SBTi最新ガイダンス2025 短期・ネットゼロ目標解説

企業の温室効果ガス排出削減に関する国際枠組みであるSBTiの最新ガイダンス2025が公開されました。短期目標と2050年ネットゼロ目標の基準を刷新し、GHGプロトコルとの整合性強化や大企業への第三者保証義務化など新たな要件を導入しています。これにより企業の気候戦略における野心と信頼性が一段と強化される見込みです。

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目次

SBTi 要約

2025年発表のSBTi最新ガイダンスは、企業の短期目標とネットゼロ目標の基準を刷新し、温室効果ガス排出削減に向けた目標設定から達成・更新までの包括的な枠組みを提示しました。特にデータの信頼性確保や第三者保証の要件強化など、実効性を高める措置が盛り込まれています。

SBTi 結論

SBTi最新ガイダンスでは、短期目標の厳格化とネットゼロ目標への道筋が具体化されました。Science Based Targets initiative、略称SBTiは、従来の「目標設定」中心の枠組みから、企業が排出削減を継続的に実行し、検証し、更新し続けるための包括的な制度へと進化しています。特に大規模企業に分類されるCategory A企業には、GHG排出データの第三者保証取得や詳細な移行計画策定など実効性を担保する新要件が導入されました。これらの変更により、企業の気候戦略には一層の信頼性と透明性が求められるようになっています。

SBTi 背景

近年、地球温暖化の進行が加速しており、パリ協定で掲げられた「産業革命以前比+1.5℃以内」という目標達成までの時間的猶予が限られてきました。また欧州を中心に気候関連情報の開示規制が強化されるなど、企業を取り巻くルールもグローバルに厳しくなっています。SBTi (Science Based Targets initiative) はこうした状況を踏まえ、企業の排出削減を継続的かつ実効的に進めるための新しい枠組みの策定に着手しました。SBTiの基準にはすでに世界で11,000社以上が参加しており、今回の新ガイダンス改定は各社の気候戦略に大きな影響を及ぼすものとなっています。

SBTi 定義

科学的根拠に基づく目標 (Science Based Targets, SBT)とは、パリ協定が目指す気温上昇1.5℃目標と整合した企業の温室効果ガス排出削減目標です。このSBTを推進する国際パートナーシップがScience Based Targets initiative (SBTi)であり、企業に短期(約5~10年)の中間目標と2050年までのネットゼロ(実質排出ゼロ) 長期目標の双方を設定するよう求めています。SBTiはそのための基準策定や目標認定を行う機関です。

SBTi 変更点

  • 短期目標基準(Near-Term Criteria) Version 5.3が改定されました。GHGプロトコルとの整合性を高めるため、バイオマス由来排出の会計要件明確化や目標年度に関する注記の削除などの微修正が行われました。また2030年を短期目標の期限とするよう促す推奨事項が追加され、化石燃料製品の販売量が極めて少ない企業には必須目標の適用を除外する例外規定も導入されました。

  • ネットゼロ基準 Version 2.0ドラフトで基準全体の大幅改定が行われました。企業規模や所在地域に応じてCategory AとCategory Bに区分し要件の厳格さを差別化しています。さらにエントリーチェックから更新バリデーションまでの周期的な検証プロセスを導入し、目標設定後も定期的な進捗評価と更新を要求する仕組みに刷新されました。

  • スコープ別要件が強化されました。Scope 1(自社直接排出)の目標設定手法を多様化し、排出量ベース以外に低炭素技術への移行計画なども正式な選択肢としています。Scope 2 (電力由来排出) では地域・時間の一致する再生可能エネルギー調達を促す厳格な基準を段階的に適用開始します。Scope 3 (バリューチェーン排出)では影響の大きい排出源に集中し、影響が小さい領域は目標範囲から除外できる柔軟性が導入されました。

  • 移行計画と内部責任体制の強化が図られました。Category A企業にはターゲット検証後12か月以内に具体的な気候変動対策の移行計画(トランジションプラン)を策定・公表することが求められるようになりました。計画には化石燃料資産のフェーズアウト、設備更新のマイルストーン、資金計画、サプライチェーン施策、取締役会レベルのガバナンス等を含める必要があります。

