【サステナビリティ・リンク・ボンド】仕組み・KPI設定と実務ポイント

CO2削減率などKPI達成度に応じて金利が変動するサステナビリティ・リンク・ボンド/ローン(SLB/SLL)は、2019年の社債を嚆矢に急拡大し、使途自由型サステナブルファイナンスとして注目を集めています。企業は目標達成で調達コストが下がり、投資家は未達時の利回りを狙える点が魅力となっています。本記事ではKPI選定・目標設定、報告・検証、ペナルティ設計など実務の勘所を下記で紹介していきます。

目次

1. サステナビリティ・リンク・ボンド/ローンの仕組みと特徴

サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)の特徴

サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)は、発行体のあらかじめ定めた持続可能性目標(KPI達成目標)への進捗に応じて、債券の金利や償還条件などが変動する仕組みを持つ債券です。従来のグリーンボンドのように調達資金の使途を特定のグリーンプロジェクトに限定するのではなく、資金使途は一般用途に充当可能である一方で、発行体自身のESGパフォーマンスが証券の条件に連動する点が画期的です。例えば「社債発行後○年までに自社のCO2排出量を30%削減できなければ、その時点でクーポン(金利)を0.25%引き上げる」といった条項を組み込みます。初のSLBとされるイタリア電力大手エネル(Enel)が2019年に発行した債券では、再生可能エネルギー発電比率を目標年までに一定以上とするKPIが設定され、未達の場合にクーポンが25bps(0.25%)増額される条件でした。

サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)の特徴

サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)は、貸出条件(利息マージンなど)が借り手企業のKPI達成状況によって調整される融資形態です。例えば銀行が企業と融資契約を結ぶ際、「◯年度までに再生可能エネルギー使用率50%以上を達成した場合、金利を▲bps優遇し、未達成の場合は逆に▲bps上乗せする」といった二方向の金利調整条項を設けます。貸し手にとっては借り手のサステナビリティ性能向上をインセンティブ付けでき、借り手にとっては目標達成で借入コストが下がるメリットがあります(未達成ならコスト増となるため強いコミットメントが求められます)。

使途自由と市場拡大

SLB/SLLはいずれも「使途自由」であるため、企業は社債やローンで調達した資金を一般運転資金や設備投資全般に充当できます。したがってグリーンプロジェクトがなくとも発行・借入が可能で、より幅広い企業がサステナブルファイナンス市場に参加できるようになりました。特にSLLはヨーロッパを中心に急速に普及し、2022年には世界で約6,770億ドルものSLL契約が締結されています。一方で、この手法では資金の流れそのものは従来の社債・ローンと変わらないため、資金使途の環境効果は担保されません。そのためKPI(重要業績評価指標)の設定と目標水準の妥当性・野心度が成否を分ける重要なポイントとなります。

2. KPIと目標設定のポイント

SLB/SLLでは、発行体・借り手がどのようなKPIを選定し、どの水準のSPT(サステナビリティ目標値)を設定するかが核心です。ICMAのサステナビリティ・リンク・ボンド原則 (SLBP)およびLMA等のサステナビリティ・リンク・ローン原則 (SLLP)では、KPI/SPT設定に関するガイドラインを詳述しています。主なポイントは以下のとおりです。

適切なKPIの選定

適切なKPIの選定: KPIは発行体の中核事業に密接に関連し、重大なESG課題を反映した指標である必要があります。例えば製造業であれば製品単位あたりGHG排出量、電力会社であれば再生可能エネルギー比率など、事業戦略上も重要な指標を選ぶべきです。また測定可能かつ外部検証可能であることも必須で、できるだけ国際標準や科学的根拠に裏打ちされた指標が望ましいとされます。社内独自の指標ではなく、業界横断比較やベンチマークが可能な指標が信頼性を高めます。

SPT(サステナビリティ目標値)の水準

SPT(サステナビリティ目標値)の水準: 目標は「現状からの有意な改善」であり、野心的であることが求められます。具体的には「現状維持や既存計画の延長線上を超える大幅な改善」「社内の通常想定を上回る挑戦的な水準」であること、業界平均や同業他社と比べても高いパフォーマンスを目指すことなどがポイントです。例えば過去のトレンドから乖離した削減率や、SBTi認定水準(パリ協定整合的な目標)を参考に設定することが推奨されます。また目標達成期限(ティックデート)は債券償還前、ローン契約期間内に設定し、その時点で達成可否を判定します。

複数KPIの扱い

複数KPIの扱い: 一つの債券やローンに複数のKPIを設定することも可能ですが、その場合各KPIの重要性に応じてステップアップ条件を設計する必要があります。例えば2つのKPIを設定し片方未達の場合に0.1%金利増、もう片方未達でも0.1%増、といった具合です。ただし複雑にしすぎると投資家の理解が難しくなるため、主要KPIに絞るのが一般的です。

