ISO 14060とは ネットゼロ移行計画の国際規格ドラフト

ISO 14060は、組織のネットゼロ移行計画を国際的に検証可能な形で支える、世界初の国際規格です。2026年6月17日にドラフト国際規格 ISO/DIS 14060 として公表され、世界各国の標準化団体に向けた公開協議が始まりました。本記事はSSPの第三者保証の実務経験にもとづき、ISO 14060の位置づけと4段階のフレームワーク、カーボンクレジットの扱いといった要求の核心、企業が今から進めるべき準備までを整理します。ドラフト段階の今こそ、自社の排出量データと移行計画を点検する好機です。

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目次

ISO 14060 要約

ISO 14060は、企業のネットゼロ宣言を、独立した第三者が検証できる構造化された計画へと変える国際規格です。科学的根拠にもとづく目標と、早い時期からの実際の削減を求め、カーボンクレジットによる目標進捗の主張を認めません。2026年6月17日にドラフトが公表され、協議を経て2027年の発行が見込まれます。

ISO 14060 背景

ネットゼロを掲げる企業は世界的に急増しましたが、その宣言の信頼性は長く課題でした。目標の設定方法も、進捗の測り方も、第三者が確かめる手立ても、組織ごとにばらばらだったためです。2022年に公表されたネットゼロガイドライン IWA 42 は共通の用語と原則を示しましたが、任意のガイドラインであり、検証を前提とした仕組みではありませんでした。

この空白を埋めるために生まれたのが ISO 14060 です。ISOはおよそ2年にわたる国際交渉を重ね、産業界、政府、学術界、市民社会、標準化団体から数百名の専門家が参加しました。これはISOの歴史でも最大級のワーキンググループであり、130を超える国が参加を表明しています。開発はイギリスのBSIとコロンビアのICONTECが共同で主導しました。改定された企業向け基準である SBTi の新版が同じ時期に公表されたことも、信頼できるネットゼロの要件が国際的に収れんしつつあることを示しています。

ISO 14060 定義

SSPは、ISO 14060を、組織のネットゼロ整合を目標設定から移行計画、進捗、達成までの一連のプロセスとして規定し、その全体を独立した検証の対象とする国際規格と定義します。中心にあるのは、開示にとどまらず、ガバナンスと検証可能な行動によって宣言を裏づけるという考え方です。SSPはこれを、排出量データの正確さを土台とした、監査可能なネットゼロの枠組みと捉えています。

ISO 14060 基礎

ISO 14060は、ネットゼロへの歩みを4つの段階で整理します。意思を示す表明の段階、計画を定める整合した移行計画の段階、実際に削減を進める整合した進捗の段階、そして到達を示す達成の段階です。組織はこの段階を順に進み、各段階で求められる要件を満たすことで、自社の主張を維持します。

要求の骨格は3つです。1つ目は、Scope 1からScope 3までを対象とした科学的根拠にもとづく目標です。2つ目は、総排出量を重視し、早い時期ほど多く削る前倒しの削減を促す考え方です。3つ目は、事業計画に組み込まれ、独立した検証に耐える移行計画です。最初の中間目標は5年以内に設定し、その後も継続的に中間目標を設けて進捗を管理します。到達年は国の所得水準で差がつき、日本のような高所得国では2050年が一つの基準となります。多国籍企業の場合は、排出が生じる地域に応じた加重平均で到達年を考えます。報告の頻度も企業規模に応じて調整されます。

ISO 14060 結論

ISO 14060はまだドラフトですが、向かう方向は明確です。相殺への依存から実際の削減へ、開示から検証へという転換を、国際的な合意として明文化したものです。企業が今すべきことは、発行を待つことではありません。本記事が答えるのは、ISO 14060が具体的に何を求め、サステナビリティ推進の担当者が今どこから着手すべきかという問いです。結論として、SSPは排出量データの整備と移行計画の整合を先行させることを推奨します。データの信頼性が、後から積み上がるすべての主張の土台になるためです。

ISO 14060 変更点

ISO 14060は、既存の実務や枠組みと比べて、いくつかの明確な転換を持ち込みます。主な変更点は次の5つです。

  1. ガイドラインから検証可能な規格へ。任意のガイドラインであった IWA 42 に対し、ISO 14060は独立した検証を前提とする規格として設計されています。
  2. 相殺から実削減へ。カーボンクレジットによって中間目標やネットゼロ目標の進捗を主張することは認められません。
  3. 単年の目標から総量重視へ。到達年の数値だけでなく、そこに至るまでの累積的な排出量を重視し、早い時期からの削減を求めます。
  4. 開示から統合へ。移行計画はサステナビリティ部門だけの文書ではなく、事業計画と財務プロセスに統合され、定期的に更新されます。
  5. 一律から差異化へ。到達年は国の所得水準で、報告の頻度は企業規模で調整される設計になっています。

