本稿はサステナビリティスタンダードパートナーズが、GX推進法に基づく排出量取引制度について、高炉による製鉄業がどのように制度対象となり、コークス炉・焼結機・高炉・転炉の上工程と、熱延・冷延・表面処理の下工程に分けた排出目標量算定がどのように行われ、副生ガスの二重計上防止や移行計画、登録確認機関の確認を経て排出枠償却に至るのかを、マニュアルに基づいて整理するものです。


結論
高炉一貫製鉄所は、CO2直接排出量の年度平均が10万t以上となる事業者としてGX-ETSの制度対象となり、高炉による製鉄業のベンチマーク方式で排出目標量を算定します。ベンチマークは高炉の上工程と下工程で別々の算定式が設けられ、銑鉄製造時に発生するコークス炉ガス、高炉ガス、転炉ガスといった副生燃料は全量がベンチマークのバウンダリ内で処理される設計です。毎年9月30日に届出と移行計画を提出し、翌年度1月31日までに保有義務量分の排出枠を保有・償却する一連のサイクルに組み込まれます。副生ガスと外部供給燃料の区分、マスバランス管理、プロセスCO2とエネルギー由来排出の切り分けが実務の核心となります。
背景
高炉一貫製鉄所は、石炭を乾留してコークスを製造し、鉄鉱石を焼結したうえで高炉で還元して銑鉄を得て、転炉で不純物を除去して粗鋼とし、熱延から冷延、表面処理へと加工を進める一連の工程を同一敷地内で運営する事業形態です。日本のCO2直接排出の中で最大級のシェアを占めるため、経済産業省は高炉製鉄業を上工程と下工程に分けて個別のベンチマーク算定式を設け、コークス炉ガス、高炉ガス、転炉ガスの副生燃料と、購入エネルギー、プロセスCO2の関係を整理する形で排出目標量を設計しました。
SSPの定義
SSPはサステナビリティスタンダードパートナーズの略称で、経済産業省 GXリーグ登録検証機関として第三者確認を含む第三者保証業務を主業とする機関です。本稿における高炉による製鉄業とは、コークス炉、焼結機、高炉、転炉を一体運用し、粗鋼までを製造する事業をいいます。上工程はコークス炉・焼結機・高炉・転炉・連続鋳造により粗鋼を生産するまでの工程、下工程は粗鋼の熱間圧延、冷間圧延、表面処理までの工程を指します。副生燃料とは、銑鉄製造および粗鋼製造の過程で発生するコークス炉ガス、高炉ガス、転炉ガスおよびこれらを精製した燃料をいい、プロセスCO2とは石灰石およびドロマイトの熱分解、酸化物還元反応によって発生する非エネルギー由来の二酸化炭素を指します。
変更点の要約
- 高炉による製鉄業のベンチマークは上工程と下工程で別々の算定式が設けられました。
- 銑鉄製造時に発生する副生燃料は全量がベンチマークのバウンダリ内で処理されるものとされました。
- コークス炉・焼結機・高炉・転炉の各工程で生じる副生ガスの流れを把握し、二重計上を防止する体制が求められます。
- 石灰石・ドロマイトの脱炭酸による非エネルギー由来のプロセスCO2を、燃焼由来排出と分けて算定します。
- 下工程では熱間圧延・冷間圧延・表面処理の燃料使用と電力由来排出の切り分けが求められます。
- フレアリング時や非定常排出の取扱いが、証憑整備の観点から明確化されました。
基礎知識
高炉一貫製鉄所の排出管理で押さえるべき前提は3点です。第1は副生ガスのマスバランス管理で、コークス炉ガス・高炉ガス・転炉ガスは発生工程と消費工程の双方を追跡し、自所内循環と外販分を区別して計上する必要があります。第2はプロセスCO2の把握で、石灰石やドロマイトの熱分解、酸化物還元反応に由来する非エネルギー由来排出を、燃料燃焼によるエネルギー由来排出と別に集計します。第3は工程境界の定義で、コークス炉の粗ベンゾール精製や副生ガス精製装置、焼結機の電気集塵機、高炉の熱風炉、転炉の二次精錬など、付帯設備まで含めたバウンダリを一次資料で明確化することが登録確認機関の確認で必須となります。
論点整理表
| 論点 | 制度上の位置づけ | 高炉一貫製鉄所での該当 | 判断基準 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|---|---|
| 対象判定 | GX推進法第33条第1項 | 年度平均排出量10万t以上 | 直近3年度のCO2直接排出量の平均 | 一貫製鉄所単独で閾値を大きく超える水準 |