外部評価の重要性

これらKPI/SPT設定にあたっては、発行前に第三者(セカンドパーティ・オピニオン提供者等)の評価を受け、妥当性について意見をもらうことが強く推奨されます。特に「目標の野心度」が適切かどうかは発行体の恣意性が介入しやすいため、外部の視点で評価してもらう意義は大きいでしょう。

3. SLBP/SLLPガイドラインと開示・検証

ICMAのサステナビリティ・リンク・ボンド原則 (SLBP)(2020年制定、2023年改訂)およびローン市場団体のサステナビリティ・リンク・ローン原則 (SLLP)(2019年制定、2023年改訂)は、以下の5つの核心要素を掲げています。

  • KPIの選定: 前述のとおり、重要かつ計測可能な指標を選ぶこと(例: GHG排出量原単位、再エネ比率等)。
  • SPTの設定: 野心的で意味のある目標値を設定すること(例: ベースラインから◯%改善など)。
  • 債券・ローンの構造: 目標未達の場合にクーポンや金利が上昇するなど、明確な経済的インセンティブ(ペナルティまたはリワード)を組み込むこと。一般に債券ではクーポン増額、ローンでは金利マージン増減条項が用いられます。
  • 報告: 毎年一回以上、KPIの実績値とそれに対する進捗を開示すること。定量的数値とともに、達成に向けた取り組みも含めて投資家・銀行に報告します。
  • 検証: 適格な第三者による目標達成状況の独立検証を実施し、その結果を公表すること。これは債券の場合必須要件であり、ローンの場合も強く推奨されています。

特に報告と検証は市場の信頼確保に不可欠です。報告では、各KPIについて年度ごとの実績値を明示し、目標への進捗を定量評価します。また未達の場合の債券条件の変更(例: クーポン○%へ引上げ発動)の有無も通知します。検証は一般に監査法人や評価機関が実施し、発行体の開示したKPI実績が正確であること、および目標達成の成否を確認しその証明書を発行します。

なお、報告されたKPIが目標を上回り大幅達成した場合でも、原則として債券の条件は当初設定から好転(クーポン低下等)しないのが通例です。SLBはあくまで「未達の場合のペナルティ」が中心であり、投資家リターン向上に資する仕組みのためです(ローンでは達成時の金利優遇を設定する例もあります)。この点、達成時にクーポン減額する「リワード型」のSLBも理論上ありえますが、市場では一般的ではありません。投資家はペナルティ付きの方がクーポン上乗せの潜在価値があるため受容度が高い傾向があります。

4. 実務上の留意点

SLB/SLLを活用する際には、以下の実務ポイントに注意が必要です。

適切な目標水準の設定

野心的すぎる目標は未達によるペナルティリスクが高まり、発行体の信用力悪化にもつながりかねません。一方で低すぎる目標では「目標未達となる可能性が極めて低く、実質的に通常債券と変わらない」と投資家に判断され、評価が下がります。したがって、自社の中期計画より一歩踏み込んだ水準を目指しつつ、達成可能性とのバランスを取ることが重要です。

ステークホルダーとの合意

設定するKPIとSPTについては社内の関連部門(CSR部門や事業部門)との調整は勿論、主要な社債投資家や融資行にも事前に意見を聞き、納得感のある目標づくりを行うと良いでしょう。特に初のSLB発行時には、発行前ロードショーで投資家からフィードバックを得て条件設定に反映することも有益です。

法的文書への組み込み

債券の場合は起債目論見書や発行条項にKPI・目標・クーポン調整条件等を明記する必要があります。ローンの場合も契約書にKPI定義や判定方法、利率変更条項を盛り込みます。不明確な記載は紛争のもとになるため、弁護士等専門家と協議の上で慎重に文言を策定します。

目標未達時の対応計画

万一目標未達となりペナルティが発動した場合でも、企業は引き続き改善に努める姿勢を示すことが求められます。未達の原因分析と今後の対策を投資家に説明し、信頼を損なわないコミュニケーションが重要です。形式的にクーポンを支払えば済むというものではなく、企業のサステナビリティ戦略全体の信憑性に関わる問題と位置付けましょう。

5. まとめ

以上のように、サステナビリティ・リンク・ボンド/ローンは発行体企業のESG目標と資本市場を直接結びつける革新的な手法です。適切に活用すれば企業の持続可能経営を加速させる強力なツールとなり得ますが、そのためには目標設定から達成状況開示まで一貫した誠実さと透明性が欠かせません。市場ではこの仕組みへの期待も高く、今後も多くの企業が挑戦すると予想されます。

引用・参考文献
https://greenfinanceportal.env.go.jp/bond/related_info/slbp_principle.html
https://www.icmagroup.org/assets/documents/regulatory/green-bonds/translations/2020/japanese-slbp-2020-june-280920.pdf

この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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