  • GHG排出データに対する第三者保証要件が追加されました。Category A企業はScope 1・2および主要なScope 3排出量について、国際基準に則った独立監査人による限定的保証(Limited Assurance)の取得が必須となる見通しです。Category B企業は第三者保証が努力目標に留まります。

  • 残存排出への責任が明確化されました。直接削減のみではゼロにできない継続的排出に対し、新たにOngoing Emissions Responsibility (OER)の考え方が導入されました。Category Aの大企業および高所得国の中堅企業は2035年以降、自社で削減困難な残存排出を炭素除去によって段階的に相殺し、ネットゼロ達成時には全て中和する責任を負うことになります。

  • 現行基準から新基準への移行スケジュールも示されました。2027年末までは現行ネットゼロ基準 (Version 1.3) と短期目標基準 (Version 5.3) で新規目標設定が可能であり、SBTiは企業に早期の目標設定を推奨しています。Version 2.0最終版は2026~2027年に公表予定で、2028年1月1日以降に新たに目標を設定または更新する場合はこの新基準を適用する必要があります。既存の短期目標は目標期限まで有効とされ、移行期にはSBTiから追加ガイダンスが提供される見込みです。

SBTi 基礎

  • 短期目標とネットゼロ目標:SBTiでいう短期目標とは、おおむね5~10年先を期限とする中間的なGHG排出削減目標を指し、多くの企業が2030年を短期目標の期限として設定します。ネットゼロ目標とは、遅くとも2050年までに自社のバリューチェーン全体でGHG排出を実質ゼロ(排出と除去の均衡)にする長期目標です。短期目標で早期の削減行動を促しつつ、最終的なネットゼロ達成への道筋を示すことが求められます。

  • GHGプロトコルと排出範囲:GHGプロトコル(温室効果ガス排出量の算定・報告国際基準)では、企業のGHG排出源をScope 1 (自社による直接排出)、Scope 2(購入した電力などエネルギー起源の間接排出)、Scope 3 (バリューチェーン上のその他の間接排出)の三つに分類します。SBTi基準はGHGプロトコルに準拠しており、企業はこれら全ての主要排出源を算定し、対象範囲に含める必要があります。特にScope 3排出が総排出量に占める割合が大きい場合、適切なScope 3削減目標を設定することが重視されます。

  • 第三者保証:温室効果ガス排出量データの第三者保証とは、算定した排出量やその根拠データについて、独立した監査機関(公認会計士・監査法人など)が検証し保証意見を提供するプロセスです。データの信頼性・正確性を担保する手段として国際的に確立された手法であり、現在日本でもサステナビリティ情報開示の分野で普及が進んでいます。SBTiでも以前より第三者保証取得が推奨されてきましたが、新ガイダンスでは特に大企業に対し必須化される方向となりました。

SBTi 論点

論点実務での重要度判断のポイントよくある誤解推奨スタンス
短期目標とネットゼロ目標の関係短期の削減目標が長期ネットゼロ目標と整合しているか短期目標だけ達成すれば十分と考えてしまう短期と長期の両方を設定し、一貫したシナリオで削減を進めるべきです
Scope 3排出の目標設定自社の総排出量に占めるScope 3の割合と重要カテゴリーを把握自社の直接排出以外は対象外と思い込むScope 3が主要部分なら必ず削減目標を設定し、サプライチェーン全体で削減努力を行います
GHGデータの第三者保証Category A企業は排出量データの保証スケジュールと範囲を検討内部チェックで十分であり外部保証は不要と考えるデータ信頼性向上のため、可能な限り早期に独立第三者による検証を受けることを推奨します
気候移行計画の策定具体的な脱炭素施策や投資計画、ガバナンス体制の整備状況目標を立てれば計画は後回しにできると思う目標検証後速やかに詳細な移行計画を策定し、経営層のコミットメントを明確化します
Category A/B区分への対応自社がCategory AかBかを識別し、それに応じた要件への準備すべての企業に一律の基準が適用されると考える大企業は厳格な要件への迅速な対応を、小規模企業も将来を見据え体制構築を進めます
残存排出と除去の扱い自社の2050年時点での残存排出量見込みと除去手段の検討オフセット購入でネットゼロ達成できると誤解するまず削減を最優先し、残る排出は質の高い除去によって段階的に相殺する戦略を立てます
GHGプロトコル遵守と範囲設定組織境界を網羅し、特定したインベントリの整備状況主要拠点や特定ガスのみ算定すれば十分と誤解するGHGプロトコルに従い全事業全GHGを対象とした排出量基盤を構築します
目標の定期的な更新目標期間終了時や事業変化時の再検証計画の有無いったんSBT認定を取ればずっと有効と誤信する進捗に応じて数年ごとに目標を更新し、常に最新の基準・科学と整合を取る必要があります

