【SBT】中小企業向けSBTの基礎知識と認定の流れ

中小企業版SBT (Science Based Targets) は、中小企業が科学的根拠に基づいた温室効果ガス削減目標を設定し、国際イニシアティブであるSBTiから認定を受ける制度です。本記事では、中小企業版SBTの基本概念と通常版SBTとの違い、そして実際に認定を取得するまでの手順について解説します。国内ではSBT認定企業数が2025年1月時点で1,525社に達し、そのうち約1,165社が中小企業版SBTによる認定を取得しています。中小製造業を中心に、自社の持続可能な発展のためSBT認定取得を検討する企業が増えており、環境経営の第一歩として参考になる情報を提供します。

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目次

1. 中小企業版SBTとは何か

中小企業版SBTとは、中小企業を対象にした科学的根拠に基づく温室効果ガス削減目標の認証制度です。中小企業が自社の温室効果ガス排出量に対してパリ協定が求める水準(産業革命前比で地球温暖化を「2℃未満、できれば1.5℃以内」に抑える目標)と整合した削減目標を設定し、その目標がSBTイニシアティブ(SBTi)によって科学的に妥当と認められれば認証されます。SBT認定を取得することで、自社の気候変動対策が国際水準であることを示すことができ、サプライチェーン全体での脱炭素への貢献が求められる中で重要な意味を持ちます。

なお、日本の環境省では「中小企業向けSBT」という表記を用いていますが、一般には「中小企業版SBT」と呼ばれることが多く、国際的な認証であることから「中小企業版SBT認証」といった言い方をされる場合もあります。

通常版SBTとの位置づけ

 SBT認定には大きく分けて通常版の「SBT」と、中小企業対象の「中小企業版SBT」の2種類があります。中小企業版SBTは、企業規模やリソースに制約のある中小企業でも参加しやすいよう、費用や手続きが簡略化された特別な枠組みです。後述するように、対象企業の条件や削減目標の範囲などいくつかの点で通常版とは基準が異なりますが、認証そのものの国際的な意義は同じであり、中小企業でも十分に取得可能な認証制度となっています。

2. 通常版SBTとの違い

中小企業版SBTは通常版と比べて、参加できる企業の要件や求められる削減範囲・費用面でいくつかの相違点があります。通常版SBTは企業規模による制限はなくあらゆる企業が対象となりますが、中小企業版SBTでは所定の要件を満たす中小企業のみが申請対象となります。具体的には、以下のような条件を満たす必要があります。

必須要件

年間のScope1(自社による直接排出)+Scope2(他社から供給されたエネルギー起因の間接排出)の合計排出量が10,000トンCO₂e未満であること、海運業向けの船舶を所有・使用していないこと、自社で再生可能エネルギー以外の発電設備を持たないこと、金融機関や石油・ガス業ではないこと、そして親会社が通常版SBTの対象企業ではないこと、など計5項目。

追加要件

上記必須要件に加え、従業員数が250人未満、年間売上高5,000万ユーロ未満、総資産2,500万ユーロ未満、森林・土地利用・農業(FLAG)セクターではないこと、の4項目中3つ以上に該当する必要があります。

これらの条件を概ね満たす企業が「中小企業版SBT」の申請対象となります。一般的な中小企業の定義(中小企業庁による資本金や従業員数基準)とは異なるため注意が必要です。

3. 削減目標の対象範囲

中小企業版SBTでは、初期段階における削減対象がScope1とScope2に限定されます。つまりまずは自社および購入電力由来の排出削減に注力することが求められ、サプライチェーン全体(Scope3)の排出は対象外(任意)となっています。ただしScope3についても、排出実態の把握や削減の努力自体は求められており、具体的な数値目標設定が必須ではないという位置づけです。一方、通常版SBTではScope1・2に加えてScope3排出量も含めた目標設定が原則必要であり、特にScope3排出量が全体の40%を超える企業はScope3の削減目標が必須となります。このように、まずは直接排出とエネルギー起因排出の削減に取り組みやすいよう、中小企業版では適用範囲が絞られている点が特徴です。

4. 削減目標水準とScope3の扱い

削減目標の水準(野心度)にも通常版との違いがあります。通常版SBTでは、Scope1・2について「産業革命前比1.5℃目標に整合する水準(年間平均で少なくとも4.2%の削減)」が要求され、Scope3についても「Well Below 2℃(2℃未満目標)水準で年2.5%以上の削減」が求められます。これに対し中小企業版SBTでは、Scope1・2については1.5℃水準(年4.2%以上削減)と同等ですが、Scope3については具体的な基準値や削減率目標の設定義務はありません。中小企業の場合、まずは自社排出の大幅削減に取り組みつつ、サプライチェーン排出は可能な範囲で算定・削減に努めるという緩和された基準になっています。