| ベンチマーク区分 | 実施指針 | 上工程・下工程の2本立て | 銑鉄粗鋼までと圧延以降 | 両工程ともに本制度の算定対象 |
| 副生ガス | ベンチマーク内 | コークス炉ガス・高炉ガス・転炉ガス | 発生工程と消費工程を追跡 | 二重計上防止のマスバランス必須 |
| プロセスCO2 | 非エネルギー由来 | 石灰石・ドロマイト脱炭酸 | 投入量×純度×排出係数 | 還元反応由来の炭素も含む |
| エネルギー由来 | 燃焼排出 | 購入石炭・重油・都市ガス | 燃料別高位発熱量 | 副生ガスと別勘定 |
| フレアリング | 算定対象 | 非定常時のガス放散 | 運転日誌・フレア流量計 | パイロット燃料も計上 |
| 下工程の電力 | 直接排出ではない | 外部購入電力分 | スコープ2に相当 | 移行計画では間接排出として記載 |
| 移行計画記載 | 法第73条 | 投資計画の公表 | 該当工場等・着手完了時期 | 水素還元製鉄等の記載が想定 |
| 排出枠償却 | GX推進法 | 翌年度1月31日までに保有 | 保有義務量分の排出枠 | 不足分は上限価格の1.1倍を負担金として納付 |
比較表
| 工程区分 | 主要排出源 | 算定方式 | 証憑資料 |
|---|---|---|---|
| コークス炉 | 石炭乾留に伴う燃焼と副生ガス発生 | 上工程ベンチマーク内 | コークス製造日報と副生ガス計量 |
| 焼結機 | 粉鉱石の焼結燃焼とコークスブリーズ消費 | 上工程ベンチマーク内 | 焼結機運転記録と配合管理票 |
| 高炉 | 還元反応によるプロセスCO2と送風ガス燃焼 | 上工程ベンチマーク内 | 装入物計量と熱風炉記録 |
| 転炉 | 脱炭反応による酸化と転炉ガス発生 | 上工程ベンチマーク内 | 転炉操業日報とマスバランス表 |
| 熱間圧延 | 加熱炉での燃料消費 | 下工程ベンチマーク内 | 加熱炉燃料計量と圧延実績 |
| 冷延・表面処理 | 焼鈍炉・めっきラインの燃料と電力 | 下工程ベンチマーク内 | 各ラインの燃料計量とライン別実績 |
制度対象判定とスケジュール特例
年度平均排出量と事業者単位判定
高炉一貫製鉄所を運営する鉄鋼事業者は、直近3年度のCO2直接排出量の平均が10万t以上かで判定されます。一貫製鉄所の排出量は単独でも数百万tから数千万t規模に及ぶため、基本的に初年度から制度対象となります。判定は法人格を単位に行うため、同一グループ内に複数の鉄鋼子会社がある場合は、それぞれで個別判定のうえ、共同届出の要件を満たす場合は密接関係者と一体でGX投資を行う枠組みで共同届出することも可能です。
2026年度特例と登録確認機関契約
2026年度に制度対象となる事業者は、2026年9月末までに基礎情報と年度平均排出量のみを届け出ればよく、排出目標量等の届出は2027年9月末まで猶予されます。排出枠の割当ても2027年度となります。高炉一貫製鉄所のように工程が広範にわたる事業では、確認業務が複雑で長期化するため、2026年1月5日から登録申請受付が開始された登録確認機関との契約を2026年度中に締結し、上下工程それぞれの算定体制の確認を並行で進めることが実務上不可欠です。
高炉製鉄業ベンチマークの仕組み
上工程の算定式と原材料起源CO2
上工程では銑鉄製造時に発生するコークス炉ガス、高炉ガス、転炉ガスの副生燃料が、全量がベンチマークのバウンダリ内で処理されるものとして設計されています。原材料起源の直接排出としては、排出量算定・報告マニュアル第Ⅱ部2.19「鉄鋼の製造における鉱物の使用(石灰石・ドロマイト)」および2.28「廃棄物の焼却(廃プラスチック/廃タイヤ。熱回収を伴わないものに限る)」が算定対象に含まれます。目指すべき原単位に基準活動量を乗じて排出目標量を算定する構造は他業種と共通ですが、副生燃料の自所内消費と外販を区別し、外販された副生燃料によるエネルギー供給先での排出は別途の主体で計上される整理です。基準活動量は銑鉄生産量(トン)であり、石炭投入量、コークス生産量、銑鉄生産量の各工程実績との整合が確認業務の焦点となります。上工程の目指すべき原単位は2026年度2.105→2027年度2.100→2028年度2.095→2029年度2.090→2030年度2.084 tCO2/t(銑鉄1トン当たり)です。なお、目指すべき原単位は銑鉄製造時に発生する副生燃料(コークス炉ガス・高炉ガス・転炉ガス)が全量バウンダリ内で燃焼している前提で算定されているため、副生燃料をバウンダリ外に供給している場合は式12a-2「副生燃料供給に係る控除量=副生燃料供給量×副生燃料の排出係数×(1−GF削減率×経過年数)」により供給した副生燃料に係る量を控除する必要があります。