SBTi 比較

比較項目現行SBTi基準(~2027年適用)新SBTi基準ドラフト (Version 2.0)
企業分類企業規模による区分なし(一律の基準)Category A(大企業・先進国中堅)とCategory B(小規模・新興国中堅)に分類し要件を差別化
目標検証プロセス初回のみの目標検証で完了(更新義務なし)エントリーチェック→初回バリデーション→更新バリデーションのサイクルを導入し、5~10年ごとに再検証・更新
短期・中期・長期区分短期(5~15年)と長期(~2050年)のみ(中期区分なし)短期≦5年・中期≈10年・長期=2050年までと区分を明確化(2030年を短期目標年に推奨)
Scope 3削減目標Scope 3排出が40%以上なら必須(2/3以上カバー)Category Aは主要Scope 3排出の目標設定が無条件に必須、Category BはScope 3目標設定は柔軟
データ第三者保証基準上の明示的な義務なし(推奨ベストプラクティス)Category A企業にスコープ1・2・主要スコープ3排出データの第三者保証取得を要求(限定的保証以上)
移行計画要求SBTi基準では要求なし(投資家等が外部で要求する場合のみ)Category A企業に12か月以内の気候移行計画策定・公開を要求(具体的な脱炭素戦略を文書化)
統一ベース年各スコープで別々の基準年設定も可すべての排出スコープで共通の基準年を使用し一貫性を確保
統合目標(Scope 1+2)Scope 1+2を一括した総量削減目標が許容Scope 1とScope 2は個別に目標設定(統合した単一目標は不可)
セクター固有基準任意適用(電力・森林等の専用ガイダンスは参照推奨)電力・FLAG(森林土地)・自動車などセクター別標準が存在する場合、それに従った目標設定が必須

SBTi 章解説

第1章 基準の目的と適用範囲

新しいネットゼロ基準 Version 2.0ドラフトは、世界中の営利企業を対象に策定され、その目的は各企業が科学的根拠に基づくネットゼロへの道筋を描けるようにすることです。本基準では企業規模や事業環境の違いを考慮してCategory A企業とCategory B企業を区別して適用する枠組みを導入しました。これにより、大企業には高い水準の削減努力を求めつつ、中小企業には規模に応じた柔軟性が与えられます。基準はSBTiのセクター別基準や金融機関向けネットゼロ基準とも整合する形で運用され、企業は自社の属するセクター基準も併せて遵守する必要があります。全体として、本基準は最新の科学的知見と実務経験に基づき、各企業が競争力を保ちながら移行リスクに対処できる実践的な枠組みを提供することを目指しています。

第2章 新しい検証モデルの導入

Version 2.0ドラフトでは、企業の目標設定とその後のフォローアップに関する検証モデルが刷新されました。従来は一度認定を受ければ目標達成時まで追加の検証は求められませんでしたが、新モデルでは以下の段階的プロセスを経て継続的に評価が行われます。

  • エントリーチェック:企業がSBTiにコミットする際に実施される予備審査段階で、経営陣のコミットメントやGHGインベントリ整備状況などが確認されます。これに合格すると正式なターゲット設定プロセスに進むことが許されます。

  • 初回バリデーション:企業が提出した削減ターゲットそのものをSBTiが検証・承認する段階です。基準年の排出量算定が適切か、削減率が最新の1.5℃シナリオと合致しているかなど科学的妥当性が審査されます。Category A企業はエントリーチェック合格後12か月以内に初回バリデーションを完了する必要があり、Category B企業には24か月の猶予が与えられます。

  • 更新バリデーション:設定した短期目標の期限(概ね5~10年後)が来た時点、あるいは組織再編等で大幅な排出変動が生じた場合に実施される再検証プロセスです。旧目標の達成度合いと排出実績を評価した上で、新たな短期目標を設定・承認します。このサイクルにより、企業は常に最新の基準と排出状況に照らしてPDCAを回し続けることが求められます。

