本記事ではMSCI ESG格付け、すなわちESG評価が企業にもたらす影響について解説します。ESG格付けは単なる評価に留まらず、企業の資金調達コストや株価、企業価値、さらにはステークホルダーからの信頼にまで影響を及ぼします。具体的な調査結果や事例を交え、ESG評価が高い企業と低い企業でどのような差が生じるのか、企業経営にとってESG格付けを無視できない理由を明らかにします。


1. ESG格付けと資金調達コストの関係
近年の研究により、ESG格付けの高さと企業の資金調達コストの低さには相関関係があることが示されています。MSCI ESGリサーチが2024年に発表した包括的調査では、MSCI ESGレーティングが高い企業ほど、株式市場や債券市場の双方で資金を調達する際のコスト、いわゆる必要利回りが低い傾向が明らかになりました。これは、投資家や貸手がESG上のリスクが小さい企業を信用力が高いと見なし、より低いリスクプレミアムで資金提供していることを意味します。
調達金利の明確な差
具体的な数字で見ると、調査対象期間である2015年から2024年において、MSCI ESG格付け最上位の企業群、例えばAAからAAAは平均6.8%の利率で債券発行等による資金調達を行えたのに対し、最低評価の企業群であるBからCCCは平均7.9%の利率を要しました。
格付けの差が企業の調達金利に約1.1%ポイントの差異をもたらしていたことになります。この差は、企業の本拠地市場や業種、債務の格付けを示す信用格付けといった要因を調整してもなお確認できたとされ、ESG格付けそのものが独立した要因として資本コストに影響し得ることを示唆しています。
リスク評価と資本コスト
なぜESG評価が資金調達コストに影響を与えるのでしょうか。一つには、ESGリスクが低い企業は将来の不確実要素が少ない企業とみなされるためです。環境スキャンダルや労務トラブル、大規模訴訟などに直面する可能性が低ければ、債券のデフォルトリスクや株価の変動リスクも低く抑えられると投資家は考えます。そのため、投資家はそうした企業には低い要求利回りで資金を提供できるのです。実際、MSCIの分析担当者は、財務的に重大なサステナビリティ関連リスクに対して最も回復力がある、レジリエントな企業は、脆弱と見なされた企業よりも一貫して低コストで資金調達できていたと述べています。
格付け変動の予兆効果
さらに興味深いのは、ESG格付けの変化が将来の資本コスト変動の予兆となり得る点です。分析によれば、格付けが1ノッチ程度上下する小幅な変化では資本コストへの顕著な影響は見られなかったものの、2ノッチ以上の大幅な格付け改善が起きた企業ではその後数ヶ月で調達金利が低下する傾向があり、逆に大幅な格下げを被った企業は金利上昇に直面する傾向が観察されました。
つまり、ESG格付けの劇的な向上や悪化は、投資家の企業評価、すなわち信用リスク評価の見直しにつながり、将来の借入条件や株式評価に跳ね返ってくる可能性があります。これらの知見は、企業がESG格付けを向上させることが資金繰りの改善につながること、そして格付け低迷を放置すると財務面で不利益を被り得ることを示唆しています。
2. 株価・企業価値への影響
ESG格付けは株式市場でも無視できない要素となりつつあります。いくつかの研究や実績データが示すところでは、ESG評価が高い企業ほど長期的に株価パフォーマンスが良好な傾向が認められています。MSCIのリサーチでは、ESGスコアの高低と企業の収益性、株価リターンには正の相関が見られると報告されています。
経営品質と成長期待
これは必ずしもESGに熱心だから株価が上がるという因果関係を直接示すものではありません。しかし、ESGに優れる企業は経営基盤がしっかりしておりリスク管理が行き届いているため、業績の下振れリスクが小さく、結果的に市場から安定成長を期待される傾向があると解釈できます。また、気候変動への対応力や人材戦略の充実といったESG上の強みが、革新的なビジネスモデル構築や新市場開拓につながり、成長機会を捉えている可能性もあります。
ESGファンドによる資金流入
加えて、ESG投資の広がりが株価に影響を及ぼす経路も無視できません。世界的に年金基金や運用会社がESG要素を組み込んだ投資を拡大しており、いわゆるESGファンドやサステナブル投資ファンドへの資金流入が続いています。これらファンドの多くは投資対象を選定する際にMSCIなどの外部のESG評価を参考にしています。
そのため、ESG格付けが高い企業はそうしたファンドに組み入れられやすく、株式需要が増大します。一方、ESG評価が低い企業や論争の渦中にある企業は組み入れ回避や除外の対象となりやすく、潜在的な投資需要を逃すことになります。特に指数連動型のパッシブ運用ではこの影響が顕著です。前述のようにGPIFが採用するMSCI日本株ESGセレクト・リーダーズ指数などは代表例で、高スコア企業だけで構成された指数に連動する数千億円規模の資金が存在します。
ステークホルダーを通じた価値向上