下工程の算定式と購入エネルギー
下工程では、熱間圧延、冷間圧延、表面処理の各ラインにおける加熱炉、焼鈍炉、めっきライン等の燃料消費と、工場電力の一部に相当する直接排出が対象となります。下工程のベンチマークでは、上工程から受け取る副生燃料の消費分と、外部から購入する都市ガス、重油等の燃料を分けて計上します。下工程は燃料BM(直接排出量/燃料使用量)であり、基準活動量は燃料使用量(ギガジュール)の平均で、目指すべき原単位は2026年度0.06944→2027年度0.06824→2028年度0.06704→2029年度0.06584→2030年度0.06464 tCO2/GJです。外部購入電力による間接排出は排出枠割当ての対象外ですが、移行計画では間接排出量として記載し、脱炭素投資の効果を示す場面で用いられます。
ベンチマークとグランドファザリングの境界
一貫製鉄所内の対象工程
高炉一貫製鉄所における主要工程、すなわちコークス炉、焼結機、高炉、転炉、熱間圧延、冷間圧延、表面処理は、上工程または下工程のいずれかのベンチマークで算定します。付帯設備として燃料受入設備、副生ガス精製装置、熱風炉、排ガス処理設備、排水処理設備、事業所内動力設備も、それぞれ関連する主工程のバウンダリ内に含める運用となります。
グランドファザリング対象と対象外
同一工場等内にある事務所、研究所等の共通施設は下工程ベンチマークのバウンダリ内に含めます(マニュアル12b第②項)。一方、別敷地の営業所、本社機能、別敷地の研究開発拠点、社員食堂・厚生施設などはベンチマーク対象外またはグランドファザリング方式で処理する想定です。また、同一工場等内でも、自家発電専用のエネルギー供給設備については発電ベンチマークとの整理を要します。副生ガスを用いた自家発電で、系統に逆潮流させている場合は、発電事業者該当性の判定を受けたうえで、発電ベンチマークとの境界を整理する必要があります。
排出枠割当と未償却相当負担金
排出枠の規模と取引
高炉一貫製鉄所は一社あたりの排出枠量が国内最大級となるため、排出枠市場における取引量の相場感を形成する主要プレイヤーとなります。経済産業大臣は届出が適切と認める場合に1t単位で無償で排出枠を割り当て、GX推進機構が開設する取引市場や相対取引で売買可能です。年度をまたいだ繰越も許容されるため、水素還元製鉄や直接還元製鉄へのプロセス転換による排出削減を中長期で見据えた運用が可能です。
負担金リスクと財務管理
翌年度1月31日時点で保有義務量分の排出枠が不足していれば、不足分に参考上限取引価格を乗じ1.1を乗じた額を未償却相当負担金として納付します。一貫製鉄所のように絶対量が大きい事業では、負担金の試算額も数十億円から数百億円のレンジに達する可能性があり、排出枠の先行取得、市場からの調達戦略、目標達成に向けた投資計画を連動させた財務管理が経営上の中核業務となります。
移行計画と登録確認機関
移行計画への記載事項
鉄鋼事業者の移行計画は、水素還元製鉄の導入計画、電気炉化、CCUS導入、高炉改修による燃料効率化などの投資項目を該当工場等ごとに記載します。研究開発欄ではGX技術区分の特許出願番号やグリーンイノベーション基金プロジェクトを記載します。高炉一貫製鉄所の移行計画は個社ごとにHP公表されるため、脱炭素ロードマップとの整合、対外IRとの整合が必要です。
確認業務の論点
登録確認機関は、組織境界の設定、上下工程の区分、副生ガスのマスバランス、プロセスCO2と燃焼CO2の分離、フレアリング分の計上、付帯設備のバウンダリ、単位発熱量と排出係数の選定根拠、下工程における購入電力の間接排出の扱いなどを重点的に確認します。結論は無限定の結論、限定付結論、否定的結論、結論不表明の4種類で、証憑整備の水準が結論を左右します。
実務フロー
高炉一貫製鉄所が1サイクルを回すための実務ステップを以下に示します。