さらに、SBTiは必要に応じスポットチェック (臨時監査)を行う権限を持ち、開示不足や外部からのクレームがあった場合などに企業の進捗やデータを追加で精査する仕組みも用意されています。これらの新たな検証モデルによって、SBTiは単なる目標設定に留まらず、各企業の削減努力を継続的にトラッキングしアカウンタビリティを確保する枠組みを整備したと言えます。

第3章 野心の強化と移行計画

今回のドラフトでは、企業に対しネットゼロに向けた野心 (Ambition)と内部責任体制を一段と強化することが求められています。具体的には、経営トップのコミットメントの下で長期的なネットゼロ目標への取り組みを企業戦略に組み込み、単に長期目標を掲げるだけでなく移行計画(トランジションプラン)を策定して社内外に明示することが要請されました。移行計画には以下の要素が含まれます。

  • 炭素集約型の設備や資産を段階的に引退・更新していく具体的なスケジュール。
  • 石炭や石油など化石燃料のフェーズアウト戦略。
  • 削減に必要な技術導入や再エネ調達、資本的支出計画。
  • サプライチェーン (Scope 3)での重点対策(主要原材料や仕入先での排出削減プログラム)。
  • これらを実行するための組織ガバナンスと取締役会レベルでの監督体制。
  • 必要資金の調達計画や予算措置。

Category A企業には上記のような移行計画を初回バリデーションから1年以内に策定・開示する義務が課されており、その実効性が今後ステークホルダーから厳しく問われることになります。これにより、気候変動対策が企業経営の中核に据えられ、目標達成までの具体的なロードマップが要求されるようになりました。企業は事業計画や投資計画と気候戦略を統合し、中長期の事業リスク・機会を見据えた変革を迫られます。

第4章 スコープ1・2排出削減の手法強化

新版では、温室効果ガス削減の主要対象である自社拠点の直接排出 (Scope 1)と購入電力由来の間接排出(Scope 2)に関して、より多様で厳格な削減アプローチが示されました。

  • スコープ1の多様な目標設定:これまで企業はScope 1の総排出量を削減する単一路線のみが想定されていましたが、Version 2.0では複数のアプローチが正式に位置付けられました。具体的には、(a) 直接排出量そのものの削減目標、(b) 自社資産の低炭素化率目標、(c) 資産脱炭素計画(Asset Decarbonization Plan) と称する各設備・プラントごとの排出削減予算と退役計画の策定、の三形態が挙げられています。特に(c)は重厚長大型産業向けの新手法で、直線的な削減が難しい場合でも設備単位で2050年までの排出許容総量を定め段階的な改善を図るものです。

  • スコープ2の高水準な調達基準:Scope 2排出削減については、単に再生可能エネルギー証書 (REC)を購入するだけではなく、電力の地域的・時間的マッチングまで考慮した24時間365日クリーン電力の利用を目指す方向が打ち出されました。まずは電力消費量の非常に多い企業から段階的に、購入電力の発電時間帯や所在国まで追跡した上でカーボンフリー電力を調達することが求められます。これにより、実質的に電力グリッド全体の脱炭素化に資する企業行動が促されます。

  • 重厚産業での長期目標必須化:セメント、鉄鋼、化学、輸送など大量のScope 1排出が避けられない業種では、長期にわたる設備転換計画が不可欠なことから、Scope 1について2050年までのネットゼロ達成に向けた長期目標を設定することが明確に要求されました。これにより、該当企業では操業計画や資本投資、人材計画にまで排出削減目標が影響することになります。

以上のようにScope 1・2領域の要件強化は、特にエネルギー多消費型企業にとって大きなインパクトがあります。今後は気候変動対策部門だけでなく、生産技術部門や施設管理部門、調達部門など社内の幅広い部署が連携して削減シナリオを描き、実行に移す体制が求められます。

第5章 スコープ3目標設定の重点化と柔軟性

企業のGHG排出の大部分がバリューチェーン由来となる場合が多いことから、Scope 3排出削減はSBTiでも常に議論の焦点となってきました。Version 2.0ドラフトでは、この Scope 3目標設定に関するフレームワークが再構築され、重点化と柔軟性の両立が図られています。