ISO 14060 論点

実務で判断が分かれやすい論点を、重要度とともに整理します。

論点実務での重要度判断のポイントよくある誤解SSPの推奨スタンス
カーボンクレジットの位置づけ削減と相殺を明確に分けて管理できているかクレジット購入で目標達成を主張できると考える進捗は実削減で示し、クレジットは残余排出の相殺に限定して計画する
総量と削減経路到達までの累積的な排出量で経路を引いているか到達年の単年目標だけ見ればよいと考える早期の前倒し削減を前提に経路を設計する
Scope 3の扱い重要なカテゴリを特定し根拠を残せているかScope 3はすべて対象外にできると考える重要性に応じて目標と開示を仕分け、判断根拠を文書化する
移行計画の事業統合事業計画と財務プロセスに組み込まれているかサステナビリティ部門だけの文書だと考える経営の意思決定に接続し、ガバナンスを明記する
第三者検証への耐性排出量データに監査可能な証跡があるか開示すれば検証は不要と考えるデータ保証を先行させ、検証に耐える基盤を整える
中間目標の未達対応未達時の調整と是正の手順を理解しているか一度の未達ですべての主張を失うと考える規定された調整と是正の枠組みを前提に現実的な目標を設定する
到達年と報告頻度の差異自社の国と規模に応じた要件を把握しているかすべての企業に一律の期限が課されると考える高所得国の企業として2050年を起点に逆算する

ISO 14060 比較

関連する主要な枠組みとの違いを俯瞰します。

観点ISO 14060ISO 14068-1SBTi 企業基準IWA 42
位置づけ検証可能な国際規格のドラフト発行済みの国際規格改定された任意の企業基準任意のガイドライン
中心概念ネットゼロ整合と移行計画カーボンニュートラル科学的根拠にもとづく目標ネットゼロの共通用語
相殺の扱い進捗主張に不可、残余の相殺に限定相殺による中立を許容実削減を優先し相殺を限定実削減を重視
第三者検証独立した検証を前提とする検証の規定ありSBTiによる目標認定検証の枠組みなし
主な対象あらゆる規模と業種の組織製品や組織の中立宣言企業すべての主体

ISO 14060は、相殺による中立を認める ISO 14068-1 とは設計思想が異なり、実削減を主張の中心に置く点が際立ちます。

ISO 14060 章解説

ISO 14060の骨格である4つの段階を、求められること、実務影響、注意点の順に解説します。

第1段階 表明

求められるのは、ネットゼロに整合する意思を組織として明確に示すことです。経営の合意と基本的なガバナンスの設定がこの段階の中心になります。実務上は、ここで基準年と排出量の全体像を把握しておくと、次の段階の計画づくりが速くなります。注意点として、表明だけでは整合とは認められず、後続の計画と行動が伴って初めて主張を維持できます。

第2段階 整合した移行計画

求められるのは、科学的根拠にもとづく目標を定め、目標設定から2年以内に移行計画を公表することです。実務影響として、計画は事業計画と財務プロセスに統合し、ガバナンスやバリューチェーンの関与までを含める必要があります。注意点として、計画は定期的に更新し、将来の除去能力の確保に向けた道筋も計画に織り込むことが求められます。

第3段階 整合した進捗

求められるのは、中間目標に沿って実際に削減し、その進捗を測定し報告することです。最初の中間目標は5年以内に置きます。実務影響として、カーボンクレジットで進捗を主張できないため、実削減の積み上げそのものが評価の対象になります。注意点として、中間目標を達成できなかった場合に備えて、調整と是正の手続きも規定されており、未達の程度に応じた対応が求められます。

第4段階 達成

求められるのは、残余排出を最小化したうえでネットゼロの状態に到達することです。実務影響として、この段階に限り、高品質な除去クレジットによって真に残った排出を相殺できます。注意点として、その除去クレジットには、永続性、追加性、二重計上の排除といった厳格な品質要件が課されます。

ISO 14060 重要点

担当者が特に押さえるべき論点を深掘りします。

総量重視と前倒し削減

ISO 14060は、到達年の単年目標だけでなく、そこに至るまでの累積的な排出量を重視します。同じ到達年でも、削減を後ろに先送りすると累積の排出量は大きくなってしまうためです。だからこそ規格は早い時期からの削減を求めます。早い段階の投資判断が、後年の負担と達成可能性を左右します。

カーボンクレジットを進捗主張に使えない理由

クレジットによる相殺は、自社の排出が減ったことを意味しません。ISO 14060が進捗主張への利用を認めないのは、削減と相殺を混同させないためです。クレジットが登場するのは達成の段階に限られ、対象も真に残った残余排出に絞られます。実務では、削減施策とクレジットの会計を最初から分けて管理することが重要になります。

