部価格は導入していないが、将来的な導入を検討中」など)。

内部炭素価格の開示は、投資家にとって企業がどの程度「炭素コスト」を経営に織り込んでいるかを知る手掛かりとなります。高めの内部価格を設定している企業は、将来の厳しい炭素規制下でも対応可能な戦略をとっていると評価されるかもしれません。一方、導入していない企業は、業種によっては「炭素コストへの感度が低い」と見做されるリスクもあります。そのため、もし未導入であっても、その理由(例えば業態的に排出量が僅少である、もしくは既存の事業評価プロセスで代替している等)を丁寧に説明すると良いでしょう。

 実務面では、内部炭素価格の設定根拠として参照する外部情報(各国の予測炭素価格シナリオやIEAのカーボンプライス見通しなど)を明示したり、定期的に価格水準を見直す仕組みも説明できます。また、シャドープライス(便宜上の価格)なのかインターナルフィー(実際に社内課金する仕組み)なのかといった類型の説明も、読み手の理解を深めます​。 基準の開示要件を守るだけでなく、内部炭素価格を戦略ツールとして有効活用すること自体が企業価値向上につながります。例えば、あるエネルギー企業では高めの内部炭素価格を設定することで投資ポートフォリオを再エネ寄りにシフトし、長期的な競争力を確保した事例があります。読者の担当企業でも、炭素価格を経営に取り入れることはリスク管理・機会追求の両面で検討に値するでしょう。

3.企業の気候関連目標の設定とモニタリング

気候変動への取り組みを示す上で、定量的な目標の設定は不可欠です。企業がどのような目標(例えばGHG排出削減目標、再生可能エネルギー比率目標など)を掲げ、それに向けてどれだけ進捗しているかは、投資家から強い関心が寄せられる部分です。SSBJ気候関連開示基準では、気候関連の指標・目標の開示に関して詳細なガイダンスを示しており、企業は自社の目標設定状況と進捗管理を包括的に報告する必要があります。 目標の開示: 企業が設定した気候関連の主要目標(および企業が活動する国・地域で法令により課せられている目標)がある場合、全て開示しなければなりません​。ここでいう目標には、温室効果ガス排出に関する目標(いわゆる削減目標やカーボンニュートラル目標)が典型的ですが、それ以外にもエネルギー効率、再エネ導入率、廃棄物削減、サプライチェーンの調達基準など気候変動に関連する目標を含みます。

各目標について、基準は以下のような情報開示を求めています​。

対象指標

その目標を測定するための指標は何か​(例:CO₂排出量絶対量、売上高原単位排出量、エネルギー消費量、など)。

目標値

具体的な定量的または定性的目標の内容​。定量目標であれば数値と単位(例:「2030年までにScope1+2排出を50%削減(2017年基準)」)、定性目標ならばその趣旨(例:「気候変動適応の取り組みを全事業で実施」)を示します。

目標の目的・背景

その目標が何を目的として設定されたか​。例えば「緩和策(排出削減)のため」「適応策の一環」等、目標の性質を説明します。

適用範囲

目標が適用される範囲​

。これは組織的範囲(グループ全体か一部事業か)や地理的範囲(全世界か特定地域か)を指します​。例えば「全世界の事業からの排出に適用」「欧州事業部門に限定」など。

期間(達成期限)

目標の達成を目指す期限​。中間マイルストン目標がある場合はそれも含めます(例:「2030年までに40%削減、2050年にネットゼロ達成」)。

基準年

進捗測定の基準となる年(ベースライン)​。排出量削減目標ならば「2019年比で…」の2019年がこれに当たります。

マイルストン

長期目標に至る途中段階の中間目標があれば、その水準と時期​。

目標種別

定量目標の場合、それが絶対量目標か原単位目標かの区別​。絶対量目標とは総排出量○%削減のように総量で測る目標、原単位目標とは売上高当たり○%削減等の効率指標で測る目標です。

国際協定との関係

最新の国際的気候変動協定(例:パリ協定)に対する整合性​。すなわち、その目標がパリ協定の目標(2℃もしくは1.5℃目標)にどのように貢献・対応しているかを説明します。例えば「当社の排出削減目標はパリ協定で日本に求められる削減率を上回る水準で設定」といった記載です。

目標の管理と進捗モニタリング

目標を掲げただけでなく、その設定プロセスや進捗管理方法も開示対象です​。基準では以下の事項を求めています。

各目標の設定および見直しのアプローチ

どのように目標値を決め、必要に応じて更新しているか。例えば外部の科学的知見や業界ベンチマークを参考に設定したか、経営会議で毎年進捗をレビューし必要なら目標水準を引き上げているか等。

進捗モニタリング方法​

各目標の達成度合いをどう測定・管理しているか。例えばKPIダッシュボードで四半期ごとに排出量実績を追っている、環境管理システムで各工場のエネルギー効率を監視している等。

第三者保証や認証​

目標やその達成状況について、SBTi(科学的目標イニシアティブ)など第三者の認定・認証を受けているか​。例えば自社の2030年排出目標がSBTiで「Well-below 2°C」水準として承認済みならその旨を開示します。また、削減実績データに対する第三者保証も含め言及します。

目標見直しプロセス​

事業環境や技術動向の変化に応じて目標を上方修正すべきかどうかを判断する社内プロセスがあるか​。これは目標の野心度を継続的に確保する仕組みとして投資家は注目します。