  • 主要排出源へのフォーカス:企業は自社のScope 3排出源をカテゴリー別(購入製品、輸送、使用段階、廃棄等)に評価し、その中で排出量や影響度の大きい上位分野に絞って野心的な削減目標を設定すればよいとされました。具体的には、製品使用時排出(カテゴリー11)が突出して大きいエネルギー機器メーカーであれば、カテゴリー11の排出削減にコミットすることが重視されます。

  • 低影響領域の除外容認:Scope 3カテゴリーの中で全体に占める割合がごく小さいものや、自社の影響力が極めて限定的な領域については、目標の対象から除外することが許容される明文化がなされました。これは、すべての間接排出を完全に網羅しようとして膨大なデータ収集負荷が発生し、本来力を入れるべき主要排出源への対策が疎かになる事態を防ぐためです。

  • アクションベースの目標導入:Scope 3では定量的な排出削減目標に加え、行動重視の目標 (action-oriented targets) の考え方も取り入れられました。これは、排出量の正確な算定が難しかったり削減影響の測定が困難な領域について、代わりに定性的な行動目標を認めるものです。例えばサプライヤーの○%に科学的目標設定を促すといった取り組みを公式な目標として掲げることが可能になります。

このようにScope 3に関する基準は一見緩和されたようにも見えますが、実際には主要な排出源への対策強化に経営資源を集中させることを意図しています。そのためCategory Aに属する大企業では、主要サプライヤーや顧客の排出削減支援がこれまで以上に重要な経営課題となります。

第6章 残存排出への責任と除去の役割

ネットゼロを達成するためには、まず自社およびバリューチェーンからの排出量を最大限削減することが大前提です。しかし技術的・経済的に削減困難な残存排出がどうしても残る可能性が高く、今回のドラフトではこの残存排出(継続的排出)に対する企業の責任が初めて具体的に定義されました。

  • Ongoing Emissions Responsibility (OER):新基準では、自社の直接削減では相殺できない残存排出について、企業が段階的に責任を負う仕組みが提案されました。特にCategory Aの大企業および高所得国の中堅企業には、2035年以降、こうした残存排出を自発的に処理することが期待されます。具体策としては、炭素除去プロジェクトへの投資や、森林造成による吸収源の拡大などが挙げられます。

  • カテゴリーA企業への義務化の方向:2030年代半ば以降、Category A企業は段階的にこのOERへの取り組みを強化し、2050年時点でのネットゼロ到達までに全残存排出を打ち消す計画を示すことが期待されています。一方でCategory B企業については、自主的に取り組むことが推奨されている段階です。

  • オフセットからの転換:SBTiではオフセット購入による目標達成は認められていないため、今回のOER導入は各企業が削減努力に加えて高品質の除去クレジット調達等にも参加し、全地球規模でネットゼロを実現する一翼を担うことを公式に位置付けたものと言えます。もっとも、除去はあくまで削減努力を補完する最後の手段として段階的に拡大していくべきものとされています。

SBTi 重要点

GHGデータの信頼性と第三者保証

新基準が強調するデータの信頼性向上と第三者保証の義務化は、企業にとってGHG排出情報の扱いを根底から見直す契機となります。信頼できるデータなくしては科学的目標設定も実効性ある排出削減も成り立たないためです。第三者保証を受けることで、排出量データの算定プロセスや計算結果が外部の専門家によって検証され、潜在的な誤りや恣意的判断が排除されるメリットがあります。これは開示される情報の透明性を高め、投資家や社会からの信頼を得る上でも極めて重要です。

第三者保証の導入にあたって企業は、まず排出量算定の内部プロセスを文書化し、データ管理を整備する必要があります。監査人からの質問に答えられるよう、活動量データの集計手順や排出係数の出典、計算ロジックを明確にしておくことが求められます。これは内部のデータ管理体制強化につながり、結果的に排出削減策の立案や効果測定を精緻に行う基盤ともなります。一方で、保証取得にはコストや工数も伴うため、対象範囲の優先順位付けや監査効率の向上も検討課題となります。