- Step1 直近3年度のCO2直接排出量を確認し、年度平均排出量10万t以上の閾値判定を確定する。
- Step2 2026年6月以降にERMSアカウントとGビズIDを準備し、法人等保有口座を開設する。
- Step3 上工程と下工程のバウンダリ、副生ガスのマスバランス、プロセスCO2の切り分けを整備する。
- Step4 登録確認機関と契約し、概要把握とリスク評価に向けた資料一式を共有する。
- Step5 9月30日までに排出目標量等の届出と移行計画をERMSで提出する。2026年度は基礎情報のみで可。
- Step6 11月末頃に排出枠の無償割当を受け、法人等保有口座で残高を確認する。
- Step7 翌年度4月から9月に排出実績量の算定と登録確認機関の確認を受け、9月30日までに報告する。
- Step8 翌年度1月31日までに保有義務量分の排出枠を保有し、不足時は市場調達か負担金納付で対応する。
FAQ
副生ガスの外販分はどう扱いますか
コークス炉ガス、高炉ガス、転炉ガス等の副生ガスを自所外に販売する場合、販売先での燃焼に伴うCO2排出は販売先の事業者が計上します。一貫製鉄所側は副生ガスの発生量と外販量を証憑で明確化し、自所内消費と外販の切り分けを登録確認機関に示します。二重計上を防ぐため、販売契約書と計量記録、販売先の受入記録の整合が重要です。
水素還元製鉄を導入した場合の排出はどう変わりますか
水素還元製鉄の導入により、コークスを還元剤とする高炉反応に由来するプロセスCO2が大きく削減されます。移行計画の投資計画欄に水素還元関連の設備新設・改造、投資規模、着手時期と完了時期、排出削減効果を記載し、研究開発欄にはGX技術区分特許情報またはグリーンイノベーション基金プロジェクト名を記載します。2030年代に向けた商用化の道筋と投資タイミングを経営計画と連動させて示す形となります。
石灰石・ドロマイトの脱炭酸CO2はどう算定しますか
副原料として投入する石灰石とドロマイトは、焼結機や転炉内で熱分解され、原料の純度に応じて一定量のCO2が発生します。投入量、純度、脱炭酸排出係数を乗じて算定し、燃焼由来排出とは別勘定で集計します。副原料の受入証明書や化学分析結果を証憑として整備することが求められます。
コークス炉ガスの精製に伴う排出はどこに入りますか
コークス炉で発生した粗コークス炉ガスは、粗ベンゾール回収、タール回収、硫安製造等の精製工程を経てクリーンなコークス炉ガスとなります。この精製工程における燃料消費と、精製後ガスの自所内利用に伴う排出は、ともに上工程ベンチマークのバウンダリ内で計上します。精製工程の計量ポイントと証憑を整理することが必要です。
下工程のめっきラインの電力使用はどこに入りますか
冷間圧延や表面処理の電力消費は直接排出ではないため、ベンチマーク対象外ですが、自家発電によって賄われている電力は発電ベンチマークとの境界整理が必要です。外部購入電力分は間接排出量として移行計画に記載し、脱炭素投資の効果を対外的に示す位置づけとなります。
フレアリング時の排出はどう計上しますか
非定常時のフレアリングによる副生ガスの放散は、フレア流量計やパイロット燃料の記録を用いて排出量を算定します。ベンチマーク内のバウンダリに含まれる排出源として扱い、運転日誌や非定常事象記録と連携させて一次資料を整備します。
まとめ
高炉一貫製鉄所にとってGX-ETSは、上工程と下工程を別々のベンチマーク算定式で捉え、コークス炉ガス・高炉ガス・転炉ガスの副生燃料をバウンダリ内で一体処理しつつ、石灰石・ドロマイトの脱炭酸によるプロセスCO2を燃焼CO2と分けて集計する制度設計です。排出枠規模は国内最大級となるため、排出枠市場の取引動向、未償却相当負担金リスク、水素還元製鉄や電炉化・CCUS等の投資計画を移行計画で対外公表しつつ、登録確認機関の第三者確認を通過させるための副生ガスマスバランスと付帯設備バウンダリの証憑整備が、この制度下での実務対応の中核となります。
参考リンク
- 経済産業省 排出量取引制度のページ
- GX推進機構 排出量取引制度関連情報
- デジタル庁 GビズID
- GX推進法 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律


