環境省は2026年6月、企業の環境情報開示に関する実践事例集を公表しました。この事例集は、気候変動と自然資本の課題を統合的に捉え、経営戦略に組み込む「統合的アプローチ」の重要性を説いています。本記事では、株式会社サステナビリティスタンダードパートナーズ(SSP)の第三者保証実務の視点から、この環境省の実践事例集の要点を整理し、企業が取るべき具体的なアクションについて解説します。サステナビリティ担当者が実務で活用できる情報を提供します。

実践事例集 要約
環境省が公表した本事例集は、気候変動と自然資本の情報を統合的に開示する先進企業の事例をまとめたものです。企業のサステナビリティ担当者向けに、統合的アプローチの考え方や具体的な実践方法を提示しています。これにより、国際的な開示基準への対応力強化と、企業価値向上に資する情報開示の促進を目指します。
実践事例集 背景
近年、企業のサステナビリティ情報開示に対する要請は、気候変動の領域に留まらず、生物多様性や水資源といった自然資本の領域へと急速に拡大しています。TCFD提言に続き、自然関連財務情報開示タスクフォース、すなわちTNFDのフレームワークが公表されたことは、この潮流を象徴する出来事です。
投資家や金融機関は、企業が気候変動と自然資本の課題を個別の問題としてではなく、相互に影響し合う不可分なものとして認識し、経営戦略に統合することを求めています。このような背景から、環境省は先進企業の取り組みを事例として示すことで、国内企業の統合的な情報開示を促進し、国際競争力を高めることを目的に本事例集を公表しました。
実践事例集 定義
SSPは、環境情報開示における統合的アプローチを、気候変動と自然資本に関するリスクと機会を相互に関連付けて評価し、それらを事業戦略、ガバナンス、リスク管理プロセスに組み込み、一貫性のある情報として開示するための一連の経営手法であると定義します。これは、単に開示項目を増やすことではなく、異なる環境課題間の因果関係を分析し、経営の意思決定に反映させることを本質とします。
実践事例集 基礎
統合的アプローチの基礎には、気候と自然の間に存在する深い相互依存関係の理解があります。例えば、森林破壊は二酸化炭素の吸収源を失わせ気候変動を加速させる一方で、気候変動による気温上昇や異常気象は生態系に深刻なダメージを与えます。
企業活動は、この相互依存関係の中で自然資本から便益を受けると同時に、環境へ負の影響を与えています。統合的アプローチでは、こうした依存関係と影響を科学的根拠に基づいて分析し、事業活動に伴うリスクと機会を特定することが求められます。このプロセスは、企業の長期的なレジリエンス、すなわち変化への対応力を高める上で不可欠です。

実践事例集 論点
環境情報開示の統合的アプローチを実務に適用する上での主要な論点を、以下の表に整理します。
| 論点 | 実務での重要度 | 判断のポイント | よくある誤解 | SSPの推奨スタンス |
|---|---|---|---|---|
| 統合の範囲 | 高 | どの環境課題(気候、生物多様性、水など)をどの事業範囲で統合的に分析するか | すべての課題を最初から完璧に統合する必要がある | まずは自社の事業と関連性の高い気候と自然資本の項目から着手し、段階的に範囲を拡大する |
| データ収集と管理 | 高 | 気候と自然資本の関連性を示す定量・定性データをどのように収集、管理、分析するか | 既存の環境データ管理システムで十分対応できる | 異なる種類のデータを統合的に分析できる基盤を構築し、データの信頼性を確保するプロセスを定義する |
| 組織体制の構築 | 高 | 関連部署(環境、経営企画、財務など)を横断する連携体制をどのように構築するか | サステナビリティ担当部署のみで完結する課題である | 経営層の主導のもと、全社的なタスクフォースを設置し、各部署の役割と責任を明確化する |
| リスクと機会の評価 | 中 | 気候と自然の相互作用がもたらす物理的・移行リスク、機会をどう評価し、財務影響を試算するか | リスク評価は一度行えば完了する | 定期的にシナリオ分析を見直し、評価手法を継続的に高度化させることが重要である |
| 戦略と目標設定 | 中 | 統合的アプローチに基づき、どのような目標(例 SBTs for Nature)を設定し、事業戦略に反映させるか | 目標は高く設定するほど良い | 科学的根拠に基づき、自社の事業実態に即した測定可能で野心的な目標を設定する |
| 情報開示の一貫性 | 中 | 統合報告書やサステナビリティレポートで、一貫性のあるストーリーとして開示できるか | 開示項目を羅列すれば良い | 課題間の関連性や戦略との連動性を明確に示すナラティブ、すなわち物語性のある開示を心掛ける |
| 第三者保証への対応 | 低 | どの範囲の統合情報に対して、どの水準(限定的・合理的)の第三者保証を取得するか | すぐにすべての情報で合理的保証を目指すべきである | まずは保証の対象範囲を明確に定義し、限定的保証から着実に実績を積み上げ、データ品質を向上させる |