総じて、第三者保証は企業のGHG排出データに「お墨付き」を与えるだけでなく、データを通じて気候戦略のPDCAを効果的に回すための土台となります。早期に保証を取り入れることで企業価値の向上やリスク低減につながると考えられ、多くの企業に積極的な対応が推奨されています。

カテゴリーA・B区分と実務対応

Category A/Bの区分導入は、各企業の規模や経営環境に応じた目標設定の現実解と言えますが、自社がどちらに該当するかによって対応優先度が大きく変わります。一般にCategory A企業とは 大企業および高所得国に本拠を置く中堅企業を指し、Category B企業は小規模企業や新興国に多く拠点を持つ中堅企業が該当するとされます。前者には短期間での迅速な削減行動と厳格なデータ管理が求められ、後者には一定の移行期間と支援策が用意されます。

Category Aに属する企業は、第三者保証の義務や移行計画策定など対応すべき事項が多岐にわたるため、社内のステークホルダーを早急に巻き込み、経営トップ主導で体制整備を進める必要があります。一方Category B企業は必須要件が限定的とはいえ、いずれ自社や取引先の成長に伴いCategory A相当の対応を迫られる可能性が高いです。したがって、猶予期間を活用して徐々に排出量トラッキングやデータ保証、Scope 3把握などの基礎を固めておくことが望ましいです。

また、新基準ではCategory A企業に対し、自社のサプライチェーン上のCategory B企業(中小の取引先)を支援し、排出削減能力向上に協力する責任も示唆されています。具体的には、取引先への排出算定・報告のトレーニング提供や、共同での低炭素技術導入プロジェクトの立ち上げなどが考えられます。これによりバリューチェーン全体で削減を底上げし、大企業だけでなく中小企業も巻き込んだネットゼロ移行を加速させる狙いがあります。

SBTi 手順

  1. 自社カテゴリーの確認:自社がCategory A企業(大企業・先進国中堅)かCategory B企業(小規模・新興国中堅)かを判定します。社内の規模指標や事業展開国を踏まえ、どちらの区分に該当するかを明確にします。これにより優先すべき対応事項が見えてきます。

  2. GHGインベントリの整備:GHGプロトコルに準拠し、自社の全事業領域におけるGHG排出インベントリを構築します。Scope 1・2はもちろん、主要なScope 3排出源も網羅して定量化します。組織の経年変化や合併・拡大も考慮し、基準年排出量を信頼できる形で確定します。

  3. 排出データの第三者検証:Category A企業の場合、基準年のGHG排出データについて早期に第三者保証を受ける計画を立てます。監査法人や温室効果ガス検証機関と契約し、限定的保証レベルでデータを検証してもらいます。Category B企業も可能であれば自主的に検証を実施し、将来の要求強化に備えます。

  4. 科学的削減目標の設定または更新:まだSBTi認定目標を設定していない場合、まず短期(5~10年)とネットゼロ長期目標の社内案を策定し、SBTiへコミットします。既に認定済みの企業も、現行基準で設定した目標の達成見通しを定期的にレビューし、進捗が順調か確認します。必要に応じ、組織変更や計画変更による目標再設定(ターゲット・リキャリブレーション)も検討します。

  5. 気候移行計画の策定:特にCategory A企業は、初回目標認定から1年以内の移行計画公表が求められるため、事前に詳細な計画策定を開始します。排出削減のための施策一覧、年間の実行スケジュール、投資計画、責任者体制などを盛り込み、経営陣の承認を得ます。計画は対外開示を前提に、定量目標とマイルストーンを明記します。

  6. サプライチェーンへの働きかけ:自社のScope 3で重要な排出源となっている仕入先や物流業者、顧客企業等に対し、排出量情報の提供や削減協力を依頼する仕組みを作ります。Category A企業の場合、自社が主要取引先である中小企業に対し算定支援や研修提供を検討します。社内では調達部門・販売部門と連携し、サプライヤーの環境対応状況を評価・支援するプログラムを開始します。

  7. 新基準の動向モニタリング:Version 2.0の最終基準が承認・公表されるタイミング(予想:2026~2027年)に備え、SBTiから発信される最新情報を継続的にウォッチします。社内のサステナビリティ担当者は、新旧基準の差分を整理し、自社の次回目標更新時にどのギャップを埋める必要があるかを分析します。2028年以降は新基準への完全移行が予定されているため、それまでに不足する要件への対応を完了させるロードマップを描きます。

SBTi FAQ

Q1 SBTiの短期目標とネットゼロ目標は何が違いますか?