Scope 3の扱い

ISO 14060はScope 3を対象に含めますが、すべてを一律には扱わず、重要性に応じて目標設定の対象を判断する考え方を採用します。重要と判断したカテゴリには目標が求められ、対象外としたカテゴリについても、その事実を開示し緩和に取り組むことが期待されます。判断の根拠を文書として残せるかどうかが、後の検証で問われます。

独立した検証と排出量データの保証

ISO 14060の最大の特徴は、ネットゼロの主張を独立した第三者が検証できる構造にした点です。検証の出発点は、移行計画の前提となる排出量データの正確さです。SSPが提供する第三者保証は、この排出量データそのものの信頼性を確かめるものであり、削減量の多寡や目標の妥当性を保証するものではありません。計画が立派でも、土台のデータが揺らげば主張は維持できません。だからこそ、データ保証を先に固めることが近道になります。

ISO 14060 手順

サステナビリティ推進の担当者が今から着手できる手順を示します。

  1. 排出量インベントリを整備する。Scope 1からScope 3までの算定範囲を確定し、基準年の数値と算定方法を文書化します。
  2. 到達年と削減経路を定める。高所得国の企業として2050年を起点に、累積的な排出量を意識した削減経路を引きます。
  3. 中間目標を設定する。最初の中間目標を5年以内に置き、その後も継続的に中間目標を設定します。
  4. 相殺と削減を切り分ける。カーボンクレジットへの依存を点検し、進捗は実削減で示す前提に組み替えます。
  5. 移行計画を統合する。計画を事業計画と財務プロセスに接続し、ガバナンスとバリューチェーンの関与を明記します。
  6. Scope 3を仕分ける。重要性に応じて、目標を設定するカテゴリと開示にとどめるカテゴリを区別します。
  7. 検証に備える。排出量データの品質を高め、根拠資料と算定過程を独立した検証に耐える証跡として整えます。
  8. 協議に関与する。ドラフト段階のうちに、自国のISO会員機関を通じて意見提出の機会を検討します。

ISO 14060 FAQ

担当者からよく寄せられる質問に答えます。

Q1 ISO 14060はいつ義務化されますか

現時点では任意の国際規格のドラフトです。義務ではありません。発行の時期は2027年が見込まれていますが、各国での義務化の有無や時期は公式資料で明示されていません。

Q2 ISO 14060とSBTiはどちらに従えばよいですか

両者は競合ではなく補完の関係にあります。SBTiは目標の認定を担い、ISO 14060は移行計画全体を検証可能にする規格です。実削減を重視する方向で収れんしているため、片方への対応はもう片方への備えにもなります。

Q3 カーボンクレジットは一切使えないのですか

中間目標やネットゼロ目標の進捗を主張する用途には使えません。利用できるのは達成の段階で、真に残った残余排出を高品質な除去クレジットで相殺する場合に限られます。

Q4 中小企業にも適用されますか

あらゆる規模の組織が対象です。一方で中小企業には負担を抑える選択肢が用意されており、重要なカテゴリへの集中や、報告頻度の緩和といった運用が認められています。

Q5 すでにISO 14068でカーボンニュートラルを宣言しています。違いは何ですか

ISO 14068-1は相殺による中立を認めますが、ISO 14060は実際の削減を主張の中心に置きます。中立の宣言と、検証可能なネットゼロ整合は別の概念であると理解することが重要です。

Q6 第三者検証は必須ですか

ISO 14060は独立した検証を前提とした規格です。検証に耐えるためには、まず排出量データの信頼性を確保する必要があります。SSPはこのデータの保証を担います。

Q7 日本企業はどうやって意見提出できますか

ドラフトの協議は各国のISO会員機関を通じて行われます。日本の組織は国内のISO会員機関の窓口を通じて、ドラフトの確認と意見提出を申請できます。

Q8 金融機関向けの規格と同じですか

いいえ。金融機関の移行計画に特化した規格は ISO 32212 として別に整備が進んでいます。ISO 14060はあらゆる業種の組織を対象とする規格です。

ISO 14060 まとめ

ISO 14060は、ネットゼロの宣言を検証可能な計画へと変える、世界初の国際規格のドラフトです。相殺から実削減へ、開示から検証へという転換を国際的な合意として示しました。発行を待つのではなく、排出量データの整備と移行計画の整合を今から進めることが、最も確実な備えになります。SSPは、その土台となるデータの信頼性確保を支援します。

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この記事を書いた人

大学在学中にオーストリアでサステナブルビジネスを専攻。 日系企業のマネージングディレクターとしてウィーン支社設立、営業戦略、社会課題解決に向けた新技術導入の支援など戦略策定から実行フェーズまで幅広く従事。2024年よりSSPに参画。慶應義塾大学法学部卒業。

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