実践事例集 比較
気候変動に限定した従来の情報開示と、本事例集が推奨する統合的アプローチによる情報開示には、いくつかの重要な違いがあります。
| 比較項目 | 従来の情報開示(気候変動中心) | 統合的アプローチによる情報開示 |
|---|---|---|
| 分析の対象 | GHG排出量や気候関連の物理的・移行リスクが中心 | 気候変動と自然資本(生物多様性、水、森林など)の相互作用 |
| リスク認識 | 気候変動が事業に与えるリスクを主に評価する | 気候と自然の相互作用がもたらす複合的なリスクと機会を評価する |
| 戦略への統合 | 気候変動対策(省エネ、再エネ導入など)を個別の施策として推進する | 気候と自然の両面から事業戦略を見直し、ビジネスモデルの変革を目指す |
| ガバナンス | 環境担当部署が主導することが多い | 経営層が主導し、部門横断的な体制で推進する |
| データ管理 | GHG排出量など、比較的標準化されたデータの管理が中心 | 多様で複雑な自然資本関連データの収集と統合的な分析が必要 |
| 情報開示 | TCFD提言など、気候変動に関するフレームワークに準拠する | TCFDとTNFDなど、複数のフレームワークを統合的に活用し、一貫性のある報告を行う |
| ステークホルダー | 主に気候変動に関心を持つ投資家を対象とする | 投資家に加え、NGO、地域社会、サプライヤーなど、より広範なステークホルダーを意識する |
実践事例集 章解説
本事例集は、統合的アプローチの考え方と企業の具体的な実践事例を紹介する構成となっています。

第1部 統合的アプローチの考え方
何が求められるか。気候変動と自然資本の課題が不可分であること、そして両者を統合的に捉えることが企業経営においてなぜ重要なのかが解説されます。TCFDとTNFDのフレームワークの関連性にも触れられています。
実務影響は何か。企業の担当者は、自社のサステナビリティ戦略の前提として、この統合的な視点を持つ必要があります。
注意点は何か。概念的な理解に留まらず、自社の事業活動と気候・自然との接点を具体的に洗い出すことが次のステップとなります。
第2部 企業の実践事例
何が求められるか。先進企業が統合的アプローチをどのように実践しているかが、具体的な取り組みを通じて紹介されます。ガバナンス体制、リスク管理プロセス、具体的な分析手法などが示されます。
実務影響は何か。他社の事例を参考に、自社で導入可能なアプローチや、開示のレベル感を具体的にイメージすることができます。
注意点は何か。事例はあくまで参考であり、自社の事業内容や規模、地域特性に合わせてアプローチをカスタマイズする必要があります。他社の模倣に終始しないことが重要です。


第3部 今後の展望
何が求められるか。統合的な情報開示が今後さらに重要性を増していくこと、そして企業が継続的に取り組むべき課題が示唆されます。
実務影響は何か。情報開示は一度行えば終わりではなく、継続的な改善と高度化が求められることを認識し、中長期的なロードマップを策定する必要があります。
注意点は何か。国際的な開示基準の動向を常に注視し、自社の開示プロセスを柔軟に見直せる体制を維持することが求められます。

実践事例集 重要点
本事例集を踏まえ、企業が特に注力すべき重要ポイントを2点深掘りします。
気候と自然の相互作用の分析
統合的アプローチの核心は、気候変動と自然資本の相互作用を自社の文脈で理解し、分析することにあります。例えば、自社のサプライチェーンが特定の地域の水資源に大きく依存している場合、気候変動による干ばつリスクが事業に与える影響と、自社の取水が地域の生態系に与える影響を同時に評価する必要があります。この分析には、ロケーションデータや科学的知見を活用したシナリオ分析が有効です。初期段階では専門的な外部機関の知見を活用することも有効な選択肢となります。
第三者保証を見据えたデータ管理体制
統合的な情報開示を進める上で、開示情報の信頼性確保は避けて通れない課題です。特に、自然資本に関するデータは、算定方法が確立途上であるものが多く、収集・管理が複雑になりがちです。将来的に第三者保証を取得することを見据え、データの収集プロセス、算定根拠、管理体制を文書化し、監査証跡を確保できる仕組みを早期に構築することが重要です。これにより、開示情報の信頼性が向上し、ステークホルダーからの評価を高めることにつながります。