A1: 短期目標は今後5~10年程度の比較的近い将来を期限とした温室効果ガス排出削減目標であり、各企業が直近で取り組むべき削減量を明確にします。一方、ネットゼロ目標は遅くとも2050年までに自社の排出を実質ゼロにする長期目標で、削減率で言えば90~100%近い深い削減を意味します。短期目標はネットゼロ達成への中間ステップとして位置づけられ、両者は一貫したシナリオで整合している必要があります。

Q2 2025年のSBTi新ガイダンスでは何が変わりましたか?

A2: 大きく分けて次の点が変更・強化されています。第一に、企業を規模等でCategory A/Bに区分し、大企業にはより厳格な要件を適用する枠組みが導入されました。第二に、目標設定の検証プロセスが一度きりから定期サイクルに変わり、目標期間終了時に再検証・更新することが義務化されました。第三に、各スコープについて削減目標の設定方法や要求水準が見直されました。さらに大企業には移行計画の策定義務やGHGデータの第三者保証義務が新設されています。

Q3 Category A企業とCategory B企業とは何ですか?

A3: SBTiが新たに定義した企業区分で、企業の規模と事業地域によって分けられます。一般的にCategory A企業とは、大企業や先進国で事業を展開する中堅企業を指します。Category B企業は、小規模企業(中小企業)や、新興国・途上国を中心に事業を行う中堅企業が該当します。Category A企業には短期目標の早期設定や移行計画の公表、データ保証など厳しい要件が課されます。

Q4 第三者保証は必須になったのでしょうか?

A4: はい、一部の企業では必須要件となる見込みです。新ガイダンス (Version 2.0ドラフト)では、Category Aに該当する大企業について、GHG排出量データに対し第三者保証(最低でも限定的保証)を受けることが要求されました。Scope 1・2および主要なScope 3排出の算定結果について、独立した監査法人等による検証を受ける必要があります。Category B企業に対しては保証取得は「強く推奨」扱いで義務ではありません。

Q5 Scope 3の目標設定は全企業に必要ですか?

A5: 自社の排出構成によります。現行ルールでは、Scope 3排出量が総GHG排出量の40%を超える企業はScope 3削減目標の設定が必須とされています。新しい基準では、Category A企業はたとえScope 3比率が小さくても主要なScope 3カテゴリがある場合は網羅的に目標を設定することが求められます。一方、Category B企業やScope 3排出が極めて少ない特殊な企業では、Scope 3目標は厳密には必須ではありません。

Q6 既に設定したSBT目標は更新する必要がありますか?

A6: 現時点では直ちに再設定する必要はありません。既に承認された目標はそのターゲット年までは有効です。ただし2030年以降に新たな目標を設定する際や、2028年以降に目標を更新・延長する場合には、新基準Version 2.0に沿った形で策定し直す必要があります。また、途中で事業構造の大きな変更(合併・買収等)があった場合には、既存目標の再計算や再承認が求められる可能性があります。

Q7 新基準Version 2.0はいつ施行されますか?

A7: Version 2.0の最終版公表は2026年から2027年頃になる見通しで、2027年末までは経過期間として現行Version 1.3基準での目標設定・承認が継続します。完全な施行(新基準への一本化)は2028年1月1日から予定されており、それ以降にSBTiへ新規の目標提出を行う企業や既存目標を更新する企業は全てVersion 2.0基準を適用されます。

SBTi まとめ

SBT(科学的根拠に基づく目標)の最新動向は、企業の脱炭素経営に一層の行動を促す内容となっています。SBTiの2025年改定ガイダンスによって、単に目標を掲げるだけでなく、その達成に向けた計画策定・データ管理・進捗検証といった実務の充実が求められるようになりました。これは企業にとってチャレンジである反面、気候変動対策を企業価値向上や競争戦略と結びつける好機でもあります。各企業が自社の状況に合わせて本記事の解説や表を参考に対応を検討し、科学的な根拠に裏打ちされた確かなトランジションを実現されることを期待しています。

SBTi 参考リンク

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この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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