基準年の設定

また、削減目標を設定する際の基準年の選定にも違いがあります。中小企業版SBTでは2015年から2024年までの任意の年を排出量算定の基準年として選ぶことが可能ですが、通常版では最新の利用可能な年度データを基準年とすることが推奨されています。この点でも、中小企業が比較的データを揃えやすい過去の年度を基準とできる柔軟性が与えられています。

5. 認定手続きの費用

中小企業版SBTは認定審査にかかる費用面でもハードルが低く設定されています。SBTiへの申請費用は、中小企業版の場合1回あたり約1,250米ドル(手数料別途)とされています。これは通常版SBT認定のターゲットバリデーション費用(約11,000米ドル)と比べて大幅に安価であり、中小企業にとって利用しやすい価格帯です。費用負担が軽い分、より多くの中小企業が気候変動対策の枠組みに参画しやすくなっています。

以上のように、中小企業版SBTは対象企業の条件が明確に定められ、初期段階での削減範囲を限定する代わりに、目標設定や費用面の負担を軽減した制度となっています。このため「通常版より取得しやすい」と評価されていますが、一方で目標設定に必要な排出データの収集や計算方法自体は科学的根拠に基づく必要があり、自社だけで対応するのは簡単ではないとも言われます。次節では、実際に中小企業版SBT認定を取得するための手順について説明します。

6. 中小企業版SBT認定取得の流れ

中小企業版SBTの認定を取得するには、SBTiによるオンライン申請プロセスを進める必要があります。主な流れは以下の4ステップです。

アカウント登録と企業情報の提出

まずSBTiの公式サイト上のサービス検証ポータルにアクセスし、アカウントを新規作成します。続いて、自社の基本情報を登録フォームに入力し送信します。ここで登録した情報に基づき、自社が中小企業版SBTの対象要件を満たすかどうかSBTiが確認します。要件を満たしていると判断され、ポータルへのログイン許可が下りたら次のステップに進みます。

GHG排出量データ算定と削減目標の設定・提出

自社の温室効果ガス排出量(GHGインベントリ)をGHGプロトコルなどの国際基準に沿って算定し、排出削減目標を策定します。中小企業版SBTではScope1・2が必須範囲となるため、まずは事業所での燃料使用量や購入電力使用量にもとづくCO₂排出量データを正確に集計します。2024年からSBTi側の審査プロセスが強化されており、提出情報の正確性チェック(デューデリジェンス)が厳格化されています。そのため、算定した排出量や設定した目標値に不備や過小評価があると差し戻し(再提出要求)となることもあります。適切な算定と意欲的な目標設定ができれば、SBTiによる目標承認の仮通知がメールで届きます。

申請費用の支払い

目標内容に問題がないと確認されたら、SBTiから請求書が発行されますので、指定された申請料を支払います。前述の通り費用は中小企業版の場合1社あたりUSD1,250程度(約数十万円)です。海外送金の手続きが必要になる点に留意し、速やかに決済を完了します。

認定完了・目標の公開

支払いと最終審査が終わると、SBTiより正式にSBT認定取得の承認通知が届きます。これにより自社は中小企業版SBT認定企業となり、SBTi公式サイト上に企業名と設定した削減目標が掲載されます。同時に、SBT達成に向けたロゴ使用ガイドラインや「Welcome Pack」と呼ばれる資料が送付され、以降は自社のWebサイトや統合報告書などで認定取得を対外的にPRすることが可能です。

7.中小企業版SBTまとめ

以上が基本的な申請から認定までのプロセスです。実務上は、排出量データの収集・算定や英語での申請書類作成など、中小企業にとってハードルとなる部分もあります。こうした点で不安がある場合、専門のコンサルタントサービスを利用したり、自治体による補助金(排出量算定やコンサル費用を支援する制度)を活用したりすることも検討するとよいでしょう。例えば栃木県のいくつかの市では、中小企業版SBT取得に要する費用や外部委託費を上限100万円まで補助する制度を2025年度に設けています。自社の所在する自治体の支援策も調べ、利用できるものは積極的に取り入れることで、負担を抑えつつスムーズに認定取得を目指すことができます。

最後になりますが、SBT認定取得後は公表した削減目標に向けて実行あるのみです。仮に目標達成が難しい状況に陥った場合でも、認定取り消しや罰則が科されることはありません。重要なのは中小企業として高い志を掲げ、それに向けて継続的に努力する姿勢です。中小企業版SBT認定の取得はゴールではなくスタートであり、認定を機に社内外の意識を高めつつ、脱炭素経営を推進していくことが今後の競争力強化にもつながるでしょう。

引用元

環境省『SBT(Science Based Targets)について』(2021年8月、環境省資料)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/files/SBT_syousai_all_20210810.pdf

SBT等の達成に向けたGHG排出削減計画策定ガイドブック
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/guide/SBT_GHGkeikaku_guidebook.pdf

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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