実践事例集 手順
企業が統合的アプローチを導入し、情報開示を進めるための実務フローを以下に示します。
- 経営層の理解とコミットメントの獲得。まず、統合的アプローチの重要性について経営層の理解を得て、全社的に取り組む方針を確立します。
- 部門横断的な推進体制の構築。経営企画、サステナビリティ、財務、事業部門など、関連部署のメンバーからなるタスクフォースを設置します。
- 重要課題の特定と関連性の評価。自社の事業にとって重要な気候・自然資本関連の課題を特定し、それらの相互作用について初期的な評価を行います。
- リスクと機会のシナリオ分析。特定した重要課題について、事業への影響を評価するためのシナリオ分析を実施します。特に、気候と自然の複合的な影響を考慮します。
- 戦略策定と目標設定。分析結果に基づき、リスクを低減し機会を最大化するための事業戦略を策定し、科学的根拠に基づく測定可能な目標を設定します。
- データ収集・管理プロセスの整備。目標の進捗管理や情報開示に必要なデータを収集・管理するための社内プロセスとシステムを整備します。
- 統合的な情報開示の実施。統合報告書やウェブサイトなどを通じて、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標について、一貫性のある情報として開示します。
- レビューと継続的改善。開示後、ステークホルダーからのフィードバックや国際動向を踏まえ、取り組み全体を定期的に見直し、継続的な改善を図ります。
実践事例集 FAQ
本事例集に関してよく寄せられる質問とその回答をまとめます。
Q1. この事例集に法的な拘束力はありますか。
いいえ、この事例集は企業の自主的な取り組みを促すためのものであり、法的な拘束力を持つものではありません。しかし、今後のサステナビリティ情報開示の方向性を示す重要な指針となります。
Q2. 中小企業でも取り組むべきでしょうか。
はい、取り組むべきです。事業規模に応じて、できる範囲から着手することが重要です。例えば、自社の事業が最も依存している特定の自然資本を特定し、そのリスク管理から始めることが考えられます。サプライチェーンの一員として、取引先から対応を求められる可能性もあります。
Q3. 統合的アプローチは何から始めればよいですか。
まずは、気候変動と自然資本に関する社内の認識を合わせ、部門横断的な対話の場を設けることから始めることを推奨します。その上で、自社の事業と最も関連の深い課題を一つ選び、パイロット分析を行うことが有効です。
Q4. TNFDへの対応と同じことですか。
統合的アプローチは、TNFDとTCFDの両方のフレームワークを包含する、より包括的な考え方です。TNFDは自然関連の開示に焦点を当てていますが、統合的アプローチは気候と自然の連携を重視する点で、TNFD対応の前提または発展形と位置づけることができます。
Q5. 将来的に第三者保証は必要になりますか。
必要性が高まると考えられます。すでに欧州などではサステナビリティ情報に対する第三者保証が義務化されつつあります。日本でも、開示情報の信頼性を担保するために、第三者保証の取得が標準的な実務となる可能性が高いです。
実践事例集 まとめ
環境省が公表した環境情報開示の実践事例集は、企業が気候変動と自然資本の課題を統合的に捉えることの重要性を明確に示しました。これは、今後のサステナビリティ経営と情報開示の潮流を決定づける動きです。企業は、本事例集を参考に、自社の事業特性を踏まえた統合的アプローチを確立し、信頼性の高いデータに基づいた情報開示を進めることが求められます。株式会社サステナビリティスタンダードパートナーズは、第三者保証の知見を活かし、企業の皆様が信頼性の高い統合的な情報開示体制を構築できるよう支援してまいります。
実践事例集 結論
本事例集が示す統合的アプローチは、今後のサステナビリティ情報開示における標準的な考え方となる可能性が極めて高いです。SSPは、企業が気候変動と自然資本の開示を個別最適で進めるのではなく、両者の関連性を分析し、統合的に管理、開示する体制を早期に構築することが不可欠であると結論付けます。
特に、信頼性の高い情報を開示するためには、データ収集の範囲と精度を担保する内部統制の整備が急務となります。将来的には、これらの統合された情報に対する第三者保証が一般化することを見据え、今から準備を進めることが企業の競争優位につながります。
参考リンク
- 環境省 報道発表資料「環境情報開示の「実践事例集」の公表について」 https://www.env.go.jp/press/press_04748.html