ESG格付けが企業価値に与える影響は、投資家だけでなく広範なステークホルダーの視線を通じても現れます。例えば消費者は持続可能な企業の商品を選好する傾向があり、BtoC企業にとってはESG評価がブランドイメージに影響します。また優秀な人材ほど働き甲斐や企業理念を重視するため、ESGに積極的な企業は人材獲得競争でも有利です。こうした無形資産の蓄積は中長期的な企業価値向上につながり、結果的に株式評価にもプラスに働くでしょう。
3. インデックス採用と機関投資家の行動
前述のGPIFの例に見られるように、ESG評価は株主指数、すなわちインデックスの構成銘柄選定にも用いられています。MSCIはMSCI World ESG Leaders Indexといった各種ESG指数を算出しており、グローバルに多くの機関投資家がこれら指数をベンチマークに運用資金を投じています。
需給への直接的インパクト
指数に採用される条件は指数ごとに異なりますが、概ねMSCI ESG格付けが業種内で上位一定割合に入るといった基準が設定されています。採用されれば指数連動の買い需要が発生し、継続的な株主として安定した資金供給源となります。一方、指数採用から外れる、もしくは除外されると需給面で逆風となりかねません。
実際の例として、ある企業が不祥事によりMSCIのESG格付けを引き下げられ、ESG指数から除外されたケースでは、その直後にパッシブファンドから売却が相次ぎ株価が下落したとの報道があります。また、2023年にはMSCIがESG指数の構成を見直した際、日本企業の一部が除外され、大手年金基金の運用ポートフォリオに影響を与えました。このように、インデックス採用か否かの違いは株式需給に実質的な差をもたらし、ひいては企業の株式時価総額、つまり企業価値にも影響します。
エンゲージメントの判断材料
さらに機関投資家はESG評価を、建設的対話であるエンゲージメントの指針としても用いています。多くのアセットマネージャーがMSCIなどのスコアを参考に、自社の投資先企業に対し「この領域のESG対応が遅れている」という指摘や改善要請を行っています。特に評価が同業他社に比べ著しく低い項目がある場合、それが対話の論点となり、場合によっては株主提案や議決権行使という形でプレッシャーをかけられることもあります。例えば海外機関投資家は気候変動対応が不十分な企業に取締役解任議案に賛成票を投じるなど、ESGを巡る行動を強めています。
4. 評判・取引への影響
ESG格付けは企業の社会的評判、すなわちレピュテーションにも少なくない影響を与えます。例えば、世界的なESG格付けであるMSCIで最高評価のAAAを獲得したことをプレスリリースで公表する企業もあり、それがニュースとして報じられることもあります。このように高い評価は「持続可能性に熱心な優良企業」というイメージアップに寄与します。
サプライチェーンと取引条件
取引先との関係にもESG評価は関係し始めています。特に欧州企業などでは、自社のバリューチェーン全体でサステナビリティを確保する方針から、サプライヤーにも一定以上のESGスコアを求めるケースが出てきました。日本でも大手メーカーが調達先に対しサステナビリティ評価を実施し、結果が芳しくない場合は改善計画の提出を求める事例があります。
また金融機関においては、融資ポートフォリオの気候リスク管理の一環で、融資先企業のESG評価を勘案する動きもあります。たとえばメガバンクは融資先の環境・人権リスクをスコアリングし、高リスク企業には金利上乗せや融資見直しを検討する方針を打ち出していますが、その際に外部のESG評価データを参照しています。
5. 企業への示唆と対応の必要性
以上見てきたように、MSCI ESG格付けをはじめとするESG評価は、資金調達から株式評価、企業イメージに至るまで広範な影響を及ぼします。これは企業経営にとって無視できない外部評価軸が一つ増えたことを意味します。財務指標だけでなくESG指標にも目配りし、それが低迷している場合には経営戦略上の課題と捉えて対応策を講じる必要があるでしょう。
経営戦略としてのESG対応
特に上場企業であれば、不特定多数の株主や投資家が存在し、その中にはESG重視の主体も多く含まれます。株主価値の最大化にはESG価値の最大化も含まれる時代になりつつあるのです。ゆえに、経営陣や取締役会は自社のESG格付けの水準や推移を定期的に確認し、低い項目については改善計画の策定や実行が求められます。それは同時に、企業の実態をよく知る機会にもなります。
情報発信の重要性
もう一つ重要なのは情報発信です。せっかく優れた取り組みをしていても、それが評価機関に伝わっていなければスコアに反映されません。企業は自社のESG活動を積極的に開示し、必要に応じて評価機関に正確なデータを提供する努力も必要です。特にMSCIの場合、基本は公開情報のみで評価するため、外部発信されていないことは未対応の状態と見なされる可能性があります。
結論として、ESG格付けは企業に対し、長期的視点での経営を促すインセンティブとして機能しています。高い評価を得るためには環境・社会リスクを適切に管理する必要があり、そのプロセス自体が企業価値の向上につながります。逆に格付け低迷は様々な不利益の兆候と捉え、早めに対処することが肝要です。


