TCFD開示の最後の要素が指標と目標です。企業が気候関連リスク・機会を管理するために用いる具体的なKPI(指標)と、その達成目標を開示することが求められます。典型例として、自社の温室効果ガス (GHG) 排出量(指標)と、その削減目標(例えば「2030年までに2019年比50%削減」)があります。これらは気候変動への取り組み進捗を測定する尺度であり、投資家も強く注目する情報です。本記事では、TCFDにおける指標と目標の意義、設定すべき主な指標、目標設定の考え方、データ管理のポイントについて解説します。


TCFD 要約
指標と目標とは、企業が気候変動リスク・機会に対応する上で用いる定量的な測定指標(例えば GHG排出量やエネルギー消費量)と、その将来的な目標値(例:○年までに△%削減)を指します。TCFDでは、こうした指標と目標、および目標に対する現状の達成状況を開示することが推奨されています。
TCFD 結論
適切な指標を選定し、野心的かつ達成可能な目標を設定することは、企業の気候変動対策の実効性を高める鍵です。TCFD開示で指標と目標を明確に示すことで、投資家は企業の進捗を客観的に評価でき、企業間の比較も容易になります。特にGHG排出量や再生可能エネルギー比率などの指標は、多くの企業が共通して報告しており、トランジションの度合いを測る重要なものです。また、目標についてはパリ協定整合 (1.5 目標対応)の水準であるかが注目され、昨今は科学的根拠に基づくSBT (Science Based Targets)認定やネットゼロ宣言を行う企業も増えています。重要なのは、設定した目標に対する進捗を継続的に測定・開示し、必要なら施策を強化するPDCAサイクルを回すことです。指標と目標の管理を徹底することで、企業の気候対応への信頼性と説明責任は大きく向上するでしょう。
TCFD 背景
TCFD提言では、企業が戦略やリスク管理に沿って活用する指標を開示し、さらにスコープ1・2・3の GHG排出量および関連する目標を開示するよう求めています。これは、単に気候リスクを認識するだけでなく、その管理状況を測定しトラックできているかを示すものです。近年、多くの国で2050年カーボンニュートラル目標が掲げられ、企業にもその目標へのコミットが求められています。日本でも2023年にTCFDガイダンス3.0が策定され、移行計画やKPIの開示強化が提言されました。ただ、実務面ではスコープ3排出量の算定など難易度が高い面もあります。しかし、ESG投資家は明確な数値目標と実績を重視するため、たとえ不完全でも測定・報告を行い改善していくことが重要です。
TCFD 定義
指標とは
気候変動対応の進捗やパフォーマンスを表す定量的な値で、SSPではGHG排出量、炭素強度(売上あたり排出量)、エネルギー消費原単位などを主要指標と位置付けています。
目標とは
そうした指標について達成を目指す具体的水準です。例えば「2030年度までにスコープ1+2排出量50%削減(2019年度比)」や「2030年までに再生可能エネルギー比率を 100%にする」といった定量目標を指します。指標と目標は対になって機能し、計画に沿った改善のモニタリングが可能となります。
TCFD 論点
| 論点 | 解説のポイント |
| 開示すべき主要指標 | GHG排出量(スコープ1・2・3)、エネルギー使用量、再エネ比率、水使用量等、自社の重要課題に関わる指標。 |
| 目標の水準と期間 | 長期(2050年等) 目標と中間(2030年等)目標の設定状況。パリ協定整合性 (1.5℃目標)との整合。 |
| データ測定と信頼性 | 指標データの測定方法・頻度、第三者検証の有無、スコープ3算定範囲。データ品質確保策。 |
| 進捗管理と報酬連動 | 指標の進捗を社内でどう管理しているか(経営 KPI化、役員報酬への組み込み等) 改善策のフィードバック体制。 |
TCFD 比較
| スコープ | 範囲 | 具体例 |
| スコープ1 (直接排出) | 自社の施設・車両など燃料燃焼や工業プロセスでの直接排出 | ボイラー燃料燃焼によるCO2、社用車の燃料使用によるCO2 |
| スコープ2 (間接エネルギー) | 他社から購入した電力・熱の使用に伴う間接排出 | 購入電力の発電に伴うCO2 (電力会社の排出係数に基づく) |
| スコープ3 (その他間接) | バリューチェーン(上流・下流)でのその他の間接排出 | 調達原料の生産時排出、販売製品の使用時排出、従業員出張 |
TCFD 重要点
GHG排出量の算定と管理
GHG排出量は気候関連指標の中核です。まず自社の事業活動で直接発生するCO2等 (スコープ1) と購入電力等に伴う間接排出 (スコープ2) を正確に把握します。これはエネルギー使用量に排出係数を掛け算して算出します。近年多くの企業が第三者検証を受けて信頼性を確保しています。さらに可能な範囲でバリューチェーン全体の排出(スコープ3) も算定します。これはサプライヤーや製品使用段階の排出など広範囲ですが、カテゴリー別に推計します。排出量データを把握したら、これを経営KPIとして管理します。例えば年度ごとの排出量推移を経営会議で報告し、事業別に削減責任を割り振ります。また、排出量原単位(売上高あたりCO2) など効率指標も併せて追跡すると、成長と排出のデカップリング状況が分かります。これらGHG指標はTCFD開示のみならず、自社の削減努力の効果測定にも直結するため、環境管理部門だけでなく経営企画・生産部門なども巻き込んだ管理が重要です。
