ISAE 3000(International Standard on Assurance Engagements 3000)は、国際監査・保証基準審議会(IAASB)が策定した、監査およびレビュー業務以外の保証業務に関する国際基準です。
長年にわたり、温室効果ガス(GHG)排出量やESGデータを含む非財務情報の信頼性を担保するための主要な基準として活用されてきました。2025年現在、サステナビリティ情報については新基準「ISSA 5000」への移行が進んでいますが、ISAE 3000は依然として、サステナビリティ以外の領域(システム統制やガバナンス評価など)や包括的な保証業務において重要な役割を果たしています。
本記事では、ISAE 3410(Assurance Engagements on Greenhouse Gas Statements)の目的、構造、保証水準、ISO 14064-3との違い、そしてISSA 5000登場後の位置付けについて解説します。ISAE 3410はISAE 3000(Revised)を土台とするGHG保証業務に特化した主題別基準であり、両者を併せて適用します。


1.第三者保証におけるISAE 3410の背景と意義
ISAE 3410の策定背景には、気候変動問題が国際的に注目される中、企業の温室効果ガス排出データの正確性と信頼性が求められるようになったことがあります。
具体的には、以下の3つの要因が重要な役割を果たしました。
気候変動対策の国際的な規制強化
パリ協定やEUの気候政策(CSRDなど)といった国際的な取り組みが進展し、日本でもGX推進法(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)に基づく排出量取引制度(GX-ETS)が導入されました。GX-ETSの対象事業者には、排出実績量の報告と、排出実績量に相当する排出枠を期限までに保有すること(保有義務。履行後に償却され、不足する場合は未償却相当負担金の納付)が義務付けられています。
ESG投資の拡大
投資家や消費者が環境・社会・ガバナンス(ESG)データを重要視する動きが加速し、信頼性の高いデータ提供が企業の資金調達や競争優位性に直結するようになりました。
グローバル市場での透明性確保の必要性
グローバルサプライチェーンにおいて、取引先からGHG排出量の開示と第三者保証を求められるケースが急増しており、国際的に認知された基準(ISAE 3410)に基づく保証が不可欠となっています。
2.第三者保証で利用されるISAE 3410の構造と適用範囲
ISAE 3410は、GHG排出データの検証を効率的かつ透明性を持って行うためのプロセスを以下のように規定しています。
事前評価(受嘱・契約)
企業が提供するGHGデータの算定基準(GHGプロトコル等)や範囲(バウンダリ)を確認し、保証業務としての受入可能性を評価します。
リスク評価と計画
データの誤りが生じやすい箇所(排出係数の選定ミス、海外拠点の集計漏れなど)を特定し、重点的な検証計画を策定します。
データ検証と証拠収集
・分析的手続き: 過去のデータや生産量との相関分析による異常値の検出。
・詳細テスト: 請求書やメーター検針票といった「証憑(エビデンス)」との突き合わせ。
・現地往査: 工場や事業所を訪問し、測定機器の管理状況やデータの入力プロセスを確認。
保証報告書の発行
検証結果に基づき、GHG声明に重要な虚偽記載がないことを表明する独立した保証報告書を発行します。
3.ISAE 3410の保証水準 合理的保証と限定的保証
ISAE 3410では、保証業務を「合理的保証」と「限定的保証」に分け、それぞれ異なる信頼性を提供します。
合理的保証(Reasonable Assurance)
・特徴: 監査に相当する高度な検証手続き(詳細なテストや内部統制の運用評価)が行われ、積極的な形式で結論が表明されます(例:「〜は適正である」)。
・適用状況: 法定開示や、非常に高い信頼性を求められる特定のプロジェクトなど。
限定的保証(Limited Assurance)
・特徴: 手続きが合理的保証よりも限定的(主に質問や分析的手続き)であり、消極的な形式で結論が表明されます(例:「〜していない事項は認められなかった」)。