目標変更時の開示​

何らかの理由で目標を変更・撤回した場合、その事実と内容を開示すること​。例えば目標値を緩和した場合には正直にその旨と理由(技術的制約など)を報告する必要があります。

目標に対するパフォーマンス

各目標について、現在どの程度達成できているか(進捗状況)を定量的に示すことも重要です​。例えば「2030年▲▲排出量50%削減目標に対し、2023年度末時点で20%削減を達成しており、順調に進捗している」といった形です。もし進捗が遅れている場合は、その理由と挽回策を説明することが求められます。 

以上のように、基準は目標の設定内容から管理プロセス・進捗状況まで一貫して透明化することを企業に求めています。これは投資家にとって、企業がどれだけ真剣に気候対策に取り組んでいるかを測る指標となります。例えば、単に「2050年ネットゼロ」を掲げるだけでは不十分で、その中間目標や具体策が伴っているか、管理が効いているかが重要なのです。

4.具体的な事例と対応策

最後に、気候関連の指標と目標に関する企業の具体例やベストプラクティスを紹介し、担当者が参考にできるポイントをまとめます。

事例1:総合エネルギー企業A社の排出削減目標

A社は2030年までにScope1+2排出量を2019年比で30%削減、2050年までにネットゼロ(実質ゼロ排出)とする長期目標を掲げています。目標設定にあたっては、自社の将来エネルギーミックス転換計画と整合させ、かつパリ協定の「2℃未満」目標と整合する水準となるようSBTi認定を取得しました。

A社は中間マイルストンとして2025年に15%削減を設定しており、毎年の年次報告で進捗を公表しています。最新報告によれば既に10%削減を達成しており、残り期間で再エネ電力への転換を加速することで目標達成見通しとしています。また、A社は内部炭素価格を導入しており、現在1トン当たり50ドルで投資案件の評価を行っています​。この価格は今後規制が厳格化するシナリオを見据え、2030年までに100ドルに段階的に引き上げる計画であると開示しています。これらの情報から投資家は、A社が具体的な投資と行動を通じ目標達成にコミットしていることを理解できます。

事例2:製造業B社のエネルギー効率指標管理

B社は自社の工場群におけるエネルギー効率(製品単位当たりエネルギー使用量)を主要な内部指標としています。2030年までにエネルギー原単位を2015年比で40%改善する目標を掲げ、毎年の工場ごとのエネルギー効率データを集約してモニタリングしています。年次報告書では、この原単位が直近で30%改善に達したこと、主要工場の改善率トップ3、ワースト3を示し、ベストプラクティスの水平展開で更なる効率向上に努めている旨を説明しています。また、B社はScope1,2排出量も削減しており、削減分の内訳(設備更新による削減○%、省エネ施策による削減○%など)をグラフで示しています。これは開示基準の定めるところではありませんが、投資家に削減の実態をわかりやすく示す工夫です。B社は内部炭素価格は導入していませんが、その理由を「当社の主力製品は電気駆動であり、自社直接排出が少ないため現在は導入の必要性が低い」と説明しています。しかし、Scope2電力の脱炭素化を見据え、再生可能エネルギー証書の購入費用を事実上の炭素コストとみなし投資判断に織り込んでいるとも補足しています。

事例3:グローバル消費財C社のサプライチェーン目標

C社は自社のサプライチェーン全体での排出削減にも注力しており、上流(原材料生産)から下流(製品使用・廃棄)まで含むScope3排出量を2030年までに20%削減する目標を掲げています。これはかなり野心的な目標であり、達成にはサプライヤーとの協働が不可欠です。C社は主要原材料サプライヤーに対しエネルギー効率改善や再エネ導入を支援するプログラムを実施し、その成果をScope3削減としてカウントしています。開示上も、Scope3のカテゴリごとの排出量と削減プロジェクト数・効果を公開しており、例えば「パッケージ材料部門の協力で年▲▲トンの削減達成」といった具体例を紹介しています。このように、Scope3削減は間接的で測定困難な分野ですが、C社は透明性高く取り組みを示すことで投資家の信頼を得ています。また、C社は自社製品のライフサイクルでの排出量を減らすため、消費者向けに製品使用時の省エネ情報を提供するなど、需要側にも働きかけています。こうした包括的アプローチは先進的事例として注目されています。

事例から学ぶことができる対応策

・目標はなるべく具体的かつ測定可能な形で設定し、中間目標や行程表を伴わせる。
・第三者の枠組み(SBT認定など)を活用して目標の信頼性・妥当性を裏付ける。
・進捗は単に数値を報告するだけでなく、背景要因や今後の見通しを分析付きで説明する。
・排出量データ等はグラフや図表を用い、主要指標については複数年のトレンドを示す。
・Scope3のような難しい領域も可能な範囲でカバーし、取り組み内容を積極的に共有する。
・社内外の成功事例を活かし、イノベーションや協働の取り組み(例:サプライヤー支援、異業種連携による新技術導入など)を進める。

財務・サステナビリティ担当者としては、これらのポイントを踏まえて自社の指標・目標管理を充実させることが重要です。適切な指標で現状を把握し、意欲的かつ実現可能な目標を設定し、その達成に向けPDCAを回していく。そのプロセス自体が企業の競争力強化にもつながります。気候関連の数値目標は、社内では環境担当だけでなく経営層のコミットメントが不可欠ですので、全社的な意思疎通と目標共有を図りながら、開示を充実させていきましょう。

引用元
サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」
サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」
サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2025-0305.html

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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