科学的目標設定 (SBT) とネットゼロ
気候目標を設定する際には、単に「できそうな範囲」で決めるのではなく、科学的根拠に基づく水準を目指すことが求められます。Science Based Targets (SBT)は各企業に求められる削減率を科学的に算出するフレームワークで、1.5℃目標に整合した削減スケジュールが提示されます。多くの企業がSBT認定を取得し、自社目標の信頼性を担保しています。また、2050年ネットゼロ宣言を行う企業も増えています。ネットゼロ達成には、中間目標(2030年までに○%削減など)が欠かせません。設定した目標は社内外に宣言し、進捗が遅れれば原因分析と対策強化を行います。目標達成には再エネ導入、省エネ施策、カーボンクレジット活用など様々な施策が必要で、移行計画(トランジションプラン) として統合的に管理します。重要なのは、目標を掲げっぱなしにせず、毎年の実績をチェックして軌道から逸れていれば戦略を修正することです。こうしたPDCAにより、遠大な2050年目標も現実的な道筋が示せるようになります。TCFD開示では、目標と併せて「現時点での達成度」も報告し、目標へのコミットメントの強さを示すことが期待されます。
TCFD 手順
基礎データ収集
基準年となる年度のGHG排出量、エネルギー使用量等のデータを社内外から収集します。算定基準 (GHGプロトコル等)に従い、スコープ1・2は正確に、スコープ3は可能な範囲で見積もります。
主要指標の決定
開示および社内管理に用いる主要KPIを選定します。GHG総排出量(絶対値)に加え、事業成長を考慮した排出原単位(Intensity指標) も設定します。また、再生可能エネルギー使用率や水資源使用量など、企業の実態に即した指標も検討します。
目標設定
国際目標や業界ベンチマークを参考に、自社の中長期目標を策定します。まず 2050年等の長期ゴール(例:カーボンニュートラル)を置き、そこから逆算して2030年等の中期目標値を決めます。SBTIの基準を満たす削減率か検証し、必要なら目標値を調整します。経営陣の承認を経て社内外に公表します。
施策実行とモニタリング
目標達成に向けた具体策(省エネ投資、再エネ導入、サプライヤー支援等)を計画し、各部門に割り当て実行します。実績データを毎年集計し、KPIの進捗をモニタリングします。経営層には定期報告し、課題があれば追加対策や計画修正を指示します。
開示と検証
指標と目標、および進捗状況をTCFDレポートや統合報告書で開示します。前年との差異や目標達成見通しについても説明します。GHGデータについては信頼性確保のため外部第三者検証を受け、公表します。開示内容へのフィードバック (投資家評価や格付)を分析し、次年度以降の指標管理に役立てます。
TCFD FAQ
スコープ3の排出量も開示すべきですか?
可能な範囲で開示することが望ましいです。自社のバリューチェーン全体での排出が実は大部分を占めるケースも多く、スコープ3を含めた情報開示は投資家の関心も高いです。ただし算定が難しい場合、重要カテゴリから徐々に算定範囲を広げる段階的アプローチでも構いません。最初は定性的説明でも、将来的に定量化予定である旨を示すと良いでしょう。
目標はどの程度の水準に設定すれば良いですか?
パリ協定の1.5℃目標と整合する水準が理想です。具体的には2030年までに2010年比45%程度の排出削減、2050年に実質ゼロというのがグローバルな目安です。自社の現状と技術見通しを踏まえても、この水準に近い目標を設定しないと投資家から十分と見なされない可能性があります。難しい場合でも、少なくとも業界平均を上回る削減率や再エネ導入率を目指すことが重要です。
データの信頼性をどう確保すればよいですか?
基礎となるGHG排出量等のデータは、算定方法をルール化し内部監査や第三者検証を受けることで精度向上が図れます。例えば排出係数は公式値を使用し、算定過程を文書化しておきます。外部認証(ISO14064-1検証など)を取得している企業も多いです。また、スプレッドシート管理から専用システム導入へ切り替えるなどしてヒューマンエラーを減らすことも有効です。継続的にデータ品質を見直し、信頼性を高める努力を開示時にも説明すると、投資家の評価が高まります。
TCFD 章解説
TCFD全体の文脈や他の要素 (ガバナンス・リスク管理、シナリオ分析、財務影響算定)とは、親記事で包括的に解説しています。合わせてご覧いただき、自社の気候対応戦略策定にお役立てください。
TCFD まとめ
指標と目標の設定・管理は、企業の気候変動対策が「絵に描いた餅」ではなく実行されていることを示す要です。適切なKPIを定め、進捗を定量的に追うことで、課題も早期に顕在化し、改善アクションを講じやすくなります。また、野心的な目標を公表し取り組む姿勢は、ステークホルダーからの信頼や評価を高め、ひいては企業価値にも好影響を及ぼすでしょう。もちろんデータ整備や算定には苦労も伴いますが、トライ&エラーで精度を上げていくことが大切です。指標と目標を軸にPDCAを回し、脱炭素社会に向けた着実な歩みを示していきましょう。
参考リンク
- TCFDコンソーシアム公式サイト 「TCFDとは」
- TCFD最終報告書(2017年6月、日本語版PDF)
- IFRS財団”ISSB and TCFD” 解説ページ
- 環境省『TCFDを活用した経営戦略立案のススメ』 (2023年3月)
- SBTイニシアチブ 「1.5℃に整合した科学的目標設定ガイド」
- GHGプロトコル算定基準 (Scope1,2,3説明)