・適用状況: 現在のサステナビリティレポートや統合報告書におけるGHG保証の主流。
2026年現在、GHG保証の実務は限定的保証が主流です。なお、規制強化の要因として挙げられるEUのCSRDでは、Omnibus I改正により合理的保証への移行義務そのものが撤回され、限定的保証のみとする制度設計に確定しています。日本でも改正金融商品取引法に基づく保証は、適用当初2年間は保証範囲を限定して開始されます。
4.第三者保証におけるISAE 3410の特徴
ISAE 3410は、GHG排出データの保証業務に特化しており、以下の特徴を持っています。
環境データへの焦点
GHGデータという特定分野に特化した国際基準であり、気候変動対策に直接的な影響を持つデータを対象とします。
国際基準との整合性
GHGプロトコルやISO 14064といった既存の環境基準との整合性をとる方向で進められており、グローバル市場での適用が容易です。
透明性の確保
保証プロセスの透明性を高めるため、手続き内容や結果を詳細に記録・報告することが求められます。
専門家の活用
検証チームには、会計・監査の知識だけでなく、環境工学や化学などの専門知識を持つメンバー(専門家)を含めることが求められます。
リスクベースのアプローチ
データの誤りや不備のリスクを事前に評価し、それに基づいて手続きを設計する仕組みを導入しています。
5.第三者保証におけるISAE 3410とISO 14064の違い
ISAE 3410とISO 14064(特にPart 3)は、いずれもGHG排出量の検証に関する国際基準ですが、主な利用主体や背景が異なります。
目的と背景の違い
- ISAE 3410: 国際監査・保証基準審議会(IAASB)が策定(策定当時のIAASBはIFACの基準設定機関。現在は2023年設立の国際倫理・監査財団(IFEA)の一部で、公益監視委員会(PIOB)の監督を受ける独立の基準設定主体)。会計監査の枠組みをベースにしており、統合報告書や有価証券報告書など、財務情報との関連性が強い開示において好まれます。
- ISO 14064-3: 国際標準化機構(ISO)が策定。環境マネジメントシステムの延長線上にあり、純粋な環境報告や、技術的なプロジェクト(J-クレジット等)の検証で広く利用されます。
相互補完関係
実務上は、どちらの基準を用いても検証の質に大きな差が出ないよう調整されていますが、保証報告書の利用者(投資家か、規制当局か)によって使い分けられる傾向があります。ISSA 5000の登場により、今後はこれらの基準が包括的なサステナビリティ保証枠組みの中で統合・整理されていく可能性があります。
6.第三者保証とISAE 3410 温室効果ガス排出量保証の国際基準まとめ
ISAE 3410は、GHG排出データの信頼性を確保するための「実務の要」として、企業の脱炭素経営を支える重要な基準です。
なお、IAASBは2025年5月、ISSA 5000の発効に伴いISAE 3410を廃止(withdraw)することを公表しました。ISSA 5000は2026年12月15日以後に開始する期間(または同日以後の特定時点)のサステナビリティ情報に係る保証業務から適用され、ISAE 3410の廃止も同日をもって効力を生じます。以後、GHG排出量を含むサステナビリティ情報の保証はISSA 5000に統合されるため、ISAE 3410で培われた詳細な検証手法(重要性の考え方、排出源の理解、専門家の活用等)はISSA 5000の実務に引き継がれていくことになります。ただしIAASBは、各国の法令等がその国の版のISAE 3410の使用を求める場合には、当該基準を引き続き用いることができるとしています。企業は自社の開示目的やステークホルダーの要請に合わせて、適切な基準に基づく保証を受けることが求められます。
引用:国際監査基準(ISA)https://jicpa.or.jp/specialized_field/isa_15.html
国際保証業務基準第 3410 号 https://jicpa.or.jp/specialized_field/3410.html
国際監査・保証基準審議会(IAASB)AT A GLANCE 2012 年6月
Sustainability Assurance Insights



